Promise of old times
“大崩壊”後のリト兄とラズの友人のお話。
リト兄視点。
許可をください ――― と。
その少年は、言った。
「許可?」
首を傾げた私を真っ直ぐに見上げ、少年は「はい」と頷いてみせた。
年齢は二十歳になるかならないか、といった程度に見える。赤みの強い金髪に緑の瞳、目線の高さは私とほぼ同じぐらいだった。随分と背が高い。
本来なら『少年』と呼べるような年齢ではないかもしれないが、どこかいたずらっ子のような雰囲気を残したまま成長した印象を受けるため、少年と呼んでも別に違和感は覚えない。
この少年とは、間違いなく今日が初対面だ。
唐突にヴァリニス家を訪れ、「初めまして」と慣れた所作で頭を下げた少年は、弟 ―――― ラズリィの友人であると言い、名前をリュカと名乗った。
「許可、貰えますか? 一応、貴方に話を通しておくのが筋かなー、とそう思ったんで」
緑の瞳が、ごく自然に私へと向けられている。
随分と真っ直ぐに人の目を見て話す子だと思いながら、私は再び首を傾げた。
「許可とは、一体何の……?」
「『学院』に、ラズの記念碑を建てよう、って話があるんです」
「記念、碑……?」
「あ、先に断っておきます。墓とか、そういう類のものじゃないです」
一瞬、脳裏を過ぎった懸念を、あっさりとリュカ少年は一蹴してみせた。
「第一、仲間内でアイツが死んだなんて信じてる奴、誰もいませんし」
だから、墓なんて建てるのは無意味だと言う少年に一瞬だけ虚を突かれ、次におかしくなって少しだけ笑った。
「どちらかと言えばウチの弟は、日常内でよく死に掛けるような子供だったかと思うんだが?」
「……あぁ、そうですね、言われてみれば」
ここで同意が返ってくるのは、弟のことを良く知っている人間であればこそだ。知らない人間であれば、何だそれはと呆れるか、冗談だろうと笑い飛ばすかするだろう。
「確かに、普段は何でコイツこれで生きてけるんだろ……と思ったことも一度や二度じゃないんですけど」
「……だろうね」
「それでも、やっぱり俺たちは、アイツが死んだなんて思えないんで」
だから、やっぱり墓っていう線は無しです、と言う声。
あまりにもきっぱりと言うものだから、『学院』でラズがどんな風に過ごしていたのかがそこから透けて見える気がして、ますますおかしくなった。
“大崩壊”。
あの災厄には、後日そういう名前が付いた。
それを己自身と使い魔たちの力で乗り切ってみせた弟は、“魔術師の王”と呼ばれるようになり ―――― そのまま帰っては来なかった。
生死不明。
弟の死を、誰かが確認したわけではない。
けれど、生存は絶望的だろうと囁かれているも事実で。“大崩壊”から一年経とうとしている今、諦めが漂っているのもまた事実だった。
それでも、死んでしまったとはどうしても思えない自分がいる。
そのうち、何事もなかったような顔をして、ひょっこりと帰ってくるんじゃないかと、そんな気がして墓は作らずにおいた。妹と相談して、そう決めた。
作れなかった、というのが、おそらく正しい。
作れば、認めてしまうことになる。
―――― あの子が、もう戻っては来ないのだと。
目の前に立つ、ラズの友人だというリュカ少年は、おそらくは私のその感情をキッチリと理解し ―――― 理解した上で笑ってみせた。
「ホントに誰も信じてないんです。帰ってくるのが遅いな、とか、またどっかでドジ踏んでるんじゃないかあの馬鹿、とか、そんなこと思ってる奴らばっかです」
無事でいる。
きっといつか帰ってくる。
ラズの周囲にいる人間は、誰もそれを疑っていないのだと。
「でも、さすがにあんまりにも帰ってくるのが遅いんで、ちょっと嫌がらせでもしてやろう、という話になりまして」
…………そこでそういう思考に飛んでしまう辺り、どうだろうと思わなくないが。
『嫌がらせ』だというそれが何を指すのか、おぼろげながらに悟り、問い掛ける。
「それで、記念碑?」
「ええ。だってサイコーに嫌がりそうじゃないですか? “ラズリィ・ヴァリニスの偉業をここに称える”とか、そういう石碑がドーンとあったら」
少しいたずらっぽく、やけに晴々と、リュカ少年は言った。
彼の言うその光景が、目に浮かぶようだと言ってもいいだろうか。
実際にラズがそんな石碑を目の当たりにしたら、まずは驚いて固まりそうだ。ポカンとした表情が容易に想像できる。
それから、きっと ――――……、
「嫌がる……、だろうな」
盛大に慌てながら嫌がるのだろう。それもまた、目に浮かぶようだ。
涼しい表情で、「だからこその嫌がらせです」と飄々とリュカ少年が言い切った。
「ちなみにそれ、『学院』のど真ん中の一等地に設置予定です」
「……冗談ではなく?」
「もちろん。学院総代の許可もちゃんと取ってますよ」
「それは、また……」
抜かりないと言うか、と半ば感心して息を吐いた私の視線の先で、
「『やるからには徹底的に』をモットーとしている人間が多いもので」
と、しれっと言い切って、リュカ少年はにこりと清々しく笑った。
(……?)
