四十部
男性アナウンサーが
『大久保さんは日本における外国人の人権について研究されているということですが、具体的にはどのようなことを研究されておられるんでしょうか?』
大久保は笑顔のまま、
『人権というのは世界共通で平等に与えられているものという認識を持っておられる方が多いと思うんですが、実際はその国の憲法のような最高法規と呼ばれる法律に規定されている内容しか保障していない場合があるんです。
Aという国では社会権・自由権を完全に認めていても、Bという国では自由権しか認めていないということもありますし、Cという国ではほとんど人権を制約しているという場合もあるんです。
日本はどれかというとA国に近い現状にあります。
しかし、最近では世界中から日本に訪れる外国の人が多くなっており、例に出したようにB国のような国から来る人もいれば、C国のような国から来る人もいる。
そうすると、自分達の国では認められていない権利を日本が認めていたり、人権の先進国である欧米諸国から来た人からすれば、母国では認められている権利が日本では認められていなかったりするわけです。
私は独自にこのような現象を“人権保障摩擦”あるいは“人権摩擦”と呼んでいます。母国で認められていなかった権利を行使する方法がわからなかったり、母国で当然のように認められていた権利が日本で制約されるために、従来の生活スタイルを変えなければいけない人というのも出てきたりするわけです。
では日本の憲法がどこまで外国人に適用されるのか、そしてどこまでの権利の範囲を拡大して許容するのかという問題を研究しているわけです。」
山本が竹中に向かって、
「普通の専門家的なことを話しているようにしか感じませんけど?」
「アホか、まだまだ序の口やんか。こいつがヤバいんはこれからやで、たぶん・・・・」
山本は首をかしげてからテレビに目を向けた。男性アナウンサーが
『憲法というのまず誰のためにある法律なんでしょうか?』
『そうですね、憲法は正式には日本国憲法というわけですが、その名の通り日本の憲法であり、その憲法が保護している対象は日本人に限定されていると考えるべきだと思います。
ただ、日本は人権規約と呼ばれる条約を批准しており、その条約に記載されている権利は世界で共通して保護していこうということになっているので、日本の憲法が定めていることの内容のほとんどを外国人にも適用する、いわば間接適用という状態になっているんです。
条約に批准した当時は、条約で認められたから外国人にも日本人同様の人権を保障していたという部分があるんですが、それもすでに常態化しており、人権を保障されることが当たり前のようになってきているんです。
特に選挙権や公務員の任用に関して等の国の運営に係ることにまで最近では外国人が手を伸ばしてきているという現実があります。
日本は日本人のためにあるのであって、勝手にやって来た外国人のためにあるわけではないのですから、人権を保障してもらえるだけ嬉しく思えという感じですね。』
「始まったで!」
竹中が面白そうに言い、山本もこのことかと思った。
『し、しかしですね、日本は島国で様々な資源を輸入しなければ、存続さえ危ういと言われていますし、外国の方と友好的な関係を構築していくことも必要なのではないでしょうか?』
男性アナウンサーが必死にフォローを入れようとしているが、大久保は
『そうですね、日本は輸入に多くを頼っています。
でも、それも全ての国と貿易関係にあるわけではない。日本にとって有益な国と繋がり、不利益な国とは物だけで無く人の流通をやめるべきだと思います。
実際に外国人の中には日本の言語も通じず、日本での日常生活に苦慮している人もたくさんいます。
それなら自分の話せる言語圏の国に移住するべきだと思うんです。
それが日本のためであり、言葉の通じない国での不便な生活を送り外国人のためでもあると私は思いますね。』
『そ、それは・・・・・江戸時代の鎖国のような状況を現代にも作ればいいということでしょうか?』
