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ナントカと鋏は

     第11話 ナントカと鋏は


 西方歴2983年の大晦日。この日も日課の朝の散歩に出たリルは、新聞を売っているキオスクの前で、妙に存在感の薄い中年男に、手紙を渡された。まぜんだ、とリルは思った。封はされておらず、差出人も不詳。自宅に帰って開いて見て、じがきたない、とリルは思った。手紙の内容はこうだ。

「親愛なるリルちゃんへ。

 元気?私は元気だよ。

 空の大地に帰ってきてから、3ヶ月になるけど、■■■■■■■■はまだ■■してないの。私、まだ19歳で、翼の民としては子供だから、もっと修行が必要だって、言われてて、せっかく■■■■■まで■■したんだから、子供でも、ちょっとくらい仕事を任せてくれてもいいのにね。■■■■■■■は、■■まで■■■くらいかかりそう。(以下、何かがかかれた形跡があるがのり弁状態)

西方歴2983年7月1日

バイマックルーより」

 手紙を読んで、というか見て、リルは、けんえつ…と思った。これでは、バイマックルーがリルに何を伝えたかったのか、ほとんど分からない。手紙が出されてから、リルの手元に届くまで、半年もかかっている。

 それでも、リルは、1文字でも多く、遠くの友人に届くよう、言葉を選びながら、返事を書いたのだった。


 その日。エルマは寝ていたので、リルひとりで、マスターの愛用していた秤をもって、リルは、地下納骨堂に行った。大晦日の墓参は、年中行事なので、人がたくさんいたが、リルは、その中をかき分けて、マスターの骨壺が納められた棚に、秤を置いた。そして、手を合わせる。マスターとの最期の別れだ。リルは、マスターの恰幅のいい姿を思い浮かべながら、死後の安寧を祈った。

 その後、秤を一旦、喫茶サヴォルに戻してから、別の納骨堂に向かった。エカテリンブルには、3カ所、地下納骨堂がある。マスターが眠るのは、街の北にある、商店街の人たちが眠る場所。リルが向かったのは、街の南西にある、オストニア街道より南に住んでいる人たちのための、納骨堂だ。

 目的地に到着すると、リルは昔の記憶を頼りに、アウレリウス家先祖代々の遺骨が眠る区画を探した。ただ、リルの記憶にある場所は、不自然にその区画だけ空き区画になっていて、先祖代々の遺骨はなかった。人間だったころのリルの両親の遺骨もだ。こうぼうとしにうつされた?とリルは、思った。


 家に帰って、リルは改めて新聞を読んだ。年末年始の休暇中なので、ニュースは少ない。ただ、大晦日の新聞には、各商店が本年中のご愛顧に対する謝辞と、新年も変わらぬ関係をお願いする文言を、広告として載せる。サヴォルの広告ももちろんある。それを見て、商店街のお店が今でも変わりなく営業を続けているか、確認するのだ。

 そんな新聞広告の中に、軍の隊員募集の全面公告があった。軍の大まかな指揮系統も図示されていた。それによると、リルが人間だったころとくらべて、軍の組織は、魔の森方面軍が、魔の森方面軍と極東方面軍に分かれたくらいで、大きな変更はないようだ。広告は、兵の募集で、学歴不問だった。


 明けて西方歴2984年。王城ウラジオ城は、緊急の要件がない限り、1月4日が、仕事始めで、国王臨席で、重臣たちが集まって、その年の方針を確認する。

 総理大臣が、これまで各地の都市化を進める基本的な施政方針を読み上げた。その後、元帥が起立し、軍の防衛方針を報告する。

「チーム・イエローの報告で、帝国が研究していた、新戦術の詳細が判明しました。帝国は、魔導従士(マジカルスレイブ)を使用せず、生身の術士の魔力だけで、戦術級魔法を使用する方法を確立させたようです。帝国はこれを『儀式魔法(リチュアル・スペル)』と呼んでいます。帝国のことです、このまま何の動きもないとは思えません。今後は、西方の動向に今まで以上に注意を払います。」

「ふむ、儀式魔法とな。確かに注意が必要であるな。」

西方で長く続いた、表面上の平和、パクス・ムルス・グランディスの終わりが近いことを、誰もが感じていた。


 1月4日は、学園前商店街の多くの店も仕事始めだ。サヴォルもその例に漏れず、4日から店を開けている。ただ、王立魔法騎士学園も王立大学も、1月の第2週から年明け授業なので、7日くらいまでは暇である。客がいない時は、エルマは、カウンターの内側で、眠そうにしている。リルも休憩時間を多めにもらえるので、読書が進んだ。「ハドリアの長城」を読み終わったので、次は「トロイツェフス男爵」に取りかかった。どこかで聞いたことのある名前だが、はていつのことだろう。

 表紙をめくって、目次を見ると、シバリス平原南部、南方大洋に面する街、トロイツを、オストニアを代表する漁業都市に発展させた、領主の物語だった。トロイツなら、リルがまだ人間だったころ、兄のオルティヌス(オッティ)たちと一緒に、旅行に行ったことがある。オッティは博識だから、その時、男爵の名前を聞いたのだろう。

 南方大洋には、元々、水棲魔獣が多く生息していたため、船を沖に出しての漁業は命がけだった。そのため、トロイツも元々は、小さな漁村で、漁法も、地引き網が主だった。

 その状況を変える大発明がされたのが、西方歴2686年のことである。コックピットを水密式にし、スクリューモジュールで泳ぐことができる水陸型魔導従士が開発されたのだ。開発者は、リルが人間だったころの父のエルヌス(エル)と「もう1人の天才」親方である。この当時はまだ、オッティも中等部の学生だったはずだ。

