<自己複製>
後から分かったことだが、最初に起こった異常は地表に散布した分解用ナノマシンの自己崩壊に関してだった。
当初の予定期間を過ぎても一部のナノマシンが自己崩壊を起こさなかったのだ。
その時、船の人工知能が注目していたのは遺伝子改良を受けた藻類と昆虫の排除だったので、予定を少し超えてナノマシン散布後8ヶ月でそれが達成された時点で地表の監視は終了し、降下艇の準備作業と搭載するナノマシンプラントの動作試験を行っていた。
宇宙空間側でのナノマシンはあくまでも精密作業を代行する単純なロボットとしての機能のみを利用していた。
それも異常に気付くのが遅れた原因かもしれない。
試行錯誤の結果、自己複製機能を組み込んだナノマシンは代を重ねるごとに変異することが分かった。
もともと自己複製型の場合材料が現地調達に頼っているため、ある程度の変異は起こるものだが、その場合でも親となったナノマシンは子として作ったナノマシンとの参照比較を行い複製が行われた時点で変異が発生した個体はただちに作り直されるようプログラムされていたはずだったが、この機能が働いていなかった。
結果、変異を重ねたナノマシンは自己崩壊を起こすことなく残ることになった。
ただし、この現象は当船が初期段階から保有していた材料以外で作成されたナノマシンに限って発生した。
それはつまり、何らかの異常を引き起こす原因が惑星もしくはこの周辺で採集した材料に存在するということだ。
こういったケースは船の人工知能にとっても、地球化のマニュアルを作成した人類文明にとっても想定外であり、ナノマシンを使用しない惑星の地球化というのは技術的にも資材的にも不可能だったので人工知能は原因の究明と対策を最優先事項として取り上げた。
その結果大変なことが判明した。
人類規格とあえて呼称するが、人類規格のナノマシンは4種類の組み合わせで構成されている。
だが、変異を起こした個体は5種類の、つまり、未知の構成要素を含んでいたのだ。
もし、人類文明がまだ残っていたらこの発見は地球外知的生命体の痕跡との接触として地球外知的生命体探査(Search for Extra-Terrestrial Intelligence)の人々から大いに反響を呼んだろう。
しかし、船の人工知能にとっては目的遂行の妨げになる単なる排除すべき要因でしかなかった。
この新たに発見された構成要素は複製行動を起こした際に、材料として採取された物質内でナノマシンの構成素材化を受けた際、まるでもともと規格の一部であったかのように振る舞い人類規格のナノマシンに融合するのだ。
しかもそれに法則性は見出されず、この構成要素を含んで構成されたナノマシンは自己複製行動を行った際、突然変異的な複製を作成してしまう。
ほとんどの場合は機能的に役に立たない劣化コピーになったり機能自体を喪失し、いきなり停止してしまう事になるのだが、わずかな個体はオリジナルを超える機能を発揮した。
その結果として現在の状況が引き起こされたようだ。
当初調査したとおり惑星に先住生物はいなかったため、過去に人類と同じ方向で科学的に発展した何らかの種族が同じような技術を究極まで突き詰めて行った結果、最後にたどり着いたものがほぼ同じナノマシンという技術になったと思われる。
もともと、このナノマシンと言う技術は構成素材自体からして物質のほぼ最小単位で構成されていたため異なった文明が作ったものも究極的にはほぼ同じ姿になってしまっても仕方が無かったのかもしれない。
目的が同じで、この宇宙という法則性が同じ世界を元に作り上げた技術はまるで平行進化(収斂進化?)の産物のように似たようなものを生み出してしまったのではないだろうか。
ただし、人類規格のものは構成素材は4種類、異星起源のものは構成素材は5種類という違いはあるが。
異星起源の物はその振る舞いから生物的な進化を利用して最適な形を模索するために5種類目を組み込んだと思われる。
現在のところ方法は不明だが、かれら(この呼び方が正しいかはわからないが)も自分達で利用する際に当然制御出来る形で作ったはずなので方法さえ分かれば5種類目の振る舞いのON/OFFを切り替えられるはずだ。
そうでなければ、仮に進化を繰り返し最適な形を得られたとしてもそれを維持することは出来ないからだ。
……それとも現実の生物と同じように常に変化を内包して当然という判断で5種類目を作ったのだろうか?
もし、後者の場合制御方法がないということになるのでその場合は地球化の障害になる可能性がある。
その場合は、ナノマシンという新たな生物種を受け入れる生態系を構築するか、またはどうにかして排除するかという話になってしまうからだ。
ナノマシンが自己を改変してたどり着く先に何があるのかは不明だが、それが滅んだはずの異星文明そのものという可能性もゼロではないので、その場合も考慮して対応を検討したほうがよいかもしれない。