15 バレンタインデー
受験生に休息はない。
それは、まさしくもみじに向けられた言葉で、クリスマスもお正月も、そしてバレンタインも、もみじには関係の無いイベントだった。
そもそもバレンタインチョコなんて一度もあげたことが無いもみじなのだが、貰う側はよくある。予想できる相手の分は返したりもするのだが、普段は一切そういうことをしない。
だからだろうか。
隣の席にかけられた大きめの紙袋から、溢れそうなチョコの山。そして、真面目で律儀な彼の性格を考えると、十中八九ホワイトデーでお返しをするのだろう事は予想できる。こればかりは、流石のもみじでも少し不憫に感じる。
そうこうしている間に、また一人チョコレートのプールを増やそうとする生徒がやってくる。一学年下の卓球部の子だったはず。名前は田村苑子。
「浅賀さん! あの、チョコレートどうぞ!」
「ありがとう。えっと……」
浅賀はチョコレートの入った箱を貰いながら少し困った表情を浮かべる。どうやら、名前も顔も知らないらしく、どう返事をしていいのか分からないようだった。苑子もそれを感じ取ったのか、すぐに自己紹介をする。
「あ、私2年の田村です! あの、お返しとか大丈夫ですから!」
「え、あの――」
何か言おうとしていた浅賀を背に、田村は駆け足で教室を飛びだしていった。廊下では黄色い声があがっていて、もはや浅賀旺士郎にチョコを渡すという行為自体に意味を見出しているようだ。
浅賀は貰ったチョコの箱に「二年生、田村さん」と書いて紙袋に入れる。もう、入り切っておらず袋からはみ出してしまっている。
「浅賀君、凄い量だね~」
ふらっと現れた一華が浅賀の紙袋を指さしながらそう言う。当人は少し照れ臭そうでありながら、少し微妙な表情を浮かべている。
「……まぁ、有難いんだけどね」
男子としては誇らしい事だろうが、何事にも限度がある。それに、浅賀の性格を考えるとお返しもしっかりとするだろうから尚の事大変だ。
一華は笑いながら「そうなんだ~」と返しつつ、視線がもみじの方に向く。
「もみじは誰かにあげないの?」
「……え、私? ないない!」
何を言いだすのかと思えば。一華はもみじの性格を知っているはずなのに、何故そのような話題を振ってくるのかが分からない。しかし、一華は相も変わらずニコニコと笑っている。
「へぇ~。だって、残念だったね~」
「――は? 何でこいつが残念がるのよ」
何故そこに話がつながるのかが分からないもみじは、隣の男子と一華とを交互に見る。浅賀は苦笑いしていて、一華はニコニコしている。なんとも奇妙な状況にもみじは訝し気な表情を浮かべる。ただ、その後に続く一華の言葉に耳を疑う。
「私も浅賀君にチョコ上げたから、多分学校の女子全員から貰ったんじゃない?」
「は!? ちょっと見せて」
もみじは隣の席にかかっている紙袋を取り上げて中身を浅賀の机の上に乗せていく。
「1、2、3――……18、19。なんだ、全員分じゃないじゃない」
浅賀の机の上には大小19個のお菓子の山が積みあがっている。安岡中学校は学年約20人で全校は60人くらいになる。その約半分が女子なので、30人くらいの女子生徒が居ることになる。19個でも相当に多いのだが、一華が言う全校生徒分には約一学年分足りていない。
しかし、一華の表情は変わらない。そして、ゆっくりと目で教室の後方にあるロッカーの方へと促した。もみじは怪訝な表情を浮かべつつその方角を見ると、一つだけ、茶色の紙袋が置かれてあった。
「今朝、靴箱のところで1年生全員が集まって渡してたよね~」
つまり、あれは一学年分のチョコレートが詰められているという事になる。確かに、言われてみれば箱に書かれてあった学年に、1年生という文字はなかった。
もみじはゆっくりと視線を隣の席に移す。相も変わらず苦笑いを浮かべる浅賀旺士郎の姿が……。
「――あんた貰いすぎでしょ!」
もみじの声は昼休みの教室に響き渡った。
◇
極寒の2月。赤いマフラーを身につけた少女と満面の笑みを浮かべた少女の二人は、中学校の校門前で一人の男子生徒を待っていた。赤マフラーの少女は、緊張気味でそわそわしているが、もう一人の少女は全く緊張した様子もなくきょろきょろと周囲を見渡している。
「……双葉ちゃん、私変なところない?」
「え? うーん、いつも通りかわいいよ? って、あ! お姉ちゃんだ!」
元気女子――双葉は、自身の姉を見つけて大きく手を振る。もみじは、まさか妹たちがここに居るとは思っておらず、小首を傾げる。
「あんたら、何してんの?」
「これ! お兄ちゃんにチョコ渡そうと思って、ここで待ってるの!」
双葉は可愛らしいピンク色の紙袋を見せる。いつの間に用意したのか、もみじは小さなため息をつきながら頭を押さえる。
「……はぁ。まぁ、頑張って」
もはや考えることを放棄したもみじは、ひらひらと手を振ってその場を去っていく。小さく頭を下げている赤いマフラーを身につけた紗月は、以前見た時よりも大人っぽい表情を浮かべていた。
「――私っておかしいのかな?」
もみじの小さな呟きは、白い息とともに寒空へと消えていった。
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