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ふたりの夫と本の中での冒険を楽しむお話。  作者: 丹羽坂飛鳥


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シャグマとの時間

アルバを見送ると、買い出しを勝ち取ったシャグマとは、まず武器屋へ向かうことになった。

様々な道具が行き交う往来で、隣に立つ褐色肌の探検家が医者として整えている綺麗な手を差し出した。


「ラフィネル。手、繋いでもいい?」


「もちろん。……ふふ、いつもなら何も言わずとも繋ぐのに、あえて口にしたから意識してしまうではないか」


「こうして二人で歩いていると、デートみたいだからね。柄にもなく緊張してる。

 ただの買い出しだけじゃなく、一緒の時間を楽しんじゃおう?」


私は良い男を夫にもらったと実感したものである。

笑顔の素敵な美丈夫が提案する話に、頷かずにはいられなかった。


シャグマに手を握ってもらい、歩調を合わせながら華やぐ往来を進む。

製作者としてよく見知る街並みでも、隣を歩いてくれる誰かがいると特別に感じる。

背の高い男を見上げると、彼も私に緑の瞳を向けて優しく笑った。


「この世界なら、護衛なしでいいから二人きりになれるね。

 うわ、嬉しいな……アルバが自分で護衛して出かけるならともかく、俺がラフィネルと二人きりでデート出来るなんて、一生にこの一度だけかもしれない」


表情を緩ませたシャグマが、買い出しを必死に争った理由が言わずとも沁みてくる。

……二人きりのデートを誰よりも楽しみたくて、先手を取りたかったのか。

思わず手を繋ぎながら、彼の腕を抱いた。

城下町でもよく見る熱い恋人たちのようにシャグマに寄り添ったって、誰にも見咎められることはないなんて……確かに贅沢な心地だ。


「一生に一度ではなく、また別の街でもデートすればいいだろう。

 買い出しが終わったら、カフェにでも行くか? この街には美味しいパンケーキを作るお店があるぞ」


「クリームパン食べた後だけど、いいの? この後、料理長のお昼ご飯も待ってるよ?」


「本の中での食事は、物語を盛り上げる味付け程度なんだ。

 回復薬を使う行為と同様に、食べても実際に体内に何かを取り入れているわけではない。

 試食のクッキーが美味しいのはわかったと思うが、大量に食べても太ったりしないし、現実の肉体は空腹のままだから問題ない」


「じゃあカフェに行って、その次は公園で日向ぼっこして一休みしたいな。

 公園の芝生の上に、敷物を敷いて寝転がってみたかったんだ。

 現実では誰かに見咎められそうで出来ないけど、これも一生に一度はやってみたいって思ってたからね」


「いいぞ。道具屋で敷物を売っているから、回復薬とともに購入しよう」


手を繋いだシャグマと、楽しくおしゃべりしながら往来を歩く。

女性に話題を合わせるのも上手な男だから、何より気が合う男だから、話しているだけで彼に夢中になる。歩く時間が足りないと感じるほど、お店に着くのもあっという間だった。


