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探求者ロジタールの苦悩  作者: 石たたき
第二章 糸を引くもの
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第39話 顔と体と魔法

「お、おお、お前たち……、助けてくれ」


 俺たちに助けを求めるフィッシャーの目は、ひどく濁っているように見えた。顔つき、体つき、そういうものに変化はない。しかし、目に光がないとでも言うか、力と輝きが鈍いように見えた。


 恐怖におびえているでもなく、どこかに怪我があるようにも見えない。ただ、活力や精神力といった類のものが薄れているのだ。


 フィッシャーは老婆と距離を取るように、地面を這いながら後退し、俺たちににじり寄る。


「フィッシャー、大丈夫か!?」


 俺はフィッシャーの元に駆け寄りつつ、彼と対峙している人物をそっと覗き見た。


 不思議なことに、はじめ、その者は俺たちのことを相手にしていないように見えた。姿は、そう、老婆といった所か。背が低く、黒に近い紺色のフード付きのローブを身に着けている。昔話によくある、典型的な魔女のような風貌だ。


 他に注目する点があるとすれば、その者の見た目に不気味な点があること。それはフィッシャーと逆のように見えた。つまり、目だけが炯々として輝いており、他にはどことなく生気がないのだ。不思議な存在感を持つ人物であった。


 俺が警戒を露わにしつつ、どう動こうかと迷っていると、背後から声が轟いた。


「道を開けろ、ロジタール、こういう不気味な奴に対して取るべき行動は一つしかないだろう」


 ロングランが懐から杖を取り出しながら、恐れを知らない堂々とした足取りで老婆に近づいていく。そして毅然とした声を投げつける。


「その姿、何やらまやかしを感じる。姿を見せよ、そうでなければ、そのまま燃え落ちるがよい!」


 声と共に小さな火炎が杖の先端に生じたかと思うと、その位置を中心として吹き出すように燃え盛り始めた。やがて炎の先端が伸びて、渦をまくように老婆を取り巻き始める。眩いほどの輝きと熱気を発しながら、辺り一帯を等しく照らし出し、陰影を強く、濃くしていく。


 やがて炎は完全に上空に舞い上がった。そしてロングランが腕を一振りすると、老婆の周囲をゆるやかに包み込み、収斂して、そのまま締め上げるように焼き尽くさんとした。

 

 老婆は苦々しそうにロングランを一瞥するや、焦りを見せない平然とした表情で、その姿に似つかわしくない俊敏な動作を開始した。その場で身を身を屈めたかと思うと、背後へ向かって駆け出し、一飛びして炎の渦を飛び越えてしまったのだ。


「なっ……」


 一瞬とも言っていい出来事を前に、ロングランも言葉を失う。


「ほう、野暮ったいの。なかなかの腕だな。少々見掛け倒しだが」


 にやりとした老婆の顔は、俺たち一同に等しく不気味な印象を与えた。深く刻まれた皺、それとは反比例するような輝きを持つ目、見た目にそぐわない素早い動作。


 一方で、ロングランの攻撃、そして老婆の移動を契機にフィッシャーに力が戻ったのか、彼はその場から立ち上がると更に数歩後退した。


「大丈夫か、いったい何があったんだ」


「突然だ。部屋に入った時、暗がりに何かの気配を感じたかと思うと、次の瞬間、体が言うことを聞かなくなった。気をつけろ、奴は何か異質だ」


 俺は再び老婆に視線を戻した。この者が、俺が屋敷に入ろうとした時に感じた恐怖の正体だろうか。だがそれとはどこか違うような気もする。老婆も危険なにおいに満ちているが、まだこの屋敷には何かがあるはずだ。


「おい、そこの……」


 老婆が俺を見て口を開いた。ややしわがれた不気味な声だが、口調は柔らかくあまり敵意を感じない。しかしそれ以上に、この老婆に対しては異質さが勝る。俺は思わず身構えた。


「な、何だ」


「一つ聞く。お主がこの屋敷の主人で間違いないか?」


 恐らくこの老婆も異世界からの訪問者であると見える。ただ、俺と屋敷との関係を予め認識している点が決定的に異なる。


 これは、俺と屋敷、そしてあの老人の謎を解くための重要な人物なのかも知れない。俺は無言のまま、ロングランに目くばせをした。屋敷の謎を追い求めているのは彼も同じだ。ロングランも同じく、ごくりと唾を呑み込む。


「ああ、俺はロジタール。それで、一体、あなたは何者か」


 俺は短く、歯切れのよい質問をした。


 しかし老婆はすぐには答えず、しばらく黙然と俺の顔に視線を合わせ続けた。人の顔をまじまじと見たかと思うと、やがてフィッシャーに視線を送り、そしてロングランを見る。俺はその一連の所作にどことなく寒気を感じた。


「ふむ、顔はロジタール、体はそこのフィッシャーという男、魔法はそこの野暮ったい男と言った所だな」


「えっ」

「えっ」

「えっ」


 男たち三人から、なかなか聞かない声色が飛ぶ。戸惑う俺たちに対し、老婆は口角をわずかに上げて、俺たちの中に恐ろしい言葉を投げ入れた。


「勘違いするでない、男としての魅力のことだ」


「顔……」

「体……」

「ま、まあ俺は実力といった所か……」


 もしかして、俺たちが駆け付けなければフィッシャーはとんだ事になっていたのではないか……。


 しかしそれは別として、この者は強力で、得体の知れない力を持っている。俺はルルーゼの冷ややかな眼差しを受け流しつつ、会話を続ける努力をした。


「それで、あなたは一体なぜここに?」


「なるほど、この屋敷も……。言われてみれば少し名残があるな、ふむ」


 老婆は相変わらず質問に答えないまま、館内をまじまじと眺めつつ、何事かぽつぽつ呟き始めた。そこへロングランが俺にそっと耳打ちをする。


「おい、こりゃあ会話が成り立たないタイプだ。害が無いようなら、相手のペースに乗せられる前にさっさと切り上げようぜ」


 そこへ鋭く老婆が切り込む。


「聞こえておるぞ、野暮ったいの」


「うおっ、それより俺の名前はロングランだ。聞こえているのなら質問に答えな。しかし、姿に似合わない地獄耳だな」


 老婆は一つため息をつきながら俺たちに改めて向き直った。


「そうか、貴様らは私の美しさを知らないんだな」


「……っ!」


 これにはさすがのロングランも絶句したと見える。しかし老婆は意に介さず言葉を続けた。

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