009.「ベテラン無双、ただし格下に限る-4」
「ありがとうございました!」
「今度は無くさないように気をつけるんだぞ。次に無くした時に、自分のように引き受けられる人間がいるとも限らないし、無事に帰ってこられるかもわからないんだしな」
この時間だといないかと思いながらも市場に顔を出した俺は、偶然にも町を歩いている二人を見つけた。俺の姿を見て駆け寄ってくる2人へと手渡したのは当然、依頼にあった懐中時計だ。
「特に元々以上には壊れていないように見えるが、一応確認してくれ」
ゴブリンにとっても大事な獲物だったのだろうか? 特に壊されたりした様子もないが、痛みが元々かどうかは俺にはわからない。第一、こんな世界じゃ時計自体まともに動いているものがあるか怪しい。彼らだって時計とわかっているか微妙である。
「はい!……大丈夫みたいです」
時計をあちこち触っていたカインの姿は周囲の一般人と変わらず、特別お金持ちとは感じない。ほっとした様子なのは、形見だというこの時計が戻ってきたからに違いないだろう。妹と一緒に喜ぶカインを見、自分のやったことへの達成感を感じることが出来た。
自分には何がどこまで出来るかはまだまだわからないが、誰かの笑顔が1つでも増えればいいかな、とそんなことを思った。
「俺だったからよかったものの、これなら売り払おうとする奴がきっといる。持ち歩くのはやめた方がいいかもしれないな」
「ですかね? 気を付けます。それにしても、ずいぶんと早かったですね? 自分達が行った時には二日ぐらいかかったんですが」
興奮が収まってきたのか、思い出したようなカインの問いかけ。確かに、帰りは行きほど急がなかったので、それなりの時間はかかっているとはいえ、普通に歩いているのとでは随分と違うはずだ。
「ま、冒険者の特技の1つさ。ろくに休憩を取らずに逃げ続ける事だって……やりたくはないが、ありえるしな。じゃあまた何かあったら店にでも来てくれよ」
笑顔の2人に別れを告げ、工房に戻ることにした。やること? 今回の反省会、かな。
「さてっと。ついでに戦利品の整理でもしますかね」
帰る場所となった工房の一室で、俺はゴブリン達から強奪した品々を整理し始めることにした。一応、工房の外には在宅中であることを示す看板は出してあるので、尋ねてくる人がいるかもしれないが。
「……うーん、普通だな」
当然といえば当然の結果であるが、ゴブリン程度の戦利品では、ありきたりな初期装備や、少量の銀貨といった具合であった。むしろ実入りがあっただけ幸運な方だろう。
武器も質的には良くはない。何度か斬り合えばすぐ折れてしまいそうだ。だが、他が平凡であればあるほど、当たりが際立つものである。手に持つのは、あの光が入っていたランタンのような入れ物。
状況的には、あの冷たさからいっても魔法なんかを遮断する技術か、素材が使われているはずだ。いつか何かに使えるかもしれないので、適当にアイテムボックスに放り込む……こうしてモノが貯まっていく気もするが、仕方が無い。
そして、ありきたりな鉄製品を含む、武具達は素材へと変換していくことにした。敵対した状態の相手に使えれば楽勝なスキルの1つだが、当然ながら所有権が自分に無いアイテムには発動しない。この世界だと……どうだろうな。駄目だった時に面倒だから試す気にもなれないな。
フィールドから素材に変化させ、それで武具を作る、後は朽ちるのを待つだけというサイクルだけ見ると世の中から素材が消え、精霊がいなくなっていっているのもわかる気がする。MDでは各種素材を地面に置くなどして、一定の手順を取ればその素材はフィールドに吸収されることになっていた。狩りの結果をフィールドに放置するとデータが増えていくための措置だが、現実となったこの世界ではそうもいかないんだろう。
ちなみにゲームでは意図的にこれを繰り返すと、最初はその戦闘中ぐらいの短時間、大規模にやれば一定期間は火山なのに火に関する属性が普通のフィールド並みになる、といったことも出来た。やったことは無いが、そういったときに鉱石探知をすれば、いつもと違う反応が返ってきたことだろう。
(そうそうゲーム通りとはいかないか……鍛冶に限らず、失敗作の山もなあ……どう処分してるんだ?)