 トロイツの領主、トロイツェフス男爵は、この水陸型魔導従士の持つ可能性にいち早く気付いた。

「水陸型魔導従士があれば、今まで手が出せなかった、水棲魔獣の討伐も可能だ。そうすれば、漁場が増える。我が所領の民も、豊かになろうというものだ。」

そして配下の蒼汐騎士団に、多数導入したのである。そして、トロイツから船を使った漁労のコースになりやすい場所を、潮の流れから特定し、そのコース上から、水棲魔獣を追い払っていった。蒼汐騎士団による、水棲魔獣の討伐は、繰り返し行われ、船を出しての漁労も、日に日に安全になっていった。

「あいやー、沖合に漁に出られれば、こんなに色んな魚が捕れるだか。魔獣を追い払って下すった、領主様のおかげだが。」

 リルは、ここまで読んで、すいせいまじゅうって、ほうきぼしからくるまじゅうみたい、と思った。だじゃれを言うのは誰じゃ。

 海の恵みは、確実にトロイツを変えていった。民は豊かになり、それによって、領主であるトロイツェフス男爵が得られる税収も増える。男爵は、野心的だった。増えた税収で、騎士団を更に強化し、水棲魔獣を討伐して、漁場を広げていったのである。

 それが、更なる税収増につながり、男爵は、今度は港や魚市場も整備した。トロイツは、鄙びた漁村から、国内最大の漁業基地へと、生まれ変わったのである。

 ところで、当時魔導従士用魔法兵装(マジック・アームズ)として最もよく使われていた、「熱の弾丸(カル・バレット)」は、水中では効果が薄い。銀嶺騎士団で水陸型魔導従士が開発された時点では、水中でも効果を発揮する「落雷(サンダー・ストライク)」を使用することを想定していたのだが、「落雷」は繊細な魔力操作が必要な雷属性の魔法であったため、一般の魔法騎士(マジックナイト)には、扱いにくかった。それで、水陸型用に、氷属性上級魔法「氷柱発射(アイシクル・シュート)」が、開発されたのだ。開発者は、騎士団に入ったばかりの、オッティである。「氷柱発射」は、冷気で水を凍らせて氷柱にし、これを魔獣目がけて発射する、魔法である。貫通力が高く、威力は「落雷」に匹敵する。ただし、周りに水がないと使えない、水中専用の魔法である。

「氷柱発射」は、オッティの魔導書に記載され、ラボで、エルたちの知らぬ間に魔法兵装化された。そしてそれを蒼汐騎士団が導入したのであった。「氷柱発射」導入以後、水棲魔獣討伐の効率は、かなり上がった。「落雷」は、やはり普通の魔法騎士には難しかったのである。

 リルは、ここまで読んで、おにいちゃんのしゅみ、ちゃんとやくだってた、と思った。生前、オッティは魔法の改良を、趣味の1つにしていた。

 漁業基地として生まれ変わった、トロイツだが、捕れる魚介類は、足が早い物が多く、あまり、遠くまで売りに行けなかった。そこで、模索されたのが、魚介類の足を伸ばす加工法であった。干物にしたり、酢で締めたり、様々な加工法が生まれた。男爵は、それらの加工法を、一部の職人に独占させず、水産加工を学ぶ課程を、トロイツの義務教育学校に取り入れたのである。

 折しも、ブリキの缶詰を作る技術が、開発されたのが、このころである。第3世代型魔導従士の普及で、魔獣被害が減り、各地の産業も、多様化していたのである。男爵は、缶詰の技術を取り入れ、魚介缶詰をオストニア各地へ、売り出すようになる。トロイツ産の魚介缶詰は、好評で、行商人を通じて、各地の富裕層が買い求めたという。

 一見順調に見えた、トロイツの発展だが、国王軍発足と、統一民法典施行による農奴解放で、転機を迎える。シバリス平原南部方面軍は、漁場の開拓に積極的ではなかった。そして、男爵自身も、税収を漁民たちから得られなくなり、新たな投資をすることが難しくなったのだ。男爵家は、港湾設備の利用料や、魚市場の地代などで、その家計を支えて行くことになる。

 そして、時の流れとともに、流通にも変化が生じる。魔法の冷蔵庫が開発されたのだ。冷凍、冷蔵技術のおかげで、産地に行かないと食べられない、生の魚を、オストニア各地へ運ぶことが出来るようになったのである。男爵は、魚介類流通のための冷蔵魔導車を、ラボに発注し、魚介類流通会社を設立、そのオーナーになった。

 リルは、ここまで読んで、れいぞうまどうしゃ、かっきてき、と思った。

 レオン4世の政策で、貴族が王都に集住させられた後も、魚介流通事業に成功したトロイツェフス男爵は、増える出費に耐えられるだけの経済力を持つに至っていた。これには、男爵の爵位が低く、社交界での出費を、それなりに抑えられたことも無関係ではない。

 増え続ける支出を賄えず、爵位を返上して平民になる貴族がいる中で、その地位を保ったトロイツェフス男爵は、王都でも尊敬を集めることになる。

「私が有能だったのではなく、時代が味方してくれたのだよ。」

男爵は謙遜するが、男爵の先見の明がなければ、漁業の発展も、魚介類の流通事業の成功もなかったのであるから、間違いなく、男爵はオストニア人の生活を変えた偉人の1人である。

