17:帰るまでが狩猟
度々起こるコボルドの襲撃を撃退しながら、待つことおよそ二時間。
コボルドの襲撃が五回を超えたところで、生存者達の目が覚めた。具体的には、最初に起きた一人に説明していたらもう一人も起きてきたので、最後の一人は叩き起こしたという流れだ。
「おはよう」
「あ、ああ、おはよう。俺は……俺達は、生きてる、のか?」
「そうだ。一応言っておくと、この巣に居た生存者はお前達三人だけで、助けた後は二時間ほどグースカ寝ているお前達を守っていた。何があったか、話せるか?」
「…………そうか。俺達は今日──」
──持ち物を返した段階で一人はそうだとわかっていたが、三人とも狩人だったらしい。
魔物というのは、人を精神的、肉体的に傷つけることを目的とする精霊が肉体を得た存在だというのは、常識として知ってはいた。自分がその対象になる可能性も考えてはいた。
でも、今日そうなるとは思っていなかった。頑張れば避けられると思っていた。
倒しても倒しても次々に来るコボルドに押され、あるいは単純に倒せないほどの集団に遭遇し、負けて、連れてこられて、まぁ、拷問を受けていたという話だった。
「んー……、話はわかったが、今この森って、どの位コボルドが居るんだ? 俺達が助けに入った時と、その後ちょくちょく襲ってくる数を足して五〇ぐらいはやったが、まだ居るよな、多分」
経験豊富そうなジーナとボリーの二人に聞いてみる。
「一〇〇や二〇〇では済まない数が居ると見るべきだろうな。一つの群れになっているかどうかは別として、一パーティー程度では危険な規模だ」
「……とりあえず、三人とも起きたことだし、今は連れて帰りません?」
「そうだな。聞いてたな? 王都に帰るぞ?」
「私らは、あんまり役に立てないと思うけど、大丈夫……なの?」
装備をはぎ取られていた狩人が申し訳なさそうに声を掛けてきた。装備の残骸はあったので渡しているが、ボロボロだったので、上に俺の外套を着せている。
残り二人もボロボロではあったが、どちらも男性であるので、そこらにあった布で無事で大き目だった物を、ボロボロの装備の上に巻かせている。
ひとまずは、ちゃんと連れ帰るための注意かな。
「素直に守られてくれてれば無事に返してやる。俺達の指示を聞かずに駆けだしたりしなければ、まず大丈夫だと思っていい」
「そ、そうなのか? 一〇匹とか二〇匹とかいてもか?」
「やばそうな時はちゃんと逃げられるように指示を出すつもりだ。俺が死ぬとこを見たなら、まぁ、指示がなくても逃げるといい」
「あの、白井さん? そんな話をするのはどうなんです……?」
「死ぬ気はないが、絶対とは言えん。魔物だって、一番強くてオーガまでしか見てないしな。……ところで、この小屋はどうする?」
「壊せるなら壊しておいた方が良いだろうが、今は時間のかかることは避けておくべきか。報告はしておく」
「了解。そろそろ行こうか」
そんな会話を交わし、周囲を警戒しながらコボルドの巣を後にした。
「ガルルギャッ」
ジーナの攻撃によってまた一頭、コボルドが生を終えた。突き刺さった矢はまだ使えそうだったので、回収しながら歩いていく。
「本当に多いですね、コボルド」
「オレ達の匂いを追ってきているというより、遠吠えで連絡をとりあって狙ってきているようだ。これは──」
「──知恵を持ってるボスが存在してる、ってことね。大丈夫かい? ユーリ」
「見える所まで来たらやれるとは思うが、面倒だな。アニマ、位置はわかるか?」
「近付き過ぎないようにしながら指示を出してるみたいですけど、正確な位置はあまり……ただ、ちょっと怒ってるみたいです」
「ふむ、森から出た時に決めようかな。外まで追ってくるならそこで狩る。追ってこないなら、俺が狩ってくる」
「は、はい、ご主人様なら大丈夫だと思いますけど、その……気を付けて、じゃなくて、あの」
「ああ、初めての相手だし、油断しないように行くよ」
「はいっ」
微妙に言い淀んだ理由は、言葉にはなっていなかったが、【伝達】経由で、『奴隷が主人の行動を指示するようで申し訳ない』という意思がそれとなく伝わってきている。
「ガルッ!?」
……まぁ、今は、森を抜けることが最優先だ。
前方から現れる小物を斬り捨てながら、森の外へ向かって足を進めた。
