第6話『じゃあ、お爺ちゃんもおじさんも、お友達。それで良いかな?』
警察の人に連れて行って貰った病院で、私は既に冷たくなっていたお母さんとお父さんに再会する事になった。
昨日の夜は何も変わらず笑っていたというのに、今はこんなにも冷たい。
お母さんの頬に当てた手は震えていて、私は泣き出したいのに、泣けない状況に呼吸が出来ない程の息苦しさを感じていた。
「……朝陽、か?」
そんな中後ろから名前を呼ばれ、私は振り向いた。
そこには一人の男の人が立っていて、悲しそうな顔をしていた。
「こうして会うのは初めてかな。私は西宮院源馬だよ。君のお母さん。西宮院姫乃の兄だ」
「あなたが、源馬おじちゃん……あ、いえ。西宮院さんですね。はじめまして」
「源馬おじちゃんで良いさ。君にそう呼ばれる事が私は好きなんだ」
「そう、ですか。わかりました。源馬おじちゃん」
「あぁ」
源馬おじちゃんは後ろにいっぱい人を連れていたけど、その人たちを廊下に待たせて一人で部屋の中に入ってきた。
そして、私と同じ様にお母さんの頬に触れると目を閉じて、涙を一粒流す。
「運命は変えられなかったか」
「うんめい、ですか?」
「そう。君のお母さんである姫乃の命を奪う運命さ。姫乃は幼い頃から世界の、人の運命を視る事が出来た。そして自分自身が、西宮院姫乃が死ぬ運命も視てしまったんだ。だからあの男に任せ藤堂となり、運命を変えようとしたんだがな。どうやら無駄だったようだ」
「……」
「いや、無駄では無かったか」
「え?」
「君を、藤堂朝陽をこの世に残す事が出来た。姫乃がこの世界で最も愛した存在。愛娘を」
悲しそうな顔で微笑んで、私の頭を撫でる源馬おじちゃんに私は涙が溢れて、零れてしまった。
お母さんやお父さんを愛して悲しんでくれる人が居て、そして、私の存在を肯定してくれる。
それがただ、嬉しくて、悲しかった。
「……しかし、こうなった以上はこのまま君を放置する事は出来ない」
「え?」
「君を西宮院に連れてゆく。今度こそ、何者にも奪わせはしない」
「ま、待ってください。私は、まだ」
「君は知らないだろうが、まだ呪いは終わっていないのだ。この世界を蝕む呪いは。神の贄は、世界を捻じ曲げる奴らの企みは!」
『ほう。中々面白そうな話だ』
源馬おじちゃんに肩を掴まれて、その力強さに痛みを感じていた私は、聞きなれない声が聞こえた瞬間に後ろへ強く引っ張られ、知らないお友達の腕の中に居た。
その人は今までに見た見えないお友達の誰とも似ていなくて、三つの目と黒い翼が目立つ大きな人だった。
そして、その人に優しく床に下ろして貰い、その人の隣にいるお爺ちゃんにも目を向けた。
『今日は姫乃の顔を見に来たんだが、中々面白い場面に出くわすじゃ無いか』
「お前は……ぬらりひょん! 何故、ここに居る! 何故、姫乃の名を出す!!」
『お前には関係ない事さ。西宮院の小僧』
源馬おじちゃんは私とは反対側にある入り口近くに飛ばされていた様だった。
そして、源馬おじちゃんの声に外で待っていた人たちが次々と部屋の中に入ってくる。
「源馬様!!」
「おのれ、妖め!」
「朝陽様から離れろ!!」
中に入ってきた人たちは各々に棒とか紙とかを手に持って、私……いや、お爺ちゃん達に向けていた。
睨み合う源馬お爺ちゃんと私の傍に居るお爺ちゃん達の間でピリピリとした空気が流れる。
でも、この場所はお母さんたちが静かに寝ている場所だ。
それにお爺ちゃんや私を受け止めてくれたおじちゃんは傷だらけで、源馬おじちゃん達だってまるで争いをしてきた後の様な姿だった。
ここで争う事をきっとお母さんもお父さんも望まないだろうと私は思い、声を上げた。
「止めて下さい! お母さんとお父さんの前で!」
「……朝陽」
