18話 盛岡の夜
【3月21日 出走前日 朝7時 天候:曇り ホテルサンセール盛岡】
この2週間の間にユキヒメは笠松競馬への出走が決まった。
日程は4月4日。距離1700mで10人立てのA級戦だ。
ユキヒメは久しぶりのレースと地方にしては少し長い距離なので私向きです!とやる気に満ちている。
ナナは今日までが春休み。
休みが終わるよりも久しぶりに皆に会えるのが楽しみらしい。
と言ってもナナの交友関係には胃に穴が開くかと思った。
まあ、友達が多い事は僕も嬉しいのだが。
ツクヨミはトレーニング中に肉離れを起こしてしまい、数日安静の後トレーニングを再開した。
ツクヨミも4月11日に名古屋競馬でA級12頭立て、距離1500mのレースが待っている。
また4日後にはオグリが阪神競馬場で中央初出走を迎える。
交通費に関しては全てオグリのトレーナー持ちなのだが、あまり向こうに負担をかけるわけにもいかないので全員で行くわけにもいかずツクヨミが同行することになった。
「おはよ、トレーナー。やっぱ朝苦手だわ・・・。まあ久しぶりにホテルで寝て快適だったわ~。ちっちゃい怪獣も居ないし、静かだし。」
ホテルの朝ごはんを食べに向かった朝食会場でクロと合流する。
当然ウマ娘と言えども年頃の少女なのでホテルの部屋は別である。
半月前にツクヨミが水沢重賞に出走しにホテルを取った時は、ナナとツクヨミが一緒の部屋で寝ていたのでツクヨミは寝相アート(?)の被害に遭っていたらしいが、今回ナナは明日から学校なので今回は僕とクロの2人で盛岡に来ていた。
「調子はどうだ。クロ。明日が本番だが。」
ホテルの朝食を食べつつクロと話し始めた。
現実的に言うと調子(時計)が付いてこない。
良いレース(掲示板内確保)は出来そうではあるが、勝ち負けとなると決め手に欠ける。
「正直私も分からない。けど勝ちたい。勝たせて。」
昨日の夜、いや出走が決まった日から今日まで勝つための作戦を考えたのだが、どうシュミレーションしてもクロが先頭でゴールするイメージが思い浮かばなかった。
逃げか先行か差しか追い込みか。
ツクヨミのようにスタミナと最後の末脚がある訳でも、ユキヒメのように小回りを得意にするわけでもない。
芝のレースが初めてなのでもしかしたら芝の方がタイムは良くなるかもと期待したが、ダートの同距離とコーストレーニングでさほど変わらなかった。
幸いなのはツクヨミが戦ったユキノビジンの様な、突出してレベルの違うウマ娘がいないレースだという事だ。
それゆえ6戦0勝でも掲示板に数度入着してるからか、もしくは記憶に新しい水沢の地方重賞「チューリップ賞」を制したツクヨミ所属厩舎だからなのか、前日の予想では3番人気になっている。
さんざん悩んだが、クロの能力で最も勝率が高い作戦として僕はこの作戦を選んだ。
「今回は先行でいこう。ペースを掴んで押し切るんだ。ただしハナは取るな。3,4番手に控えてくれ」
正直これしかないと思った。
後方から差せる脚が無いので好位追走して前が垂れた時に抜け出すつもりだ。
(好位追走・・・競馬でウマ娘がレース中盤までに「先頭集団のすぐ後ろ(おおむね4番手〜5番手あたり)」のポジションをキープして走る戦術や位置取りのこと。
逃げ馬をちょうどいい目標にしながら進めるため、後ろからのマークを受けにくいのと、展開の利がある。前のウマ娘がバテたときにすぐ抜け出しやすく、後ろからの差し・追込馬のように馬群に包まれるリスクが少ない。
「分かった、それでいこう!信じてるからね、トレーナー!」
「まあ走るのはクロなんだけどな。芝はレースだと初めてだったな。」
「そうね。アンタに拾われる前アカネと2人の時はトレーナーも居なかったし、トレーニングコースも無かったから芝コースを走ったのは本当にごく最近って感じ。」
なるほど。トレーナーのいないウマ娘はトレーニングコースすらまともに使えないのか。
出会った初日に寄せ鍋を食べながら話には聞いていたが、トレーナーが付かなかったウマ娘が一定数就職の道に行くのも納得できる。
レースで活躍できるならそもそもトレーナーが付くし、脚で稼げないから定職に就く。
仮にレースに出たとしても結果が出なければかなり苦しい生活になる。
安定の道か、夢を追い続けるか。
もしかしたらオグリと行ったスタバで働いていたウマ娘は夢を捨てて安定を選んだのかもしれない。
もちろんそれが悪い訳ではない。収入が無いと生きていけないし夢も追えないからだ。
まあ身体的にはクロに負担を掛けているが、あの子もバイトしながらレースに出ているのかもな・・・と僕は考えていた。
「そういえばそのアカネって子と今でも連絡取ってるのか?」
「いや、今は取ってないわ。だって気まずいでしょお互い。こっちは追い出された身だし。一応ここの厩舎にお世話になるってのは伝えたけど返事は『迷惑だけはかけるなよ』あとは・・・『頑張れ』って」
