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地獄の公爵

     第12話 地獄の公爵


 西方歴2987年春。オストニア王国、巨壁山脈東麓地方中部に位置する、学園都市エカテリンブルの学園前商店街、その路地裏の喫茶店サヴォルで、リルは、今日も新メニューの試行錯誤を続けていた。

 これまでリルが考案したメニューは、リルやエルマは充分客に出せる出来だと思ったのだが、何人かの常連さんに食べてもらって、全て没になっていた。例えば、プリンを作った時は、

「とにかく山羊臭い。」

ミルク寒天を作っても、

「前より山羊臭い。」

アイスクリームも作ってみたが、

「この上なく山羊臭い。」

と言った具合だ。菓子にすると、大山山羊グレート・アイベックスの乳の山羊臭が濃縮されるようで、普通に飲んだり、ミルクティーにしたりする分には問題ない人でも、山羊臭が耐えられないらしい。常連の中に1人だけ、

「とっても山羊臭ーいぃ。トリップしそーぉ。」

と、喜んでいる者もいたが、それは置く。で、結局、ミルクを使わない茶菓子を考えているのだが、なかなかいい考えが浮かばない。リルは、そうぞういじょうにだいくせん、と思った。


 翌日から新学期が始まる日曜日。昼過ぎの比較的空いている時間に、テリャリッサ(テラ)・アウレリウスが、サヴォルに来店した。テラは現在9歳のはずだが、いつの間にか、リルより背が高くなっていた。

「リルちゃんん、冷たいミルクぅ。」

毎度、案内される前に、テラは人気のないテラス席に座ってしまった。リルは、エルマから許可をもらって、ミルクを持って、テラの対面に座った。1口目のミルクを飲んで、

「結局ぅ、まだ飛び級できないよぉ。明日からぁ、4年生ぃ。」

と、テラが言った。リルは、まださんねんある、と思った。

「そうそうぅ。4年生からぁ、魔法や武術の授業も始まるからねぇ。その方がぁ、チャンスは多いねぇ。」

ちなみにテラの兄のチェストゥス(チェスト)は、新6年生で最高学年なので、テラの兄に追いつくという目標は、かなり厳しくなってきた。

「それでぇ、魔法と武術の実技が始まるからぁ、クラス分けの試験があるんだよぉ。」

リルは、わたしのときもあった、と思った。

「リルちゃんはぁ、何をやったのぉ。」

リルは、ふれあー・らんさーかけるさんと、やりのかたと思った。豪炎の槍(フレアー・ランサー)とは、火属性の戦術級魔法で、大型魔獣を1撃で灰にする威力がある。

「ええぇ!豪炎の槍ってぇ、戦術級魔法ぅ。しかも×3ん。」

リルは、とーぜん、と思った。断っておくが、初等部の最初のクラス分け試験で戦術級魔法を使うのは当然ではない。というか、現役の軍人でも、戦術級魔法を使いこなせる人材は、皆無である。

「ううぅ、炎の玉(ファイア・ボール)を3発撃つ積もりだったけど、自信がなくなって来たぁ。」

炎の玉は、火属性中級魔法で、実はこれだけできれば、充分職業軍人として通用する。この時代、上級以上の魔法は、魔法兵装(マジック・アームズ)を用いて使用するものというのが、軍人であれ一般人であれ、共通の認識だ。ただ、リルは、ある意味リル以上の魔法の使い手だったオルティヌス(オッティ)のことを知っているので、悪魔の力がなくても、上級以上の魔法を使えるようになるのは、可能だと思っているのである。なのでリルは、ちゅうきゅうまほうだけ?と思った。

「上級魔法なんてぇ、使ったことないよぉ。」

リルは、まいにちまなのくんれんしてる?と思った。

「勿論ん。それがうちの教育方針だしぃ。」

リルは、じゃあ、つかえる、と思った。

「何でそんなに自信満々なのぉ?」

リルは、さらにはできたから、と思った。

「サラちゃんもぉ、上級魔法を使ったのぉ?」

リルは、そうきいてる、と思った。

「でもぉ、魔力(マナ)は充分でもぉ、呪紋が分からないぃ。」

リルは、なら、おしえる、と頭の中に、熱殺法球(ヒート・キル・ボール)の呪紋を思い浮かべた。リルの思い浮かべた呪紋が「どくでんぱ」に乗って「びびび」と発信され、テラがそれを「じゅしん」する。

「これが熱殺法球の呪紋ん。こんなこともできるんだぁ。」

リルから呪紋を学んだテラは、2口目のミルクを飲んだ。

「挑戦してみるぅ。それでぇ、槍は何をやったのぉ?」

リルは、ひょうてきのでくにんぎょうをばらばら、と思った。

「リルちゃんの時はぁ、刃の付いた武器を使ってもよかったのぉ?」

リルは、もくせいのほさき、と思った。

「どうして木の武器で人形がバラバラになるのぉ?」

リルは、つぎめをこわした、と思った。

「原理は分かったけどぉ、その時リルちゃん本当に9歳ぃ?」

リルは、まちがいない、と思った。

「いつもリルちゃんにぃ、カタナの稽古を見てもらってるけどぉ、私にも出来そーぉ?」

リルは、できる、と思った。

「じゃあやり方ぁ、教えてぇ。」

リルは、ん、と思った。リルの「ん」は大体肯定である。リルが木偶人形の継ぎ目の位置と、どこから刃(木刀だが)を入れれば継ぎ目を壊せるかを思い描くと「びびび」と、テラに伝わった。

「思ってたより複雑ぅ。でも頑張れば出来そーぉ。」

テラは、残っていたミルクを飲み干した。

「ありがとーぉ。頑張って見るぅ。」

リルは、がんばれ、と思った。


 翌日は、午前中が入学式で、その間2年生以上はお休みである。午後からは、授業のガイダンスだった。

 そして翌日。ついに騎士学科4年生は、クラス分け試験当日を迎える。魔法と武術の実技は、4年生からだが、それ以前から自主的に学んでいるものも多いため、実技クラスを初級、中級、上級に振り分け、スタートラインの違いで困惑する児童をなくすのが目的の試験だ。そのため、この試験の結果は成績には反映されない。