不意に、何かが引っ掛かった。
別に、不快なものではない。
例えて言うなら、既視感のようなもの。
彼とは確かに今日が初対面のはずだが、その言動にふと記憶の琴線に引っ掛かるものがあるのを感じたのだ。
そう、確か ――――……。
「リュカ……、リュカ・グレイ?」
少し考えて、記憶の中から浮かび上がってきた名前を口に乗せる。それに「はい」と条件反射のように返事をして、次いで「……あれ?」とリュカ少年は瞳を瞬かせた。
「フルネーム、名乗りましたっけ? 俺」
「いや ―――― 昔、弟から聞いたことがあって……それを思い出した」
どうやら合っていたようだ。
昔、休暇で帰省していたラズが楽しそうに口にしていた名前の数々。
友人が出来たのだと、嬉しそうに笑っていた。その名前のひとつが、確か彼のものだった。
「爽やかに結構スゴイことを言うイイ性格…………だったかな? 弟からは、確かそんな人物評を聞いた気がするが」
「……あれ、今俺はその人物評で思い出されちゃったワケですか」
否定はしませんけど…………後で絞めたいなラズの奴、と小さく呟く声に笑いを噛み殺す。
「視野が広くて、他人の感情に敏くて、さりげなくフォローを入れるのが得意、というのも聞いたよ」
リュカ少年の動きがピタリと止まった。
こちらを見るリュカ少年は、咄嗟に表情を選び損ねたような、そんな複雑な表情をしていた。
あぁ、確かに弟の人物評は当たっているのだろうと思う。
この少年は、多分現状を誰よりも正確に捉えた。
他人の感情に敏いがゆえに、周囲の限界をもいち早く感じ取った。
今回のこれは、だからこその行動なのだろうと思う。
弟への嫌がらせも、確かにあるのだろう。
けれど、それ以上に。
これはきっと、待ち続けるだけの現実に、負けてしまわないための意思表示。
生きている、と信じている。
帰ってきた後のことを、考える。
それが、多少捻くれている方法だったとしても。
「―――― 許可しよう。『学院』の目立つ場所に、立派なものを建ててやってくれ」
「了解しました。感謝します」
私の返答に、ぱっとリュカ少年が笑顔になった。
深々と丁寧に頭を下げるリュカ少年に、ふと思い付いて続けて言う。
「何なら少しばかり出資もするが?」
「あ、ご心配なく。予算はキッチリもぎ取ってありますので、お気持ちだけで」
本当に抜かりがないな……。
半ば感心して息を吐いた私の視線の先で、「あぁ、それと……」とリュカ少年は手を叩いた。
「忘れるところでした。王宮の方からも別途打診があると思いますので、そちらにも許可を与えて貰えると嬉しいかな、と」
「王宮……?」
「ええ。あっちはあっちでラズの銅像を作ろう、みたいな話が持ち上がってるらしいですよ。王都の中央広場に設置するとかどうとか……」
「…………」
…………本気だろうか。
少し考えて、本気だろうな、と思った。これはまた、すごい嫌がらせもあったものだ。
あぁ……、と思う。
信じることに ―――― 信じ続けることに、漠然とした不安を感じなかったと言えば嘘になる。
けれど、今。
「……考えておこう」
「よろしくお願いします」
にっこりと笑ってみせたリュカ少年に。
“大丈夫” ―――― と。
そう思ったのも、また事実だった。
まずは、大丈夫だと信じること。
待っている ―――― 待ち続けている。
いつか来る、その日のために。




