16:大鎧の運用 後編
少し歩いてアニマ、アンナとも担当する部位が正常に動くことは確認できたので、そろそろ一度まともに走ってみようと思う。
俺のそういう意思は【伝達】を通して二人にも伝わっているのだが、特に大変だと思われるアニマの背中にポンと軽く手を乗せ、改めて激励。
俺の意思を受けたアニマの操作で『大型鎧人獣型』は後脚を縮め、俺の【魔力操作】による加速と合わせて、高い速度で前方に跳ねた。
わかっていても少し怖いらしいアンナの強張った脚で緩く挟まれたが、アニマの方は余裕があるらしく、しっかり鎧を操作して前脚から着地する。
前脚は前進をあまり妨げない角度で慣性の一部を吸収し、圧縮した空気の反動とアニマの操作で胴体をまた少し浮かせ──前脚が着地した地点から少し先に今度は後脚を叩きつけて、樹は避けながら再加速。動物染みた走り方で、持続的な高速移動を成功させた。
強いて言えば、趾行を行う動物は本来なら胴体のしなやかさも利用するのだが、前脚の空気圧を少し上げる形で対応させている。
中の体勢が無茶なときに押し込まれたらアニマが危ないし、壁は薄いので胴体を動かすと他の搭乗者が危ない。アニマの体幹の力ならちゃんと脚に伝わっているので、無理に動作させる理由もないだろう。
走り始めて一分程度。森の外れ近くに到達してしまったので一旦止まらせ、Uターンをさせた。
相手が受け入れる必要はあるが、【伝達】によって体をどう動かしてほしいかや感覚を伝えることも可能である。
遅延や動かしやすさについては、アンナなら〇.一秒を切るぐらいにはなったが、時間にも情報にもまだムラがある。アニマはというと、遅延は皆無で余計な情報も少なく、適切な情報はしっかり伝わってくるので動かし易い。
例えるなら、アンナは酒を飲んで全身の感覚が鈍ったような状態。アニマは普段の自分の身体と大差ない状態だが、一定以上の痛覚等を伝えてくれないので、気が付いたら怪我をしていそうで怖い。
ゆっくり歩き始めたところでちょっと直すぞと一言断り、アニマからの同意も得たところで、ずれてしまった肩紐等を直していく。こういう時は、しっかり伝わってこなくて良かったと思うべきだろうか。
ずれてしまった原因はというと、前脚から着地する際に掛かる慣性と、アニマが胴体を前屈させる動きによって、アニマの脇腹や背中を俺が擦る形になっていたからだろう。
俺の脚もアニマの胴も丁度、慣性で後ろに引かれる際には摩擦が減る方向に、前に引かれる際には摩擦が増す方向に動くことになるので、一分程度でもそれなりに蓄積してしまったわけだ。
全く接触しない場合は【伝達】の効率も落ちるので、中々に難しいところである。
……ん、ずれる物がなければ大丈夫? …………却下で。
まっすぐ歩き始めて間もなく、変な案を出したアニマをぺしりとたしなめ、前方の映像に目を移した。
全力で走ってみるのはもう良いとして、アニマにゆっくり歩かせながら索敵も任せていると、アニマが魔物とは違うものを発見してしまった。
まだ目視はできていないので確定ではないが、おそらくは組織の人間が五人。そう判断した理由は、重量のありそうな金属音を立てながらこちらに向かってくるからである。
俺達が乗り込んでいる『搭乗鎧』は高さ二.五メートルになる銀一色の異形であるため、警戒しながらも進行方向に回り込むように近付いてくる相手というのは、一般人とは考え難い。外気は遮断してあるので、アニマの鼻を頼りにできないのが難点か。
森の魔力も随分減らしたし、そろそろ日も少し傾いてきたしと適当に浪費して帰りたい気持ちもあるが、どんな相手が来るのかは少し気になる。
鎧の頭部をそちらの方に向けると、樹の陰に身を隠しつつこそこそと近付いてくる数人の姿をアニマが確認した。全員見覚えはない、かな?