「昨日練習したからぁ、今日は多分いけるはずぅ。」

テラは、リルから授けられた2つの秘策をもって、試験に臨んだ。

 午前は魔法の試験が行われる。試験は名前順に行われるが、何故か慣例でアウレリウス本家の人間だけ、最後に回される。騎士学科に入学するものは、職業軍人志望だけあって、何の魔法も使えないものはいなかったが、中級魔法を成功させる者は少数だった。彼らは間違いなく上級クラスだろう。

 最後に、テラの名前が呼ばれた。試験官を務める実技教官は、値踏みする様な目で、テラの一挙手一投足を観察していた。テラは、3つある簡易標的のうち真ん中の1つに狙いを定め、左手中指に嵌めた銀の指輪を突き出し、

「熱殺法球ぅ!」

と、呪文を唱えた。まさか上級魔法を使うとは思っていなかった教官が目を見開くと、真ん中の標的を囲む様に無数の小さな法弾が飛び、それが標的に集中して、指向性の熱線に変わる。初等部児童のための簡易標的は、木の板で出来ているのだが、その中心部が、灰すら残さず蒸発した。

「できたぁ。」

少々魔力を使いすぎたためか、肩で息をしているが、テラは、初めて使う上級魔法に、小躍りして喜んだ。見ていた教官は、しばらく目が点状態だったが、1分ほどで我に返り、

「テリャリッサ・アウレリウス君は、魔法の実技と座学は免除だ。」

と告げた。


 午後は武術の試験である。この試験でもテラは最後に回された。名前順に、呼ばれた児童が木偶人形相手に得意の得物で、得意の型を披露する。戦闘実技教官は、鋭い視線で、採点していた。

 テラの名前が呼ばれた。持っているのは、学園の寮に入った時に持ってきた長い木刀で、テラが思いのほか早く成長したので、リルがもう使って大丈夫だろうと判断したのだ。

 木刀1本を両手で左上段に構え、木偶人形と向き合う。そのまま木刀を振り下ろし、木偶人形の首の付け根に袈裟切り。直後、周囲で見ていた者たちは、信じられない光景を目にする。テラが、木刀で木偶人形の首を切り落としたのだ。

「ふむ。」

周囲の児童たちが唖然とする中、教官だけは冷静に、首のない木偶人形を検分した。

「継ぎ目を切った、というか砕いたのか。できるとは聞いていたが、本当にやる者がいるとはな。よし、テリャリッサ・アウレリウス君は、武術の実技も免除としよう。」

「やったーぁ。」

テラは、午前に続き、小躍りして喜んだ。他の児童たちは、さすが騎士の中の騎士(ナイト・オブ・ナイツ)の家系と、畏怖をもって、テラを見ていた。


 その日の、試験終了後、テラが結果報告のために、サヴォルにやって来た。

「ミルクぅ。冷たいのでぇ。」

ほぼ指定席のテラス席に座ったテラのところに、リルが冷えたミルクのカップをもって、やって来た。

「リルちゃんの言った通りにやったらぁ、できたよぉ。魔法もぉ、カタナもぉ。」

リルは、このくらいとーぜん、と思った。

「褒めてくれると思ったのにぃ。」

テラは、ミルクに口を付けて、リルに文句を言った。ただ、リルの感覚では、もっとできてもいいくらいだと思っていた。

「そうだぁ。授業免除になるとぉ、空き時間が出来るよねぇ。リルちゃんはぁ、その間何してたのぉ?」

リルは、おねえちゃんといっしょに、かじしがっかのじゅぎょう、と思った。

「へえぇ。じゃあぁ、リルちゃんは鍛冶士の仕事もできるのぉ?」

リルは、ちょっとだけ、と思った。実際には、魔導従士(マジカルスレイブ)への部品の組み付けなど、本格的な鍛冶作業ができる。

「じゃあぁ、私も受けてみようかなぁ、鍛冶士学科の授業ぅ。」

リルは、うけてどうするの?と思った。

「デューク・オブ・ザ・ヘルをぉ、私好みに改造するのぉ。」

リルは、かいぞう、と思った。

「そーぉ、改造ぉ。」

改造と聞いて、リルは、ハッとなった。以前リルがサラディッサ(サラ)に、カタナや魔法を教えていた時は、サラにマーカス・オブ・ザ・ヘル改に合わせた能力を身につけさせようとしていた。しかし、魔導従士は、所詮機械である。魔法騎士(マジックナイト)が魔導従士に合わせる必要はなく、魔法騎士の特性に合わせて、魔導従士を改造する方が、合理的だ。リルは、双子の姉のモカイッサ(モカ)が作り上げた作品であるマーカス・オブ・ザ・ヘル改にこだわるあまり、サラのことを考えていなかった。リルは、わたしもみじゅく、と思った。

「リルちゃんはいつ見ても小っちゃいよぉ。」

リルは、そういういみじゃない、と思った。

「じゃあぁ、どういう意味ぃ?」

リルは、てらがすきなようにかいぞうしていい、と思った。

「よーしぃ、リルちゃんの許可をもらったよぉ。」

リルは、ところで、どういうかいぞうをする?と思った。

「えーとねぇ、空陸型にしてぇ、軌条砲(レール・カノン)も付けたいなぁ。」

リルは、れーる・かのんはまじかるすれいぶにものせられる?と思った。

「乗らないよぉ。お母様たちがぁ、頑張って小型化の研究をしてる最中ぅ。」

リルは、そのこがたかのけんきゅう、ぱぱとおやかたのころからつづいてる、と思った。

「ええぇ、そんなに昔からぁ!」

リルは、おやかたもおもいつかないあいでぃあがひつよう、と思った。

「分かったぁ。鍛冶士学科の授業も頑張るぅ。」

リルは、魔導従士に軌条砲を乗せるのは無理だとテラを諭す積もりだったが、テラは逆にやる気を出してしまった。リルは、まあ、いいか、と思った。テラは、ミルクをもう一口飲むと、

