07
場所を移して、家の中の一室。
客室とはまた別の部屋にオレ達はいた。
あぁ、ここ、家族団欒とかで使ってた部屋だなー。他の豪華になってる部屋と比べて、ここはオレの記憶の中のものとあんまり変わっていない。
懐かしいなー……と、ちょっと現実逃避気味に思う。
うん、こんな状況じゃなければ、素直に嬉しかったと思うんだ。
こんな状況 ―――― 年上の甥っ子たちに凝視されてる状況じゃなければ。
…………あ、何かちょっと正座とかしたい気分……。
「えーっと……、改めまして。ラズリィ・ヴァリニス、です」
名乗った次の瞬間、室内は静寂に包まれた。
…………いやもう何ていうか、死の如き静寂とか、そんなネーミングを付けたくなるよな静寂。ち、沈黙が耳に痛いって、かなり貴重な体験だと思います。ってか、したくないよ、そんな体験!
ついでに突き刺さる視線も大変にイタイです。突き刺さって、突き抜けるカンジ。
一番強い視線をオレへと向けていた弟くんは、初対面の時してたみたいなものすごーく何ともいえない眼差しで、ものすごーく長ぁい沈黙を挟んだ後、ポツリと呟いた。
「……………………これが?」
……って、またこれとか言われたし!
「―――― ラズリィ・ヴァリニス……?」
呆然とした声が名を紡ぐ。 呼ばれたのかと思って振り返ったけど、それを口にしたお兄サンの視線はオレじゃなくてリト兄へと向けられてた。オレに向けられていたのは、お兄サンの右手人差し指。…………指差し確認の体勢だね、それ。どんな扱いだオレ。
視線を向けられたリト兄は、それにあぁと頷いた。
「そうだ。私の弟で、お前たちにとっての叔父 ―――― つまりは“魔術師の王”と呼ばれる世界最強の魔法使いだ」
「…………誰が、何ですって?」
「何度聞いても同じだ。諦めろ。“魔術師の王”だ」
きっぱりはっきりと言い切ったリト兄に、お兄サンが微妙な表情でこめかみを押さえた。
てか、どういう会話ですか、それ。諦めろってどういう意味だ、リト兄。「うわー、死刑宣告ー」とかって笑いながら呟いたセレ、もっとどういう意味だ。
その隣、これが?と呟いたきり沈黙してた弟くんが、再び口を開く。
「…………もう一度訊く。お前の、名前は……」
「ううう……、だから、ラズリィ・ヴァリニス……」
「却下」
「きゃっ……!?」
却下って……!
いやそれちょっとどころでもなく酷いよね!?
「その名を名乗るお前の方がよっぽど酷いわ! 何だそれは! 30年前に行方不明になった“魔術師の王”で僕の叔父の名前で……っ」
「だ、だから大っ変不本意ながら、オレがその御当人だったりするんですーっ!」
「だからそれは却下だと言っている!」
「いや、却下とか言われても!」
どうしろと!?
オレにはどうしようもないというか、名前に却下って酷いよね!? 本気で! ヘコむよ!?
「…………さっきから、会話がループしているぞ」
呆れたようなフィルのツッコミが入った。その隣でセレは半ば笑い死んでいる。途轍もなく楽しそうだな、お前だけ!
「……どうやって信じろというんだ、本当に……。“魔術師の王”とか、その使い魔たちとか…………小さな頃から聞かされてた物語だぞ? 世界的有名人だぞ? それが、僕よりも年下で、身内で、叔父で…………」
怒鳴りすぎて乱れた息を整えながら、弟くんが疲れたように言った。それは特に誰に向けたものでもないような言葉の羅列で、独白してるみたいな調子だった。
片手で顔を覆ってはーっ……と深々とため息を吐いた弟くんは、
「………………知らなかったことにしたい。特に、叔父とか」
「そっち!?」
ピンポイントでそこ!? むしろそこ重要!?