服装で言えば、どこか和風な衣装で身を包んだ男女四人と、組織のものと似た制服に身を包んだ男性が一人。やはり組織の人間であるらしい。
魔力を感じ取れる範囲に入ってきたのでそちらでも観察してみたが、支部で俺が接したことのある人と比較すると、随分多くの魔力を蓄えている気がする。とはいえ、装備込みで評価しても、異世界人と比較して平均を上回ってそうなのは一人だけだが。
と、そうこうしているうちに、進路に割り込まれた。
和風衣装の二〇代後半と思われる男が真正面でこちらに全身を晒し、小銃型の武装を見せてはいるが、流石に銃口はこちらに向いていない。組織の物だとするなら、あれは恐らくエアソフトガンだろうか。
魔力で何やら干渉しようとしているようだが、『搭乗鎧』の装甲は大半が魔力を通さないように固めてある。完全に遮断すると俺達が魔力で周囲に干渉できなくなるので極一部には穴もあるが、俺の制御力が勝っていてその穴からの干渉は弾けている、という状態だ。
そして、扇状に樹の陰から伺っている他の数人は、こちらに銃口を向けている。
…………知り合いじゃないのはわかったし、面倒臭い、かな?
二人からも同意があったので、突っ切って帰ることに。アニマにぐっと身を屈ませ、背中の『二重の輪』を少しの間だけ高速回転させるていると、あちらは銃口を向けてきた。
……あれ? 銃口が思ったより大き──
男が構えた小銃の銃口が三度輝き、その度に鎧の頭部に衝突した何かが弾けていた。
光と音に驚いたアニマを落ち着かせて正面を見ると、男が居た場所にあるのは、地面に落ちた三つの薬莢だけ。男は既に後退していて、他方からも何かが飛来しては『搭乗鎧』に当たって弾けている。
エアソフトガンが発生源らしい魔法の弾も飛んできているが、実銃による射撃も混じっている、ということか。当たる角度の甘かったものや外れたいくつかの弾は樹を穿っているが、しっかり当たったものは鎧の表面で裂けて、赤銅色の破片が地面や樹に跳ねたり、突き刺さったりしている。
爆発してる風でもないから、当たった後で変形する弾? 確か……なんだっけ、ダメダメ弾? ……ダムダム弾か。
上と下両方から名称に指摘が入った。
気になったので確認したいところなのだが、矢を掴んだ方法だと弾が潰れてしまいそうな気がする。
まずは【演算】に意識を集中して普段より思考を加速。実銃で撃っていた相手がいる方向を【魔力知覚】で認識しながら発射される瞬間を探り、【魔力操作】で緩やかに減速させて、鎧の手で受け止める。
手のひらに集めた弾丸の色は、赤銅色。【固定】の小さな刃を作って縦に割ってみたところ、多少変形もしたが中も赤銅色一色なので、銅の弾なのだと思われる。先端が窪んでいる形状なので、ホローポイント弾と呼ばれる弾丸らしい。
で、ダムダム弾のダムダムは製造していた工場のある地名であって、平たい弾頭の柔らかい先端の弾と呼ばれる弾なども含まれる、と。
「……」
何で俺は、異世界出身の獣人族であるアニマから、地球の知識を教わっているんだろうか。釈然としないところはあるが、今は褒めておく。
銃弾を受け止められたのが衝撃的だったのか連中の攻撃は止んでいたが、撤退するでもなく相談を交わしながらこちらを伺っている様子。
……ま、帰るなら今の内か。
樹の上に跳び上がり、ガサガサと小枝を折りながら一気に離脱した。
周囲に何も感知できない辺りまで移動したので、鎧の表面のあちらこちらに引っかかった植物の破片や泥を、いつものように脱皮もどきで剥がすついでに、『二重の輪』も崩す。
そのまま【固定】の力だけ回収して空気に戻すと、何やら粘着剤付きの発信機的な物も交じっていたので、火属性魔法で塵に変えつつ吹き飛ばす。
丁度で集めた分の魔力も大体消費し終えたので、『大型鎧』の手足から空気を排出し、アンナとアニマに畳ませて、空き部屋の座標を認識。空間魔法を発動して帰宅した。