「その子優しいんだな。もしかしたらまたどこかで会えるかもな。」
「いや、会いたくはないわね。小言が多いし、夜更かししたら怒るし、まあバイクの趣味が共通で仲良くなったからどこかでふらっと会うかもね。」
そんな会話をしながら朝食を済ませて、レース前日のトレーニングメニューに移行する。
レース前は当然軽いメニューになる(馬なり=ウマ娘なり)。
【時刻13時40分 場所:ホテルサンセール盛岡2階トレーナーの宿泊部屋】
トレーニングを終えてから午後は明日のレースに出走するウマ娘たちの過去のレースを、クロと一緒にYouTubeで分析する。
ウマ娘のレースは地方・中央問わず全てのレースが映像化され記録されている。
各ウマ娘の得意な戦法、末脚、コーナー回り、得意距離、癖などを把握しておくことで明日のレースのレース隊形や想定されるペースをある程度予想する事が出来る。
ツクヨミの時は正直ユキノビジン以外相手にならないと思っていたし、実際4コーナー手前で後続ははるか後方の大差が付いていたので分析の必要すらなかったが、クロの実力を考えるとじっくりと分析する必要があったからだ。
明日の一番人気はサクセスジョーカー。
大井競馬に所属していたが、担当のトレーナーが不慮の事故(交通事故)によって他界した為、他界したトレーナーの親友のトレーナーに引き取られて岩手競馬に移籍した。
出走履歴を見るとすでに30戦以上走っており、出走間隔もほぼ2週間おきとかなりタフなウマ娘だ。
もしかしたら距離の融通が利かないタイプなのか短中距離(1200m~1600m)しか走っていないものの31戦走って着外(6着以下)になったのは5レースしかない。
典型的な短距離を逃げて前残り(逃げ馬や先行馬がそのまま止まらずに上位を独占し、後方の差し馬や追い込み馬が届かずに負けてしまうレース展開を得意とする)タイプのウマ娘である。
スタートで好スタートを決める事が多く、前にすんなり動けるのが見ていてはっきり分かった。
二番人気はジェイケイエリシオ。
新馬戦から中央で6戦0勝、最高着順8着と通用せず地方に移籍となったエリシオを、地方のトレーナーが『一目惚れのような形』で契約し、地方では現在3戦1勝(2着2回)とまるで生まれ変わったような成績を残しているウマ娘だ。
作戦は中央では先行だったが追込に切り替えた事で、自慢の末脚が生きて好成績を残している。
新たに契約したトレーナーが凄いのか、地方で最後方からのレースを選択したのは英断だったようだ。
ちなみにエリシオはトレーナーと交際関係にあり、現役引退後は入籍予定らしい。
こうしたトレーナーとウマ娘が交際関係になる事は珍しい事ではない(オグリ談)
トレーナーと引退まで数年間最も近くにいて、何度も顔を合わせて辛い時も嬉しい時もまるで夫婦のように二人三脚で一緒に居れば自然とそうなっていくのはむしろ必然とも思えるし、ウマ娘は美人が多いので、男性の僕からしても痛い程ユカリさんの旦那さんの征吾さんやエリシオのトレーナーの気持ちは解る。
過去のレースの映像を分析した結果、どうやらエリシオは馬群(人込み)に包まれるのを極端に嫌がるタイプの様だ。
包まれると抜け出す力がないのか、性格がどうなのかは映像ではわからなかったが中央では脚を余して凡走していた。
しかし追い込みにしてからは地方ウマ娘のレベルでは競り合えないほどの末脚を見せている。
ジョーカーはコーナーを苦手としていて外に遠心力で膨らんで距離をロスしてしまう事が多く、内ラチギリギリをぶち抜かれてユキノビジンに負けているレースもあった。
「少し休憩しましょ。もう大分傾向も掴めて来たわ。飯行きましょ。」
んー。と背伸びをして体をほぐして時計に目をやるクロ。
「うわ、ホントだ。もう18時じゃん。飯行くか。」
どうやら真剣にPCの映像を見ていたら時間が経つのも忘れたのかホテルの夕食の時間になっている。
僕らは夕食会場に行き談笑しながら和やかな雰囲気で岩手の海の幸を堪能した。
クロは初めての「わかめしゃぶしゃぶ」で元々のわかめが茶色っぽいのを初めて知って、茹でて見慣れた緑色に変化する様子に興味津々だった。
しゃぶしゃぶしたわかめを醤油マヨで食べるのがどうやら気に入ったらしく、家で帰ったらやろう!と楽しそうだった。
割とスーパーにも安く売っているので今度帰ったらやってみる事にした。
ナナとか歓声を上げそうだなと思いながら。
その後各自の部屋に戻って夜は更けていった。
いよいよクロにとってトレーナーが付いてからの初レースが刻一刻と近づいていたのだった。
次回 19話「三強激突」 更新日11月7日予定。
ついに初めての芝コースに挑戦する6戦0勝のクロユリ。
しかし中央復帰も現実味を帯びてきたジェイケイエリシオと、百戦錬磨のサクセスジョーカーが牙を剝く。