 リルは「トロイツェフス男爵」を読み終わって、せんけんのめい、と思った。


 1月7日は日曜日である。この日は、年末年始を地元で過ごした学生たちが、エカテリンブルに帰ってくるので、サヴォルにも結構客が入った。昼時の混雑が落ち着くと、

「頼もーぉ。」

おなじみの道場破りの台詞で、テリャリッサ(テラ)・アウレリウスが入店してきた。テラは、リルの顔を見るなり、

「リルちゃんん、今日もミルクでぇ。」

と注文し、いつも通り人気のないテラス席に行ってしまった。リルは、エルマに許可を取り、テラの相手をすることにした。ミルクを持って行き、テラの対面に座る。

「リルちゃんん、私ぃ、休み中もいっぱいお稽古してぇ、強くなったんだよぉ。」

リルは、けんのみちはいちにちにしてならず、やすまなかったのはえらい、と思った。

「偉いぃ?やったぁ。その『剣の道は一日にしてならず。』ってよく聞かされるけどぉ、誰の言葉ぁ?」

リルは、おじいちゃん、と思った。

「リルちゃんのおじいちゃんってことはぁ、剣鬼マチウス・アストリウスだねぇ。」

テラは、ミルクに口を付け、

「臭いぃ。」

と言っている。リルは、そういえば、わたしはおじいちゃんに、やりのけいこのめにゅーをつくってもらったけど、ちょくせつおしえてもらったことない、と思った。

「そうなんだぁ。じゃあ1人でお稽古してたのぉ?」

リルは、おにいちゃんと、と思った。

「リルちゃんのお兄ちゃんならぁ、万能の天才オルティヌスだねぇ。オルティヌスが騎士の中の騎士(ナイト・オブ・ナイツ)より強かったって本当ぉ?」

リルは、じじつ、と思った。

「じゃあぁ、リルちゃんも騎士の中の騎士より強いんだねぇ。」

リルは、たぶん、と思った。

「じゃあぁ、リルちゃんの弟子の私もぉ、お兄様より強くなれるぅ?」

リルは、それはこれからのどりょくしだい、と思った。

「努力次第かぁ。頑張るぅ。」

リルは、がんばれ、と思った。テラは、もう1口ミルクを飲んで、

「美味しいけど、お外の席で、冷たいミルクだと寒ーいぃ。」

と言った。リルは、あたためたみるくもあるけど、と思った。

「今度からはそうするぅ。」

テラとしては、寒くてもテラス席には座りたいらしい。

「話は変わるけどぉ、前にうちがお金持ちの理由を聞かれたでしょぉ。」

リルは、きいた、と思った。

「お母様に聞いたらねぇ、『オルティヌス・アウレリウス財団』って言うのがあるんだってぇ。」

リルが、おにいちゃんざいだん?と首を傾げると、

「オルティヌスの遺産をぉ、運用してるんだってぇ。利益のほとんどはぁ、救貧会に寄付してるけどぉ、少しだけ再投資するんだってぇ。それでぇ、いつの間にかその財団がぁ、大きくなっちゃったんだってぇ。私にはぁ、難しくて分かんなかったけどぉ、リルちゃんは分かるぅ。」

リルは、あくまのちしき、と思った。

「そっかぁ、分かるんだぁ。」

 ちなみに、オルティヌス・アウレリウス財団は、現在、魔力通信公社や王立魔導従士研究所、国内の有力都市銀行3行他多数の民間企業の大株主で、配当収入だけで、一般庶民数百人の1年分の生活費に匹敵する。リルの悪魔の知識には、財団や株式についての知識はあるが、オルティヌス・アウレリウス財団のポートフォリオまでは、知らない。

