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Neva Eva  作者: 真樹
幸せのカタチ
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39/61

06


 ごめんなさい、と。



 言い掛けた言葉は、口の中で途切れた。












 ―――― あ、と思った。



 オレがぶつかった、大きな背中。

 ちょっと吃驚したみたいに振り返ってオレを見たその瞳が、目が合った瞬間に驚きに見開かれた。



 あ、と思う。



 その表情に、覚えがあった。


 そのひとに、覚えがあった。



 ひと目で判った ―――― 判ってしまった。


 すとん、と。何の抵抗もなく、判っちゃったんだ。

 これが、誰なのか ―― って。



 オレがこの人を、間違えるはずがない。




 ―――― リト兄、だ……。





 理解ってしまったから、オレの思考は、そこで一瞬固まった。







「あぁ、ちょうど良かった」


 ぶつかった背中の向こう、オレ達の姿を認めたお兄サンが朗らかな声を上げる。


「つい先程、父が帰宅したんだ。思ったよりも随分早くに仕事が終わったとかで、予定が早まったらしい」


 運が良かったな、といたずらっぽくお兄サンがそう言ったのは、以前セレが「将軍サマにお会いしてみたかったんですけどねー」みたいなことを口にしたのを覚えていたからだろう。

 うん、そうだね。だって確か、もうあとひと月ぐらいは王都にいるとか、そんなことを聞いたような気がするし。……ちょっとそれどんだけ予定が早まったの。


 バッチリと合ってしまった視線を外せずに、オレは固まってしまっていた思考を一生懸命に再起動させた。



 ていうか、さ。

 ……ていうか、だ。不意打ちもいいとこだと思うんだよ、うん。

 だってホントに、今、ここで会えるなんてこれっぽっちも思ってなかったんだよ?そりゃ吃驚するよ。…………リト兄は、オレ以上に吃驚したカオでこっち見てるけど。


 …………固まってるな、リト兄。動きが、完全に止まってる。お兄サンがオレ達を指して、「こちらが先程言っていた魔法使いの少年と ――」とかって説明してるけど、多分それも耳に入ってないだろう。

 その気持ちは、痛いぐらいによく判る。オレも今固まった。


 うん、…………でもさ?

 オレに、どうしろっていうのさ、この状況。完全にリアクション取り損ねちゃったんですけど。タイミング外した、っていうか、何ていうか……。


 ……ねぇ、リト兄?



 視線の先、リト兄はこっちを顔だけで振り返ったままの体勢で固まっていた。

 ものすごく驚いたカオ……多分、こういうのを驚愕の表情っていうんだろう、って思えるそんなカオでオレを見下ろしてるのは、一般に渋いと評されるだろう、オジ様。がっしりとした体躯と、落ち着いた雰囲気 ―――― 初めて見るカオ、だけど……でも、ひと目で判った。リト兄だ。

 お兄サンの言葉を聞くよりも前から、それだけははっきりと判ってた。


 やー、いい男なのは相変わらずかー……と、再起動した思考がそんな微妙にズレたことを考えた。オレがそんなアホなことを考えてるなんて知るはずもないリト兄は、呆然とした表情のままゆっくりと体ごとこっちを振り返った。


「父上……?」

「どうかしたのですか?」


 ここに来て、リト兄の様子がおかしいことに気付いたらしいお兄サンとその隣にいた弟くんが、揃って怪訝そうな表情で口々にそう問い掛けた。

 だけど、リト兄は真っ直ぐにオレを見据えたまま、視線を逸らそうともしなくて。

 ゆっくりとこっちを振り返る、その動作がどことなくぎこちなかった。見れば足元も何か覚束ない。


 ちょっとリト兄、転びそうだよ? と、やっぱりちょっとズレたことを思いながら顔を上げたら、そこにあったリト兄の顔が思ったよりも近くて。

 近いっていうか、近すぎじゃね? ―――― なんて思った瞬間、



「……うわっ!?」



 オレの視界は、8割方塞がれていた。

 判りやすく言うと、抱き締められた。


 え、何なになにっ!? リト兄ってこーゆーキャラだったっけ!?



