007.「ベテラン無双、ただし格下に限る-2」
(静かだな……)
高さは俺の倍ぐらい、幅はもう少しありそうな坑道を進むが、今のところはモンスターには遭遇していない。砂利を踏んだ小さな音が若干の反響を伴いながら耳に届く。
「これが……リアルか」
言葉に意味はなく、ただなんとなく、暗さに負けそうになる自分を叱るようにつぶやいた。その言葉が思ったよりも響いたことに、慌てて口を閉じる。時折、風が吹き、その冷たさが体を冷やしていくように感じた。実際には、この程度でどうにかなるような体力でも、耐久力でも恐らくは無いだろうとは思いつつも。
どちらかと言えば、今の俺の敵は孤独、そして自身の想像力であった。何かいるかもしれない、けれど俺が見れない後ろはわからない、そんな感覚。ああ、人類が火を持った時にはこの恐怖からいくらか逃れられたに違いない。
そんな子供のような考えが頭に浮かび始めたころ、耳に届く何かが走る多数の音。
(来たっ!? いや、まだか)
前後を確認し、奇襲に備える。足音は聞こえるが、すぐそばには気配を感じない。
(落ち着け、俺のLvならゴブリン相手じゃどうやっても死なない)
不安を押し消すように、空中に表示した自らのステータスの数字を確認する。MDにおいては、前衛を除けばほぼ最高値といえるLv、その高Lvゆえの各種補正は尋常ではないはずだ。現に、前に遭遇したゴブリンは一撃だった。
―だが、本当に余裕なのだろうか?
日々を過ごし、この世界が現実であり、この世界に自分が今生きているという実感。隣人の笑顔、味わう食事、土と森、自然の臭い。全てが、ゲームであった頃の感覚を確実に蝕んでいく。
廃人とも呼ばれた自分への自信、強さ。その代わりに現れる、死への恐怖。あっさりと怪我をして自分は死ぬのではないだろうか?
そんな疑問が浮かんでは消える。目や急所に何かが刺さるだけで危険なのではないだろうか? ゲームには無いような病気1つでいきなり重篤になるのではないだろうか? 試すわけにも、経験したくも無い疑問が考え始めると止まらなかった。
不安を隠すだけなら、ずっと街に篭っていればよかった。依頼を受け、何かを作って、街でお金を消費し、街で過ごす。そうすればきっと確実に生活できた。
でも、それではいけないのだ。
俺が、この世界にやってきた理由がどこかに必ずある。それを成し遂げなければ、きっと俺は後悔する。そんな予感があった。だからこそ、足は止めない。
「いたっ! 一匹目っ!」
曲がり角でばったり遭遇した1匹の緑色のゴブリンに、技術も何も無く切りかかる。元よりそうする以外に俺にはやることが無かった。ゴブリンの言葉なんか話せないし、説得が通じるとも思っていない。
『ギッ!』
恐らく一般人では到達できないレベルと、そのステータス任せの一撃は左肩へと食い込み、そのまま地面の感触を俺へと伝えて来た。つまりは、ゴブリンは両断され、物言わぬ物体へと変化させられたのだ。俺の、一撃で。
「はっはっ……」
急に荒くなった呼吸を何とかして整えようとするが思うようには整わない。外でも既にゴブリンは殺している。だというのに、この動悸はなんだろうか? ああ、認めよう。外の時と違い、自分の決断で訪れた場所での討伐……つまりは自分が選んだ責任を感じているのだ。そのことを笑うように、ゲームのように消えるわけでもなく、ポリゴンの破片と化すわけでもない……現実のモノが視界にとどまる。
正直、戻さないだけよくやった方だとは思う。多少収まったと言ってもまだ荒い息、痛いほどに剣の柄を握っているのがわかる。
「ははっ……そうだよな、ゲームならこんなハラスメントなモンスターの死体なんて存在しないよな」
汚れた剣の刃部分が、鈍い光を反射しながら俺の顔を写す。ひどい顔だ……あの少年に見せていた顔はどこに行った? 自信にあふれた、先達のような気配はどこへ消えたというのか?