「そう言えば話は変わるけどぉ。」

と、話題を変える。

「リルちゃんが前に言ってたぁ、スベルドロ砦の地下倉庫ぉ。あれぇ、本当だったんだってぇ。お母様がぁ、知らない魔導従士が見つかったってぇ、驚いてたぁ。」

リルは、もしかしてかくしべやがばれた、と思ったが、ドラゴン・サーヴァントは、ピクシスの改良型で、知らない魔導従士ではないだろう。とすると、見つかったのは別の機体だ。リルは、かはんしんがあって、せなかからはねもはえてるきたい?と思った。

「私には詳細は教えてくれなかったぁ。」

リルは、なるほど、ぐんじきみつ、と思った。

「そうそれぇ。でも何でリルちゃんはぁ、その魔導従士のこと知ってるのぉ?」

リルは、ちかそうこのことをおしえたのもわたし、と思った。

「そうだったぁ。リルちゃんは倉庫の中身を知ってるんだねぇ。教えてくれないぃ?」

リルは、ぐんじきみつ、と思った。

「だよねぇ。まあいいやぁ。ラボに就職した時の楽しみにぃ、とっておこーぉ。」

テラは、残っていたミルクを飲み干した。

「じゃあぁ、早速ぅ、鍛冶士学科の授業の聴講許可を取りに行ってくるぅ。」

テラは、会計を済ませると、学園の方へ戻って行った。


 リルの新メニュー開発は、なかなか進まなかった。それで、気分転換に、本を読もうと、リルは「女傑列伝」の続きを読み始めた。

 3人目は、ソフィィッサ(ソフィ)・シバリウスという女性だった。生年が西方歴2678年となっているから、リルより1歳年下だ。フェルディヌス(フェルド)の長女らしいので、リルの従妹だ。ただ、面識がない。そう思って従兄弟たちの名前を思い浮かべてみたら、面識があるのは、サリッサ(サリー)の次男のデルギウス・ブロッケヌスだけだった。リルが人間だった時代は、まだ魔獣も多く(ただし家畜化されていない野生の魔獣に限る)街から街への移動も、楽ではなかったから、住んでいる場所の離れている者なら、親戚でも面識がないのは仕方ない。

 さて、ソフィは、フェルドの長女だが、兄がいたので、何れは他家へ嫁入りするはずだった。フェルドもその積もりで、ソフィを育てたのだが、ソフィは、そんな古い貴族的な生き方が気に入らなかったらしい。就学前から剣の道に傾倒し、学園入学後も、貴族サークルから、距離を置いていた。貴族サークルとは、学園内での貴族の子女の、非公式の集まりであり、同じ学園に通っていても、貴族の子女は平民の子と関係を作ろうとせずに固まっていたので、こう呼ばれるようになった。

 学園を中等部までで卒業したソフィは、実家に帰り、嫁入り修行をさせられた。当然、この時代の貴族の嫁入り修行と言えば、詩歌や音楽の教養で、家事は使用人の仕事である。しかし、跳ね返り娘のソフィは、そう言った、いかにも深窓の令嬢的な教養を身につけることを拒み続け、親が決める縁談も全て蹴っていたのであった。

 そんなソフィに転機が訪れたのは、サリーがブロッケヌス伯爵と離婚して、実家に帰って来た時である。クォーツス(クォーツ)・シバリウス侯爵は、出戻りのサリーを再婚させず、宮宰としての自分の後継者にしようとしていた。爵位と領地はフェルドに、中央の役職はサリーに、と言うことである。サリーの2人の子どもは、伯爵家取り潰しで、平民になっていたから、このままサリーに付いていけば、自分がサリーの次になれると考えたのである。

 ソフィは、父から爵位を継いだフェルドが、王都の下屋敷に来ていた時に、家出をして、王都の新市街にあったサリーの屋敷にやって来た。

「あら、ソフィ。お兄様が探していたわよ。」

「叔母様。私は叔母様のような強い女になりたいのです。」

「強い、と言うことなら、マギーやリルちゃんの方が私より断然強いわよ。」

 この場面を読んで、リルは、わたしのなまえがでてる!と驚いた。

 話を戻す。

「そういう強さではありません。私は、誰々夫人というような生き方はまっぴらなのです。叔母様、お祖父様から宮宰の職を継がれた叔母様から、学ばせて下さい。」

「そう、それで家出までしてきたのね。いいわ。少しだけ、この家に置いてあげる。その間に、あなたの覚悟が本物か、見極めさせてもらうから。」

「ありがとうございます。」

 こうして、ソフィはサリーの家で過ごすことになった。ただ、サリーはフェルドに、その日のうちにソフィを少しの間預かることを伝えていたようである。

 リルは、ここまで読んで、さりーおばさんのこうけいしゃたんじょう、と思った。

 サリーもソフィも、爵位のない傍系貴族である。屋敷の使用人は、侯爵家に比べ断然少ない。ソフィも使用人の真似事の様なこともやった。

 そんなある日のことである。サリーの家に1人の幼女がやって来た。名をピルキッサ(ピッキー)・ブロッケヌスという。サリーと首なし伯爵の孫らしい。

「この子の両親が自殺してしまって。貴族から突然、明日も知れぬ極貧生活に転落して、絶望してしまったようね。この子とも心中せずに、私に預けたのが、最期の希望、というところかしら。この子を私の養女にするわ。」

養女という言葉を聞いて、ソフィの心は波だった。それを見透かしたように、サリーは、

「ソフィ、安心していいわよ。この子があなたの地位を脅かすことはないから。」

と言うのだ。ソフィに、サリーの真意は分からなかったが、彼女の言葉を信じることにした。

 サリーは、公務で外出しているか、ピッキーの教育をしていることが多かったので、その間、ソフィは屋敷の管理を取り仕切りながら、サリーの蔵書を借りて、西方由来の政治哲学なども学んでいた。

