ようこそ夢咲家へ
学校内の夢咲さんは本当に静かだ。
よく思い出してみれば昨晩の夢咲さんの口数はなんとなく多く、テンションが高かった気がする。
それにしても凄いもの見てしまった。
そもそもの常識とは全く違うものを見てしまったというのもあるが、得体の知れない活動に美少女が参加していたということ、しかもそれが夢咲さんだったのだということに俺は驚いていた。
俺は夢咲を見てみる。
夢咲さんに俺だけでない男子の視線が集まっているが気にする様子もなく夢咲さんは読書を続けている。
次の瞬間、クラス中がざわついた。
夢咲さんは席を立ち上がり、ある男子の席に行ったのだ。ただでさえ自ら口を開かない夢さんが会話した相手が陰キャだったのでさらにざわついたのだ。
その相手とは、俺のことだ。
早速、昨晩他人と言い張った夢咲さんが話しかけてきて驚いているのを気にすることなく夢咲さんは口を開いた。
「ちょっと水原くん、校舎裏に来てくれないかしら?」
「え、えっと?」
夢咲さんに言われた通り、他人のふりをする。
すると明らかに不機嫌そうな顔を浮かべた。
「惚けないでくれるかしら、まるで私たちが他人同士のようじゃない」
(いや、あんたが他人って言ったんだろうがぁ!)
と、心の中でツッコミを入れる。がそれを表に出すことなく会話を続けた。
「まあいいわ。放課後、校舎裏に来なさい」
そう伝え終えると、スタスタと自分の席に戻って行った。
少しの疑問とドキドキが心の中でデュエットしている。
いったい何があるんだろう?
その日、俺は行く先々の男子に睨まれたのはここだけの話だ。
◆◆◆◆
太陽が一直線に照らし、セミがしつこく鳴いている。
そんな中の数少ない日陰に俺は1人向かった。
「それでなんの用なんだ?」
そう呟くと、そこに先にいた夢咲さんは俺に近づいたのち、俺を壁に押し付けた。
夢咲さんの顔面が間近にせまりつい緊張してしまい汗が毛穴から吹き出す。
「やっぱりあなたを生かしておくわけにはいかないわ」
「は……⁇⁇⁇」
そして俺は夢咲冷の手によって人生で初めて気を失った。
◆◆◆◆
茶色い照明に一昔前を想像させる木造の部屋にいた。
「う、ううぅ」
呻きながら起き上がる、本当に何があったか覚えていない、昨晩は興奮で眠れなかったので実は少しスッキリしたのである。
「おはよう、水原くん」
「……え? ああ夢咲さん? っておい、さっき俺を気絶させただろ」
「ごめんなさい、でもああでもしないと水原くんは着いてきてくれないと思って」
「おいおい、俺をなんだと思っているんだよ、夢咲さんの頼み事なら多分なんでも聞いてやるぞ?」
そういうと、夢咲さんはそう、と一言言った。
「なら、あなたはもうすぐ死ぬって言ったらどうする?」
俺はその言葉を聞くや否や、スライド式の扉を勢いよく開けて冷え切った薄暗い廊下に逃げる。
「水原くんどうして逃げるのかしら?」
夢咲さんはあっという間に俺に追いつき俺の服を引っ張った。
「別に俺は聞くって言っただけでするだなんて一言も言ってないから」
「全く、カッコ悪いわね」
夢咲さんは俺へ冷めた視線を送った。
「でも最後まで聞いてくれないかしら? まだあなたが死ぬかなんて言ってないわ」
「それはどういう?」
一瞬、俺の体は晴天になるのだったがすぐに雷雨が降った。
「あなたの寿命が25歳までになっただけよ」
「えっ!! 25歳って予言か何か?」
「違うわ。さっき水原くんが寝ていた頃に身体を入れ替えた身体の容量が丁度20歳頃までだったからよ」
残り約9年しか生きられない衝撃と勝手に身体を機種変された怒りが現れる。
「そんな怖い顔をしないでくれないかしら。よかったじゃないもう2度と機種変されることもないし、眠る必要もなくなったのだし、それに死刑は取り消されたのだし」
夢咲さんは優しく微笑み俺の髪を撫でた。
俺はいや、よくねーよ、と返す。
「おーい、れいちゃーん」
すると突然、金髪マッシュの男が廊下の奥の方で夢咲の名前を呼んで手を振っているのが目に入る。
「誰それ、彼氏?」
男はニヤニヤしながら夢咲を揶揄う様に言った。
それに対して夢咲は笑みを崩さないまま返答する。
「こんなのが雷音お兄さまには私の彼氏に見えるのかしら?」
「まあ、そうだよな」
雷音お兄さまとやらは俺をチラッとみると鼻で笑ったのち、夢咲にそう言った。
俺は根暗で悪かったな、と思いながら胸の深い傷の修復作業に取り掛かった。
「水原くん、紹介するわ。この人が雷音お兄さま、私たち兄弟の中では5番目くらいに強いわ」
「5番目っておい、夢咲さんの家族は何人いるんだよ」
「数えたこともないわ、多すぎて。全く人騒がせなコウノトリさんだわ」
おそらくそういう知識が空っぽな夢咲はいまだに赤ん坊はコウノトリが運んでくると思っている。
「ご紹介に預かりました、夢咲家兄弟の中で2番目に強い夢咲雷音です」
「ど、どうも」
さっきよりなんかランキング上がってね? と思いながら。初対面の人にそんなことは言えず陰キャらしい返答をしてしまった。
「ようこそ。チェンジャーの名家、夢咲家へ。歓迎するよ」
夢咲さんから聞いた話だがチェンジャーというのは機種変を仕事としている人らしい。
そして夢咲家はそのチェンジャーの名家であり不要な記憶を排除するために必要な能力を持っているらしい。
「あ、はい」
「それであなたは今日からチェンジャーになってもらうわ」
「はっ? 俺は不要な記憶を排除する力なんて持ってないし無理だろ」
そりゃそうだ。俺は夢咲さんのように凍らせたりするファンタジーのような力は持っていないのだ。
「誰が単独でなんて言ったのかしら? あなたは私とタッグになるの」
夢咲さんとタッグ、その言葉だけ聞けば良いものと思ってしまう。だけどヤダ。
「やだよ、そんなの」
「残念だわ、せっかく死刑を免れたというのに」
夢咲さんはあからさまに悲しそうな顔をする。
(拒否権ねぇー!!)
「わかったやるよやるから、それだけはやめてくれ」
「ものわかりが良くて助かるわ」
物分かりが良いと言っているがただ半強制的にやらされただけなのだが。
「さあ、そろそろ勤務時間だわ」
「勤務時間って、もう夜なのか?」
「そうよ」
「親に連絡しなきゃ」
「もう、してあるわ。彼女とホテルに泊まるから今日は帰らないと送っておいたわ」
「やってんなあ」
その語弊を産む言い方、帰ったら問い詰められるに違いない。
そして俺に彼女なんていなぁーい!!