武器屋では一段階強い弓を購入し、防具屋では鎖帷子という内側に着込む防具を購入した。

私の装備は購入せずとも問題ないことも伝えて、道具屋で回復薬などの補充と敷物を買えば、買い出し完了だ。


「それじゃ、改めてデートに行こうか。

 カフェのパンケーキは何があるの?」


「果物を多く使ったものも取り扱っているし、薄い食事系のクレープも置いてある。

 ミツメの街の名物として発展させてやろうと思ってな。品揃えも凝ったから、ぜひ一度見てほしい。

 でも私はあんこクリームにすると決めているんだ。東方で味わったものを再現してあったから楽しみにしている」


「なるほど、突然『東方のあんこが食べたい』って言い出したのは、実物との差も調べたかったから、かな」


察しの良い男を褒めて、共にカフェへ向かう。

望んだパンケーキを食べて、頬が落ちそうになるくらい満足した。

綺麗に裏返した焼き目が秀逸で、生地を噛むとサクサクとふわふわが共存している。あんことクリームの甘みの調和も素晴らしい。


「んー、たまらん……シェレイアがお友達と共に、王都の美味しいカフェ巡りをしているらしいんだ。

 ヨアも渋々連れ回されているそうだが、聞くたびに羨ましくてな。

 しかし『そのカフェ好きのお友達と話したいから紹介してくれ』と言ったら、丁重に断られてしまった」


「ずっと一緒にいるシェレイアならともかく、女王陛下の御前に呼ばれたって思ったら、お友達も萎縮しちゃうからね。

 また学校の生徒に美味しいお店を聞いておくから、一緒に行こう? アルバが好きそうな葡萄酒のお店も聞いたから、今度みんなで行きたいな」


苺のパンケーキと紅茶を楽しむシャグマと共に、他にも様々な話題で盛り上がった。


食後は公園に向かったが、大陸間の景色を楽しむための海浜公園とは違い、ミツメの街の公園は道具やぬいぐるみたちが自由に遊べる全面芝生敷きとなっている。

本の中だから芝は傷んでも自動回復するし、いつでも青々としているのが特徴だ。芝刈り機君も毎日活躍している。

シャグマと歩きながら候補地を探していたが、彼がちょっと小高くなっている丘を指で示した。


「あそこでどう? 遊んでる子達の邪魔にはならないと思うよ」


「良さそうだな、では行こう。丘の形が島を一つ占領する様で気に入った」


「島か……君が大陸端のパルムクル王国から、島を丸ごとエルタニアに持ってきたのを思い出したよ……」


懐かしい。

思い出話に笑ったシャグマが、早速、芝生に敷物を敷いてくれた。

靴を脱いで座らせてもらったが、体重移動して芝が形を変えるたび、音がするのも面白い。


「地面に接しているのに、意外に暖かいな……反発力のある芝が支えになってくれているのか」


敷物のおかげでサクサクした芝生の感触が和らいでいるし、空気の層が地面との間に出来ているのも感じる。

思い切って寝転がってみると、お日様が全身に当たった。

公園を吹く風が、肌に溜まった火照りを冷ましてくれる。

土や草木の香りを感じながら深呼吸すると、本の中なのに、現実の公園で寝転がっている気分にもなれた。


「公園でくつろぐ者をたまに見かけるが、太陽の熱と風の爽やかさが心地良いな。

 空の青がどこまでも広がっているのも綺麗だ」


「うん……森の中から見上げる空もいいけど、周囲に何もないのも贅沢。

 冒険の合間だって忘れちゃいそう……休暇を満喫してる気分だよ」


横を向けば、同じく寝転んだシャグマが私を見て微笑んだ。

……頬杖をついた彼が私を抱き寄せてくれたから、胸に顔を埋める。

好きな人の体温を感じながら頬を擦り寄せると、夫に甘えている心地もたまらなく良い。


「野営では子供達が見ているから、お前と二人きりで堂々と寝転がるなんて出来ない。……私まで夢を叶えた気がする。不思議だな」


顔を上げれば、世界で一番整った顔立ちのイケメンがいる。

言葉もなく見つめあっていると、彼から先に近づいてくれたから、私も目を閉じた。


唇が、重なる。

軽く音を立てて、吸われる。

たったそれだけのことなのに……甘やかな感触にも、彼の恋しくなる香りにも、何もかもに鼓動が早まる。


……普段公共の場では口づけなどしない男だから、今は二人きりだし特別だろうか。