「しばらくあなたの様子を見たけど、合格よ。すぐには無理だけど、そうね、ピッキーが学齢に達したら、あなたを私の秘書官にするわ。」

「ありがとうございます。」

サリーの秘書官になった後も、ソフィはサリーにできるだけついて行き、見聞を広め、確立しつつあるオストニア絶対主義の統治機構を制御する術を身につけていった。

 枢密院議長だったサリーは、一部では国王すら凌ぐ権力を持っていると言われたが、それは誤解である。ソフィの見たところ、サリーは国王ドラク1世の最も忠実な家臣だった。そのサリーが貴族たちに睨みをきかせることで、国王は望むままに王国を発展させていった。

 緑の道が完成し、オストニア王国と森の民の国との間で、友好条約が結ばれ、それを契機に、ドラク1世は、レオン4世に譲位した。サリーも、国王の代替わりに合わせて、枢密院議員を辞任して、後任にソフィを推薦した。レオン4世は、ソフィを枢密院議員に任命、枢密院はソフィを議長に選出した。レオン4世の統治下で、ソフィは王国のナンバー2になったのである。

 リルは、レオン4世統治時代は、オクタの街で隠居生活を送っていたので、中央政界で何が起きていたのかよく知らない。どんなことがおこるんだろう、とわくわくしながら、頁を進めた。

 レオン4世は、即位後、立て続けに銀嶺騎士団廃止、魔の森南部の新しい開拓地の造成、貴族の王都集住など、大きな政策を次々と打ち出していた。その間、ソフィがやっていたのは、激変する環境の中で、国王に二心ある者がいないか、目を光らせることだった。ソフィも、サリーを見習って、国王の最も忠実な家臣たろうとしたのである。

 実は、その裏で、国王とソフィは、ただならぬ関係になっていたらしい。要するに愛人である。国王は、ソフィを第二王妃としてもらってもいいというくらいに考えていた。ただ、幸か不幸か、ソフィは国王の子を授からなかったので、生涯独身を貫いた。

 絶対主義の統治機構は、王家に仕える家産官僚と、王国に仕える官僚を区別することで、その近代性を担保している。ソフィにとっては、公私の別は、超えてはならない一線だった。レオン4世も、壮年に達したころには、若かりし日の過ちをわび、ソフィを愛人として扱わなくなった。

 リルは、この件を読んで、いきなりどろどろ、と思った。

 レオン4世の時代は、オストニア経済の近代化が始まる時期でもある。マネシトゥス家魔産業が設立されたり、魔獣の家畜化が本格的に開始されたり。そんな中で、ソフィの発案で、国王が追認する形で、実現したものが2つある。紙幣の発行と、銀行の設立だ。

 ドラク1世の時代から、為替は使われていたが、それも、貴金属で出来た硬貨の存在が前提だった。ソフィの慧眼は、決済のためには、純粋な係数としての貨幣が必要で、貴金属による価値の裏付けは必須ではないと、見抜いたことである。ソフィは、発券銀行として、オストニア中央銀行を設立し、貴族や商人たちの資本を使って、市中銀行もいくつか作らせた。後に三大都市銀行と呼ばれることになる、ロンブス銀行、ヴィラウス銀行、モンタニュス銀行は、いずれもこの時期設立された。

 この件を読んで、リルは、かみのおかねとぎんこう、と思った。リルが持つ異世界の知識には、確かに紙幣も銀行もあるが、それをリルとほぼ同世代の女性が考えついていた事実は驚きである。ちなみに、リルが当時暮らしていたオクタは余りに辺境にあったため、いずれの銀行も出店していなかったし、硬貨が相変わらず使われていた。

 東方拡大と、経済の近代化に道を付け、レオン4世は西方歴2750年、退位した。ソフィも、レオン4世の退位に合わせて、枢密院議員を辞し、後任には、ソフィの姪、シバリウス侯爵の妹を推薦した。

 この章を読み終えて、リルは、やっぱりこうしゃくけのけんりょくしぶつか、と思った。


 4年生になったテラは、今までより頻繁にサヴォルに来店するようになった。

「リルちゃんん、鍛冶士学科の勉強ぉ、難しいよーぉ。あと算数もぉ、難しいよーぉ。」

リルは、みせてみて、と思った。

「分かったぁ。これが鍛冶士学科の教科書なんだけどぉ。」

テラが出した鍛冶士学科の教科書は、リルが初等部の児童だったころとほとんど変わらない内容だった。実技中心だが、安全管理、製図、材料など、座学も騎士学科よりは多い。リルは、らぼにはいるならおぼえておくべきこと、がんばれ、と思った。

「うんん、頑張るぅ。それでこれが算数の教科書なんだけどぉ。」

算数の教科書の内容は、義務教育が3年から6年に伸びた影響か、リルのころより高度になっていた。4年生では、三角形の面積や、分数のかけ算割り算が範囲に入っている。悪魔の知識があるリルには楽勝だが、確かに難しいかもしれない。リルは、わかんないことがあったらおしえる、と思った。

「分かんないことはないけどぉ、試験で満点取れる自信はないよぉ。」

テラは、未だに初等部のうちに飛び級するという目標を諦めていない。あくまで、全科目満点を取るのが難しいというだけで、授業内容の理解ができないということではないらしい。リルは、それなら、じぶんでどりょくするしかない、と思った。