 テラは、もう1口ミルクを飲んだ。

「これからぁ、学年末試験まで勉強漬けだよぉ。リルちゃんの悪魔の知識がうらやましいぃ。」

リルは、ないものねだりしても、しかたない、と思った。

「無い物ねだりかぁ。そうだよねぇ。待ってても悪魔が来てくれる訳じゃないしぃ。」

リルは、どりょくにまさるさいのうなし、と思った。

「努力に勝る才能なしぃ…。うんん、頑張るぅ。」

リルは、がんばれ、と思った。テラは、残っていたミルクを飲み干し、

「プハーぁ。癖になる臭さぁ。」

と言った。まだ7歳児だが、おっさん臭い。

「じゃあねぇ、リルちゃんん。今度はぁ、カタナの稽古も見てもらいに来るからぁ。」

と言って、テラは会計を済ませて出て行った。


 それから1ヶ月ほど後。学園では学年末試験の結果発表があった。今でも、学生たちの発奮を促すため、成績優良者は科目ごとに名前が張り出される。

 そんな中、昼過ぎの時間に、テラが来店した。心なしか、いつもより元気がない。

「暖かいミルクぅ。」

とだけ言って、いつものテラス席に座ってしまった。

 リルが、魔法のコンロで暖めたミルクを、テラス席に持って行き、テラの対面に腰を下ろすと、テラは、

「どよーんん。」

と言った。リルは、じぶんで、どよーんっていうひと、はじめて、と思った。

「でもぉ、そんな気分なのぉ。」

テラは、グビッとあおるように、ホットミルクを飲もうとし、

「あちちぃ。」

と、失敗していた。山羊乳は、暖めると更に臭みが増すが、テラは、特に気にしていないようだ。リルは、せいせきはっぴょう?と思った。

「うんん。全科目1番だったんだけどぉ、満点はひとつもなかったのぉ。」

リルは、それならじゅうぶんじゃ?と思った。

「でもぉ、リルちゃんはぁ、ほぼ全科目満点だったんでしょぉ。」

リルは、ん、と思った。リルの「ん」は大体肯定である。

「学園の歴史でぇ、初等部のうちから飛び級した人ってぇ、3人だけなんだよぉ。」

リルは、おにいちゃんとおねえちゃんとわたし、と思った。

「そぉ。初等部で飛び級してぇ、お兄様に追いつくならぁ、リルちゃんくらいじゃないとだめなんだよぉ。」

リルは、甥姪の、トーマトゥス(トーマ)サラディッサ(サラ)の時を思い出し、たしかに、とーまもさらも、しょとうぶではとびきゅうしなかった、と思った。

「そうだぁ。万能の天才オルティヌスとぉ、悪魔の知識があるリルちゃんはともかくぅ、リルちゃんのお姉ちゃんはぁ、なんでほとんど満点とれたのぉ。」

リルは、わたしがこたえをおしえた、と思った。

「それってぇ、カンニングぅ?」

リルは、ん、と思った。

「どうやって、そんなことしたのぉ?」

リルは、こうやってびびび、と思った。

「それならぁ、先生にも分かんないねぇ。あぁ、私も『じゅしん』できるならぁ、同じ方法でカンニングできるなかなぁ。」

リルは、それは、むずかしい、と思った。

「何でぇ?」

リルは、わたしがもんだいをしらない、と思った。

「そっかぁ、リルちゃんとお姉ちゃんは双子だからぁ、同じ問題を解いてたんだぁ。」

リルは、よくごぞんじ、と思った。

「知ってるよぉ。本家には伝わってるからぁ。でもぉ、そう言えばぁ、他の人たちはぁ、リルちゃんのこともモカちゃんのこともぉ、知らないねぇ。」

リルは、ぎんれいきしだんものがたりになまえがでてこない、と思った。

「それでかぁ。でもぉ、それってぇ、変な感じぃ。」

リルは、じょうほうとうせいがりゆうだろう、と思ったが、テラには伝えなかった。テラは、今度は、フーフーと冷ましてから、ホットミルクに口を付けた。

「兎に角ぅ、カンニングが無理ならぁ、正々堂々とやるだけだよぉ。今年はぁ、算数の成績がぁ、特に悪かったからぁ、算数の勉強のコツを教えてぇ。」

悪かったといっても、100点満点中92点で学年トップだったので、客観的にはかなりの好成績である。リルは、さんすうのべんきょう、したことない、と思った。

「そうだったぁ。悪魔の知識だぁ。」

リルは、そういえば、さらもさんすうはにがてだった、と思った。

「そうだぁ、サラちゃんで思い出したぁ。カタナの稽古を見てもらう約束ぅ。リルちゃんん、今からぁ、初等部の演習場に来てぇ。」

リルは、きんむじかんちゅう、と思ったが、店の中から、エルマが目配せで、行ってもいいと伝えてきた。リルは、ままがいってもいいって、と思った。

「やったぁ。じゃあぁ、善は急げだよぉ。」

テラは、残りのミルクをフーフーしながら飲み干すと、リルを連れて、店から出た。


 学園初等部の演習場には、誰もいなかった。学年末試験の成績発表後は、春休みなので、4月まで長い休みだからだ。そこに幼女が2人、やって来た。リルとテラである。

「リルちゃんにぃ、模擬戦を申し込むよぉ。」

リルは、そのまえに、じゅんびうんどう、と思った。

「準備運動ぅ?」

リルは、きほんのかた、やってみせて、と思った。

「分かったぁ。型をやればいいんだねぇ。」

テラは、短い木刀を構えると、一の型から順番に、型を披露していった。騎士の中の騎士の血か、それともテラ自身の才能か、飲み込みは早く、型はそれなりに様になっている。しかしリルは、てらのせ、ちょっとのびた、と関係ないところに驚いていた。テラは、アウレリウス本家では珍しく、成長が早いタイプかも知れない。

「これでどぉ?」

リルは、まだきゅうだいてんはだせない、と思った。

「ええぇ、うまくできたと思ったのにぃ。」

リルは、きほんをおろそかにしてはだめ、と思った。

「兎に角ぅ、型が終わったからぁ、模擬戦するよぉ。」

テラは、短い木刀を構えて、リルの正面に立った。対するリルは棒立ち。武器も持っていない。

「早く構えないとぉ、始めちゃうよぉ。」

リルは、髪の毛を1本、プチンと抜いて、放り投げた。

「もういいぃ。始めぇ。」

テラが、上段から、リルの頭めがけて、木刀を振り下ろす。幼さを感じさせない、体重の乗った、いい攻撃だ。ただ、テラの木刀は、先程リルが放り投げた髪の毛に当たった瞬間、はじき返された。

「何これぇ?」

テラは、髪の毛1本で攻撃を防がれたことに困惑したが、すぐに2の太刀を打ち込む。今度は、弾かれた木刀の勢いを殺さず、背中の後ろで回して、逆胴を打つ。しかし、これも、リルが投げた髪の毛がふよふよと舞っていき、防いでしまった。