『そうだな。ワシらも争いに来た訳じゃない。どうだ? 西宮院の小僧。ここは姫乃の娘に免じて休戦といかないか?』
「良いだろう」
部屋にいた全員が争う気をとりあえず抑えてくれて、話し合いの空気になってゆく。
「それで? お前たちは何故ここに来た。昨晩百鬼夜行なぞをして暴れたばかりだろう」
『大したことじゃない。ワシらは姫乃のお友達だったのさ』
「なに?」
『神秘が薄れ、ただ消えていく事しか出来なかったワシらに希望を託したのが姫乃さ。あの子の力なら容易く消し去れたであろうに。消えかけたワシらに手を差し伸べ、友達になって欲しいと言ったのさ。千年以上続く争いの歴史さえも、自分たちが友達になる前に起こった些細なすれ違いだったと言ってな』
「……確かに、姫乃はそういう女だった。東との争いも、あの子が居るからこそ、収まった」
『だからな。ワシらは姫乃の残した希望を連れてゆく』
「なんだと?」
『お前たちでは、朝陽を守れない。これからはワシらが守る』
「待て! ふざけるな!」
『昨晩もお前たちが崇める天上の神どもの侵攻に気づかんかっただろう? そんな弱いお前たちに守れる物などない』
「まさか、昨晩の百鬼夜行は!」
『そう。姫乃を狙う神共との戦いさ。まぁ、結局姫乃は守れんかったがな。だが、奴らの戦力は削った。次回は負けんよ』
「まさか」
『という訳だ。そろそろワシらも帰るとしよう。さ、行こうか』
お爺ちゃんのその言葉を合図にして私は黒い翼のおじさんに抱きかかえられて病院の外に飛び出していた。
遥か上空を抱きかかえられたまま飛んで行く。
「え? え!?」
『さ。帰るとするかの』
「ま、待って。私、家に」
『分かっておるよ。姫乃と過ごした家だろう? 今、そこに向かっておる』
「そ、そうなんですか」
『あぁ。姫乃との約束だからな。お前が望む様に生きる手伝いをして欲しいと』
お爺さんは空を飛びながら私に視線を合わせてニッコリと笑った。
そしてさらに速度を増すと、空をグングンと飛んで行き、雲のない晴れた空の中に止まった。
私を抱えている人は翼を広げて、空の中にその姿を映す。
『朝陽。我らの世界はこの夜の様に昏い。だが、お前がその名の通り、陽の光となるのならば、我らもその光の中で生きよう』
「朝陽、私の名前」
『そうだ。姫乃はお前に希望を託した。この終わり行く世界の夜明けになれる様にと、朝陽という名を託したのだ』
「世界の夜明けに、私が? でも、私に出来る事なんて」
『あるさ。姫乃もお前に話しただろう? それを胸に生きていけば良い。それがいずれ世界に繋がる』
「……分かった」
私は空に浮かぶ月に、私達を照らす満天の星空を見上げてお母さんとお父さんを想った。
二人が愛した世界を、みんなが生きる世界の暗闇を、光の世界に導く。
その為に私が出来ること。
誰かの為に私がするべきこと。
「……うん」
抱きかかえられたまま両手を握り、目を閉じる。
そして世界の夜明けを願った。
その願いが、届いたのかは分からない。
分からないけれど、地平線に光が走り、やがて遠い山の向こうに陽がゆっくりと登り始めていた。
「分かったよ。じゃあ、お爺ちゃんもおじさんも、お友達。それで良いかな?」
『ふ、はははは!! そうだな。ワシらとヒトを繋ぐ巫女よ。いつかワシらが光の元に来た時は、共に生きようか』
「うん。そうだね」
私はお爺さんの語る世界に私自身も一つの希望を見た。
見えないお友達と、里奈ちゃん達みたいな見えるお友達。
みんなが一緒に生きている世界。
そんな希望をお爺さん達の言葉から見出したのだった。
そして、私はお爺さん達に案内されるまま自分の家に帰る。
里奈ちゃん達が待っている私たちの家に。
『あぁ、西宮院の小僧どもは朝陽を見つけられない。安心して生きていけ』
その言葉を最後に、お爺さん達は光の中に消えていくのだった。