「ううぅ。やっぱりそーかぁ。」

リルは、てらはなんでそんなにとびきゅうにこだわるの?と思った。

「お兄様にぃ、追いつくためだよぉ。」

リルは、おいついてどうするの?と思った。

「お兄様と一緒にぃ、授業を受けるんだよぉ。」

リルは、それだけ?と思った。

「そうだよぉ。そしたらぁ、お兄様と一緒にいられる時間が増えるでしょぉ。」

リルはなんとなく理解した。リルは、てらはちぇすとのことすき?と思った。

「勿論ん。大好きだよぉ。」

どうやら、テラはリルと同類のようである。我々の世界の言葉で言えばブラコン。リルは、だったら、これくらいのしれん、のりこえないと、と心の中でテラを叱咤した。

「今日のリルちゃんん、厳しいぃ。」

リルは、そうだ、ちょうこうかもくはしけんはない、と思った。

「そうなんだぁ。鍛冶士学科の試験を受けなくてもいいんだぁ。あれぇ、そうするとぉ、免除されてる科目の成績はぁ、どうなるのぉ?」

リルは、たしか、まんてんとみなす、と思った。

「じゃあぁ、飛び級の可能性が上がるねぇ。」

リルは、とにかく、せいせきがつくかもくはじぶんでどりょく、かじしがっかのかもくでわからないことがあったらききにきて、と思った。

「お言葉に甘えるぅ。」


 何度かテラの勉強を見ているうちに、リルにはなんとなくテラの弱点が分かってきた。テラは感覚的に物事を捉えるのが得意な反面、理詰めに弱い。要するに、理系が苦手なのだ。初等部の算数くらいなら、何とかなるが、もっと難しい勉強では躓くだろう。その点、テラは学園の騎士学科なので、中等部以降、理系科目はないから、心配ないかも知れないが。それと、ちょっと大雑把でおっちょこちょいである。リルは臆病な性格で、何事も慎重に進める質だったが、テラは、自信家だからか、勢いで突っ走る傾向がある。ここを直さないと、試験で満点は難しいだろう。

 リルがそのことを指摘すると、

「大雑把でおっちょこちょいかぁ。確かにぃ、分かってるはずの問題でぇ、減点されてるかもぉ。」

と、意外に素直に認めた。

「でもぉ、それって直しようがないよねぇ。」

開き直った。リルは、けあれすみすをなくせばいい、しけんはよくみなおす、と思った。

「??」

難しいことを言ったつもりはないのだが、何故か通じなかった。

「問題は分かってるんだからぁ、後は時の運だねぇ。」

リルと真逆の結論になった。確かに時の運が味方すれば、試験で満点を取れるくらい、出来のいい子なのだが、思考回路がちょっと残念だ。

 一応フォローすると、感覚的に物事を捉えられることも、悪いことばかりではない。とりわけ、この世界には魔法がある。魔力の流れをイメージすることが、魔法を効率よく使うのには必要だ。それから、武術の試合など、一瞬の判断が結果を分ける場面での爆発力はすごい。

 というわけで、テラは魔法騎士向きだが、初等部での飛び級は難しそうだ。


 リルが試行錯誤していた、新メニュー開発がようやく形になった。果物の寒天寄せだ。

 寒天の原料の天草は、南方大洋沿いの地域で採れる。それを寒天に加工するためには、寒くて乾燥する地域で加工するのだが、巨壁山脈東麓地方中部から北部は、それにうってつけの場所である。リルは異世界の知識があるので、寒天の存在も、料理での使われ方もある程度知っているが、天草を寒天や心太に加工する方法までは知らない。リルとは別に、寒天がある異世界から転生してきて、その前世の記憶を持って生まれた人がいたのだろうか。

 それはともかく、ミルク寒天を作った時に、もう少し発想を柔軟にすれば、これにたどり付けた。リルは、みるくにこだわりすぎた、と思った。

 調理方法は単純。寒天をお湯で溶かして、砂糖で味付けし、型に流し込んだら、果物を入れて、冷蔵庫で1晩寝かせれば完成だ。果物の種類を変えれば、季節毎に違った味が楽しめる。最初はオラニュエという柑橘類で試作して、常連さんに味見してもらったが、

「甘酸っぱくて美味しい。紅茶にも合う。何より山羊臭くない。」

と、好評だった。ただ、果物は、他の成果材料より高いので、お店で出すのは、時々、ということになった。常連の中で、1人だけ

「山羊臭い今までのお菓子の方がぁ、良かったぁ。」

という者がいたが、それは置く。


 7月中旬のある日。サヴォルにテラが来店した。

「どよーんん。」

リルは、せいせきはっぴょう?と思った。

「とうとう算数だけぇ、1位から陥落しちゃったよぉ。」

リルは、べんきょうはがんばった?と思った。

「お兄様に教えてもらってぇ、とっても頑張ったのにぃ。」

リルは、そろそろとびきゅうはあきらめたほうがいい、と思ったが、テラには伝えなかった。それより成績発表の後は夏休みである。例年、テラたちは、夏休みに帰省していなかったから、なつやすみをりようして、ちぇすとにもっとおしえてもらえばいい、と思った。

