09
目の前には、白紙の報告書。
……え、何? 罰ゲーム?
「え、何これオレが書くの?」
「……当事者だろう、お前」
眩しいまでに真っ白いそれを指差しながら訊いたら、呆れたようなフィルの声が返ってきた。
え、いやだってオレ今さっき流れた橋とか潰れた小屋とか直して帰って来たとこだよ? それで紙の束を目の前にドン! と置かれたら、嫌がらせかとか思うじゃん。
って、そもそも当事者じゃなくない? オレ。
「どっちかっていうと、巻き込まれたっていうか、巻き込まれに行った……?」
「自分から首を突っ込んだ時点で、お前は当事者になったんだ。諦めろ」
きっぱりすっぱり、ド正論が返って来ました。ううう、返す言葉が見付かりませんー。
心なしかフィルの声が冷たいのは ―――― うん、ちょっと怒ってるからだ。
アレです、「自分から危ないことに首を突っ込むな!」と、既に怒られた後だったりします。ハイ。オレの想像と一言一句違わずに同じセリフで怒られましたよ。
こんなとこで予想が大当たりしても嬉しくないね! ……でもオレよく当たるんだー、そういうの。
とりあえず、諦めてペンを取りました。―――― が。
えーっと……。
「……執政官の名前、何だっけ?」
ナンか聴いたような気もするけど忘れた。きれいさっぱり忘れた。必要ない知識だとオレの脳が判断した!
どっちにしろ執政官のフルネームなんて知らないよー? オレ。
首を傾げてたら、前方からお姉さんの声が飛んできた。
「もういっそ、ハゲって書いとけばいいんじゃない?」
さすがにちょっとそれはどうかと! ハゲは名前じゃないよお姉さん!
……ていうか、フィル。それをさくさくと報告書に書き込んでんじゃないよ、お前は。
「結局、執政官の名前を誰も思い出せなかったっていうのはどうなんだろう……」
そこまで関心持たれてなかったのか、執政官……。ある意味すごいぞ。
しかも町の人たち、そのほとんどがお姉さんとまったく同じセリフを吐いたのは更にどうなんだろう。「ハゲでよくね?」って……良くないと思うんだけど。え、オレの方が間違ってる? これ。
何となく、自信をなくしちゃいけないところでなくしそうになりながら、一部白紙のままの報告書を束にして机の上でトントンと揃えた後、それをそのまま隣にいたお兄さんへと渡した。
「ハイ、これ」
「え……」
「『学院』から人が来た時に、渡しといて。一応ここで何があったのかは纏めといたから」
「……えぇ!?」
反射的にそれを受け取ったお兄さんが、素っ頓狂な声を上げた。
「渡しておいて、って……」
「あぁ、でもちょっと空欄のままのとことかもあるから、その部分は後で埋めてくれると嬉しい。『学院』の人に任せても良いけど」
「アナタが直接渡せば良いのに」
お兄さんの隣で事の成り行きを見守っていたお姉さんが、そう口を挟んだ。
うーん……ごもっともなお言葉ではあるんです、がー……。
「んー……、ちょっと中途半端なまんまで申し訳ないんだけど、そろそろオレ達出発しようかな、ってさ」
「出発……って、えぇっ!?」
さっきよりも更に素っ頓狂な声をお兄さんは発した。
ていうかお兄さん、顔が近いです顔が。一気に距離を詰められました。
「何でそんな急に!?」
「うん、フィルがちょっと急いだ方が良いって言うから……」
「―――― ラズリィ」
ちょうど良いタイミングでドアが開き、その向こうからフィルが顔を覗かせた。
フィルの声が聴こえた瞬間に、お兄さんの肩がちょっとだけ強張ったのは…………多分、条件反射というものなのだろう。……ごめん、トラウマになってないことをせめて祈りたいと思います。ええ、せめて。
フィルはその手にオレの荷物を持っていた。オレの代わりに借りてた部屋を片してくれてたんだけど、どうやらそれが終わったらしい。
いや、オレも手伝おうかー? って訊いたんだけどさ、お前がいると逆に手間が掛かりそうだから遠慮する、とか言われた。んで更に、部屋にあるものを何も壊さない自信はあるか? とか訊かれた。
…………どういう意味だとか訊かない。訊かないよ。オレは割と自分というものを知ってる。ていうか、過去に宿屋で転んだ拍子に据え置きの花瓶割っちゃたこともあるしね! 前例があるだけに何も言えないっての!
