第42話 先代
「……」
何とコメントするべきだろう。その言葉に秘められた意味は、死そのものであり、それはまるで主人、つまり俺の行く先を暗示しているようであった。それで気を落とす訳ではないが、身構えるものはある。
ロビニィはそんな俺を気遣ってか、少々黙り込んだ。だが、次に彼女の口から飛び出した言葉は、俺を戦慄させるのに更に十分な響きを持っていた。
「……そう、あのロジタールはもういないのだ」
!?
俺は下を向きかけた顔を、はっと持ち上げてロビニィをみつめた。
「ロジタール……」
「そう、ロジタールだ。お主よ、自分の名前の由来というか、なぜ自分がロジタールなのか,その辺りを知っておるか?」
その問いに対し、明確な答えではないにせよ定まった返答はある。
「俺も恐らく異世界の者だ。こちらの世界、いや、こちらではなく、とにかく目が覚めた前の世界で、最初に脳裏に浮かんだのがロジタールという名前だった。他に何も分からないが、それだけははっきりと分かったんだ」
俄かに沈黙がわだかまる。静かで、どこか不気味な湿り気を持つ空気が俺たちを包み込んでいた。
「ここからは私の仮説だがな、複数ある屋敷は、それぞれが相互に何かしら作用しているのではないかと思う。そして、屋敷には優劣、もしくは大小、それらの違いがあって、それぞれが何らかの役割を持っているのではないかと思うのだ。そして、先代ロジタールはそのあたりの兼ね合いで命を落とした、というのが私の推測だ。奴もまた、そこまで口数の多い人物ではなかったから、実際の所は分からない。だが、奴が命を失うような理由も分からない」
ロビニィの表情に陰鬱な色が浮かんだ。あまり立ち入るべきではないかも知れないが聞かなければならない。俺には聞く権利と、そして義務があるようにも思われた。
「一体、何があったん……」
遠慮がちになったのか、声が幾分小さくなり、上ずんでしまった。だが、いずれにせよ俺がその言葉の先を継ぐことはなかった。
そう、俺がその言葉を言いかけた時、俺たちとは異なるテンションで、不意にルルーゼが割って入って来たからだ。
「そ、それで、それで? その、ロビニィは、まだ若いころの姿でそのロジタールに会ったんでしょ?」
「あ、ああ、そうだが……?」
「そしてまた会いに来た! これって、男女の匂いがしない!?」
「む……」
「え、だって、ロビニィ、キレイだったんでしょ?」
冷静沈着なロビニィであるが、さすがに予期していなかった唐突な問いに、少なからず動揺を隠せないようだった。
しかし、それが沈痛にも似た場の雰囲気を変えることに寄与したのも事実だ。俺自身、ロビニィの話を聞きたい気持ちもあったが、同様に気持ちの整理を付けたい気分もあった。
ロビニィもそれを察したのか、機転を利かせ、会話の矛先を変更する決断をしたようだ。
「う、うむ。そう、私は何より美しく、そして聡明で、大胆であった。突然とはいえそういう女性が入り込んで来たのだから、奴の気持ちも揺らいでいたに違いないな」
「それでそれで!? 詳しく教えて!」
ルルーゼは口元に緩やかな笑みを浮かべて、ふっと俺を横目で見る。
「ちょ、ちょっと屋敷内を見て来る……」
俺はなんとなくその場にいたたまれなくなり、そそくさと退散することにした。
「あっ、ちょっと……」
呼び止めようとするルルーゼに対し、ロビニィが「よいよい、これからじゃろう」とか呼びかけていたが、俺はそれらに背を向けて部屋を飛び出した。
「まあ、ルルーゼもルルーゼで若いからじっとさせておくのもあれだろう」
俺は小さな独り言を言いながら、不気味に静まり返った館内をゆっくり歩いた。そうしてゆっくりと頭の中でこれからやるべきことを整理する。
まずはロビニィには呪いと屋敷の事を、そしてルルーゼからは彼女の目的や転生についてを聞きたい。
その辺りが一段落したら次だ。
ダルグレンの言った通り、マァミの館へ行くことで、俺にとって見えて来ることもあるだろう。思えば、ダルグレンもまたロジタールの名前に憶えがありそうだった。
ロビニィがいつまでこの屋敷に滞在するかは分からないが、すぐに立ち去ることはないだろう。足場を固めるべく、しっかりとこれらに対する計画を練っていこう。
少しずつだが、俺は俺自身、そして屋敷の正体に近づいている感覚を覚えていた。
……そういえば。
一通り考えをまとめた後で、俺はロングランたちの動向が気になった。確か、以前ロングランの世界に行こうとした所、屋敷の封印が発動したのかその先へ行くことが出来なかったことがある。封印のない今ならば、奴の世界、そして屋敷を見ることが出来るかも知れない。
俺は華やかな希望で胸を満たし、第一歩を踏み出した。だが、何かが同時に俺の脳裏を過っていく。それは心身を包み込む陽気の最中にあって、ひやりと全身を駆け抜ける悪寒のようだった。
……。
いや、まさか。
青天の霹靂のごとく、不意に頭をもたげた不安を払拭するように、足早に奥の部屋へ向かう。ロングランとフィッシャーは向こうの世界にいるのだろうか、周囲に人の気配はなかった。俺は奥の応接室の先へ足を踏み入れ、ロングランのいる世界へ続く扉に手をかけた。
ギィ……と鈍い音がして戸が何事もなく開いた。奥には同じく応接室のような部屋が見える。そこはロングランの世界の屋敷だ。
そして、俺はおそるおそる手を伸ばした。
……。
!?
「あ、あ、あ……」
俺は頼りない声を発しながら、その場に崩れ落ちてしまった。その声を聞きつけてか、向こうから何事か足音が聞こえる。