こめかみを押さえたまま沈黙したお兄サンと、もはや頭を抱えて呻いてる弟くんを順番に眺めやって、リト兄は同情するような ―――― むしろそれ以上に楽しんでるとしか思えない表情で口を開いた。
「お前たちの気持ちも判らなくはないがな、事実は事実だ。諦めろ」
言いながら、隣にいたオレの頭をポンと撫でる。だから、諦めろって何だ。
「これは、間違いなく私の弟で、お前達の叔父だ。―――― ラズリィ、だ」
オレの頭に手を乗せたまま、リト兄がそう言った。…………今、さりげなくまたしてもコレ扱いされたよね、オレ。
頭を抱えていた手を外した弟くんが、何とも言えない表情で呻く。
「…………何の冗談ですか」
「現実だ」
「叔父さん、って…………“魔術師の王”ですよね?」
「あっはっは、今更それ確認するー?」
親子の会話に、セレが遠慮なく笑い声を上げた。その方向をものすごく嫌そうなカオで見やった弟くんが、これまた遠慮なくセレを指差しながら言う。
「……で、そこで笑ってるのが、“闇を統べる王”……?」
「はーい、そうでーす」
「……その隣が、“光を司る王”で間違いないか?」
「あぁ」
「…………ああああああ、もういろいろちょっと待て!」
再び頭を抱えた弟くんが絶叫した。
「何だ、本当にもう! “魔術師の王”と言ったらアレだろう、世界最強の魔法使いですごい人物で! 間違ってもそんなそこかしこで滑ったり転んだり、運動神経が足りないせいで怪我が絶えなかったりする人物じゃなかったと思うんですが!?」
「すまん。言えなかっただけで、ラズリィは昔からこんな人間だった」
「言えなかった、って…………父上……」
「お前達の叔父はこんな人間だと、本人を見ていない状態で言っても信じないだろうと思ってな」
「…………」
何せ相手は曲がりなりにも“魔術師の王”の称号を持つ魔法使いだ、とリト兄が言えば、お兄サンがぱたりと沈黙した。
…………それは、アレか。肯定の沈黙か。
ていうかさ。……ていうか、だ。
さっきから何か聞き捨てちゃいけない類の言葉がたくさん聴こえるんだけど! 何だ、オレはそれにどこからツッコめばいい!? いや今現在何もツッコめてないけど!
オレのことを話されてるはずなのに、オレが口を挟む隙が無いっていうのはどういうことだ。ていうか皆して何か酷くない!? 酷いよね!? ぐっさりと傷付いたよ、オレ!
「リ、リト兄酷い……」
「全部事実だ、ラズリィ。諦めろ」
「だよねー? ラズに怪我が多いのは純然たる事実でしょー」
苦笑してオレの頭を宥めるように撫でながらも、すっぱりきっぱりとリト兄が言い放ち、セレがそれに追い討ちをかけてきた。
…………事実だよ。事実だけどさっ? もっと他に言い様ってモノが……っ!
ぐう、と黙り込んだオレをさすがに哀れに思ったらしいフィルが、フォローのためかどうかは知らないが口を開いた。
「魔法使いとしては破格に腕が良いのも確かだがな」
「余計にタチが悪い! ギャップが酷い!」
弟くんがそれを一刀両断する。どういう意味か、と思うオレの隣で、フィルが「……まぁ、そう言ってやるな。本人に自覚はない」と淡々とそう言った。お前のそれもどういう意味だ。
ていうか、オレからするとアンタら全員揃ってタチが悪いカンジです。
……使い魔含む。うわ、オレ今味方いねぇ。
「………………いい、判った。もういい」
三度頭を抱えた弟くんが、やがて妙に据わった声音で呟いた。
いやあの、ナンか怖いんですけど……。特にその背中に背負ったオーラ。
「―――― すぐに、認められるわけじゃない」
「うん?」
オレを見上げ、唐突にそう話始めた弟くんに、オレは首を傾げた。
「お前が『ラズリィ・ヴァリニス』だとか、未だに却下したくなるんだが……」
「しないでよっ!?」
いや、さすがにそこから否定されたらホント真面目にヘコむから! ていうか、ヘコんだから!
咄嗟に怒鳴り返したオレを、弟くんは何とも言えないカオで見返した。その瞳が、「したくもなるわ」と何よりも雄弁に物語っていた。目は口ほどにモノを言っている。進行形。…………なので、何だか泣けてきます。こっちも進行形で。
「…………でも、もういい。その辺は、諦めた」
「……え?」
また、こてん、と首を傾げる。……うん?
「……時間を、くれ。もうそれが、事実でしかなくて諦めろと言うのなら、何とか自分の中で折り合いをつけるしかないだろう」
でもさすがに今すぐは無理だから時間をくれ、と。
そう告げた言葉の中には、どういう意味かとツッコみたくなるものも雑じってたけど。
「……うん!」
それでも、受け入れてくれようとしてるのは伝わってきたから。オレはそれに勢いよく頷いた。
一瞬その勢いに気圧されたように身体を引いた弟くんは、次に非常にビミョーな表情でオレを見た後そっぽを向いた。
「…………叔父というよりは、手のかかる弟が出来た気もするが……」
「弟!?」
「とりあえず…………、叔父上とお呼びした方がよろしいのだろうか?」
「よろしくないです!」
お兄サンまでそういう……!
