17:改善と影響
ネットで調べてから、ホームセンターで吸音材として買ったのはウレタンスポンジのシート。ついでに座れる程度の大きさのスポンジゴムと、むき出しのスポンジはどうかと思ったので、表面を覆う布も買ってある。
それからすぐ製作──には取り掛からず、せっかく着替えたからと今度は食料品を購入に出かけて、帰ってから製作を開始。搭乗用の空間は変形に対応させるために、薬剤用のカプセルを角ばらせたような形になった。
張力維持用に作った滑車類も少しばかり手を加えてあり、『操作鎧』の操作から回転を抽出した後は、吸音材に刺さった針金状の部品を前後から鎖で引くように改造した。
前後の面は半球状に近く、開閉ができる他にも吸音材の一部がずらせるようになっていて、露出したタイル状の面が振動して外部の音を中に伝える形である。
その防音性能についてはアニマが確認したところ、獣人族相手でも、数メートル程度の距離があれば内緒話ができそうなぐらいらしい。
普通の人間でも耳を密着させていればわかる程度だが、そこまで接近されて気付かないはずもない。盗聴器の類に気を付ける必要があるぐらいだろうか。
確認も終わったところで、全員降りて外から眺める。
アニマは昨日とほぼ同じフル装備だが、今日のアンナはやや軽装──いや、まず出来上がった物の方を見るべきだな。
「そこまで安心ってわけじゃないにしても、休憩する時に少しなら音を出しても大丈夫になったのは良いわね」
「だなぁ。ま、そこまで頻繁に使う機会はないと思うけど」
「ないわけじゃないでしょ?」
「そりゃな。…………あれ?」
「どうしたの?」
俺達三人の目の前には、動作確認用の手足に繋がった搭乗用の箱が鎮座していて、いつもより部屋が狭い。
「……畳めるようにした方がいいかな?」
「……そうね」
再改造を経て、『操作鎧』を取り外し易いように調整し、残りは折り畳めるようになった。
畳んだ後の大きさは、厚みを増した代わりに扉を一回り小さくした程度の幅と高さになったので、縦に持っても扉には引っかからず、持ち運びやすい。
防音性能は少しばかり落ちたようだが、獣人族の場合の距離が多少伸びた程度らしいので、問題はないだろう。
強いて挙げるなら、体積の割に軽く、水にも普通に浮くので、強風や川などには注意が必要だと思われる。
「で、何処に置こうか」
「小さくなったんだし、この部屋で良いんじゃない?」
「……それもそうだな」
持ち運べるようにするための作業だったが、結果として空間的な余裕も作れた。これならこの空き部屋に置いていても問題はないだろう。
アンナは広くなった床に座り、つい先日できるようになったばかりの前後開脚をやってみせてくれている。
寝室に戻ると、アニマは多少軽装になってから大きなシャツを着て、PCでインターネットを見始めた。
アンナは浴衣風の部屋着を羽織っており、ゲーム機のコントローラーを持ってはいるが、顔の向きは画面の反対方向。
そして俺は正面から抱えたアンナに腕を回していて、画面は見ているがコントローラーは握っていない。
要するに、【伝達】の練習も兼ねて俺がアンナにコントローラーを操作させている、という変則的なプレイスタイルではあるのだが、テレビ画面に映っている一人用アクションゲームは特に詰まることもなく進んでいく。
異世界に関わる前の俺が一人でプレイした時より明らかに上手く進めているのは、少しばかり悔しいと思うもののアンナが頑張った結果なのは確かなので、しっかりと褒めておく。
まぁ、しばらくは操作が乱れるので、褒めるのは大体リザルト画面でだ。
そのままプレイを続けていると、スマートフォンに通話が掛かってきた。表示名は『畑 茉莉』だ。
「もしもし?」
『あ、こんにちは、畑です。今お時間大丈夫ですか?』
「こんにちは。まぁ、大丈夫かな」
俺の体を締め付ける力は、少し強くなったが。
『? それで、明日なんですけど、ちょっとお邪魔できませんか?』
「……えー……」
『すみません、土曜日に丸一日、朝からバスで行く予定が入ってて、ちょっと……現状ではどうしても不安がありまして……』
「……そういうことなら、わからないでもないけど……一日仕事かぁ。参加者は?」
『常勤の人と、先々週の金曜日に、夜遅くまで支部に居た人だけ……だよね? 白井さんは、対象外だと思います』
「…………そっかぁー……」
先々週の金曜といえば、俺が鬼を狩りに空間魔法で飛んだ日だ。常勤を除けばそのメンバーだけを使うということは、つまり、あれか。
俺達が『搭乗鎧』を使って走り回った森の調査に行く、という話なんだろう。多分。
『……それで、どうでしょう?』
……どうしよう?