明るいフィールドではなく、灯りの限られた坑道、というシチュエーションがその存在をさらに際立たせた。
(ここは、現実だ。自動戦闘も自動反撃だってありやしない)
全部、自分でやる必要がある。そのことが今さらに自分の中の何かを切り替えていくのを感じる。これまでに出会った人たちに見せていた当たり障りの無い、表向きの顔が今は消えていくのがわかる。
剣を振るい、血を飛ばして構えなおした。怯えや慢心、そういった物を深く吐き出すようにして、最初に冒険を始めた時のような緊張を思い出すように自分へと言い聞かせる。このまま鍛冶も出来る1冒険者として過ごすのか、はたまた世界を救うのかはわからないが、それでも俺には力がある。
待っていたように続けて現れた数匹のゴブリン。全てが俺に敵意とはっきりとわかる態度と視線で襲い掛かってくる。その醜悪な様相、足にこびりついた土汚れ、間違いなく平和的な事には使われていないであろう腕に握られたこん棒は……ひどく、遅く感じた。
先頭の一匹の首へ向けて剣を突き出し、一気に押し込むように剣を振るい、切り裂く。飛び散る鮮血、妙ににおう気がするがなんとか意識を戻す。最前線のプレイヤーに比べれば心許ないことこの上ない数字の筋力もこの場にあっては、敵はいない。
1匹目の背後に抜けた時点で顔の辺りを狙ってくる2匹目の攻撃を、体を左にひねって回避し、右にひねり戻す形で、勢いを乗せて1番後ろにいた1匹へと斜めに振り落とし、首と体を分断する。イメージ通りの動きを体はこなしてくれた。それは即ち、ゴブリンたちの命をそれだけ刈り取るということだ。
「ファストブレイク!!」
間髪いれず、染み付いた癖でスキルの発動と共に叫び、位置を入れ替える形になった2匹目へと先制攻撃にも良く使われる剣士系の初級技を繰り出す。武器を持つ手元に攻撃するようにフェイントとして動いた剣が、すぐさま刺突となって慣れ親しんだ動きで、確実にゴブリンに吸い込まれる。
訪れる静寂。地面に手の中の長剣、パラライザーを突き刺して壁にもたれかかるようになってしまう。ゲームであれば一体どれだけこなしたかわからないほどの行動一度で……こんなにも消耗するとは。
「先に行くか……ぐろいだけだし」
その場にいてもすぐそばに嫌な物が転がっているだけ。帰りにはどうにかしてどかしながらでないと自分で驚きそうだなと思う。ライティングの光に照らされる物言わぬゴブリンだったもの達が転がっているが特に珍しい物は持っていなかったように見える。
「それっぽいものは……無いな。リーダー格が光物で集めてるのか?」
剣先でつつきながら、懐をあさるが話通りのものは出てこない。隠し持つにもこんなぼろ布を巻き付けたような状態では隠しようもないだろう。早いところ持っている奴を見つけたいところだ。
と、ゴロリとゴブリンの首がバランスを崩して転がり、その瞳が俺を見据える。現実でも、ゲームでも味わったことの無いなんともいえない感覚。これはゲームの再現だと思い込むことは簡単だ。でも解決にはならない。異常に感じるほどの動悸にステータス異常を受けていないことをチェックし、息を整える。
見える範囲では正常。つまりはこの状況は……人間らしい動揺している瞬間ということだ。
「……いいぜ、上等だ! この世界に呼び込んだのが神様か、はたまた自分の無意識なのかはわかんないけどさ、やらせてもらうぜ!」
敢えて言葉汚く叫んでみた。恐怖はまだ当然ある。だが、立ち止まっているわけにも行かない。これから先も同じようなことは何度もあるだろう。自分を通すということはこうして自分以外をどかすなりしていくということだ。俺のスキルや俺自身のことを考えれば平穏な人生というのはきっと、程遠いだろう。
(この世界で、生きるんだ)
歩みを坑道の先へ先へと進めながら、そんな覚悟を決めていた。
『ギャッ!』
「ええいっ! こいつも違うっ!」
もう何匹目かは数えていないゴブリンを相手に叫び、いけるとわかった体術も交え、戦闘を続ける。出来れば剣の間合いよりも近くには行きたくないのだが仕方ない。さすがの俺も左右から襲われればどちらかは接近を許してしまう。