「あ、ありがとー」
なので、素直に礼を言いつつフィルから荷物を受け取って立ち上がる。
「……まだ、何のお礼もしてないわよ? あたし達」
不意に、ポツリとお姉さんがそう言った。
ん? と思ってオレは首を傾げる。お礼って……、
「オレが好きなように好きなことやっただけだよ?」
いやもうホント、好き勝手にやっちゃっただけですよ? ……だからフィルにも怒られたりしたんだけどね!
「お礼とか、何もいらない。ただのオレの自己満足だし。あ、でも、オレのしたことで少しでも喜んでくれる人がいれば嬉しい……かな?」
誰かが喜んでくれれば、オレも嬉しい。オレはオレに出来ることをやっただけ。
うん、ホントにそれだけだよ?
「……って、アナタ……」
「―――― 諦めろ。これはこういう人間だ」
何でかちょっと絶句したみたいなお姉さんに、フィルが淡々とそう言った。え何それどういう意味? ていうかこれ呼ばわりは酷くない?
しかもナンかそれで納得されちゃった……? えぇぇ?
び、微妙……と呟いたオレの耳に、お姉さんのため息が届いた。
「……ほんと、アナタやっぱり変なコだわ」
お姉さんに変なコ認定されるのこれで3回目だよね、オレ。え、ちょ、それはもう修正不可能ですか!?
くすくすと、笑い声。
見ればお姉さんが笑ってた。……おぉ?
「ありがとう。―――― 『奪ってく魔法使い』ばかりじゃない、って教えて貰ったわ」
最初にアナタが言った通りだった、とお姉さんが言った。―――― それが全部じゃなかった、と。
「『魔法使い』には、こんなことも出来るんだ、って……。何かを救うこともできるんだって、教えて貰ったわ」
だから、ありがとう、と。
向けられたのは、真っ直ぐな言葉。
……うん。それは、オレの方こそありがとう、って言いたいかもしれない。
奪ってくばっかっていうのが『魔法使い』なんだって、それが全部だって、そんな風に思われるのが悲しかった。
悲しいし、痛いなぁ、って思ったから、今回のことにオレも首を突っ込んじゃったワケで。
悲しいなぁ、って思った。
痛いなぁ、って思った。
知らないうちに死に掛けたりもした。
最後、フィルにも怒られたりしたけど。
全部、今ので帳消しになった。
『嬉しい』が、勝った。
お姉さんの隣で、お兄さんが同じように微笑う。
「ありがとう。町を代表して、礼を言う」
こっちもまた、真っ直ぐな言葉。
「えぇと……どういたしまして……? で、オレも、ありがとう。お世話になりました!」
「……ラズが迷惑を掛けた。すまない。ありがとう」
…………オレが迷惑掛けた前提で、フィルが謝罪とお礼を同時に言った。……いや、掛けたけどね? 迷惑。掛けたけどさ。
治療した相手に逆に介抱されてみたり、衣食住と提供して貰ったり、転びそうになったのを助けて貰ったり。
……しっかり掛けてるけどね? 迷惑……。
しかも最後、中途半端に後任せることになってごめんなさい、と告げれば、そんなのは謝ることじゃないの、とお姉さんに断言された。お兄さんも気にするな、って笑ってくれた。
だからオレも、もう一回ありがとうって言って、微笑った。
ありがとう ―――― さようなら。
いろんなことがあったけど、―――― 良いことばかりでもなかったけど。
たくさんの優しい気持ちも貰ったから。
いつか……また会えるといいな、って思った。
そして ――――……。
「―――― ところで」
「何よ?」
「あの子、ラズリィと……」
「呼ばれてたわね」
「学院のお偉いさんを『じーちゃん』と……」
「呼んでたわね。使い魔のひとは呼び捨てにしてたけど」