アンナは仕方なさそうな溜息を小さく吐き、のけ反ってアニマの方を見ると、アニマもこちらを見て頷いた。
「……知らない人を連れてきたりはしないよね?」
『あ、はい、私と桜ちゃんと美奈子ちゃんの三人です』
「なら良いかな。時間は、何時ごろ?」
『多分、午後の、五時ごろになると思います』
「結構遅めだなぁ。家とか、大丈夫?」
『門限なら、友達の家に泊まるって言ってあるので大丈夫です』
「……え、うちに泊まる気?」
『い、いえっ、アテは他にありますから! 支部にも仮眠室はありますし……』
俺が微妙な声音になっていたせいか、返ってきた反応には少しばかり焦りが見える気がする。
「なら、それもいいとして。後は……飯?」
『あ、そっちもファミレスなりで済ませるつもりなので、大丈夫ですよ』
「なら、問題は無いかな。じゃあ、また明日」
『はい、明日はよろしくお願いします。それでは』
プツッと通話が途切れたスマートフォンを放り出し、何とはなしに外を見ると、日はそれなりに傾いている。
そろそろ、夕食を作り始めても良い頃だろうか?
「……まだ、ちょっと、早いんじゃない?」
「……かもな。続けるか?」
「ええ、続けましょ」
アンナの操作で、一時停止状態だったゲームがまた進み始めた。
………………
いつものように目を覚まし、朝食を摂る。
二人の今日の部屋着はシャツ姿で、差を挙げるなら、アンナは下にズボンを穿いている。郵便物の確認やゴミ出し程度なら問題ない服装だろう。
アニマは、まぁ、玄関での応対にも出したくはないミニスカート状態だが、昨晩は少し拗ねていた機嫌が戻っている件も含めて、いつも通りというところ。今日のシャツ、手袋、靴下は白だ。
窓の外からは雨音も聞こえてくるが、天気予報は夕方ごろには雨も上がると伝えている。
昨日のアンナに触発でもされたのかアニマも引っ付いてPCに向かっているが、マウスの長さという制限により正面を向いていて、タオルを巻いた目隠し状態である。
尤も、インターネット上での検索については俺が主体になってもあまりやることはないので、俺は視界を貸しているような状態で、調べる内容もアニマ任せだ。
マウスカーソルは手首の動きだけで画面全体を移動できるいつもと同じ設定、時折キーボードによる入力も挟まるが、アニマはどちらもしっかり操作できている。
調べているのは、『搭乗鎧』搭乗時にアニマが着るスーツのデザインだ。
「あ、これ……こういうのはどうですか?」
「これはー……背中が開いてれば楽なんだが、どういう構造で作るかなぁ、これ。ファスナーが描かれてない奴もあるし、それでいて上下で分かれてないのもあるし……?」
「ハイレグだったら、I字バランスのような形で、下から着れないこともないと思いますけど」
「下が無防備すぎるのはちょっと、というか目的を果たせないだろ。スパッツ型のは?」
「……腋から?」
「……確かに、大きく開いてる奴なら、それでいけるか」
「そうでもないのは……やっぱり、首の辺りにファスナー、ですかね?」
「そう、なるかな。前後どっちにする?」
「付けるなら……後ろ? ですね」
「……そっかぁ」
反応を見抜かれてしまった感。髪で隠れるから着難くはなるが、隠れない部分の体の線はその方がよく見える。どちらにしても、降りている時にしか見えないとは思うが。
「それで……ですね……」
「うん? ……それは、まぁ……」
デメリットという程でもないが、【伝達】によるやりとりを長時間連続使用するのは地味に疲労は溜まるようなので、どんな形にするかがおおよそまとまったところで休憩とした。
一応念のためにと、今日来る三人が明日向かう予定だと思われる森を空間魔法で見てまわっても問題はなかったので、そちらも終了。
今度は普通にPCを操作させながらネットを見て、新作のゲームや本を適当に探したりとしているうちに、空の色も変わってきた。
「……あ、来たみたいですよ、ご主人様」
「ん、三人だけか?」
「はい、友木さんと、畑さん宮寺さんの三人だけです。階段から上ってきてます」
「そっか。ありがとう」
アニマの頭を撫でてから玄関に向かうと、部屋の前の廊下を歩いている音が俺にも聞こえてきた。
俺もゴミ出しなら問題ない程度の部屋着なので、そのまま施錠してあった玄関を開けて出迎える。