重ねていた場所が離れても、何か言えるほど熱が冷めるわけではない。

むしろ見つめ合う眉目秀麗な男に胸の奥まで掴まれた心地で、唇を触られていた。


「たまに公園でいちゃついてる恋人がいるのは、誰も見てないと思ってるのかな、って考えてたけど……世界に二人きりの気分だったら、こうしたくなるのも分かるね」


なぞられた唇が、頬が、熱を持つ。

爽やかな香りの男が再び顔を近づけて……甘く吸われる音に、頭の奥まで痺れてしまう。


「シャグマ……」


「……君を今だけ、たくさん独り占めさせて」


褐色肌の色男を飾る、宝石のような緑の瞳が近づく。

耳の奥でまで心臓の音が聞こえるのを感じながら、間近くで囁く声を聞いた。


「俺に勝手にされたって、言い訳していいから。……ね?」


抱き寄せられたまま、唇が重なる。

理性なんて、甘やかな声が壊してしまった。


私からも彼の首に腕を回して、二人の時間を味わう。

時折大切に抱きしめてくれる夫の胸に顔を埋めると、心臓の音が心地いい。

私の高鳴る鼓動と同じくらい早いと気づくと、彼も緊張しているのだとわかって、ますます愛おしくなってしまう。


「お前のそばにいると、いつもなら安心するんだ。……優しくしてくれるのがわかるから。

 でもこうして愛してくれると、やはりいい男だからドキドキする」


照れてはにかむ私に、探検家姿の男は緑の瞳を揺らした。

唇を閉じて、言葉も出ずにいる純真なところも可愛らしい。


「……君のそばにいると、想像もつかないことだらけだ」


愛していると言葉で伝えなくても、桃色の髪に触れる彼の指先だけで、気持ちなど十分に感じられる。

それでも盗み見るように夫を見上げると、褐色肌の美丈夫が柔らかに表情を緩めた。


「大好きな君と二人きりで、芝生に寝転んでデート出来るのが嬉しい。

 こんなに素敵な時間をありがとう。大好きだよ、ラフィネル」


優しい表情に胸が締め付けられるまま、公園なんて場所で、惹かれ合うまま唇を交わす。

爽やかな風が吹くのに、全身の火照りが鎮まらない。

腕の中に入ってしまったら、もう離れたくないくらい、彼が愛おしくて……甘えた気持ちで身を寄せている近くで、音がした。


「探検家と魔法使いを見なかったかと尋ねてまわったら、公園でいちゃついていると街の者に言われた。

 まさか集合時間すら忘れて抱き合っているとは思っていなかったが、何か弁解はあるか」


聞き慣れた低い声に、全身が一気に緊張して心拍数が上がる。

シャグマが私をギュッと抱きしめて、髪に頬擦りした。残念そうに吐息している。


「集合時間までなんてあっという間だったよ、アルバ。

 まだまだ時間がほしいんだけど、延長しちゃだめ?」


「……延長した分だけボクの分も延長してやりたいが、残念なことに、そろそろ昼食の時間だ。

 情報共有だけして終わろう。後回しにしたくない気持ちはお前にもわかるはず……ん?」


アルバのいう通り、ちょうど「お昼ご飯の時間ですよ陛下」と本の外から侍従長が呼びかけてくれる。

三人とも言葉も出ずにいたが、シャグマも諦めがついたらしく、起き上がってしまった。


「それじゃ呼ばれちゃったし、残念だけどお昼ご飯に行こうか。

 今日はみんな学校に行ってていないけど、だからって『ご飯の時間を守る』っていう約束を破ってまで遊んでいいわけじゃないからね」


「むう……切り替えが早いぞ、シャグマ」


「だって君が言ってくれたんだよ?

 『デートの機会は、まだまだたくさんある』。

 だからまた次の街で、二人きりのデートをしよう。……ね、ラフィネル。約束して?」


顔を上げた私に、デートの終わりを告げる口づけが重なる。

次の約束を受け入れた私からも唇を返すと、名残惜しくとも本を閉じた。


お昼ご飯を終えて再び本に戻れば、アルバが集めた情報を共有してもらう。

日時計で約束の時間を決めてから、今度は私とアルバ、二人で買い出しに出かけた。


が。


彼らがどうしてもデートで先手を取りたかった理由を、私は思い知ることになった。

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