「嘘ぉ!」

その後も、テラは7歳児とは思えない、鋭い攻撃を連発したが、ふよふよ舞うリルの髪の毛が、その全てをはじき返した。10合ほど、切り結んだ?後、テラは、肩で息をし、

「どうなってるのぉ?全然届かないぃ。」

と、泣き言を漏らした。リルは、しゅぎょうがたりない、と思った。

「ううぅ。構えてもらえないばかりかぁ、武器さえ使ってもらえないなんてぇ。」

テラは嘆いているが、この勝負、リルは若干のずるをしていた。ふよふよ漂っていたリルの髪の毛は、リルが魔法で操っていたのである。これは「人化」の応用で、リルは魔法の応用は苦手だが、「人化」だけは別である。自分の体の一部は、自由に動かすことができる。そして、リルの髪の毛は、竜鱗(ドラゴン・スケイル)が変化したものなので、髪の毛ほどの太さでも、木刀はおろか、真剣でも傷ひとつ付けられない。テラは、そんな事情は知らないから、超常現象でも体験したような表情だった。

「もっと成長してぇ、次こそちゃんとぉ、模擬戦してもらうからぁ。」

決意を新たに、テラは言っているが、リルは、たぶんむり、と思った。

「そんなことないよぉ。私は成長期なんだからぁ。」

テラは少し怒ったが、ペコリと1礼して、寮の方へ、去って行った。


 こうして、割と平和に、リルとエルマは、表の世界での2度目の春を迎えた。

 それからは、1年、また1年と、平和な時間が流れた。

 バイマックルーからは、年に1度、必ず手紙が届いたが、

「リルちゃんのお手紙、■■■で読めないよお。もしかして私の■■も■■■■■?(以下、のり弁)。」

という調子で、全然コミュニケーションができなかった。届くのも、発送されてから数ヶ月後なので、チーム・イエローまたはマゼンダが検閲しているのは確実だろう。それでもリルは必ず返事を書いた。

 テラは、時々サヴォルに来店して、リルとお喋りをしたり、稀に模擬戦を挑んだりしていた。お喋りはともかく、模擬戦は面倒だったが、リルも年長者なので、テラのわがままに付き合ってあげた。模擬戦の結果は、毎回同じで、テラはリルの髪の毛防御を1度も突破できない。


 そんな、平和なある日のことである。リルは、買いだめた書籍を読み切ってしまったので、新しい本を買いに行くことにした。自室の本棚もそろそろいっぱいになってきたので、ついでに、読み終わった本を古本屋で換金することにした。本棚の蔵書を眺めて、リルは、ぎんれいきしだんものがたりだけは、残しておこうと思った。

 さて、平積みにすると、リルの身長に匹敵する本の山を抱えて、古本屋に行くと、いつもの店主が出迎えた。

「ん、嬢ちゃん。今日は、買い取りかい?集めてるんじゃ、ないのか?」

古本屋には、未だに古書蒐集家と思われていたらしい。リルには読む趣味はあっても集める趣味はないので、

「・・・りょうほう。」

と答えた。

「つまり、その本の山は買い取り希望で、新しい本を買ってくんだな。」

リルは、無言で頷いた。本の山に隠れて見えなかっただろうが。

「じゃあ、買い取りの査定を先にするから、その間に、売り物を選んでてくれ。」

店主は、リルから本の山を受け取ると、1冊ずつ状態を検分し始めた。その間に、リルも古本屋の本棚から、面白そうな本を探した。

 十数分後、店主から声がかかった。

「全部うちで引き取れるが、古本の古本だから、値段はほぼつかねえ。全部まとめて100オースだな。」

リルは、しんぶんいちにちぶん、と思った。正直安い気がしたが、このまま本棚の肥やしにしておくよりはいい。リルは、

「・・・うる。」

と応じた。

「毎度。で、嬢ちゃんが選んだのが『バルバル王国の興亡』に『アトー海神話』『北の地獄郷土史』『開拓地』『女傑列伝』もか。蒐集家じゃないとしても、このチョイスは堅気じゃねえな。全部まとめて、300オースでいいぜ。」

古書蒐集家という誤解は解けたが、やっぱりリルは古書店主に一目置かれてしまった。リルは差し引き200オース支払い、古本屋を後にした。


 この日買ってきた古本の中で、リルが最初に読み始めたのは「女傑列伝」である。書名からは、内容は想像できない。表紙を開いて、目次を見ると、4人の女性の伝記だったが、その4人は、全てシバリウス侯爵家の女性だった。リルは、こうしゃくけごいすー(おねえちゃんのまね)と思った。

 1人目は、サリッサ(サリー)・シバリウスだった。リルが人間だったころの伯母に当たる人物である。そういえば、さりーおばさんのことよくしらないかも、とリルは思った。

 サリーは、西方歴2651年、クォーツス(クォーツ)・シバリウス侯爵の長女として、生まれた。サリーは幼いころから聡明で、リーダーシップもあった。栴檀は双葉より芳し。ただ、カワイイものに目がなく、掌に乗るくらいの小さな兎のぬいぐるみを、特に大事にしていた。サリーのカワイイもの好きは、人であっても例外でなく、カワイイ子を愛でるのが趣味だと、学園初等部に入学する前から、公言していた。サリーの弟妹たちも、赤ん坊のころは、カワイがられた。

 さて、そんなサリーだったが、初等部3年生の時に、初恋を経験する。女の子の成長は早いのだ。相手は、2学年下の初等部の新入生で、出会いは、その少年が、サリーの2歳下の弟妹、ランファヌス(ランファン)マルガリッサ(マギー)と一緒にいたからだ。少年は、サリーの趣味にぴったり嵌まる、カワイイ男の子だった。ただ、これは現在も変わらないが、貴族の娘に自由恋愛など許されない。サリーは少年に想いを伝えられないまま、時が過ぎた。