「わっ!? えっと、こんにちはです」
ドアホンを押そうとしていた茉莉を驚かしてしまったらしい。後ろには美奈子と桜も居て、三人とも同じ学校の制服姿だ。
「こんにちは。とりあえず、どうぞ」
「お、お邪魔しまーす……」
「……失礼します」
「失礼、します」
リビングに迎えて、ひとまずは──
「麦茶でいい?」
「あ、ありがとうございます。……今日は、奥のお二人もラフな? 格好なんですね?」
「今日はって……ああ、前は二人ともメイド服着てたっけ。俺が着る物を選んだわけじゃないし、部屋の中では楽な服で過ごしてることも多いよ」
俺が選ぶ場合もなくはないが、基本的には二人の自由意志だ。
「……部屋の中では?」
茉莉の疑問に答えると、二人を見ながら桜が疑問を投げかけてきた。
「出掛けるときには着替えさせるよ。流石にね」
「納得。……普段は、何を?」
「何って……適当な娯楽を始めとして、家事全般と、勉強も時々やってるな。二人とも高一の理系科目なら赤点は免れそうなぐらい? ……ところで、魔力はいいのか?」
「そうだった。……いただきます?」
「……なんか変な気はするが、どうぞ。宮寺さんも何か?」
「あ、はい、私はその、よろしければ、茉莉さんと桜さんが練習で使った杖を見せていただければと……」
「あぁ、前回は二人だったっけ」
荷物置きになっている部屋の戸を開き、わかり易い場所に置いていた初心者用の杖を美奈子に渡す。
「どうぞ。軽く魔力を込めればそれだけで動きます」
「はい、ありがとうございます」
アニマは俺と一緒に椅子に座り、アンナは隣の椅子に座って見守りながらしばらくすると、茉莉と桜は自分の装備に魔力を込め終えた。
あとは美奈子だけだが、慣れていないから仕方ないというか、杖を使いながらでも、まだ半分ぐらいだ。
「そういえば、お二人の、というか特に手袋とかって、いくら位したんですか? そういうのは普通のお店じゃ売ってませんよね?」
「材料費的には、両手合わせて百円ちょっとぐらいかな。自作だしねー」
「じさっ、自作!? ……え? 本当に?」
「そうそう。手の形に合うように作ってあるだろ? まぁ、流石に本格的な道具は使ってるけどね」
「ほえぇー……」
アニマの手を取って見易いように支えると、茉莉が顔を近付けて凝視し始めた。桜は多少視力も良いらしく顔までは近付けないが視線の先は茉莉と同じ。後ろの美奈子まで気が散っているのは失敗だったろうか。
「と、宮寺さん、そろそろちょっと時間的にもあれなんで、切り上げますよ」
頑張っていた美奈子には悪いが、残念ながら外の空は暗くなってきているので、俺が装備に魔力を込めていく。
「も、申し訳ありません……」
「まぁ、練習する機会なんて中々作れないだろうし、仕方ないといえば仕方ないんだけどね」
「……また、練習に来てもよろしいでしょうか?」
「そっちの二人から聞いてません? あんまり頻繁に来るのは良くないと思いますよ?」
「で、でしたら……もしよろしければ、お借りしても……?」
「それは駄目です。畑さんと友木さんはできてるので、二人から教わってください」
「…………はい……」
杖を貸す兼については明確に拒否すると、美奈子は目に見えて落ち込んだ。
「…………俺が支部に出向く時には持っていってもいいですけど、貸し出しはNGですよ」
「……ありがとうございます……」
三人は忘れ物がないかをさっと確認し、礼を口にしてから部屋を出ていった。
「さて、明日はどうしようか」
「お買い物に行くなら頑張りますよっ」
「期待してるよ」
「私は、ゲームかしら。オフラインでの協力プレイにはちょっと興味があるのよね」
「まぁ、それも面白そうだな」
さらっとオフラインなんて単語が出てくる点には違和感もあるし、金も少し掛かるが、悪くない。
「アニマも、何か欲しいものがあったら言ってくれて良いんだぞ?」
「本は一杯お願いしましたし、服も時間は掛かるものですから、えと、またお願いしますということで」
「確かに、そんなもん、か? ……いや、俺の趣味もかなり入っているのばっかりだから、やっぱり服の扱いは軽めがいいな」
「……えへへ」
「……間違えたかしら?」
「いや、アンナのも俺の趣味とは合致してるから、そう重く見る気はないぞ?」
「そ、そう?」
「そうそう。さ、晩飯作ろうか」
「ええ!」




