3.話し合いの始まり
A:おはよう、ミキ
M:おはようございます、アイザック
A:今日のレポートを受けよう。まずこの家について
M:レポートということでしたら、問題点を挙げてよろしいですか
A:それでよい
M:一番にあげるべきは、水道が使えないことです
A:水道? バスルームというところ以外にも水がいるという意味か
M:そうです
A:理由を述べてくれ
美希は、困惑した。アイザックは砂漠の国の人なのだろうか? 水は井戸から運んでくる? いや、そうではない。砂漠の民ならばむしろバスルームの浴槽の方がわからない筈だ。バスルームに雨水とソーラー・システムを準備して、台所に水が出ないのは不自然すぎる。
M:飲み水は確かにありました。ですが、調理をするための水が台所に必要です
顔を洗ったり歯を磨いたりする水が洗面所に
洗濯をする水がランドリー・ルームに必要です
A:……そうか、了解した。飲み水だけでは不足だったのだな
M:はい
A:私の理解不足だな、資料を見たところ、確かに水は重要だ
給水塔を設置しよう。しばらく待っていてくれたまえ
A:ありがとうございます
M:それを各水道栓に繋ぐことは簡単にできるようだ。すぐに準備しよう
ソーラー・ヒーターにも給水できるようだ、そちらも繋いでおこう
A:よろしくお願いします
M:ミキ、水のことを他の場所にも反映しなくてはならない
違う場所にもこの家と同じセッティングをする予定だが、場所について
再考慮する。この家には十日ほどの滞在予定にしていたが
一月に伸びると思ってくれたまえ
A:え? ここで二年ということではないのですか?
M:そうではない。移住候補地はいくつかある。その地で生きて行くための
評価を聞かせてもらいたい
A:は、はい、わかりました
M:では次のレポートを
考え方を変えなくてはならないかもしれない、と美希は思い始めていた。「これって、マジ?」と内心呟く。アイザックと名乗るこの人物は、本当に日本人をどこかに集団で移住させるつもりなのだろうか? 戦時や災害時への”居住環境評価“ではなく? 災害時に最初に来る援助は給水車、次に医療、食料の筈だ。人は食べなくても何日かは生きて行けるが、水は、生存だけでなく衛生環境を左右する。飲めるレベルの清潔な水がなくては健康の、それが続けば生命の、危険度が上がるというのに、アイザックにはわからなかったらしい。
さらに、この場所に留まるのではなく、移動して生存に適した場所を探すことになるらしい。冗談でそこまでする人はいないだろう。本当の目的は何?
M:昨日は、主に家の中をチェックして就寝しました
不自由に感じたことは、洗濯機がなかったことですね
A:洗濯機、それは衣服や寝具を洗うものだね
M:そうです
洗うだけなら洗濯機がなくても手で洗えます
ですが、たとえば私の力では、水を含んだ寝具を絞って
物干し竿に掛けることは難しいかもしれません
単純に重すぎるのです
そうですね、必要なのは、むしろ脱水機の方かもしれません
A:そうか……
洗濯機を準備しよう
さあ、次を言いたまえ
M:はい、電気について聞きたいです。どのくらい長く電灯をつけておいても
大丈夫なのでしょうか。夜早く寝て、朝早く起き、電灯に電力を使わないよう
気を付けた方がいいのでしょうか
A:ああ、電力か。それは全く心配ない
ソーラー・パネルというものを設置してある
その仕様によれば、四人家族が一日使えるだけの発電量があるそうだ
M:そうでしたか、それなら洗濯機も問題なく使えますね
A:ああ、電気については問題ない
M:あと、これは私が気になるのですが、排水処理はどうなっていますか?
チャットは二時間近く続いた。美希は、アイザックが本当はどういう人なのか、何が目的なのか質問を微妙に変えながら探り当てようと努力したが、彼が嘘をついているような、あるいはからかっているような様子は見えず、ただ意見を求め、状況を理解、改善しようとしているようにしか思えなかった。ただ、その基礎的理解度が、時として非常識の域に達しているのだった。
A:アイザック、ありがとうございました、かなりこの家のことがわかりました
M:ミキ、真摯な対応に感謝する
A:え? 仕事ですもの、当然です
M:このままの対応を望む
A:もちろんです。今日は外を歩いてみます
M:では、明日
A:はい。ご期待に沿えるよう準備します