 サリーが、その類い希なるリーダーシップを発揮した事件があった。当時、サリーは、中等部3年生。現在では、貴族の子女は、文官になるための勉強に時間を割くことが多いが、サリーたちの時代は、貴族の子女と言えば、騎士学科だった。オストニアは、騎士の国を自称している。その貴族たる者、例え自ら騎士団を率いるまではしないでも、中等部で教えられる程度の武術や魔法の素養があって然るべき、という考えがあったのだ。サリーも騎士学科で、しかも最高学年だったから、後輩からも慕われる、生徒たちのまとめ役、そんな少女だった。

 その年の秋の野外行動実習の最中の出来事である。魔の森から迷い出た、巨大な(ドラゴン)が、シバリス平原上空を横切り、学園の生徒たちがいるケトティムの森に、姿を現したのだ。あまりの事態に、教師たちさえ呆然となる中、中等部の生徒たちをまとめ上げ、撤退を指揮したのが、サリーだった。この事件は、後に初代騎士の中の騎士となるエルヌス(エル)・アウレリウスが、竜を退治して、収拾されたが、中等部の生徒に死者が出なかったのは、サリーの活躍があってこそと、言われている。

 ところで、サリーの初恋に話を戻すと、彼女もただ、自分を押し殺していたわけではない。偶然を装って、その少年と2人きりのシチュエーションを作ろうと、様々な画策をしていた。ただ、サリーの企みは悉く功を奏しなかった。少年の隣には、いつも、サリーの妹、マギーがいたからである。そう、サリーの初恋の相手は、エルだったのだ。

 大事な妹と、同じ相手を好きになってしまったとき、どうすればいいのか。結局、サリーは身を引き、彼女の初恋は、片思いで終わってしまった。

 ここまで読んで、リルは、ぱぱもてもてと思った。

 サリーは、学園の高等部には進学しなかったので、それからは実家に戻って、嫁入り修行をすることになる。というのも、シバリウス侯爵家では、跡目争いが起きないように、跡継ぎ以外の子どもを、他家に嫁入り婿入りさせることとしていたからだ。サリーには兄のフェルディヌス(フェルド)がいて、彼が侯爵家の跡取りだったから、サリーも何れは、どこかに嫁入りしなければならないし、本人もその積もりだった。

 縁談が持ち上がったのは、サリーが19歳の時である。相手は、ブロッケヌス伯爵家の跡取り息子とのことだった。後の首なし伯爵である。ブロッケヌス伯爵家は、王国の古くからの重臣であるシバリウス侯爵家と関係を持ちたがっていた。ただ、その理由は、縁談の当時には分からなかった。

 ともかく、自由恋愛がだめなら、恋愛結婚など当然ない。サリーは親同士で決めた相手と結婚し、その後、夫が爵位を譲られ、伯爵夫人となった。

 首なし伯爵とサリーは、仲は悪くなかった。2人の男子にも恵まれ、そのまま伯爵夫人として、生涯を終えると、そのころのサリーは思っていただろう。

 首なし伯爵に不穏な動きがあったのは、それから十数年経ってからだった。伯爵は、緑の道建設を強硬に進める当時の国王ハベス1世に反対し、魔の森進出に関して慎重派として知られていた、クォーツに取り入ろうとしたのである。実は、サリーと伯爵の縁談もそのための布石だった。ただ、首なし伯爵がクォーツを味方に引き込もうとした時点で、シバリウス侯爵家は、緑の道建設自体には反対ではなく、慎重にことを進める方向で、固まっていた。首なし伯爵の策謀は失敗に終わる。

 その後、これ以上の王権の伸長が、貴族社会にとって打撃となると考えたブロッケヌス伯爵は、緑の道の普請に、人工を出さなかった。強硬手段に出たのである。首なし伯爵としては、これにより同調者が出ることを期待しての動きだったが、同調者は現れず、結果的に、伯爵は、ひとりで国王に刃向かう形になってしまった。

 サリーは、クォーツに依頼され、首なし伯爵の説得を試みた。

「このままでは、私たちは反逆者。冷徹な陛下のこと、伯爵家ひとつ潰すくらい、訳ないわ。遅れ馳せでも、普請に応じて。」

「そ、そ、そんなことができるものか。国王陛下とて、我々貴族の同輩中の主席に過ぎんのだ。」

「その台詞を、陛下の前で言えて?」

「も、も、も、勿論だ。」

「そう。なら、あなたと私は、明日から他人よ。」

そう言って夫婦の寝室を去るサリーに、伯爵は、

「何、どういうことだ、サリー。待て、話し合おう。話せば、」

と、言いすがったが、サリーは最後まで聞かず、

「さよなら。」

と、去ったのだった。

 その翌日には、国王の命令書を携えたクォーツがブロッケヌス伯爵家に乗り込み、伯爵家は取り潰された。国王が、貴族の爵位と領地を取り上げるなど、前代未聞だったから、この事件は、多くの者に驚きをもって受け止められた。サリーは、伯爵家取り潰し直前に離婚が成立していたため、シバリウス侯爵家に戻ることになった。

 ここまで読んだリルは、はなせばわかるはしぼうふらぐ、と思った。

 侯爵家に戻った後のサリーは再婚せず、孫のピルキッサ(ピッキー)を養子に入れ、オッティと共謀して、トーマとピッキーを結婚させた。

 公人としては、ハベス1世からドラク1世に代替わりした時に、サリーもクォーツから、宮宰の職を継ぎ、後、枢密院議長として、ドラク1世に仕えた。その当時のサリーの活躍ぶりは、前に読んだ本と重複するので割愛。

