ラーメン大明神様
story NO.3
「すいません。わかりました。失礼します。」
もう30軒近くは寺を回って頼んだが全て断られた。夜になってどの寺も玄関の大きな扉が閉まってしまった。
「もう今日は野宿するしか方法がないな。」
金剛峯寺の前の駐車場にある電話BOXのなかで俺は膝を抱えて座り込んでいた。空腹と山の冷え込みは俺をなかなか眠りにつかしてはくれない。そして不安と後悔が確実に胸の中で膨れ上がっている。
「明日は見つかればいいな。」
かすかな淡い期待をマッチ売りの少女のように何度も灯すがすぐに消えてしまう。
気付いたら電話BOXの中で寝落ちしてしまった。
「チャララーララ、チャラララ〜」
ふと、目を覚ますと駐車場にラーメンの屋台がやってきた。お爺さんが一人で軽トラに積まれた鍋に火をかけたり、椅子を出したり開店の準備をしているようだ。
俺は一人で電話BOXにいるのが嫌だったからラーメン屋のお爺さんに声をかけた。
「こんばんは。ここでラーメン売ってるんですか?」
「そうだよ兄ちゃん。今の時期は国体で来てる高校生達がいるからね。まぁ、常連さんもチラホラいるんだけどよ。どうだい兄ちゃん、食べてくかい?」
「グ〜、グルル〜」
腹の虫は今にも暴動を起こすかのように声をあげている。理性を保て俺!
「すいません。今はお金ないんで大丈夫です。ありがとうございます。」
「そうかい。たまにしか高野山には登って来ないからまた見つけたら寄ってよ。兄ちゃんはどっかの坊主かい?」
「いや、坊主じゃないです。坊主になりたくて来たけど見つからなくて電話BOXで寝てました。ハハッ!」
人に今の状況を話すのが恥ずかしくて最後は笑ってごまかした。
「そうかい、そうかい。大変だね兄ちゃん。見つかるといいな。それよりお客さんはくるかね。」
「俺、昔キャッチやってたんで手伝いますよ!」
今の俺は電話BOXで座り込んでるより誰かといるほうが楽だった。それに麺を茹でる鍋から立ち昇る湯気が暖かかったからもう少しここにいたかった。
「大丈夫だよ兄ちゃん。人なんて数えるぐらいしか通らねぇよ。早いとこ宿見つけたほうがええぞ。」
「そうですか。わかりました。僕、泊まるとこもないんでこの辺にいていいですか?」
「大変だね兄ちゃん。まぁ好きにしな。」
お爺さんは俺がラーメンを買わないと分かると違う誰かに営業の電話をかけ始めた。
お爺さんとの会話も終えて鍋の湯気で暖まりだしてじばらくした時だった。
駐車場の向こうから高校生らしき人影がこっちに歩いて来た。
俺は笑顔で元気よく声をかけた。
「こんばんは。ラーメンやってるよ!夜食に一杯食べて温まっていく?」
高校生は女の子一人、男の子二人の三人組だ。
「ラーメンだってよ。どうする?コンビニ目指して出て来たけどラーメンもいいな。」
「そうだね。晩飯少なかったし食べてく?」
男の子二人はラーメンに心が揺らいでる。
俺の新宿でのキャッチの経験からしてこうなると最後の決定権は女の子だ。
「せっかく和歌山に来たんだし、明日からは国体でしょ!?インスタントより屋台のラーメンっしょ!!」
「お兄さん、ここでラーメン売ってるんですか?」
照れ笑いを隠しながら女の子が聞いてきた。
つかみはオッケー。よし。もうひと押しだ。
「勝手に手伝ってるだけだよ。ほら、寒いっしょ。こっちの鍋で暖まって考えたらいいよ!」
「は、はい。ありがとうございます。」
高校生三人は屋台の前でしばし井戸端会議。
そしてネックのキーワードが出てきた。
「お兄さん、ラーメン一杯いくらかな?」
「ちょっと待ってね!お爺さん、ラーメン一杯いくらですか?」
「あぁ、800円だよ。」
「800円なんだけど、どうする?食べてく?」
高校生三人は顔を見合わせて頷いた。どうやら決まったみたいだ。
「じゃあ、ラーメン3杯ください!」
「ありがとうございます!お爺さん、ラーメン3杯お願いします!」
「ありがとよ。ちょっと待っててよ。」
ボコボコと沸騰する鍋に麺を入れて茹でてる間に皿にスープが注がれる。湯気と一緒にラーメンのいい匂いが辺りに立ち込める。
ピシャ!ピシャッ!水気を切った麺を皿に入れて、チャーシューに玉子にメンマ、ネギを散らせばラーメンは完成した。
「はいお待たせ!ラーメン3杯!熱いから気をつけて食べてね!」
「いただきまーす」
美味しそうにラーメンを食べる高校生達の姿が微笑ましい光景だった。お爺さんもさっきより笑顔で営業の電話をしている。
ほんの束の間だったけど高野山の頂上で満点の光り輝く星空の下、吐息は白く、ラーメンの赤提灯は人の温もりにあふれていた。
高校生達はご馳走さまでしたと元気な声で言った後、宿舎まで帰っていった。
皿や箸を片付けていると、お爺さんが声をかけてきた。
「兄ちゃん、ありがとよ。なんも食べてねんだろ?スープ飲んで暖まってけよ!あと、宿もねんならわしの知り合いの寺を紹介しちゃるよ。」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
やった!今晩は電話BOXで寝なくてすみそうだ。
「ちょっと待ってよ。」
「あぁ、もしもし。今日、宿がねぇっていう兄ちゃんがいるから預かってくれねぇか?あぁ、そうだ。うんうん。じゃあ、向かわすよ。」
お爺さんは電話を切ると俺に地図を渡してくれた。
「この赤松院って寺があるから行ってみな。駐車場出て右に真っ直ぐ行ったら左側にあるはずや。ラーメン屋の近藤の紹介って言ったらわかってくれるはずや。」
「わかりました。本当にありがとうございます!またラーメン食べに来ますね!近藤さん!」
「じゃあ、立派な坊主になれよ兄ちゃん。」
近藤さんは軽トラの中に入ると再び営業の電話をかけ始めた。
スープを一滴も残さず飲み干して、俺は急ぎ足で赤松院へ向かった。駐車場が見えなくなる手前で振り返るとラーメン屋の赤提灯はぼんやり温かい灯りを灯していた。




