感電死
「ミーコちゃんのことが好きだ」
今日も言えずじまいだった。好きな理由を聞かれてもよくわからないけれど、ミーコちゃんはクラスのみんなからは嫌われている。
「くせぇ」とケンジはミーコちゃんの隣を通るたびに、わざとらしく大きな声で言うけれど、決して臭くない。
「臭いって自ら大きいと書くんだよ」
とミーコちゃんはポツリと言った。クーラーの調子が悪い教室に、時折ゴゴゴとモーターが相槌を打つように響く。
ケンジと幼稚園、小学校、中学校とずっと同じだったミーコちゃん。
誰がどう見てもケンジはミーコちゃんのことが好きなんだろう。
そう感じ取れば、感じ取るほどに、先に告白しないとと僕は空回りし始める。そもそも好きな子にチョッカイを出してもいいのは、小学五年生までのはずだ。
六年生にもなると、そんな愛情表現はシラける。
それはミーコちゃんも同じだろう。
ミーコちゃんは大柄だ。ぽっちゃりと言うと特定性癖に訴えかけるようで嫌なので、がっしりしているといったほうがいいのか。
姉ちゃんはガリガリ棒を奥歯で折りかじりながら、
「バカ、ぽっちゃりもがっしりもダメだよ」と僕のデリカシーのなさを窘たしなめた。
だったら何と表現すればいいのか、と姉ちゃんに食い下がったが、ゲンコツ一発もらって「カラダのことは本人が一番わかってんだから、なにもいっちゃダメなの」と叱られた。
姉ちゃんは摂食障害で苦しんでいた時期がある。原因不明の食べられない時期、食べても吐いてしまう。原因不明と言いながらも、原因はわかっていた。好きな男の子から、「最近太ったな」と言われたのだと、母から教えてもらった。
「だから、哲さとしもお姉ちゃんの身体のこと言わないようにね」と釘を刺された。
姉ちゃんは高校に進学したけれど、半年休んでしまって、ダブりになった。留年だ。それでも、いまは高校に通っている。タフな人だと思う。
一学期終業式ミーコちゃんに告白したと、帰りにケンジ本人から聞かされた。「考えさせて」という回答だと言っていた。
そもそもOKなら、今日僕と一緒に帰るなんてことはしていないだろう。
「考えさせては、断りのタメ期間だよ」
ホームラン棒から溶け流れた滴が親指の付け根を伝う。姉ちゃんは逃さず舐め取った。
すぐに断ると、失礼だからそうだ。ミーコちゃんはそんなに振り慣れていたのだろうか。そんなテクニックを使えるほどでもないだろうに。
夏休み、近所の市民プールに姉ちゃんと行った。姉ちゃんがやたらとナンパされるので、面白そうに見てたら「あんなの、コンビニの灯りに集まる蛾と同じよ」と吐き捨てるように言った。
その例えだと、姉ちゃんはコンビニの灯りということだが、最終的にバチバチと蛾を感電死させるということになる。あの高校生や大学生たちは、もう恋愛をしないなんて言わないはずだ、つまり、感電死させるほどの力は姉ちゃんにはないと思うのだ。
ひとしきり泳ぎ疲れたなと思っていると、監視員からプールから上がるように指導された。五十分ごとに十分休憩があるということだ。
灼けたプールサイドのタイルは、濡れた足裏が一気に乾きそうなほどで、タオルを敷いて寝転がるオジサンが何人もいた。
「杉田君、来てたの?」
と声を掛けてきたのは、ラッシュガードで身体のシルエットを隠したミーコちゃんだった。長い髪は束ねて、キャップの中に入れ込まれている。むき出しの顔に目を逸らす。
「あれ、ケンジと一緒?」
探りを入れるような問いに、ミーコちゃんはコクっと小さく頷いた。
後ろから、膝カックンされて灼けたタイルに手をついた。
「おぉ、サトシじゃないの。一人? プールに一人じゃつまんないぞ」
ミーコちゃんは、ケンジの後ろにスッと隠れて、肘でもう行こうと急かすように、つつく。
姉ちゃんの話しと違う、二人付き合ってるじゃないか。頭頂部に日差しが強くあたり、痛みすら感じる。
右腕をグッとひっぱらられ、胸に肘があたる。
「哲ッ、なにしてんのよ。早く行こうよ。私アイスクリーム食べたい」
姉ちゃん、と喉の奥から甲高い声が漏れそうになるも、グッと我慢した。
「なんだよ、彼女サンいるのかよ。年上?」
「あぁ、えーと」答えに困っていると
「2個上だよ、私高校ダブってるから」
ミーコちゃんが姉ちゃんを値定めするように、上から下へと舐めるように見ていた。
「行こ、ケンジ」とミーコちゃんはケンジの手を取って、自分たちの荷物のある方へと小走りで去った。監視員が「そこ、走らないで」と注意していたのはあの二人のことだろう。
「姉ちゃん、なんだよ」
「だってさぁ、ムカつくじゃん」
「なにに?」
「何って、そんなこともわからないからフラれるんだよ」
姉ちゃんは僕の右腕をほどいて、濡らさずにいた髪をかき上げた。
「悪いかよ」
「アイス、ほらあそこで売ってるから、アンタのおごりね」
身体の奥までしみ込んでいたプールの水は蒸発し、ふやけていた足裏もいつの間にか乾いていた。