向こうはコボルドを足止めに使い、包囲してから甚振るつもりのようだが、一向に速度を落とさない俺達に苛立ちと焦りを感じているようである。
感覚の優れているアニマは微妙に怯えている。
「森の外が近付いてきたな。さあて、どう来るか」
「どうって、うわっ」
「ガルルルルアッ!」
ようやくコボルド以外に後方から追ってきていた連中の姿が見えた。コボルドをそのまま人の大人ぐらいまで大きくしたような魔物だ。
獣人族と間違えそうな気はするが、獣人族の骨格は耳と尻尾以外は人族と同じ。こいつらの骨格は、胴体と腕以外は犬のものだ。
包囲まではされていないが、こちらに襲い掛かる機会を伺っているように見える。
「ライカンスロープッ!? いや、上位種コボルドか」
「……その二種類の違いは、なんだ?」
「ライカンスロープは簡単に言えばオーガ並にでかいコボルド、滅多に出ないが魔物ランクはAだ。上位種コボルドは人間の大人程度、魔物ランクはBだが……」
「ふうん?」
反応は良く、攻撃も速いが、力はオーガほどではない、と。上位種コボルドをアニマに任せるのは相性が悪そうだな。
「……なんでそんなに落ち着いてんだよあんた、いや、普通に捌けてるから妥当なとこなんだろうが」
「全員こいつに集中しすぎだ。奥の方見てみろ、こいつ如きに焦ってられない理由がわかるだろ?」
「? ……ッ! ラ、ライカン……」
「グルルル……」
「はぁ……」
こんなことなら、『怪物の脚』を使う準備ぐらいしておけばよかった。
戦闘中に一から作ることもできなくはないが、上位種コボルドと戦いながらだとそれなりに時間を食う。そんなことをしている内に、森の奥から覗いている二.五メートルほどの二足歩行する巨大な犬もどきである、ライカンスロープとやらを取り逃がしてしまいそうだ。
だから、今ここで使うのは以前エドワルドから教わった【魔力操作】の応用技。魔力も十分な量が残っているし、『魔力容器』の魔力は減っていない。……行くか。
確認も済んだし、良い具合に近付いてきたので、攻撃を仕掛ける。
「グルル……ルッ!?」
「ガルッ!?」
魔力に余裕はあったので実験がてら刃に魔法を纏わせた剣で、まずは上位種コボルドの肩から脇腹に抜けるように振り下ろし、両断。
そのままライカンスロープの元へ飛ぶように、跳ぶ。三〇メートルはあった距離を三歩で縮め──
「グッ!?」
「チッ」
斬り付けたが、防がれた。……魔物ランクがAの奴でもこのぐらいの単発じゃ無理なのか。Sの奴を相手にするのは大変そうだな。
「グルッガッ、ガルッルアッ!?」
そのまま連撃を仕掛けているというのに、ライカンスロープは手足を犠牲にしながら、俺の攻撃を防いでいる。
属性魔法を纏わせた剣なのに、畳みかけるように斬り続けているのに、まだ決まらない。
「ガッガルルッギャウンッ」
だが、腕が二本以上あるわけでもない。理不尽な再生能力があるわけでもない。剣が当たれば普通に斬れる。
そして、致命的な攻撃は防がれているが、当てだけなら難しくな──
「ギャブッ!」
上位種コボルドが近付いてきたので一撃で斬り飛ばしつつライカンスロープに追撃を仕掛けるが、勢いが足りずライカンスロープに剣を掴まれた。
そのままライカンスロープに噛みつかれ、振り回され、地面に叩きつけられる。
「ご主人様っ!?」
……ああ、いかんな、心配させてしまった。
「ガッ、ガゥ、ガッ!?」
こいつがもし【反固定】を持ち合わせていたら腕を失うところだった。危ない危ない。
「ギャ……」
だがそのお陰で、ようやく、命に届いた。
ぼたぼたと体に落ちてくる体液を防ぎ、命を失ったライカンスロープの重い体を避け、立ち上がる。
心配そうな目でこちらを見ているアニマ達に、噛みつかれた腕を上げて無事を報せた。
しかし、戦闘時間が大したこともない割に疲れた。……この世界の力だけでこんなのを倒してる人たちはすごいな。
さて、こいつのおかわりが来るようだとキツそうな気はするが──今回はこれで打ち止めか。
「ふぅ。心配させた分、どうするかなぁ」
達成感はなくもないが、要反省だ。
他にいたコボルドはボリー達が倒していたので、剣を収めて、皆の下へ歩き出した。
脅威もなくなったので、森の出口付近の魔石を拾い集め、安定化させて街へ戻る夕暮れの道を歩く。
