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第1話 出会い

築40年、防音性の「ぼ」の字もない木造アパート「夕凪荘」。

深夜11時半、45歳の社畜・佐藤太さとう ふとしは、鉛のように重い足を引きずりながら2階の廊下を歩いていた。

連日のサービス残業と上司からの理不尽な叱責。ボロボロの胃をさすりつつ、自分の部屋である201号室の前までたどり着く。

ふと視線を横にやると、2、3日前に誰かが引っ越してきた気配のあった隣の202号室のドア前に、可愛らしいピンクの花柄マットが敷かれていた。

「へえ、新しい住人か……。挨拶もできてねぇな……」

関わる気力もなく、ポケットから取り出した鍵を鍵穴に差し込もうとした、その時だった。

ギィ、と乾いた音を立てて隣のドアが開いた。

「あ……! 隣のおじさん、おかえりなさい!」

ひょっこりと顔を出したのは、ひらひらとしたフリルエプロンを身につけた美少女だった。

ブレザーの制服の上にエプロンという反則的な組み合わせ。栗色の髪を揺らし、パッチリとした大きな瞳で太を見上げてくる。名前はひかる

「あの、夜遅くにすみません……。ご飯、まだですよね? 肉じゃが作りすぎちゃって……良かったら、食べる?」

太の脳内で、警報が鳴り響いた。

(は……!? 女子高生!? なんでエプロン!? ていうか可愛すぎるだろ!! いや待て待て待て、深夜に一人暮らしのJKと会話? 通報されたら俺の社会的命が即死する!!)

「あ、いや! 結構です! 近寄らないでください!」

太は咄嗟に身を乗り出し、全力で後ずさった。不審者を見るような目で見つめる太に対し、光は傷ついた風でもなく、どこか愛おしそうな眼差しで頬を少し赤らめた。

「ごめんなさい、突然……。でも、おじさん、毎日すごく遅くまでお仕事頑張ってて、お顔がすごく疲れてたから……。私、お料理得意なんです。お裾分けだけでも……ダメ、ですか……?」

ウルウルとした瞳で上目遣いをされ、太の心臓が大きく跳ね上がる。

(健気すぎる……! いや騙されるな太! 相手は女子高生だぞ! 廊下でこれ以上立ち話して誰かに見られたら『45歳のおっさんがJKを勧誘』で一発アウトだ!)

「……わかった! わかったから! とりあえず中に入りなさい!」

警察の影に怯えるあまり、太は光を自分の部屋の中へと引っ張り込んでしまった。

「お邪魔します……ふふ、おじさんの部屋、なんか落ち着く」

光は嬉しそうに微笑むと、手際よく持参したタッパーから肉じゃがとお味噌汁をテーブルに並べた。

促されるまま一口食べた太は、言葉を失う。出汁がしっかり染み込んだ、涙が出るほど優しい味だった。

「……めちゃくちゃ、うまい……」

「本当ですか!? よかったぁ……おじさんのために、心を込めて作ったんです」

光はホッとしたように胸を撫でおろし、両手を膝の上で重ねてモジモジと頬を染めた。

(こんな良い子がなんで一人暮らしを? ていうか、なんで見知らぬおっさんの俺にここまで親切にしてくれるんだ……?)

太が胃薬を飲むのも忘れて困惑していると、光がすっと距離を詰めてきた。甘い香りが太の鼻腔をくすぐる。

「あのね、おじさん。私……ずっと前から、おじさんのこと――」

「ひっ……!?」

光の真っ直ぐで甘い視線に耐えかね、太は思わず悲鳴をあげた。

可愛いJKに懐かれて嬉しいという本能と、いつ警察がやってくるか分からないという極限のストレス。

太はプルプルと震える手で胃薬の袋を破り、水も飲まずに口へと流し込んだ。

(※太はまだ知らない。目の前で恋する乙女の顔をしているこの可愛い子が、男であることを――)


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