「ち、父上……!? 何を……っ?」


 …………あ、違うな。うん、違う。向こうでお兄サンが動揺してる。声に驚きの気配がビシバシだ。

 だよね、やっぱ。こういうスキンシップとか、あんまりする人じゃなかったよね。こういうのが得意だったのは姉上様とかの方で、リト兄はそれを笑いながら見てたような気がする。


 ていうか、しまった。またしてもリアクションを取り損ねたぞ。いや、これでも内心、かなり焦ってるんだけ、ど……。


「……って、痛っ! いだだだだっ! ちょ、ギブギブ! リト兄、ギブっ!!」


 締まってる締まってる! それ本気で締まってるから!!


 背骨がミシミシいうレベルでぎゅうっと力を込められて、さすがに悲鳴を上げた。

 何、なになにっ? 何なのさ! オレを殺す気かーっ!?



「―――― ラズリィ」



 不意に。


 オレの頭上から、くぐもった声が、した。

 記憶の中のものより、少しだけ低くなったリト兄の声。


 それはするりと、オレの耳まで届いて。


 あぁ……、と思った。

 そっか、って思った。


 初めて甥っ子たちと会った時みたいに。

 オレの家が、吃驚するぐらい立派になってた時みたいに。

 両親のお墓が、日に焼けてちょっと色褪せてたのを見た時みたいに。


 30年、それだけの時が経ってるんだって、そう思った。



 確かめるみたいに、オレの名前を呼ぶ声。


 その語尾が、ほんの少し震えていたのは気付かなかったことにして、オレはそれに頷き返した。



「うん」



 応えを、返す。

 小さな声だったけど、それでも十分相手には伝わっただろう。ビクリ、と目の前にある肩が一度震えた。少しだけ抱き締めてた力が弱まる。

 けど、次の瞬間、今まで以上の強い力を込めて抱き締められていた。



 正直、痛かったり息苦しかったりで、もいっかい悲鳴を上げたかったりもするんだけど。

 何か……存在を確かめるみたいにぎゅうっと抱き締める、その仕草には覚えがあったから。



 せめて、リト兄の気が済むまで、痛いのぐらいは我慢しよう……と思った。




「……ラズリィ」

「うん」

「―― 本当に、お前か?」

「オレのニセモノがいた、って話は聞いてないけど」

「本当の本当に、お前、か……?」

「オレだよ。っていうか、リト兄。オレじゃなかったらこの状況って軽くやばくね? 初対面の人間に抱き付くのは犯罪だと思うよ。犯罪」

「…………間違いなくお前だな」

「え、ちょっと今オレ何で確信されたの」


 納得いかない! と声を上げれば、誰かが後ろでぶっと噴き出した音がした。……セレ、後で締める。


「……セレ」

「いや、ごめ……。でもちょっとすぐには止まんない……っ」


 フィルの呆れたような声にも、セレは笑い続けてる。

 そこで初めて、リト兄はオレの背後にいる二人の存在に気付いたらしい。腕を緩めて顔を上げた。


「使い魔殿……」

「あー、何か懐かしい呼び方ー」


 驚いたみたいなリト兄の声に、けらけらとセレが笑った。そういえばそんな風に呼んでたんだっけ?