「それ名案ん。」

リルは、そしたらちぇすとといっしょにいられるじかんもふえる、と思った。

「でもぉ、そうするとぉ、リルちゃんのところにいっぱい来られないよぉ。」

リルは、かじしのべんきょうは、ぼちぼちでいい、と思った。

「ぼちぼちぃ。」

リルは、かたなのけいこはさぼらない、と思った。

「それはサボらないよぉ。お兄様の銃剣の稽古とぉ、一緒にやるからぁ。」

リルは、ならよし、と思った。

「ところでぇ、お母様からぁ、リルちゃんに確認して欲しいってぇ、言われたんだけどぉ。」

リルは、れにから?と思った。

「スベルドロ砦のぉ、地下倉庫から出て来た魔導従士はぁ、合体機構がなかったんだってぇ。リルちゃんの機体じゃないのぉ。」

リルは、たぶんべつのきたい、と思った。

「でもぉ、地下倉庫にあった魔導従士はぁ、全部ラボに運んだんだってぇ。」

リルは、それでいい、と思った。

「前ぇ、リルちゃんの機体はぁ、砦の地下にあるってぇ、言ってたよねぇ。」

リルは、いった、と思った。

「じゃあぁ、なんで見つからないのぉ?」

リルは、ひみつ、と思った。

「地下倉庫にぃ、隠し部屋があるとかぁ?」

リルは、ぎく、と思った。テラには伝えなかったが。

「何で黙ってるのぉ。」

リルは、いつもむごん、と思った。

「そういえばそうだったぁ。」

リルは、なんとかごまかせた、と思った。これもテラには伝えなかったが。

「まあいいやぁ。それでぇ、お母様からぁ、地下倉庫にあった魔導従士のぉ、使い方をぉ、教えて欲しいってぇ。」

リルは、ひとつはへんけいする、と思った。

「変形ぃ?」

リルは、ないと・ふぃぎゅあからばーど・ふぃぎゅあにへんけい、と思った。

騎士形体(ナイト・フィギュア)から鳥形体(バード・フィギュア)ぁ。」

リルは、とんでいって、そのさきでたたかう、と思った。

「鳥形体で移動して、騎士形体で戦うんだねぇ。」

リルは、もうひとつは、くうりくがたのりょうさんしさくき、と思った。

「空陸型を量産するのぉ?」

リルは、そういうぷらんがあった、と思った。

「へえぇ。それってぇ、すごいことなのにぃ、何で今まで表に出てないのぉ?」

リルは、じめんにうまってた、と思った。

「確かにぃ。」

リルは、わたしには、ちかそうこがいままでほったらかしだったことのほうがふしぎ、と思った。

「私に聞かれても分かんないよぉ。」

ということで、テラはその日は、去って行った。


 リルは、新メニュー開発がうまくいったので、休憩時間の読書も捗るようになった。「女傑列伝」の最後の章は、他の章より頁数が少ない。だれだろう、と思って読み進めたら、ピルキッサ・シバリウスの伝記だった。リルは、ぴっきーってじょけつ?と思った。

 ピッキーが生まれた時には、実方のブロッケヌス伯爵家は取り潰されていて、元伯爵家は、仕送りに頼る極貧生活をしていた。そして、ピッキーが生まれて間もなく、首なし伯爵、その長男と嫁、つまりピッキーの両親は、貧しい生活に耐えかねて、自殺してしまった。まだ幼かったピッキーは、サリーの養女になり、シバリウス姓を名乗ることになる。

 サリーは、ピッキーの教育を自ら行い、ソフィその他、屋敷の人間に手出しさせなかった。サリーとしては、ピッキーには貴族社会の古いしきたりから、自由な人生を送ってもらいたかったのだ。ピッキーは、カワイイものが大好きな女の子に育つが、間違いなくサリーの影響である。

 ところで、サリーの孫育てには、秘密の協力者がいた。それが誰であろう、万能の天才オルティヌスだったのである。オッティは、学問の世界や、国王の側近として名が知られているが、当然ながら、銀嶺騎士団団長を務めた身、騎士の中の騎士こそ継がなかったが、騎士としても優れた能力を持っていた。そのオッティが、ピッキーの興味があることを、サリーが教えられるようにしていたのである。具体的には、剣と魔法だ。オッティが考えた訓練メニューに従って、サリーの監督の下、ピッキーはみるみる実力を付けていった。

 サリーとオッティ、2人が共謀していたことはもう1つある。そもそもサリーとオッティは、院政時代から国王ドラク1世を盛り立てた同志だったし、伯母甥の関係でもある。2人の仲はとても良かったらしい。で、サリーは、ピッキーに自分ができなかったこと、具体的には自由恋愛や恋愛結婚を経験させたかった。オッティは、カワイイ息子のトーマトゥス(トーマ)を、カワイさの価値が分かる相手と結婚させたかった。そして、ピッキーはカワイイもの好きである。要するに、トーマとピッキーをくっつける、それが2人の共謀の内容である。幸い、ピッキーは、トーマのことが大層気に入った様子だったので、サリーとオッティは、トーマが自然にピッキーをパートナーとして受け入れるよう、暗躍した。

 ここまで読んで、リルは、おにいちゃん、こんなこともしてたんだ、と思った。

 ピッキーとトーマは同い年である。2人とも同じ年に学園の騎士学科に入学した。騎士学科では、まずクラス分けの試験があるが、2代目騎士の中の騎士になるべく幼いうちから修行に励んだトーマが、魔法の授業を免除されるのは確実である。サリーとオッティは、ピッキーも魔法の授業を免除されるように秘策を授けた。ピッキー自身の才能もあり、トーマとピッキーは揃って魔法の授業を免除された。

 さらに、サリーとオッティは、ピッキーがトーマに自然に近づけるように、口説き文句も考えた。所謂逆ナンである。これがうまくいき、ピッキーは、アウレリウス家で、トーマとともに騎士の修業をさせてもらえることになった。

 リルは、このころの経緯をサラから聞いていたので、しじつどおり、と思った。ちなみにサラは、ピッキーがアウレリウス家に出入りするようになったのは、サリーとオッティの陰謀だと説明していた。

 トーマが14歳で学園中等部を飛び級卒業してしまったので、トーマとピッキーは、一旦離ればなれになった。ただその後、ピッキーが銀嶺騎士団に入団して、2人は劇的再会を果たす。その影には、またしてもオッティの暗躍があった。

 ピッキーは、学園中等部卒業後、高等部魔法騎士学科に進学していた。ピッキーが高等部2年生の時、ある事件を起こす。学園の実習機として配備されていたスコピエスに生身で挑み、あろうことかスコピエスを破壊してしまったのだ。実習機を破壊した学生は退学処分という慣例が学園にはあり(その慣例の始まりもオッティだが)、ピッキーは慣例に則って、学園を退学処分になった。ただ、生身で魔導従士を破壊するほどの腕の持ち主を遊ばせておくのはもったいないということで、当時の兵部大臣だったヤマルフス男爵は、ピッキーを銀嶺騎士団で引き取れないか、打診してきた。勿論、全て、オッティの掌の上だ。

 こうして、ある意味予定通り、銀嶺騎士団の一員となったピッキーは、マルガリッサ(マギー)から、シルフィの魔法騎士の座を受け継ぎ、エルヌス(エル)からダモクレスの魔法騎士を引き継いでいたトーマと、運命の合体を果たす。それから、トーマとピッキーが結婚するまで、それほど時間はかからなかった。

 トーマがエルから騎士の中の騎士の称号を受け継いだ後も、ピッキーは常にトーマの側にいて、2代目騎士の中の騎士を支え続けた。銀嶺騎士団解散後のトーマとピッキーの居場所は、軍事機密のヴェールの向こうに隠れて分からないが、2人は、公私ともに生涯の伴侶として、添い遂げた。

