02:新しい服
アニマ用の新しいパイロットスーツを模索しているうちに日も暮れ、夕食から二度目の風呂を終えて就寝し、また朝が来た。
わざわざスーツを作らなくても下着類に少し気を遣えば問題ない、という状態に至ってしまったので特にこれ以上気を付ける必要もないが──このままというのは少し味気ないので、機能よりも見た目を重視した物を作ることに決めた。
朝食後にまた空き部屋で作り始めたのだが、かなり作り慣れてきたのと布面積がそれほどでもなかったため、ひとまず一人分は一式作れた。今回はコーティングなどを考える必要もないので、試着もすぐに可能である。
「じゃ、試着よろしくな、アンナ」
「ええ。……ええと、こっちが、下よね? あ、ユーリ、またお願い」
「はいよ」
アンナに出来上がったばかりの服を渡し、チョーカーを外してから着替え終わるのを待つ。
黒い革でできたチョーカーは首輪のような見た目ではあるが、断じてカラーとは言ってやらない。
直訳すれば『Choker』は『首を締め付けるもの』、『窒息させるもの』など地味に物騒な意味ではあるが、同じく直訳すれば『首を縛る』という意味になる『Necktie』にも近い形だ。
服の襟を意味する英単語である『Collar』の方が単語の意味は優しいが、犬や猫用の首輪はこのカラーの単語が当てられている。これを犬猫に着けるならまだしも、人に着ける場合は『お前の襟は首輪だ』と言わんばかりで、あまり好きになれない。
アニマが異世界で着ける必要のある首輪はカラーの方が適切かもしれないが、俺が作ったこれらはについては装飾品としての意味合いを重視して、チョーカーと言い張りたいところである。
……あ、いや、首輪じゃないからカラーなんて関係ないな。うん。
「ユーリ? その、チョーカーお願い」
「お、おう」
「ありがと」
二人とも外したがらないし、俺の手で巻くと喜ばれるが、深くは考えないことにする。
一言で言い表せる単語が存在しているかどうかなど知ったことではないし、外来語と和製英語が入り混じって複雑怪奇というか、意図的に難解にしたような感覚すら受けるファッション業界の用語どもに対する不満は忘れるとして。
アンナが着替えた白い服の形を俺が知っているファッション関係の用語で言うなら──ハイネック、ノースリーブ、ベアバック、ミディアムカットのレオタードというところ。
横文字を使わずに無理やり言うなら、幅の広い布の輪が首全体を覆い、袖はなく、背中も腰付近まで大きく露出していて、足ぐりは付け根の線に沿っている体の線を見せる服である。
レースだフリルだのの細かい装飾はないが、アンナの褐色の体は綺麗に見えるなと、心の中で自画自賛をしておく。いや、体はアンナ自身が育んできたものか。
「それで、着てみた感想はどうだ?」
「んー……動きの邪魔にはならないんだけど……この服で大きく動くと、大変なことにならない?」
「あはは……多少は後で調整するつもりだし、人前では上に何か着てもらうつもりだよ」
「それなら、よかったわ。…………それで……」
「あー……アンナの魅力も良い具合に引き立ってる、と思うよ」
「そ、そう?」
「隠すべきところは隠れてるけど、まぁ、それでも他人に見せたくないぐらいにはね」
「ありがと、ユーリ。……それじゃあ、ちょっと、動いてみるわね」
「よろしく」
昨日のアニマと同様にアンナも長手袋と長靴下を身に着けているが、アンナの場合は特に体の線を見せつけたいという意識の表れであるらしい。普段との差のせいか、アニマの時より意識させられている気がする。
他にも家事をやり難いという理由もあるようだが、ほぼ常時嵌めっぱなしのアニマの場合でも、炊事用、掃除用とゴム手袋を複数用意してあるので、家事をやっても特に汚しはしていない。
肝心の試作した物はというと、レオタードは柔らかめの生地が伸びて内側から押し上げられているが、縫い目が出難いものを目指しただけあって下着の線はない。ブラジャーはシリコンブラという張り付くものから着想を得た少し特殊な自作物で、これも一緒に試作した物だ。
