表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エンド・オブ・ザ・江戸・ピリオド  作者: ありんこ。


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/12

満月の夜、月明かりに照らされて





 


「チッ……また喰われてやがる。今夜だけで何体目だ?」


 


満月の夜。


冷たい月明かりが、容赦なく地を照らしている。


その白い光の下に広がっていたのは――無惨に転がる、静かすぎる最期だった。


 


「さあな。数えてたらキリがねぇよ……。にしても、こいつァまた派手にやられたな」


 


男の刀の切っ先が、横たわる死体の上を無造作になぞる。


そこにあったのは、人だったものの名残。


皮膚は引き裂かれ、肉は無慈悲に抉られ、かろうじて人の形を保っているに過ぎない。


 


「俺らの仕事は死体の片付けじゃねぇってのに……」


「まだ近くに妖がいるかもしれねぇ。気を抜くなよ」


 


二人の男は短く息を吐き、慣れた手つきで死体の処理に取りかかる。


彼らは壬生浪士組――“壬生狼”と恐れられる存在だった。


 


 


――よかった……気づかれていない。


 


 


私は茂みに身を潜め、息を押し殺しながら様子を窺っていた。


月明かりはあまりにも明るく、まるで闇に潜むものすべてを暴こうとするかのように冷たい。


 


こんなところにまで見廻りに来るなんて……


 


読み違えた。


人里から離れたこの場所に、まさか壬生狼が巡回してくるとは思っていなかった。


 


そして――


 


あたりに漂う血の匂いが、じわじわと私の意識を侵していく。


 


懐かしい。


甘い。


そして、危うい。


 


――駄目だ。


しっかりしないと。


ここで倒れたら、見つかって、斬られて……それで終わりだ。


 


手足が震える。


視界が滲む。


世界がゆっくりと傾いていく。


 


逃げなければ――


 


そう思って立ち上がった、その瞬間だった。


 


 


ぐらり、と。


 


 


月の下に広がる血の匂いに引き寄せられるように、意識が大きく揺らぐ。


足元が崩れ、抗う間もなく私はその場へ倒れ込んだ。


 


「何奴っ!!」


 


……しまった。


 


乾いた音が静寂を破る。


同時に、抜刀の音。


駆け寄ってくる男の気配が、視界の端に映る。


 


その瞬間――


 


私の意識は、闇に沈んだ。


 


 


 


――次に目を覚ましたとき。


 


鼻をかすめたのは、畳の匂いだった。


 


 


……生きてる……?


 


 


ぼんやりと浮かび上がる意識の中で、現実が追いついてこない。


ここがどこなのかも、どうしてここにいるのかも、何一つ分からないまま、ゆっくりと目を開ける。


 


「……目、覚めた?」


 


 


その声に、身体が反射的に強張った。


 


 


部屋の隅。


柱にもたれるように座っていた男が、こちらを見ている。


 


白い羽織。


緩く結った髪。


どこか気怠げな空気をまとっているのに、その目の奥には底知れぬ鋭さがあった。


 


「見た目に似合わず、けっこう寝坊助なんだね。三日三晩ってやつだよ」


 


「……ッ」


 


身体を起こそうとする。


けれど、力が入らない。


 


「無理しないで。身体、冷たかったし。……満月の夜だったからかな? 赤い髪に角――派手な見た目だったよ、あんた」


 


その言葉に、胸が強く締めつけられた。


 


見られた……あの姿を。


 


「大丈夫。今は戻ってる。髪も黒いし、角もない。ただの綺麗なお姉さんにしか見えないね」


 


ふわりと笑う。


軽い口調。


けれど、その目は笑っていなかった。


 


「名前、聞いてもいい?」


 


 


迷う。


 


 


名乗るべきか。


偽るべきか。


 


けれど――この人は、きっとどちらでも見抜く。


 


 


「……月夜魅つくよみ


 


 


声に出すのが、少しだけ怖かった。


 


 


「ふうん」


 


 


男は小さく相槌を打つ。


それだけだった。


 


「月に魅せられた鬼、か。……名は体を表すってやつだね。ぴったりじゃない? あ、悪い意味じゃないよ。詩的で、素敵だ」


 


ゆっくりと立ち上がる。


 


「僕は沖田総司。壬生浪士組の……まぁ、ちょっと偉い人、かな」


 


 


その名を聞いた瞬間、背筋が震えた。


 


壬生狼。


人も妖も斬る者。


 


私を捕らえたのも、きっとこの男だ。


 


「怖い顔しないでよ。こっちは斬るつもりなんてないから。少なくとも今のところはね」


 


そう言いながら、するりと刀に手を添える。


 


「でも、あんたが人を喰ったってんなら話は別。……現行犯じゃなけりゃ斬らないけど、用心はするさ」


 


「……喰ってない」


 


かすれた声で答える。


 


それは――たぶん、本当だ。


 


沖田はそれを聞いて、目を細めた。


 


「そう。じゃあ今のところは“良い子”ってわけだ」


 


その言い方には、からかうような優しさがあった。


 


けれど――信用はできない。


 


「逃げようとしたら斬るよ。一応、仕事だからね」


 


 


優しい声。


なのに、冷たい。


 


「大人しくしてて。これから会議で、あんたの処遇決めてくるから」


 


襖に手をかけ、振り返る。


 


「……じゃあね、月夜魅さん。せっかく助かった命、粗末にしない方がいいよ」


 


 


そう言って、彼は静かに部屋を出ていった。


 


 


 


残されたのは、私ひとり。


 


 


 


拳を握る。


 


心臓が、うるさいほど鳴っている。


 


 


……こんなところに、いたくない。


 


 


誰も信用できない。


あの男の優しさも、声も、全部。


 


 


帰らなきゃ。


 


 


あの場所に。


 


 


山奥の、隠れ里。


風の音と、木々のざわめきしかない、静かな場所。


 


そこには――あの人がいる。


 


 


ほむら


 


 


名前を思い出した瞬間、胸が痛んだ。


 


私は、あの人がいないと眠れない。


 


いつも隣で、髪を撫でてくれた。


嵐の夜も、雪の朝も。


 


焔がいれば、怖くなかった。


 


 


焔……ごめん……


 


 


きっと今も、探してくれている。


血の匂いを辿って。


 


あの人の顔を思い出すたび、


ここにいない現実が、胸を締めつける。


 


 


でも――


 


 


どうやって、帰ればいいの……?


 


 


逃げれば斬られる。


動けば終わる。


 


 


“助かった命”は、


いつでも“消される命”へ戻るだけの、危ういものだった。


 


 


 


「……焔……助けにきて」


 


 


震える肩を抱きしめながら、


消えそうな声で、その名を呼んだ。


 


 


今の私にできることは、


ただ――あの人を想うことだけだった。


 


 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