 リルは、サリーの章を読み終わって、いがいとせけんはせまい、と思った。


「女傑列伝」2人目は、マルガリッサ・シバリウスだった。リルが人間だったころの母親である。リルは、ままもこうしゃくけしゅっしんだった、と思った。

 マギーの父クォーツは、若かりしころは、プレイボーイとして、知られていた。マギーの母も、元々は行儀見習いで、シバリウス侯爵家に来ていた少女だった。そんな相手に自分の子どもを孕ませたのだから、正妻は、カンカンになって怒ったらしい。しかもタイミングの悪いことに、正妻が第3子ランファンを妊娠したのと、不貞相手がマギーを妊娠したのは、ほぼ同じ時期だった。それが、余計に、正妻を怒らせたのである。

 ランファンとマギーが生まれた後、侯爵の正妻は、マギーの母をいびり続けた。しかも良くないことは重なるもので、ランファンは、産みの母よりも乳母でもあったマギーの母に懐いてしまった。正妻のいじめは酷くなる一方だった。そのとばっちりは、まだ赤ん坊だったマギーにも及んだ。ただ、跡取り息子のフェルドも、サリーも、ランファンとマギーを平等に可愛がったので、マギーの侯爵家での立場はそれほど悪くなかったと思われる。

 決定的な決裂が訪れたのは、マギーが6歳の時であった。マギーと母に対するいじめは、最早誰の目にも余るものとなり、クォーツは、正妻と後に第二夫人になるマギーの母を同居はさせられないと判断し、マギーと母が住む家を、領地内や王都ではなく、エカテリンブルに用意した。エカテリンブルが選ばれたのは、この地が当時はまだ天領で、王都からもさほど離れていなかったためである。ただ、産みの母より乳母に懐いてしまったランファンは、勝手に、マギーたちについてきていた。

 エカテリンブルに引っ越してきて間もなく、マギーは運命の出会いを経験する。その相手こそ、マギーの生涯の伴侶になるエルであった。ただ、まだ幼いマギーは、エルのことをカワイイ男の子とは思ったが、異性として意識しだしたのは、9歳になって、学園の初等部に入った後だった。

 エルと出会ったマギーとランファンは、騎士を目指して就学前から魔法や剣の修練に励むエルに興味を持ち、一緒に剣と魔法を学ぶようになる。学園入学時、3人が飛び抜けて優れた剣と魔法の腕を持っていたのは、そのためである。マギーは3人の中では、繊細な魔力操作を得意とし、雷属性の魔法が得意だった。

 エルが当時の国王レオン3世から、騎士団創設を命じられた後は、マギーも、エルに継ぐ実力者として、騎士団長補佐に就任した。マギーは、息子のオッティが騎士団長を継ぐまで、団長補佐の地位にいたから、常にエルとともにいたことになる。

 ここまで読んでリルは、おもってたいじょうにどろどろ、と思った。

 その後のマギーの活躍は、銀嶺騎士団の活躍をなぞる。ただ、騎士団内では、マギーは独特の地位を築いていた。それがマギーの異名である「銀嶺の稲妻」と関係する。

 エカテリンブルがある巨壁山脈東麓地方中部は、冬は山おろしの季節風が吹くため、乾燥しており、寒さの割に雪は少ない。ただ、稀に大雪に見舞われることがある。そんな大雪の前、前兆現象として、巨壁山脈に雷が落ちる。そのため、銀嶺の稲妻は、大雪をもたらす凶兆として使われる言葉になり、転じて、良くないことの前触れを意味するようになった。

 マギーは、脳天気な性格からは想像できないが、嫉妬深く、その怒りに触れるとただでは済まない。そんな性格と、雷属性の魔法を得意とすることから、前述の異名が付いたのだが、要するに、それだけ恐れられていたのである。団長補佐などと言いつつ、大した仕事もしないで、騎士団に居続けられたのも、団員たちがマギーのことを恐れていたからである。全土から選りすぐられた猛者が集う銀嶺騎士団でもこの扱いだから、他の騎士団では、扱える人材ではなかっただろう。

 この章を読んでリルは、ままってそんなにこわい?と思った。


 西方歴2986年春の、高等部と大学のラ式蹴球部の対抗戦で、事件は起きた。と言っても、リルは、その時間、サヴォルでウェートレスの仕事をしていたので、翌日、新聞に載っていたレポートで知ったのだが。

 なんと、この年の対抗戦で、大学のラ式蹴球部がトライを上げたのだ。100年以上に渡る対抗戦の歴史上、大学の初トライである。トライ後のコンバージョンは不成功だったので、得点にはならなかったが。マッチサマリーには、試合自体も高等部10対大学0の歴史的接戦だった、と伝えている。じゅうぜろでせっせん?とリルは思った。

 大学のラ式蹴球部は、その前年から、キヨ・ミヤゥス監督を招聘し、ラ式蹴球部の強化を図っていた。ミヤゥス監督は、大学のラ式蹴球部出身で、卒業後は、サン=トリユス蒸留所で、麦酒の営業をしていた人物らしい。びーるのせーるすまん?とリルは思った。