「………………え?」
「あたしはもう、深く考えるの止めにしたわよ?」
オレ達に手を振った後、お兄さんとお姉さんがしてた会話は、さすがにオレの耳には届かなかった。
「そいえば、さ……」
「前を見て歩け。転ぶ……言った傍から転ぶな」
「あ、あはははー? ありがとぉ」
地面と仲良くなる前に、フィルに腕を掴まれて事なきを得ました。
うん、ホント学習能力ないな、オレ! ていうか、フィルが完全に手慣れてるのが何か悲しいような気がするよ。今更だけど。
えーっと……何訊こうと思ってたんだっけ? あ、そうそう……、
「出発、急いだ方が良いって言ってたの、何で?」
オレ最初は『学院』から誰か来るの待ってから出発しようと思ってたんだけど、と言えば、フィルは少しだけ眉を寄せてオレを見た。え何その反応。
「……お前はまだ、『学院』の連中には特に会わない方がいいだろう」
「え? 何それ……」
「会えば向こうがパニックになる」
「え、ちょ、何!? それオレどんな危険人物扱いっ!?」
しかも断言か! 断言なのか、フィル!?
ひ、酷くないかそれーっ!? と声を上げるオレをさらっとスルーして、フィルは更に言葉を続けた。…………うん、何気にヒドイよな、お前。
「『学院』の人間との接触は、できるだけ避けた方がいいだろう。会うのなら、最初にゼルティアスに会え」
「じーちゃんに?」
「それか、もしくは『学院』に直接出向くことだな。とりあえずそれが一番面倒が少ない」
面倒て……。また断言か、フィル。
どういう意味かと問う気力も失せたというか何というか……。 まぁ、出発を急いだ理由が、『学院』の人間に会わないためにっていうのは判ったけど。
「それと……」
「ん? まだ何かあんの?」
「あぁ、こっちが本題だ。―――― セレの石を早く取りに行った方がいいだろう、と思ってな」
「!」
フィルの言葉に、オレは思わず足を止めて傍らのフィルを見上げた。オレを見下ろしてたアイスブルーの瞳と目が合う。
オレの視線をしっかりと受け止めて、フィルは再び口を開いた。
「セレの石 ―――― アレは人に預けた」
「……それはまた思い切ったことを」
「仕方ないだろう。あの時は、俺も余裕がなかった。……それ以外に方法を思い付かなかったんだ」
「いや、ごめん! 別に責めてるワケじゃなくて……!」
「判っている」
頷いて、フィルはオレの頭をくしゃりと撫でた。
あの時 ―――― “大崩壊”の、終わった日。
オレの記憶も、あの辺は曖昧なものが多い。
もう大丈夫だって、瞳を閉じたところで途切れてる。
あれから、30年。
もう、それだけの年月が流れてるんだって言われても、いまいちピンと来ないのが正直なところで。
「…………うん、判った。急ごう」
頭の上のフィルの手をぎゅっと握り締めて、オレは顔を上げた。
右耳。空っぽのままのピアスホール。
大切なもの。ここにあるはずだったもの。
ブラックオパールのピアス。セレの石。
あの日、見失ってしまったセレの姿。
―――― そうだね。取り戻しに、行こう。
「で? セレがいるのは、どこ?」
問い掛けたオレに、フィルはふと瞳を細めてみせた。
そして、記憶を辿るように、ゆっくりと口を開く。
「“シェルローズ”―――― 確かそんな名前の……その村に、いるはずだ」
告げられた言葉を、オレは口の中で小さく繰り返した。
“シェルローズ”
―――――― そこが、次の目的地。
魔法使いにできること編、終了です。
お付き合いくださいました皆様、どうもありがとうございました!
次は闇の王様メインのお話になりますー。