念のため、こっそり『怪物の脚』等をいつでも使えるように準備は整えてある。これでライカンスロープが来ても大丈夫だ。
「ご主人様、腕は本当に大丈夫ですか?」
「服に穴も開いてないし、腕だって無事なのは見せたろう? まぁ、心配させたのは悪かったよ」
「ふぁっ……はい」
アニマの頭を撫でながら、どんなお詫びをしようかを考えてみる。
「あの、突っ込んでった後の素早い動きはなんだったんだい?」
「それはオレも聞きたい。邪魔が入らなければライカンスロープを一方的に斬り伏せていたであろう技、魔力を使っていたようだったが……」
考え始めようとしたところで、ジーナとボリーが質問を投げかけてきた。
「何って、二人とも知ってるだろう? 模擬戦の時にエドワルドさんが使ってた技だよ」
「あの技は、剣を振るだけじゃないのか?」
「あれは【魔力操作】の応用だぞ? 体全体を押して加速もできるし、エドワルドさんだって剣が主体とはいえ、全身に使ってたはずだ」
「へぇ……噛みつかれて無事だったのは?」
「そっちは奥の手だから教えらんないかな。短期間で習得できるようなものでもないしね」
「そりゃ残念だね」
説明はこんなところだが、注意するべきところは注意しておく必要があるだろう。解説にエドワルドの名前を使ったなら尚更だ。
「攻撃に使った技の方は力加減を間違えたら大怪我をするかもしれないから、【魔力操作】に自信がない内はやらない方がいいよ。アニマもね?」
「は、はいっ」
王都の狩人組合まで戻ってきた。今回は色々あったので、換金所ではなく受付の方に回った。
「あ、お帰りなさいユーリ様。行きと比べて人数が増えて……って!?」
「あはは……」
「俺達だけ帰ってきちまいました」
「この人たちに助けてもらいまして──」
全員顔を覚えられていたらしい。
……受付の人の記憶力ってのは、凄いもんだなぁ。
あの場で立ち話をするには不適切だろうということで、応接間に通された。袋に詰めていた他の遺品は既に渡してある。
「──って、剣でぶった切っちまったんだよ」
「夢だったんじゃないかって、帰る途中で何回も思ったりしたんですけど、これを見ると……やっぱり現実だったんだなぁって思いますね」
「ユーリ様が普通じゃないのはわかっていたつもりですが、流石ですね……」
「それほどじゃないですよ、奥の手は使わされたんで、実力不足を感じたところです。ランクSの魔物相手に戦うのが不安になってきますね」
「滅多にあるものではないので、大丈夫ですよ。査定は進んでいますか?」
「は、はい、あと少しですっ」
換金所の職員も回してくれたようで、話しながら換金も終えて一石二鳥というところである。
「ライカンスロープの魔石一個、上位種コボルドの魔石二個、コボルドの魔石と錆びた剣が──……全て合わせて、金貨二〇三枚と銀貨七二枚です」
「おぉぅ……中々ですね」
「コボルド系、コボルドだけならまだしも、上位種より上になると滅多に流れませんから」
「なるほど……ところで、分配どうする?」
「オレは、ユーリに任せる。大物をやったのはユーリだからな」
「あたしも賛成、ユーリが居なかったら無事に生きて帰れた気がしないし」
「僕も貰うのはちょっと……」
最初から参加していた三人に確認してみると、全員自分の働きを否定するような意見を出してきた。俺としては、それを認めるつもりはない。
「駆が居なかったらそっちの三人は多分死んでたぞ? ボリーとジーナもあの巣で三人が起きるまで守る時に役に立ってた。それで、三人が居なければ、ライカンスロープが出てくる前に帰っていた可能性が高い。犠牲者を減らす意味では全員役に立ってるんだからちゃんと受け取るように」
「そ、そうですか、役に立ててたなら良かったです。……あの、アニマさんは? 名前が挙がってませんけど」
「うん? アニマが居なかったら俺は、多分今日は狩りに行ってなかったが……そもそも、分配の話だしな。俺と分けて考えるのも妙じゃないか?」
駆が俺の後ろにちらちらと視線を送りながら聞いてくるが、奴隷が主人の物という扱いである以上、これで間違いはないはずだ。
駆は俺の答えを聞いて、少々納得がいかない様子ではある。
「……それもそう、なんですかね?」