 マッチサマリーは、この結果をミヤゥスマジックと讃えている。MOMマン・オブ・ザ・マッチには、異例なことに敗者の大学から、8分の5(ファイブ・エイス)後衛(バック)ドラコ・オータゥスが選ばれた。性格にコントロールされたキックで、大学の劇的初トライを演出したことが評価された。リルは、マッチサマリーに出てくる名前を見て、みんなきらきらねーむ、と思った。


 リルは、サヴォルの営業時間中は、ウェートレスだが、営業終了後は、エルマがレジ締めなどの、経営上必要なことに手を取られるので、翌日出す茶菓子の仕込みをしている。今は亡きマスターの残してくれたレシピに従って作っていた。

 ある時、リルは、おかしのぱたーんがちょっとすくない、と思い、新メニューの開発をすることにした。リルは、騎士として、魔導従士関連の色々な部品開発に関わった経験があるが、茶菓子の開発は初めてである。気合いを入れて臨んだ(表情には出ないが)。

 最初に考えたのは、クッキー生地でバタークリームを挟む、バターサンドである。クッキーはすぐに作れるので、この開発の肝はバタークリームの方である。

 ミルクを根気よく攪拌すると、少しずつ乳脂肪が分離してくる。完全に分離させると、バターになり、少々分離させると生クリームになるのだが、バタークリームは、その中間よりややバターより、乳脂肪に少し脱脂乳の成分が残っている程度で止める。実際にバタークリームを作ってみて、リルは、みるくのりょうのわりに、ばたーくりーむすくない、と思った。あと、だっしにゅうがあまる、とも思った。

 バタークリームが出来たら、少々の塩とたくさんの砂糖で味付けして、クッキー生地で挟んで、試作品が出来た。実際に食べてみると、昔の人であるリルには、甘すぎると感じたが、砂糖で甘くした菓子を食べている今の人なら、このくらいがちょうどいいだろう。紅茶との相性も悪くない。

 リルは、試作品を、まずエルマに味見してもらった。

「いつもと違うことをしていると思ったら、新メニュー開発をしていたのね。リルは働き者ね。」

エルマはそう言って、試作品のバターサンドを1口。

「美味しいわ。焼き菓子ばかりだと、お客さんも飽きてしまうから、次は、焼き菓子以外も、作ってみて。」

と、取りあえず合格をもらった。

 翌日。リルは、何人かの常連さんに、試作品のバターサンドを食べてもらった。食べた者は、口を揃えて、

「猛烈に山羊臭い。」

と言う。ミルクと言っても、オストニアでは牛乳はほとんど手に入らず、大山山羊グレート・アイベックスという魔獣(家畜化されている)の乳なのだ。山羊乳は、好き嫌いが分かれる食材だが、バタークリームに山羊臭が凝縮していて、山羊乳が苦手ではない人でも、食べにくいとのことだった。常連の中で1人だけ、

「山羊臭くてぇ、美味しいぃ。リルちゃん天才ぃ。」

という感想を言う者がいたが、否定的意見が圧倒的多数だった。結局、バターサンドは、没にすることになった。リルは、めにゅーづくり、むずかしい、と思った。


 ある夏休みの1日。初等部3年生になっていたテラが、来店した。

「冷たいミルクぅ。」

いつものように、テラはテラス席に座った。夏休み中で、客も少なかったので、リルは、エルマに確認せず、ミルクのカップを持って行って、テラの対面に座った。テラは、ミルクを一口飲むと、徐に話し始めた。

「ねえリルちゃんん、聞きたいことがあるんだけどぉ。」

リルは、なに?と思った。

「リルちゃんってぇ、魔法騎士だったんだよねぇ。専用機とかなかったのぉ?」

リルは、ほんけにはつたわってない?と思った。

「伝わってないよぉ。」

リルは、ぱんでもにうむはつたわってるのに?と思った。

「そうかぁ。パンデモニウム改はぁ、オルティヌスとリルちゃんが乗ってたんだぁ。」

リルは、ん、と思った。

「あれぇ。でもぉ、パンデモニウム改ってぇ、マーカス・オブ・ザ・ヘル改と何かがぁ、合体するんだよねぇ。マーカスはぁ、今デューク・オブ・ザ・ヘルになってるけどぉ、リルちゃんの機体の方はぁ、どうなってるのぉ。」

リルは、じめんのした、と思った。

「どこのぉ?」

リルは、すべるどろとりで、と思った。

「ええぇ、スベルドロ砦の地面の下に何かあるなんてぇ、聞いたことないよぉ。」

リルは、真実をテラに伝えない方がいいと思い、ふつうのそうこ、と思った。

「スベルドロ砦の地下倉庫かぁ。今度ぉ、お母様に聞いてみようぅ。」

テラは、ミルクをもう一口飲んだ。

「それでぇ、リルちゃんの専用機ってぇ、何て名前ぇ?」

リルは、ひみつ、と思った。

「何でぇ?教えてよぉ。」

リルは、あれはふういんした、と思った。

「封印?」

リルは、あれはふつうのにんげんには、あつかえない、と思った。

「悪魔の力が要るってことぉ?」

リルは、するどい、と思った。

「それで封印かぁ。じゃあぁ、今でも使えるのはリルちゃんだけなんだぁ。」

リルは、ん、と思った。テラは、残っていたミルクを飲み干し、

「残念ん。デューク・オブ・ザ・ヘルとリルちゃんの機体でぇ、合体できると思ったのにぃ。」

と言って、会計をして、出て行った。

 テラは、リルにとっては、親戚の子どもである。本人のためとは言え、少しだけ嘘をついたことが、ちょっと後ろめたかった。

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