作成失敗時の片づけもそうだが、この世界では成果物を変換できるスキルや人材が伝わっていないのか、資源や精霊が枯渇していく一方のようだ。遺物に同様のことが出来るものがあったとしても、数は少なそうである。
危険ではあるが、大規模な戦場跡をめぐるなどして朽ちている武具をフィールドに戻していくのもやりがいのあることなのかもしれない。フィールドの素材、多分精霊、をあるべく姿に戻していく。1人ではきっと困難な作業だと思う。信用できる相手が出来たら、自分のスキルが伝えられるか、試すのも必要になってくるのだろう。
「まずは、出来ることの把握、かな?」
つぶやきながら、一定の法則で武器を作っては素材に戻し、別の条件で作成、を繰り返す。ステータスウィンドウでは、HPとは違うゲージがじわじわ減りながらも、作業の合間にぐいぐいと回復する、という動きを繰り返している。ゲームでも大丈夫な人と、我慢できない人が分かれる工程である。
羽ペンのように軽い短剣から、文鎮を何個も一度に持ったかのような重さの物まで。長さや細さ、刃の厚みなども様々に変えていく。盾類で坑道でもやったことだが、MDでは剣士というか、前衛用のスキルや魔法も大量に用意されており、大多数はそういったものを用いていた。
だが、大半は素材に関することや、作成に関連するスキル類に費やしている俺は、戦闘に使えるものとなるとかなり数が少ない。
そこで、システム外スキルとでも言うべき方法を様々に実験していた。持っていない遠距離攻撃スキルの代わりであったり、範囲攻撃の代用法などである。通常、該当するスキルを覚え、上昇させていくとスキルとしての威力、精度、補正値などが上昇していく。
俺の方法だと、単純にゲームシステムへの慣れと、使うものの威力や性能に単純に比例した結果となる。鍛えたスキル保持者であれば、竹串でもダメージがあるが、自分であれば相応の武器なりを使わなくてはいけない、といった具合だ。
持ちやすいように調整したハンマーを投げたり、槍を足場にしたりなど、対応できる強さの範囲であれば、かなり汎用性のある戦い方が出来ると思っている。今日のようなゴブリン相手なら、かなりの数まで相手が出来る。ゴブリンの防御力はそう高くないので、鉄板のような何かでも切ろうと思えば切れるし、投げつければダメージも負うのだ。
だが、ドラゴンとなればかなり危うい。余程の上位武器を使わない限り、はじかれて終わりだろう。それに普段は気まぐれに動くドラゴンが、今日のゴブリンのように上位存在のような何かに導かれ、目的のある動きをしたらこの世界の危機といっても良い状況になるだろう。
そして、そんな事態は夢物語ではないと思う。
なぜなら、世界に英雄となるような強者がいるかはわからないが、そういった存在が相手をするべき何かが起きているように思うからだ。ただのカン……だが俺がここにいる理由がどこかにある。モンスターの増加は何かの前触れに間違いは無いだろうなと思っていた。
メンテナンスのたびに、告知の無いシステム変更を敏感に察知、研究してきたカンとでも言うしかない何かがそう、俺に訴えかけているのだ。俺程度でも何とかできる状況ならばそれはそれで良い。問題は、前述のような存在がいなければなんともならないような事態だった場合だ。
「こんなもんか、さて……」
思考しながら、手になじむバランスにした投擲用ナイフと名づけるべきそれを10本ほど作成し、適当な木板を目標に、次々と投げ込んでいく。小気味いい音を立て、木板にナイフは吸い込まれていく。
出来れば、自分の実力がこの世界のモンスター相手にどこまで有効か、しっかりと確かめたいところである。大口を叩いた割りに、意外とそこらのモンスターで限界かもしれないからだ。
そうなっては自分が勇者代わりになるどころではないし、力ある存在に話を信じてもらえないだろう。となると、それなりに実力のある冒険者のパーティーにでも入り、一緒に冒険や依頼をこなすということになるだろうか?
強いモンスターの出る地域を探し、向かう必要があるのかもしれない。グランモールから俺が行ける距離に遺跡なり、やばそうな地域でもあれば別だが、上手く見つかるだろうか?
「あっ、やべっ」
考え事をしすぎたのか、最後1本が既に刺さっていたナイフにぶつかり、何とも言えない金属音を立てながら床を入り口のほうへと転がっていった。
「危ない危ない。刃物は大事に扱わないとな」
ナイフを拾い上げた時、人の気配を外に感じた。敵対……という感じではないが、お客さんとは少し違うようだ。まっすぐ工房に向かってくる感じから、間違いなくこちらに用事に思える。自警団の誰かか? それとも冒険者か?
「失礼、こちらがファクト氏の工房かな?」
入ってきたのは1人の女性。中年手前、と言った様子の眼鏡さんだ。スタイルは悪くない……が、明らかに仕事が恋人、のような研究者風だ。
「ああ、そうなる。何か修理の依頼かい?」
ナイフを仕舞い込みながら、そう尋ねると首を横に振った。鍛冶に用が無いとなると……戻って来たばかりだというのにまた外出か……。
「いや、そうじゃない。連れて行って欲しい場所があるんだ」
予想通りの展開に、この世の神が機械仕掛けなのかはわからないが、どうやら退屈はお嫌いのようであることを察した。っていうか女神様だもんな……神さまでも女性は気まぐれってやつか。
次の事件は行き着く暇も無いまま、俺へ降りかかってきたのだった。
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