土が少しばかり付いたまま転移した後、着地寸前でこれは駄目だと浮遊するように制御──したが、少し遅かったようで、ゴトゴトと床を叩く音が鳴った。
多少は軽減できたので家具を動かした程度の音だが、次は受け皿も衝撃を吸収できるようにしておこうと思う。
席順的にアンナが降りないと俺も降りられないので、アンナから『操作鎧』とヘッドギアも外すと、鎧から降りたアンナは髪から湿気を散らしつつ、大きく伸びをした。
「んー…………っ、はぁ。声を出せないのはちょっと窮屈だったわね」
「まぁ……そうだなぁ。今回は結構長時間だったし、俺も結構疲れた。……つっても慣れてくれば大丈夫なぐらいでは、あるかな?」
「それは、確かにその通り、なのかしら? うーん……」
「まぁ、吸音材を買おうとは思ってるよ。たしかホームセンターにそれっぽいのはあったはずだから」
防音材として見るなら、やたら高性能な遮音材だけがあって吸音材がないような状況なので、ある程度効果があるものを買えば通常の会話ぐらいは問題なくなると思う。
「ふぅん? じゃあ、明日にでも買いに行ってみる?」
「そうだな。まぁ、異世界でこれを使うならそこまで気にしなくてもいいとは思うけど」
「うぇっ!? そ、それはその……」
アンナと予定を話していたら、アニマが妙な反応を示した。
「何か、気になることでもあるのか?」
「えと、異世界だと、耳が良い方も多いですし、匂いだけでも私達だと分かる方が、その、気付くかな、と……」
「……それはそうだろうけど、普通に乗るなら問題も…………? あるのか……?」
「……あ、あははは……短時間ならまだ大丈夫だと思いますけど……すみません……」
「や、なんか俺の方も鼻が利かなくてすまん。……向こうは向こうで慎重になる必要もあるんだなぁ。んー……」
休憩地点以外では外気に触れないようになってれば──それでも、街に入る時が駄目か。『搭乗鎧』から降りても大丈夫なようにする?
たしか、肌のように全身を覆う上下組の衣類、あるいはウェットスーツ、いや、スーツの中に水が入らないのはドライスーツだったか。
アンダー、インナー、パイロット、ライダー、レーシングなどなど、名前も細かい機能も色々分かれているが、その手のスーツを作ってみるのも面白そうだ。降りる時だけ普通の服を重ねて着れば、問題も無いだろう。
「…………それで、アニマちゃんは外してあげないの?」
「……あ」
「そ、そうですね、お願いします」
「お、おう」
アニマが鎧から出た後は、二人とも保護具を全て外し、アンナは手袋も靴下も脱いで素足になってから夕食を作り始めた。
外された保護具はというと、内側は汗が伝っていたり布が湿っていたりと、物によっては洗う必要がありそうだ。
「……あ、このままじゃ洗濯はできないか」
「? お手入れは布で拭けば大丈夫なのでは……?」
「いや、布の部分が汗吸ってるからこっちは洗濯した方がいいだろ? というか、今まで匂いは気にならなかったのか?」
「えっと、特には……その、革の方もそれなりに匂いが強かったので、すみません」
「一番気にしそうなアニマが気にならなかったのならそれで良いんだけど……洗濯用に厚手のネットでも用意すれば、大丈夫かな?」
革自体の痛みは回復魔法が効くのであまり気にならないのだが、金属部品付きのこれをそのまま洗濯機に放り込むと、洗濯機が痛みそうで嫌だ。
「多分大丈夫だと思いますけど……手洗いなら問題ありませんよね?」
「ん……まぁ、そう、だな?」
「…………」
「………………食事中は、ちゃんと気を付けろよ?」
「はいっ」
夕食を終えて、風呂でさっぱりしてから、洗濯物等も干して寝室に戻った後。
寝間着に着替えたアニマは今日の疲れが出たのか、洗濯物を干している時にはもう舟をこぐようにふらふらとして危なっかしかったので、そのまま寝かしつける。
アンナも少し眠そうにしていたので、どうということのない会話を二三交わしながら俺達も布団に入り、明かりを消して就寝した。