男性アナウンサーが話をそらすために少し方向性の違う話をしはじめたが、大久保は水を得た魚のように
『そうですね。選ばれた者だけが日本と繋がり、日本に来ることができる。
よその国に何百億とか融資する金があるなら国債の返済に充てるべきだし、国の社会保障を財源を割り振るべきだ。
無駄な繋がりが多いから、その分の支出が増えてしまうんです。
実際のところ、融資した国からのリターンが望めるのかと言うとその可能性はかなり少ないものでしょう。
日本に有益な国とだけ国交を結び、入国にも制限を課して、日本人に不利益を及ぼさないように活動させるべきなんです。
犯罪を犯せば、その背後にどんな事情を抱えていたとしても強制送還すればいいし、不法で滞在するような外国人にも即刻日本から消えてもらえばいいんです。』
『外国人と言ってひとまとめにしてしまうのもどうかと思いますよ。
犯罪をせずに日本のために働いてくれている外国人の方もおられますし、そう言った方たちにも不快な発言をされているということはおわかりでしょうか?』
アナウンサーが少し声を荒げて言う。大久保は意に関せずと言った感じで、
『日本のために働いてくれている外国人の方には敬意をもって普段から接していますよ。例えば、米兵の方たちには日本を守ってもらっていわけですから感謝しています。
でも犯罪行為をすれば、そこまでです。犯罪者として、死んでもらうなり、国に帰ってもらうなりしなければ被害者が報われないじゃないですか。
体も大きく、言葉も通じない人相手に襲いかかられたら、言葉にできない恐怖を感じることでしょう。
命を奪われた事件だってたくさん起こっている。アメリカ軍だけじゃなく外国人の方には共通することです。
明日おそわれるのはあなたかもしれないし、あなたの大事な人なのかもしれない。そんな恐怖におびえながら生きていくのはつらいじゃないですか。
文化の違いだとかいう言葉で片付けられない問題が、現在も小さな火種となってくすぶっているんですよ。』
『犯罪をするのは外国人だけではないじゃないですか?
日本人でも気違いみたいに多くの人を殺したなんて事件もありました。
危ないのは日本人でも外国人でも一緒なんじゃないですか。』
『その通りですよ。
私が言いたいのは、帰るべき場所がある外国人には日本で更生を促さずに国外に追放し、二度と日本の土を踏ませるなということだけですよ。』
『あなたは偏見が強すぎる。ディレクターこの人のコーナーを終わらせてください。この人の話は不愉快でしかない。』
テレビの向こう側があたふたとした雰囲気になり、ディレクターらしき人物が大久保のもとに駆け寄り、頭を下げている。大久保は笑顔のまま、
『それでは最後にひとつだけ。
僕が言っていたことを正しいと思ってくれる人はきっといると思います。
それに外国人の犯罪にあって涙を流した人もたくさんおられます。
外国人犯罪におびえて、今も震えている人がいると思います。
大丈夫ですよ、もうすぐ日本は変わります。
私の発言が間違っていなかったと思ってもらえる日がきっと皆さんの目の前に来るでしょう。
それでは、失礼しました。』
大久保はそう言って画面から消えていった。竹中が得意げな顔で
「どうやった?胸クソ悪かったやろ?」
「『日本が変わる』っていうのが気になりますね。
何か企んでいるんでしょうか、それともそう言えば自分の信者を増やせると思ったんでしょうか?」
「信者って新興宗教やないんやから・・・・・」
竹中が笑い流そうとしたが途中でやめて、
「もしかして、こいつも黒木の仲間かもしれんってことか?」
「わかりませんが、今までも事件の裏にうちの大学卒業者とかが関わってたのはあったので、違うとも言いきれません。
ただ、そうだとするならテレビでこんな発言をすれば俺達にマークされることくらいはわかってるはずだと思います。
わざと注意を自分に向けさせているという可能性もあるかと・・・」
山本が言いながら考え込む。竹中が真剣な顔で
「やめて欲しいもんやな、こんなに盛大に注意集められたら大事なこと見落としそうで怖いわ。」
その場に暗く重い雰囲気が流れた。