 この章を読み終わって、リルは、ほとんどさりーおばさんとおにいちゃんのいんぼうのはなし、と思った。

「女傑列伝」を読み終わって、リルは、とうじょうじんぶつのせだいがかたよってる、さりーおばさんなんて、ぜんぶのしょうにでてくるし、と思った。本の奥付を確認したら、出版年が、西方歴2768年になっていて、リルが魔界へ帰った翌年だった。ふるい、とリルは思った。


 秋学期が始まって、テラがリルに勉強を教えてもらいに来る機会が増えた。テラが苦戦しているのは、鍛冶士学科の製図の授業だった。

「リルちゃんん、何でこんなに細かく図面を引かないといけないのぉ?」

リルは、まじかるすれいぶはせいみつきき、と思った。実際、魔導従士は、非常に精密な設計で、少々の歪みやズレがあるだけで、動かなくなったり、最悪機体が故障してしまったりするのだ。ただ、テラは、

「この方眼紙を見るだけでぇ、頭がクラクラするぅ。」

と、製図に拒絶反応を示していた。

「そういえばぁ、リルちゃんが作った物ってぇ、具体的にどんな物ぉ?」

リルは、ひゃくぶんはいっけんにしかず、と思い、ポケットから携帯型魔力通信機を取り出した。

「これぇ、携帯ぃ?」

リルは、ん、と思った。

「すごいぃ、すごいぃ。携帯なんてぇ、高いから私でも買ってもらえないよぉ。」

リルは、うってる?と思った。

「売ってるよぉ。魔力通信局にいけばぁ、買えると思うぅ。」

リルは、まなつうしんって、みんかんもつかえるの?と思った。

「使えるよぉ。お母様の話だとぉ、100年以上前からぁ、民間にも開放されてるってぇ。」

リルは、じぇねれーしょん・ぎゃっぷ、と思った。

「リルちゃんはぁ、小っちゃいお婆ちゃんん。」

テラは、悪乗りして言った。リルは、ちょっとだけイラッとしたが、事実300歳越えなので、怒るのは止めておいた。

「携帯はぁ、小さくするのに職人の技術が要るからぁ、高いんだってぇ。家の通信機だったらぁ、そんなに高くないぃ、かなぁ?」

リルは、ぎもんけい、と思った。

「確かぁ、黒くてダイヤルじりじりするやつはぁ、魔力通信公社からぁ、借りるんだよぉ。それでぇ、毎月の通信料にぃ、レンタル料が上乗せされるのぉ。」

リルは、そういえばうちにもあった、と思った。サヴォルにもちゃんと我々の世界で言う黒電話の様な形の、据え置き式の魔力通信機があり、通信料やレンタル料を払っている。ただ、そういったことはエルマが管理しているので、リルは知らなかったのだ。

「でもぉ、そうするとリルちゃんってぇ、携帯作る職人並みにぃ、手先が器用なんだねぇ。」

リルは、これはわたしのはつめいひん、いまのしょくにんがわたしのまねっこ、と思った。

「言われてみると確かにぃ。」

テラは、納得した様子で、ミルクを1口。

「それぇ、中見てもいいぃ?」

リルは、ん、と思って、携帯の中身をテラに見せた。

「すごーいぃ。こんなに細かくて複雑なんだぁ。」

携帯の中身は、大半が通信魔法の紋章(エンブレム)である。リルは、紋章の刻印技術に関しては、右に出る者がいなかった。どうやら、今の職人には、リルに匹敵する刻印技術を持つ者もいるようだ。

「あれぇ、この呪紋ん、どこが属性式(エレメント)ぉ?」

リルは、ひみつ、と思った。テラは、()の属性式を知らないようだ。だとすると、下手に教えると、怖い人たち(情報調査室)がやって来かねない。

「けちぃ。教えてくれてもいいでしょぉ。」

リルは、こどもはしらないほうがいいこともある、と思った。

「リルちゃんにぃ、子ども扱いされたぁ。」

と言っているが、テラはまだ10歳なので、事実として子どもだ。リルは、そういうところがこども、と思った。

「むうぅ。言い返せないぃ。」

テラは、ちょっと不機嫌そうに、ミルクを飲んだ。

「話は変わるけどぉ、お母様がぁ、地下倉庫の魔導従士の動かし方が分かんないからぁ、リルちゃんに工房都市まで来て欲しいってぇ、言ってるんだけどぉ。」

リルは、や、と思った。

「何でぇ?」

リルは、わたしはもうぐんじんじゃないし、いまのせいかつがきらく、と思った。

「だよねぇ。」

リルは、れにには、そのくらいじぶんたちでできなきゃだめって、つたえて、と思った。

「リルちゃん厳しいぃ。でもぉ、お母様にはぁ、そう伝えるよぉ。」

リルは、ついでに、もっとがんばれ、とも、と思った。

「分かったぁ。」

リルは、じゃあ、てらのべんきょうのじかん、と思った。

「そうだったぁ。」

その後、テラはリルにみっちりしごかれた。


 果物の寒天寄せが好評だったので、リルは、他にも果物を使ったメニューを考えることにした。で、出来上がったのが、果物のシロップ漬け。我々の世界の、フルーツポンチの様な物だ。何人かの常連さんに味見してもらったら、

「これも美味しい。そして山羊臭くない。」

と好評だった。寒天寄せより、食材原価が安いので、頻繁に出せそうだ。常連の中で1人だけ、

「山羊アイスが一番美味しかったぁ。」

と言う者がいたが、放っておく。


 新メニュー開発がうまくいくと、気分がいい。趣味の読書も、楽しめる。リルは「女傑列伝」を読み終わったので、つぎはどれにしようかな、と本棚を眺めて「開拓地」を、手に取った。