「そういうもんそういうもん。話を戻すがそういうことだから、全員にそれなりには分配するからな。山分けはいくらなんでも恐縮するだろうから避けるとしてー……」
今日助けた三人については、装備がボロボロになっている。だが、ある程度整えられる程度の金であれば分配しても余裕はある。
駆、ボリー、ジーナの三人は、大雑把に、助けた三人の倍ぐらい分配すればいいか。だから──
「駆、ボリー、ジーナの三人は金貨三〇枚ずつ、助けたそっちの三人には金貨一五枚ずつ、残りは俺達、って感じでどうだ?」
「う、うえっ? 多すぎやしないかい?」
「その位だとキリが良くて分けやすいし、俺とアニマは合わせて金貨七〇枚ぐらい来るんだぞ? 十分十分」
「助けられた俺達がそんなに貰うわけにもいかねえだろう、本当にただ足手まといだっただけだぞ?」
「いや、お前達三人が助けられるも生活費に困窮して死んだ、なんて話になったら後味が悪いだろうが。しばらく暮らしつつ装備なり生活なりを整えるぐらいには足りるだろう? 最後まで素直に助けられておけ」
金貨一五枚となれば、コボルド狩りで稼げる金額から考えれば破格だろう。問題はないはずだ。
「そ、そう言われるとその……ありがとうございます」
「おう、他に異論はないな? よし。そのボロボロの服で金貨をいきなり出すのも困るだろうから……三人の服と財布、組合経由で用意してもらえますか?」
「そうですね、そういった業務も請け負う事は御座いますので。一人あたり銀貨一〇枚ほど頂くことになりますが、よろしいでしょうか」
「問題ないです。俺の分配分から引いておいてください」
「畏まりました」
所々でゴリ押ししたものの、分配は無事に終了した。
その後は夕食ということで、ボリーとジーナの二人におすすめの飲食店を聞いてみたら、バクスターから教わったのと同じ店だった。
あの店はやっぱり評価が高いんだな、なんて思いつつ、そこで夕食を食べてから城に帰ることに。
「思わぬ大物相手になったけど、みんな無事に帰れて何よりだ。お疲れ様」
普通の店なので乾杯の唱和などはせず、静かに飲み食いを始める。
「本当に大物でしたよね。白井さんが居なかったらって考えると……。予想してたより難易度が高くて焦りました」
「そうだな、あれは流石に予想外だった」
「ホント、護衛のつもりが守られてどうするんだって話だけどね」
「オレとジーナだけだったら、あの状況は厳しかったからな」
「事故が増えてるって話はあったんで、近々強い人たちが行ってたとは思うけどな」
「でも本当に良いんですか? こんなに貰っちゃって」
「大丈夫大丈夫。あぶく銭で使い道がないって話だったら、世話になってるアモリアさんに納めるなりしてみたらどうだ?」
「なるほど、無理に僕が全部使う必要もないんですよね。そうしてみます」
分配に関する話はその位で終わり、料理も来たので舌鼓を打ちつつ、今日の戦果や雑談に花を咲かせた。
部屋に帰ってからは、まず風呂に入ることに。
疲れていたのでたまには良いだろうと、浴槽に湯を張って浸かることにした。沸かす湯量が多いせいで逆に疲れた気はするが、たまには良いだろう。
「あの……今回はこのお湯で体を洗うんですか?」
「…………あっ」
王城の部屋は言うなれば多少豪華な3点ユニット、である。浴槽、トイレ、洗面台があり、床は外と大差ない。
そして湯は既に張ってあり、俺は服を脱いだだけ。
沸かした後では後の祭りというものだが…………うむ。
いつものように、【固定】で湯を纏うようにして体を洗った後、張った湯に混ざらないように筒を刺して、その分だけを浴槽の排水溝から排水した。
「不覚…………。まぁ、ちょっと失敗はしたけど、たまには湯を張った浴槽に浸かるのもいいよね」
「そうですねー……寝ちゃいそうです……」
「あ、それは駄目。風呂寝は危険だよ」
「そ、そうなんですか?」
「そのまま溺れて死んじゃう事もあるからね。運営やってたクラスメイトが突然一人減って、死因として先生から注意された事があるし」
「……くらすめいと?」
「昔の話だよ。俺が元いた世界のね」
滅多にある事ではないが、決して起こらない出来事でもない。
折角の機会だからと、色々な話をしながら疲れを癒した。