いや、真面目に言ってるのは判ってるんだけど!
それぞれ別の意味で痛い甥っ子たちの台詞に叫び返したオレの背後で、セレがお腹を抱えて爆笑した。フィルとリト兄が揃って噴き出したような音もした。
ていうか、これオレ的に笑うところじゃないから! 全然、まったく、これっぽっちも!
何ていうか……、絶対いじめだよね、コレ……。
「そういえば……」
ふと、思い出したというような表情でお兄サンが声を上げた。視線が真っ直ぐにオレへと向いていたので、何だろう? と首を傾げる。お兄サンは微妙にフクザツな表情をしたままオレを見て、ゆっくりと口を開いた。
「叔父上は……何故30年前と変わらない姿でいらっしゃるのですか?」
「……ぐ!」
お、叔父上はよろしくないって言ったのに……!
いや、だってちょっと考えてみようよ! 20代半ばの青年が、ひと回りは年下と思われる少年に『叔父上』の呼び掛け…………これどんな絵面! どんな罰ゲーム!
しかも敬語とか……むしろこれオレにとっても罰ゲームだよ! 居た堪れないよ!
「ラズー、そこでじたばたしてないで、ちゃんと質問に答えてあげた方が良いよー?」
背後からセレのそんな声がした。ん? と思って振り返ったら、ソファーの背もたれに頬杖を付いた状態のセレと目が合う。思ったよりも距離が近くて、ちょっと吃驚した。
「え? あ、質問?」
って、オレ今何か訊かれた? 一番最初の『叔父上』の単語に思考持ってかれてたから、ちょっとウロ覚えなんだけど……えぇっと、何だっけ?
「…………何故、30年前と姿が変わっていないか、だ」
フィルがご丁寧にも質問を反復してくれた。
…………あうぁ。それちょっと、ピンポイントで痛いところを……。何て答えていいのか困るとこジャストミートってカンジだよ。
だってさ、うん。
だってね。何で30年前と同じ姿なのかと訊かれても。
「ええぇっと…………寝てた、から?」
…………そうとしか、答えようがない。
「………………」
いや、だからさ……。
いやあのオレ、すんごい真面目に答えてるわけですよ。冗談抜きで超真面目。全部事実。
だから、あの、何言ってんだか判んない、っていうか、想定外のものを見る目付きでオレを見るの止めませんか、甥っ子たちよ……。特に弟くん。
「―――― まぁ、ラズリィだから」
“光の洞”のこととか、そこで30年寝てた話とか、つい最近そこで目が覚めて危うく死に掛けたことだとか、その辺の経緯を掻い摘んで説明した後、一番最初に発せられたのは、リト兄のそんなあっさりとした台詞だった。
……って、ちょっとォォっ!? そんな簡単に片付けられていいことじゃないと思うんですけどっ? ひと言で片付けられたよ、オレの30年!
ていうか何それ! どんな納得の仕方!?
「ち、父上……そんなひと言で終わらせていい話題でもないと思うのですが……?」
「と言われても、実際そのひと言で事足りる。何せラズリィだから」
また言われた……!
何その台詞! 何でリト兄は悟っちゃった風にそれ口にするかな!?
「あははー、懐かしいね、ソレ。『学院』でも便利呪文並の扱いでよく使われてたけどー」
「えっ、何が!?」
「ラズが関わったことで理不尽な何かを感じた時は、『ラズだから』って呟いて考えること自体放棄した方が賢明だよー、って注釈と共に広まってたよ? その台詞」
「何それ!?」
いや、ホントに何だそれ!? オレそんなの知らないよ! ていうか便利呪文て何!
オレはその話にどこからツッコめばいいですか!? ツッコミ所が多すぎて判んないよ!
「…………いつも思うが、俺としてはお前がそれを知らないことの方が疑問だ」
「だよねー。有名な話だよ? これ」
……後ろで呆れたように呟くフィルと、楽しそうに同意を返すセレの存在が今は憎い。
前にも思ったような気はするけど、何だその一般常識みたいな語られ方。
はいはいはい! オレが理不尽を感じた時に使える便利呪文とかはないんでしょーかっ? 今正に理不尽感じてるんですけど!
「あぁ、やっぱり『学院』でも似たような扱いを受けてたのか……」
苦笑しながら、リト兄がオレの頭をゆるりと撫でた。
…………やっぱりって何ですか、兄上様。確信か。確信されてるのか、オレ。さりげなく傷付くよ、それは。
「ううう、何だ皆して……」
いじめか? いじめだな? 間違いなくいじめだよな、これ!