背中に回る横帯はなく張り付きもしないが、首から下げる形で胸を支えていて、少し硬めのカップ部分は首と腰によって後ろ向きに引かれる布地で押さえつけられている。勿論その縁は柔らかいので、衝撃を受けてもそうそう食い込みはしない。
そこまでしてブラジャーを着けさせている理由は、一八世紀から一九世紀に活躍したイギリスの外科医の、クーパーというファミリーネームが付いた靭帯を保護するため。
この靭帯の形状はやや特殊だが、他の靭帯と同様にコラーゲンで構成されていて、性質も似通っている。つまり、弾力はあるが張力を掛け続けると次第に伸びていくし、損傷した際の再生も難しい組織である。
アニマもアンナも現代の一般的な日本人よりは激しい運動をする場合が多いので、しっかりこの靭帯を支えておいた方が良いだろう、という判断だ。
回復魔法でも治せるが、考えるのも作るのも楽しか──いや、わかる範囲のデメリットは無いにせよ、回復魔法を体に使う機会は無為に増やしたくなかったからな。
さて、アンナが一通りのストレッチを終えた結果、前屈時がやや怪しかった以外は特に問題もなさそうだったが、一応聞いてみる。
「どうだった?」
「そうね……動く分には、問題はなさそうよ?」
「そっか、ならとりあえず、成功と言っていいかな? 気になるところはちょっとあるけど」
「え、そうなの? どこ?」
「首の所、前に引っ張られて輪の形が崩れてるのがね。上体を逸らしてみれば特にわかり易いと思う」
「こう? ……あら」
「とりあえずそこの部分はちょっとだけ余裕を作るとして、後はこのままアニマの分も作るか、アンナの替えを増やすか……? ああいや、その前に。他の改善点なんかは、思いつかないか?」
「うーん……思いつかないわねぇ。……気になるのは、濡れた時にどうなるか、かしら?」
「……それは、また後でな」
「それ以外だと、ごめんなさい、思いつかないわ」
「んー……アニマにも聞いてみるかな」
「……そうね」
緩い部屋着でPCに向かっていたアニマに聞いてみると、ベルトループなんてどうでしょうと言われ、説明を受けたアンナも賛成したので、また空き部屋に移動して作ってみることになった。
ベルトを通す輪は、ズボンのベルトを通すために輪のような形に縫い付けてある部分の事で、ジーンズに多いのは五つのものだが、スーツのズボンなら六つや八つのものもある。
そんなベルトループを付けてほしいと二人に求められた部位は、腰ではなく、首周りに五つ。ほぼ等間隔に付いたそれを通るのは勿論、チョーカーのベルト部分だ。
ということで、アンナに一旦脱いでもらってから、予定していた微調整を済ませて、ベルトループも付けた。
……要求する方もそうだけど、作った俺もどうなんだろうなぁ。
「できたの?」
「ああ、うん、お待たせ。……アンナ?」
手を加えたそれを渡したのだが、アンナはそのまま着替えずに何かを悩んでいた。
「……着るの、手伝ってもらってもいいかしら?」
「それは構わないけど、手伝うとこなんてそんなにあるか?」
「あ……じゃあ、このまま持っててもらえる? 脚を通した後は…………ぜ、全部お願い」
「……」
「……いえ、その、偶にはいいでしょ?」
「……まぁ、良いけど」
呆れたような色が濃く出ていた気がする眉間を揉み解し、アンナのチョーカーを外してから、脚の穴がわかり易いように広げられたレオタードを受け取る。
前が俺の方を向いていて、アンナは俺の首に手を掛けつつ足を通したので、残りを引き上げてから、前に出されたアンナの頭を通す。
アンナに顔を上げさせたら髪と首筋の間に手を差し込んで、肩より少し下まで伸びているアンナの髪を引き抜いて、めくれたりずれたりしている部分を修正。
最後にベルトループにチョーカーのベルトを通し、正面で留めた。
なんやかんやとしているうちに力の抜けたアンナを連れて寝室に戻ると、アンナはうつ伏せになって、赤くなった顔をクッションに押し付けた。
