騎士は怒る
承。
「ぐっ……」
「ふぅ。」
勝者の剣が、敗者の首に寄せられる。
すなわち、2人の騎士の戦いが終わった瞬間である。
「……勝者!ダン・フィオレン!」
その瞬間、勇者のパーティメンバーにはオニルミア王国騎士団の副団長である、ダンに決まった。
カティは敗れたのである。
――及ばなかったか……
試合は凄烈を極めた。
互いに得意とする、光魔法と剣技の応酬。
途中、何度も追い詰め、逆に何度も追い詰められた。
そして、カティは一歩及ばず敗れた。
――悔しい……が、ダン殿ならきっと勇者様のお役にたてるだろう。
そう考え、カティは意識を手放した。
=================
騎士団の勇者パーティメンバーの選抜から数日後、王都中枢は緊張感に包まれていた。
すなわち、勇者召喚の日。
この日はオニルミア王国の王都に、各種族の代表者や、勇者のパーティメンバー――エルフの姫、ドワーフの戦士、獣人の格闘家――も集まっていた。
各種族が共通の目的をもって一堂に会す。
種族ごと敵対していた時期もあり、過去には考えられなかったことである。
平時であれば険悪な種族間も、100年も共通の敵にあたっていれば、争いは過去のものになる。
荘厳な、それでいて広い礼拝堂の中、当代の賢者と名高い老いたエルフを筆頭に、多くの魔法使いが、神官が。位は関係なく、ただ魔力が高い者が。種族関係なく祈りを捧げていた。
その膨大な魔力を依り代に術式を組み、召喚を行うのである。
その場にはカティもいた。
副団長との戦いには敗れたものの、その見事な戦いぶりから副団長代理を命じられ、この場に騎士団長とともに出席していたのだ。
しかし、気分は良くなかった。
やはりどう考えても、勇者召喚には反対だし、しかも、召喚した勇者には隷属魔法をかけるという。
隷属魔法など、犯罪奴隷でなければかけることを禁止されているものだ。
しかも、ここに至るまでの知識は、“神の僕”を名乗る者によってもたらされたという。
――そもそも、“神の僕”とは何なのか
カティの知る教義では神の僕などというものは存在しない。
教義上では“神の使い”であり、些細ではあるが、その違いがどうしても腑に落ちなかった。
光魔法を得意とし、オニルミア騎士団騎士であるカティにとって、神に祈ることは日課であり、聖典を目にする機会も多かった。
そのため、少しの違いが気になった。
――確かに、勇者召喚が成功すれば、私たちの世界は助かるかもしれない。しかし、連れて来られた者は一体どうなるのか。それを考えずにこのような方法を教えるなど、まるで神のなどではなく……
ここまで思い、ふと、上からの目線を感じた。
だが、上方など高い天井しかない。
しかも現在は召喚の儀式に皆注目しているはずである。
カティは不審に思い、ちらと、上に目線を向けると、
「っ!!!」
目があった。
人が、浮いていた。
いや、人ではない。
雰囲気が違った。
(おや、気付くのか。)
心の中に声が響いた。
自分の考えたことではない。
その浮いてる相手の表情、仕草から、彼が発した言葉なのだろう。
カティは混乱しながらも、
――ああ、これが“神の僕”というやつなのか。
と、理解した。
(ほう、理解が早い。現実離れした状況での混乱が表情に出ず、また、すぐに鎮めるなんて中々出来ることじゃない。外面だけでなく、中身もしっかりしているとは重畳重畳。)
(……あなたが神の僕なのだろうか。)
(君は“これ”が気に入らないようだね。)
“これ”とは言うまでもなく、勇者召喚。
カティの問いには答えず、浮いている彼はカティに問うた。
(……。)
答えられない。
自分がどう思うかは別で、既に事態は進行している。
今ここで、神の僕と思しき者の機嫌を損ねるようなことは、答えられなかった。
(だんまりか。まぁいいけど。……ただ、どうも君達は神の在り方について勘違いしているようだけどね。)
(在り方?)
(君はさっき僕を悪魔のようだと考えていたけど、君達はこれっぽっちも分かってない。)
(っ!……。)
先ほどの自分の思考を読まれていたことに、焦りを感じた。
しかし、彼は続けた。
(いいよいいよ。所詮、君達が僕らを理解できるわけないんだから。)
(……あなたは一体何なのですか?)
カティは慎重に問う。
(それは君が最初に思った通りさ。その点は間違っちゃいない。……そうだなぁ……あまり良い喩えじゃないし、好きな喩えじゃないけど、君達人間は蟻が何を考えているか分かるかい?)
(なっ……。)
蟻と同列。
そう言われて、カティは衝撃を受けたと同時に腹が立った。
(まあまあ落ち着いて。……うーん何て言えばいいんだろうね。少なくとも蟻には意思なんて無いけど、君達はちゃんと意思があるだろう。その点でかなり差はあるけど……。要は価値観が全く違うし、また、ぼくらは君たちに対して何も思うところはないんだ。君達も蟻に対して、気にかけることなんてないだろう。それと同じさ。)
(……ではなぜあなたは人間を助けるようなことを?)