 フィルが素っ気なく口を開いた。


「フィルでいい。使い魔はオレの名ではない」

「そーだねー。俺もセレでいいよ。真名以外の呼び方にこだわりはないから」


 まぁ、そうだろうな。今までもずっとそうやって自らのことを名乗ってきたわけだし。『学院』の中でも、その名前で呼ばれてたしね。

 と、二人の台詞を気にも止めなかったオレとは逆に、甥っ子たちは軽く混乱したらしい。特に弟くんが。


「真名以外こだわりがない、って……! ていうか使い魔!? 使い魔だったのか、お前ら二人!?」


 ……あ、やべ。

 そういや、フィルとセレが使い魔だって…………言ってない。言ってないな、うん。ごめん、そこから驚いてんのか。よりにもよってそこからか。

 思わずすいーっと、弟くんから視線を逸らしたら、その隣にいたお兄サンとばちっと目が合った。うわぉ。


「―――― とりあえず、父上」


 お兄サンは、心底フクザツそうな表情で言った。


「説明頂きたいことが、山程あるのですが?」

「……あぁ」


 ……いや、リト兄。そこ「今気付きましたー」みたいな、そんな反応返すとこじゃないから。多分、お兄サンの反応の方が普通だから。

 訊きたいこと、そりゃあるよねぇ……。今のリト兄の行動とか、まぁ、その辺いろいろ…………ていうかそろそろ離してくれると嬉しいです、リト兄。腕の力は弱まったけど、未だにオレをがっちりホールドしたまんまとか……ぜ、絶対これ話とかし辛いと思う。


 そんなリト兄の行動は、普段からは考えられないことなのだろう。お兄サンも弟くんも、目の前でワケが判らない、ってカオをしてた。……いや、何かごめんなさい。何となく。



「…………お知り合い、ですか?」


 ようやくさっきの衝撃から立ち直ったらしい弟くんが、恐る恐るといった様子でそう訊いた。リト兄が、あぁと頷き返して ―――― 直後不思議そうにオレを見下ろした。


「そういえば……話してないのか?」

「……話せると思う?」


 何を、なんて訊くまでもない。

 オレが二人の叔父さんだとか、そんな事実話せるもんかぁっ!オレ未だにその事実受け入れきれてないのにっ!ていうか、いつ結婚したの、リト兄っ!? オレそこから知らないんですけどォッ!


「あぁ、そうか……」


 オレの返答に、リト兄がちょっと虚を突かれたように瞬きをした。


「前提でお前の非常識ぶりを知っている人間以外には、さすがに無理か……」

「ちょ、それどういう意味ーっ!?」


 き、聞き捨てならないっ! てか、それは絶対に聞き捨てちゃいけないぃっ!! 後ろで爆笑してるセレ、ちょっと後で覚えておけ!


 ちょっとそれは本当にどういう納得の仕方かとリト兄を睨み付ける。悪気なく言ってるのが判るだけに、逆にちょっと居た堪れない! 未だにオレを抱き込んだまんまの体勢もどうかと思うけどさ!

 セレとか絶対に面白がってるとしか思えない表情でこっち見てるし、フィルは……何か微笑ましく見守ってくれちゃってるような気配が……。何ていうか、うん、アレだ。お爺ちゃんが孫を見てるカンジに。……ぐぁ。


 ……判った。文句は言うだけ無駄だと、もうそれについては諦めよう。

 だけど。



「……うん、とりあえず。―――― オレは、消えないから。だから、一旦手離して?」



 言いながら見上げたリト兄の瞳に、あぁやっぱり図星か、と苦笑した。



 うん、そうだよね。

 オレにとっては、一瞬でも。リト兄にとっては、30年で ―――― それだけの年月が流れてて。


 それが、傷になってない……なんて、考える方が馬鹿だよね。




「消えないよ。大丈夫、夢でもない。幻でもない。オレは、ちゃんとここにいるよ」



 ここに、いると。

 帰って、きたんだと。


 ひと言ひと言、ゆっくりとそう告げれば、リト兄が一瞬だけ瞳を見開いた。

 だけど、それもホントに一瞬のことで。


「―――― そうだな」


 リト兄は、瞳を細めた。


「お前は、ここにいるな。あの時と、何ひとつ変わってない。いなくなった時の、まま……」


 ゆるりと手を持ち上げて、リト兄はオレの頭を撫でた。

 そして、微笑う。



 それは、昔と同じ笑い方。―――― 男前度が5割増す、あの笑い方だ。




「お帰り、ラズリィ」




 …………それ、結構反則なんですけど。兄上様。




 告げられた「お帰り」の言葉に、どう返すべきか少し迷って。

 だってまさか、そんな言葉をここで貰うとか思ってなかったから。


 少し迷って、でもやっぱりこれしか思い浮かばなかったから、応えた。



 あの時、言えなかった言葉を、口にした。




「……ただいま」






 おかえりと、もう一度そう応えてくれた声に。



 ちょっと泣きそうになったのは、内緒にしておこうと思う。


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