少し拗ねたような雰囲気を漂わせているアニマの視線は、昨日とは別のメモリーカードを今しがた取り出した電子機器に向いている。
「……アニマの分も作ってあるが、着てみるか?」
「ぅー……でも、もう夕方近いですよね……? お風呂に入る時に着替えなきゃって思うと、勿体ない気がします……」
「それもそうか」
「はい……」
空いた微妙な時間をどうしようかと、とりあえず晩御飯は何だろうかとリビングの冷蔵庫の中を確認してみたところ、賞味期限的にも材料的にも焼きそばで確定の模様。そして、明日の朝食までぐらいの材料しか残っていない。
「……これは、今日は良いにしても、買い物に行く必要があるか」
「あー……そうだったわね…………」
アンナが俺の疑問に答えたので視線を向けると、寝室から出てきて、自分の服装を見下ろしていた。
「……別に今すぐでなくてもいいし、着替えるなら手伝うが、どうする?」
「うーん……んんん…………ちょっと、考える時間を……って、ああ。上にいつもの服を着るんだから、このままでも大丈夫なんじゃない?」
「まぁ、それでも大丈夫、か?」
「隠れてるならなんてことないわよ。……意識させられたら、ちょっと自信はないけど」
「わかった、気を付けるよ。……手袋は、外しとこうか」
「……そうね」
俺達がよく利用している二四時間営業のスーパーマーケットに到着し、いつものようにカートを使う。
アンナは外着を上に重ねて、アニマは部屋着を外着に着替えて一緒に来た。
『何を買おうか?』
『そうね……麻婆豆腐っていうのはどう?』
『あれかぁ。……ミンチはパックの中に入ってたっけ? まぁ、それほど多くもなかったはずだから別にも買うとして……アニマはどうだ?』
『えーと、ナスビとか、旬がそろそろ終わりますよね?』
『そろそろそんな時期か……つっても、ナス料理なんて何があったっけ……』
『何があったかしらね……? あら? 麻婆茄子?』
『え? あっ……』
『……麻婆系が続くのも良いかもしれないが、麻婆は豆腐の方で作って、ナスは炒めて味噌味にでもするかな?』
『そうですね、お任せします』
特に誰かから言い寄られたわけでもないが、相変わらず男避けも兼ねて異世界の言葉で喋りながら食材をカートに乗せていると、スマートフォンが鳴った。
通話が掛かってきたようで、送信元表示は『宮寺美奈子』だった。何の用かは知らないが、一応通話には出てみる。
「もしもし?」
『突然すみません、白井さん。今お時間はよろしいですか?』
「買い物中ですが、少しなら」
『それは失礼しました。その、次の月曜日、ご一緒に如何ですか?』
「月曜日……」
予定の曜日を呟きながら二人に視線を向けてみると、アンナはアニマに委ねる姿勢で、アニマは仕方なさそうに頷いた。
「……支部に行くのは昼前ぐらいで大丈夫ですかね?」
『はい、大丈夫です。それでは、また月曜日に』
「では」
用件は済んだので通話を終了し、アニマの頭を撫で──偽装用のヘアバンドごと耳が動いたので、軽く叩いて手を止める。
『あ、あはは……すみません』
『今回は、仕方ないかな。さて、買い物の続きに行こうか』
『はいっ』
清算時、レジ前の列では日本語を使っていなかったのだが、店員からは顔を覚えられているようで、日本語での落ち着いた応対だった。
『あれ? 何か、多分知らない人の匂いがします』
マンションの玄関近くまで帰ってきたところで、アニマが報告を上げた。
『どこからだ?』
『玄関と、そこの、空き部屋の窓……?』
『んん? ……セールスかな?』
アニマの報告するままに、玄関と外廊下に面した空き部屋の窓を見てみたが、特に変化は見当たらない。
『うーん……私にわかる物は、特にないみたいです』
『……んー……そのぐらいなら、気にしても仕方ないかな。一応、その匂いが外でしたら注意する感じで、よろしく』
『わかりました』
帰宅後はマイバッグから食材を取り出して適切な箇所に保管し、外着を部屋着に着替える。
アンナは外着を脱いだ後、自分の部屋着を持って何やら悩んでいたが、部屋着は手放してエプロンを身に着けた。