「開拓地」は、レオン4世統治時代に、魔の森南部、シダ植物の森を、東西に1キロメートル、南北に300キロメートルほど切り開いて作られた、開拓地が舞台の小説だった。

 入植者たちは、まず、開拓の際に採れた、シダ植物の木材と、土地を平坦に造成した時に出た残土で、畦道を延ばした。

「こうやって土地改良すれば、生産効率も上がるってもんよ。」

 そして、豊富な水源を利用して、米を育てた。さらに、角兎(ホーンド・ラビット)の放牧も行い、その毛や肉を売って現金収入を得て、家々が集まる村を整備した。

「稲作だけじゃ、病害とか水害が怖いからな。作物の種類は多い方がいい。」

このころの家は、木造で、壁は土壁だった。

 水稲耕作の収穫量が増えてきたころ、開拓地の中に、鉄分を多く含む土壌が見つかり、製鉄所が作られた。

「魔の森の土にこんな物が眠ってるとはな。製鉄が軌道に乗れば、もっと稼げるぞ。」

そうして、小さな村も、豊かになり、立派な周壁をもつ街へと姿を変えた。

 入植者たちは、競って道を延ばし、自警団を作って、その規模を比べ合った。

 300㎢が開拓され尽くされるころには、開拓地は、本土の人々もうらやむほどの、豊かな土地になっていましたとさ。めでたしめでたし。

 リルは「開拓地」を読んで、むじんとうかいたくげーむみたい、と思った。どんなゲームか知らないが。


 秋が過ぎて、山おろしの乾燥した季節風が吹き始めた。不死なる竜であるリルには、暑さ寒さはほとんど意味はないが、日に日に昼が短くなるところには、季節の移ろいを感じる。冬が始まる。

 学園や大学の学生たちは、必ずしも高原の冬の寒さに慣れていないので、昼休みにホッとできる場所には自然と人が集まる。ただサヴォルは、回転率の悪い喫茶店なので、冬と夏で売り上げにはほとんど差はないのだが。

 室内を暖めるのは魔法のストーブ。昔は薪ストーブだったから、便利な時代になったものである。この季節に、わざわざ外のテラス席を希望するのは、変わり者が多い。


 暮れも差し迫ったころ。朝、キオスクで新聞を買ったリルに、妙に存在感の薄い老人が、手紙を渡してきた。リルは、でじゃぶ、と思った。

 手紙には、封はされておらず、差出人も不明。中身はこうだ。

「親愛なるリルちゃんへ

 元気?私は元気だよ。

 リルちゃんの■■■、■■■■■で全然■■■■よ。でも、■■■くれるってことは、私の■■もちゃんと■■てるんだよね。

 実は、私(以下、便せん3枚分のり弁)

西方歴2987年■月■日

バイマックルーより」

リルは、バイマックルーからの手紙を読んで、けんえつ、さらにひどくなってる、と思った。

 リルの返事も検閲されることは確実だったので、リルはうけを狙って、

「拝啓

 !

敬具」

と、返事を返した。


 12月24日。学園や大学の年内の授業がおわるこの日、テラとチェストが来店した。テラはいつも通りテラス席に座りたがったが、チェストが室内のテーブル席を希望したので、渋々従っていた。

「いつも妹がご迷惑をおかけしています。」

「そんなに畏まらなくていいわよ。リルにとっては、親戚の子どもだしね。」

チェストは相変わらず礼儀正しく、エルマにあいさつをしている。

「リルちゃんん、休暇が終わったらぁ、また来るからぁ。」

兄妹は、年末年始を家族と過ごすため、実家のある工房都市に帰省していった。


 その後も1年また1年と平和に時は過ぎていった。リルの日常は、相変わらずのほほんとしたものだった。

 テラは初等部のうちに飛び級するという目標をついぞ叶えられなかった。で、テラが初等部から中等部に進学するタイミングで、チェストが飛び級卒業を決めてしまった。

「結局ぅ、お兄様と一緒に授業を受けられなかったよぅ。」

と、テラは悔しがっていた。


 バイマックルーからは、毎年必ず手紙が来た。

「リルちゃんの■■、■■■■■じゃなくなったけど、!ってどういうこと?

 それから、私は(以下、便せん3枚分のり弁)」

という内容だったので、リルは、

「!」

と返事を返した。!だけならのり弁にされないようだ。


 テラが初等部を卒業する直前の、最終試験の勉強をしていた時のことである。

「見てぇ、リルちゃんん。西方史の教科書の年表ぅ。」

テラが徐に教科書を取り出し、テーブルに広げた。

「この3つ折りの年表全部がぁ、最終試験の範囲だよぉ。多過ぎぃ。」

リルとしては、3000年弱ある西方史が、3つ折りの年表にまとまっていることの方が驚きなので、こんぱくと、と思った。

「そんなぁ、他人事みたいにぃ。」

とテラは言ったが、リルにとっては事実他人事なので、ひとごと、と思った。

「んーんん。3つ折りでコンパクトかぁ。あれぇ、3つ折りぃ、3つおりぃ。」

テラは何か閃いた様子である。リルも邪魔しないように黙っていた(いつも無言だが)。

「これならいけるかもぉ。何で今まで誰も試さなかったんだろーぉ?」

リルは、なんのこと?と思った。

「改造ぉ。」

リルは、でゅーくの?と思った。

「うんん。」

テラの口数が明らかに少ないので、今は考えをまとめている最中なのだろう。リルは、テラが再始動するのを待つことにした。しばらくすると、

「うんん。できるぅ。間違いないぃ。」

考えがまとまったようだ。リルは、なに?と改めて思った。

「まだ秘密ぅ。」

リルは、じゃあできたらおしえて、と思った。

「うんん。リルちゃんもぉ、きっと驚くよぉ。」

テラは上機嫌で帰って行った。最終試験が迫っていることを完全に忘れている。


 西方歴2990年春。年度の変わり目の直前。

 エルマが、リルを寝室に呼んだ。

「リル、見て。」

エルマの視線の先には、ダチョウより大きな卵があった。

「リル、あなたは、お姉ちゃんになるのよ。」

突然のことに、リルは状況を理解できなかった。

〈第3章完〉

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