真正面から飛び掛ってきたゴブリンの攻撃を回避ついでにその胴体へとすれ違いざまに蹴りを入れ、待ち構えている群れへと蹴り飛ばす。あっさりと吹き飛ぶ先には別のゴブリンがいる。
視界は坑道の壁以外は緑緑緑! 視界に入るのは普通のゴブリンばかりだ。しかも、群れ。声らしきものが響き、さらに反響して何が何やらという状況だ。それでも倒し続ける間には何度か攻撃がこちらに届くこともある。幸いに今はアイテムボックスから回復アイテムを出す必要は無いほどの結果だ。要は、傷1つ無い。
ただの殴りや蹴りなのに吹き飛んでいくゴブリンを見て、確認したいことでもあったので石ころを拾い、思い切り投げつける! 結果、吸い込まれるように1匹の目元に石は命中し、その動きを大きく緩めた。
ゲームにもあったシステムにも、スキルにも無い当たり前の行為。MDでは特に明言されていない行為にも意外と熟練度がある。食事の早さなんかもあったりして、笑った記憶があるが。投擲もその1つだが、それでも威力なんかは微々たるものだった。リソースの減らないFAのためにあるようなものだった。
(ダメージが見えれば楽なんだがなあ)
現状、動きが止まる以外にHPなりを削りきった保証がどこにも無い。思ったより良い音を立ててゴブリンに石がめり込むがオーバーキルなのか、案外微妙に火力不足なのか、さっぱりである。
仕方なく確実な手段をとることに決め、群れに飛び込み、装備ごとゴブリンを両断し、次へと襲い掛かっていく。いい加減、返り血を浴びない距離での戦闘に疲れてきたのだ。段々と自分が返り血に染まるのがわかるが、なんとも出来ないことだ。その後処理に一瞬、嫌な予感が浮かぶがそれも引っ込む。
粗方、群れのゴブリンを片付けた頃に逃げ出そうとする数匹が目に入り、増援をまた呼ばれても大変なので追いかけ、切りかかることにした。思えば、この時点で一度後退して休息を取るべきだったのだ。
自分の力が通用することに高揚し、ゲーム時代のシステム外スキルである戦闘方法や考え方をおろそかにしていたツケがやってくる。
「うおっ!?」
異音、そしてカクンと何かに引っかかる感覚。少し高い場所だからと、剣を上段気味に振りかぶったせいで、振り下ろす際に坑道の上部分のでっぱりに剣が食い込む。
変な入り方をしたのか、剣が抜けない。ふと視線を戻せば、すぐそばにゴブリン。
(やばっ!)
さらにはやってきた増援の中に色違いを認めてすぐ、集団が襲い掛かってくる。怪我はしないだろうとわかっていても迫る異形の集団というのはそれだけでも恐ろしい。
「っだぁああああっっ!!」
俺は迷わず剣を放し、後ろに駆け出した。素手ではさすがに取り付かれる恐れがあったからだ。体は頑丈だ……では目はどうか、口の中は? そう考えだしたら万一を踏み抜くことは出来なかったのだ。
兄妹に描いてもらった地図の記憶を頼りに、逃げ出していく俺の後ろにゴブリンの足音が続く。どうやら奴らは俺と同じかそれ以上にこの中を知っているらしい。それでもなんとか追いつかれることなくメインとなる通路部分の脇にある細い坑道へと逃げ込み、距離をとる。
今武器を選んでも、ここでは思うように振り回せない。かといってメインとなる坑道を逃げては1度に相手にする敵が増えるだけだ。なので、一手しかけることにする。
「これだっ! 盾生成-壁盾!!」
屈強な戦士が防衛時に使うような壁盾、高さにして1mを越えるものを、あえて耐久力や重さを極力下げて背後に生み出す。予定通りに軽めの壁盾が、そう広くないその坑道はほとんどを埋める。
防御力もそれなりにあるが、今回は目的は別にある。ゴブリン達がこちらに迫るのを気配で感じた。この気配ってやつも不思議な物だが今はいい。そうして気配が俺の逃げ込んだ坑道へと入ってきた瞬間、壁盾としてはやや弱いソレに向かって、目一杯蹴りを入れ、真横に蹴り飛ばす。
轟音、そして叫び声。追いすがるゴブリン達へ向かって壁盾は倒れこみ、その先頭をひるませることに成功したのだ。確かゲームじゃ蝙蝠の集団なんかにこうやったりした覚えがある。ダメージは全くと言ってもいいほどに無いが、別の判定だけはあった。一度に何匹も気絶させることが出来たのだ。
つぶれるわけでもなく、すぐに抜けれるわけでもない状態に残ったゴブリン達が混乱しているのがわかる。
(武器武器、よしっ!)
