14 告白
一面真っ白な空が広がり、乾いた空気と茶色の葉っぱが宙を舞う。肌を突き刺すような寒さに、厚手のカーディガンを羽織ったもみじは身を震わせる。安岡中学校の女子の制服はセーラー服で、その上に色とりどりのカーディガンを羽織っている生徒が多い。男子は学ランを着用すればそれなりに防寒になるのだが、女子はそうもいかないのだ。
中学三年の冬は、切羽詰まっている。
それは、これまで勉強に熱意を入れていなかった者たちほどその傾向が強く、齋藤もみじもその一人だった。穴が開くほど参考書を睨みつけ、ゆっくりとペンを走らせる。小難しい英単語を列挙し、それなりの文章を作ると、別冊の答えを見る。
7割は合っている。その事に、もみじはほっと胸をなでおろす。
9月の半ば頃から始めた勉強の成果がようやく出てきたようで、何とか人並程度には勉強が出来るようになった。もみじは、もともと頭は悪くなかったようで、自分がやる気を出せばできるタイプであることをようやく知ることができた。
そんな、もみじが勉強にいそしんでいる間、忌々しい天才児は双葉たちの練習に度々顔を出していたらしい。帰ってくるたびに「今日はピッチングを見てもらった」だの、「バッティングを褒められた」だのと報告をされるので、もみじの中では相当にフラストレーションがたまっていた。
隣の席には、勉強などせずに文庫本を開いているイケメンの姿がある。もみじの溜まり切ったフラストレーションの元凶である浅賀旺士郎だ。
余裕な態度を見ていると、またイライラが溜まり始める。だからだろうか、ついつい声を出してしまう。
「――あんた、勉強しなくても大丈夫なの? そんなんで落ちたら、笑えないわよ」
突然の物言いに、浅賀はぱっと発言主を見る。そして、ちらっと参考書を一瞥してから文庫本に視線を戻す。
「大丈夫。ちゃんと家では勉強してるから」
「……あっそ!」
文庫本を読みながら返答してくる浅賀に、もみじは忌々し気にそう答える。すると、その様子を見ていた一華が間に割って入る。
「ちょっとー、もみじ? 浅賀君に八つ当たりしちゃだめでしょ~?」
「そうだけど! なんか、余裕しゃくしゃくな態度がむかつくっていうかー」
窘められてもみじは弁解する。もみじ自身、自分の方に落ち度があることは分かっているのだが、何故か浅賀の余裕さが癇に障って仕方がないのだ。
もみじと一華の会話が耳に入り、浅賀は再び文庫本から視線は外す。
「……あんまり上手くいってない?」
単純な心配の声が投下される。すると、一華は一瞬黙り込んだ後に、苦笑いを浮かべながらもみじの現状を語りだす。
「……うーん。まぁ、もみじにしては頑張ってるけどね~。神高って意外と偏差値高いし、人気もあるからな~」
「――で、でも今回の模試はB判定だったし。それにあんたに心配されたくないし!」
「もう、また?」
あきれ顔の一華が視界に入る。しかし、それはもみじの本音だった。どうしてだか、他の人に心配されてもそこまで嫌な気分にはならないが、こと浅賀に心配されるのだけは嫌だった。常に対等でありたいというもみじの自尊心がそれをよしとしないのだ。
しかし、この場でそんな事をいう事は出来ない。そこで、もみじは立ち上がり、あきれ顔の一華の背中を押す。
「あーはいはい。よし、トイレ行こう! トイレ!」
「え、ちょっと……」
もみじは親友を引き連れて教室を出ていく。
静まり返った教室の片隅で、浅賀は読みかけの文庫本を閉じて自分のバックに入れる。すると、古びた野球ボールが目に入った。
「……心配されたくないって。齋藤が受からなかったら意味ないのに」
誰にも届かない独り言は、休み時間の教室に消えていった。
◇
「寒いー!」
放課後、図書室で勉強をしていたもみじは一人で校舎を出た。以前は一華に付きっきりで勉強を教えてもらっていたのだが、最近は一人で残って勉強することが増えていた。どうも、藤田の方も学力が怪しいらしく、今日も藤田の家で勉強を教えるそうだ。
最近は自分でも学力が上がっている実感がある。基礎部分は一華に教えてもらったため、一人でもある程度問題が解けるようになっていたし、何より自分がどこで躓いているのかが分かるようになってきていた。確実に進歩してきているはずだ。
校舎を出ると、強い冷気がもみじを襲う。そろそろ上着を着てこないと耐えられないかもしれないと考えながら、足早に正門へ向かう。
丁度、体育館の近くを通った時、もみじは足を止める。
日が傾きだした体育館裏に、ジャージ姿の青年とセーラー服の女子の姿がある。日が傾きだしていると言っても、部活動はまだやっているし、別に人がいたところでもみじが足を止める理由にはならない。
ただ、問題は男子の方が見知った顔だったということだ。
セーラー服の女子は一つ下の子だ。田舎だと、生徒の人数自体が少ないので、二つくらいの年の差なら、大体みんな顔と名前が一致している。
もみじが知る限りでは、二人の間に接点はない。学年も部活も違うし、家が近いわけでもないはずだ。ただ、顔を見れば彼女が何を言おうとしているのかはすぐに分かる。
「――あの、私、浅賀先輩の事が好きなんです! できれば、その、付き合ってください!」
声は少し震えている。ぱっと差し出された手は氷漬けされたように固まっている。絵にかいたような告白現場を見て、もみじはさっと身を隠した。
別に、二人がどうなろうと構わない。隣の席の男子に年下の彼女が出来たところで、もみじには何の関係もないのだから。しかし、そんな思考とは裏腹に、もみじの視線はその現場に釘付けだった。
「……ごめん」
小さな声がもみじの耳に届く。走り去っていく女の子の背中が徐々に小さくなっていくが、男子だけはその場で立ち尽くしている。彼は何かを鞄から取り出してじっと見つめている。手のひらに収まるサイズの何かだが、それが何かまでは、はっきりとは視認できなかった。
数秒して、彼は動き出す。その背中が見えなくなるのを見守った後、もみじも帰路に就いた。ただ、彼が何を見ていたのかという疑問だけが、もみじの頭を悩ませていた。
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