リト兄に頭を撫でられたままぐったりとソファーに懐けば、甥っ子二人からは微妙な視線を、使い魔二人からはそれぞれため息と笑い声を、そしてリト兄からは再び苦笑を貰った。
「30年、待たされたせめてもの意趣返しだ。甘んじて受けろ」
降って来たのは、苦笑を含んだ声。
その言葉に、ふとオレは顔を上げた。見上げた先、やっぱりリト兄は苦笑してた。
30年と、口にする。
リト兄の口にしたそれは軽めの口調ではあったけど、その裏にある感情は口調程には軽くない。
それが、痛いぐらいに理解できたから。
……あぁ、やっぱり、傷になってるよなぁ……、これ。
判るだけに、甘んじて受けろという言葉にも強い反発は出来ない。確かにそれは、オレが甘んじて受けなきゃならないことでもあると、思う。
「―――― あぁ、そういえば私も訊きたいことがあったんだ」
「ほぇ?」
「お前、どういう経緯でティトに魔法を教えることになったんだ?」
オレの頭から手を離して、リト兄がそう訊いた。
ティト……? と一瞬内心で首を傾げたけど、視界の端でピクリと弟くんが反応を示したので、あぁ弟くんのことかと納得する。
ていうかごめん、弟くんの名前とか素で忘れてたよ。だって今まで弟くんとしか呼んでなかったし…………うん、ホントごめん……。
ついでにさっきから弟くんが大人しくて、いっそ不気味なカンジです! 相変わらず睨まれてはいるんだけど、それだけというか。全然怒鳴られない、っていうのは、逆に怖いです。いや、怒鳴って欲しいわけでもないんだけどね!?
…………違う、話を戻そう。まずはリト兄の問いに答えなきゃだろ。
……って、あれ?
「…………何でオレ弟くんに魔法教えてたんだっけ?」
ものすごく成り行きだった覚えはあるんだけど。
あれー? と首を傾げてたら、フィルがため息を吐いて簡潔に答えてくれた。
「頭を打ったからだろう」
フィル、それ、簡潔すぎる! 明らかに情報不足! それだとただの暴言みたいだよ!?
でもそれで思い出した。ドアで頭打ったとこが始まりだったね、そういえば!
「頭を、打った……?」
何だそれは ―――― というより、何をやった、とでも言いたげな表情でリト兄が呟く。セレがけらけらと笑いながら口を開いた。
「弟くんが開けたドアが、ラズの後頭部にクリティカルヒットしたんだよねー?」
「…………そうか」
ううううう……、リト兄が微妙な視線でオレを見てる……!
何故だか上機嫌なセレが、弟くんに魔法を教えることになった理由を簡単に説明し、その後を引き取るようにフィルが、そもそもどうしてここに来ることになったのかっていう経緯を淡々とした口調でバラした。んで、更にもののついでとばかりに、この街が『グランディスタ』だって最初まったく気付いてなかったっていう事実までバラされた。
そ、そこは黙ってようよ!? 黙ってれば判んないじゃん! あああ、リト兄の視線が何か生温くなった気がする……!
「ぶつかって転んでもないのに足を捻挫……」
う、はい、やりました。そういうことを。
ビミョーに視線を逸らしたオレをまじまじと見やって、リト兄はやがてポツリと呟いた。
「本当に、間違いなくお前だな……」
他にそんな器用なことが出来る奴を私は知らん、と言い切る声。
……って、ちょっとォォっ!?
その納得のされ方は、心底微妙です兄上様!
そしてこの状況で頭撫でられると何かヘコみます! 向こうで微妙というよりは奇妙な表情になってる甥っ子たち見てもヘコむけどな!
リト兄が、ふと首を傾げた。
「―――― あぁ、そうだ……」
「今度は何っ?」
まだ何かあるってか!?
心持ち警戒して顔を上げたオレを、リト兄は意に介した様子もなく見やって『そういえば』の先を続けた。
「お前、エンジュには会ったのか?」
「…………はい?」
「覚えてないか? お前も以前会ったことはあるはずだが……」
「え、いや、覚えてる、けど……」
いや、うん、覚えてるよ?ちゃんと覚えてる覚えてる。
それって、アレでしょ? リト兄の恋人の名前……で、多分今は奥さんになってる人だよ、ね?
…………あれ?
いや、ちょっと待って。うん。
『会ったのか』って……。
「エンジュさん、もしかしてこの家にいたり……する?」
え、もしかして、そういうこと……?
恐る恐るそう問い掛けたら、
「何を今更」
と、ものすんごくあっさりとした返答を貰った。
………………い、いたんだ?