なんとかアイテムボックスから確か麻痺武器だったはずのダガーを2本取り出し、両手に構えて迎え撃つことにする。
仲間意識からか、全てのゴブリンが再度襲い掛かってくる、ということは無く、潰されそうになっている仲間を助ける組とこちらを襲う組に分かれてくれた。
こちらの思う壺である。左右のダガーで手数を稼ぎ、着実にその数を減らすことに成功する。最後の1匹、色違いの赤黒いゴブリンに止めを刺す。
「やっと終わりっっと!」
視界内で動く最後の1匹をしとめ、ようやく落ち着くことに成功する。ライティングの魔法が照らす光景は、まさに全滅。自分でやったこととはいえ、ひどい物だ。
「こんなところで倒れたら骨も残らないからな……」
強さはあっても、現実の厄介さ、死んだら終わりかもしれない恐怖の影響、実際の殺気というものがどういったものか、良い経験になったと言えるだろう。せりあがってきそうになる色々を何とか抑え込み、本来の目的のアイテムを探すことにした。
「お、こいつが当たりか」
リーダー格に思えたゴブリンの懐からは依頼品であろう聞いた特長と合致する丸いものが出てきた。ふと気になりよく見ると…なんと、懐中時計だ。といっても動くようすもなくボロボロだ。実用はできないが、確かにこれはあきらめるには惜しい意匠だ。なかなか立派な物である。
「依頼はこれで終わりか。さて……この調子でなんか溜め込んでそうだな」
脱出中に遭遇する可能性を考えると、残りのゴブリンも可能な限り倒し、ついでに物品を回収して、白兎亭なり、自警団なりで返してもらえばいいと判断し、冒険を続行することにする。
耳を澄ませば、まだどこかでゴブリンであろう何かが走っている音がする。やはり、リーダー格のこいつが最後というわけではないようだ。前準備として、剣が食い込んだ場所に戻り、改めて抜こうとするが引っかかったまま。
「ふぬっ! ……抜けない。いや、待てよ?」
まさかと思いながらも、剣を握ったままアイテムボックスに戻すイメージを浮かべる。すると、さっきまでの苦労を馬鹿にするようにあっさりとロングソードは消え去った。思わず最初にそうしたように、アイテムボックスから取り出す真似をすると、これまたあっさりと俺の手の中に長剣は戻ってきた。
「……まあ、いっか」
さっきの自分に言いたいことはあるが、気を取り直して鉱脈探知を発動し、周囲の地形を確認する。当然、ゲームのようにマップが表示されているわけではないが、反応がまったく無い場所は空洞と同じなので、大体の坑道の配置が浮かんでくるのでマップ代わりになる。
廃鉱山とはいえ、岩部分はそこらのフィールドとは比べ物にならない反応が返って来たのだ。火山なんかだと空気中にも火の精霊さんが反応してしまうかも知れない。
と、妙に反応が強い場所がある。これはMD時代の鉱石ポイント並みである。丁度奥のほうだし、残りのゴブリンもいそうな気がする。周囲を確認しながら、慎重に奥へと歩みを進めていく。
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