勇者召喚なんていう古の伝説が、現実とならなければ、人類は緩やかに滅亡するはずだった。
彼の言葉を借りれば、人類が滅んだところで“何も思うところはない”はずだろう。
(それで、先ほどの話だ。君は蟻が、人間の言葉でコミュニケーションをとってきたらどうする?面白いと思うだろう。)
(……面白いかは別として、興味をひかれるのは間違いありません。)
(過去には個人の素質からぼくたちと会話ができる者はいた。だが、今回は違う。技術として僕と会話する方法を得たんだ。それが、偶然にしろ、何にしろ、面白く、素晴らしいことじゃないか。……だから今、君と会話しているのも面白いからだし、また、面白いことを何遂げた君達へのサービスというものだよ。)
(……気まぐれですね。)
(気まぐれはぼくたちの特権さ。……おっと、もうそろそろかな。姿を見せているとはいえ、素でぼくの気配に気付けるのは中々だ。しばらくはこの礼拝堂にいるから、何かあったらまた訪ねてくるといい。…………おや、本当に面白いなぁ。そう来るか。)
(何か?)
(すぐ分かるさ。)
ハハと、朗らかに笑い、神の僕の気配が消えた。
同時に、礼拝堂の中心が光出す。
その光が礼拝堂全てを白く染め、そしてそれが収まるころ、何も無かったところに人が倒れていた。
2人。
黒髪の、若干のあどけなさを残した青年が1人。
同じく黒髪に、メガネをかけた若い女性が1人。
「「「えっ?」」」
場が騒がしくなる。
召喚される勇者は1人のはずで、実際そのつもりで準備を進めてきた。
しかし、実際に召喚されたのは2人である。
カティには、これが神の僕の言った“本当に面白い”ことだと見当がついたが、他の者は知るはずがない。
周囲では、
「どちらが勇者なのか。」
「まさか失敗では?」
「いや、神がもう1人くださったのだ。」
などと、慌ただしい。
ようやく静まったころ、当代の賢者である老いたエルフがゆっくりと、しかしどこか困惑しながら口を開いた。
「神の僕様によると……勇者様は男性の方のようだ。確かに気絶しているようだが力を感じる。……一方の、女性は事故のようなもので、巻き込まれた形になったようだ。こちらはあまり力が感じられない。神の僕様曰く、“両方とも好きにしたらいい”とおっしゃっていたが……。」
シン、と静まる。
どうすれば良いか、咄嗟に出ないようだった。
しかし、数秒後、王国の重臣が発言した。
「この女性も魔王討伐に行かせたらどうか。」
ざわ、とにわかにざわつく。
“あまり力が感じられない”と、当代の賢者に断定された女性。
それを行かせるということは、すなわち……
「囮である。」
重臣は悪びれない。
確かに、“勇者召喚”は何度もできるわけではない。
今回消費した魔力は、年単位を待たなければ回復しないという。
各種族より集められた、魔力量の高い者たちの代わりなど、すぐに準備出来るものではない。
必死なのだ。
魔王討伐の成功確率を上げるためには、異界の小娘の命1人くらい……。
この場の誰もが、そう考えていた。
しかしやはり、カティは許容できなかった。
だが、この場でそれを言ったところで、何か変わることが無いのも理解していた。
カティがどうしようかと思案しているうちに、話は進む。
「しかし、2人目の勇者の随行員はいかがいたそうか……。」
人間代表である、オニルミア国王が各種族代表に問いかける。
だが、反応は良くない。
「私達エルフは、最高戦力である姫を出し、しかも召喚で多くの者が魔力を失った。……領土防衛を考えるとこれ以上は……。」
「我々ドワーフもだ。我々は同時に武器の生産も行っている。今でもギリギリなのだ。これ以上は、武器の供給が滞る。」
「獣人連盟も一緒だ。これ以上の戦力を出すとなると、穀倉地帯を失うことになりかねない。」
カティは怒った。
確かに、彼らの言うことも分かる。
だが、あまりにも自分勝手ではないか。
――隷属魔法によって逆らうことも許されず、それでいて囮として行って来いなどと。
――準備万端の勇者についても反対であるのに、巻き込まれた形の少女まで死にに行けなどと。
あまりにも理不尽ではないか。
だから、カティは声を上げた。
「ならば、私が行きます!」
場の注目が、一斉にカティに集まった。
「黙れ下郎!貴様のような者が発言して良い場でないわ!」
今は各種族代表が話している場。本来ならば、一武官であるカティに発言は許されない。
故に叱責された。
しかし、それに待ったをかける者がいた。
「貴公は、オニルミア王国騎士団の副団長代理に任命された。カティ・サーラークだな。」
オニルミア国王であった。
「はっ!御無礼を致しました。しかし!」
「分かっている。……貴公は、自分の言ったことが何を意味するか理解しているのか?」
「……ただで死ぬつもりはございません。しかし、我がオニルミア王国騎士団の教えの通り、使えるものは悉く使い尽くし、生きて……いえ、魔王を討伐して帰って参ります!」
「ふむ。」
オニルミア国王は沈黙した。
彼はカティを知っていた。
黄金の素晴らしき髪を持つ、若き騎士。
家柄、容姿、人柄、全てが優れた、次代の筆頭騎士。
実力も、騎士団の最高戦力である副団長に僅かに及ばない程ということを、自らの目で確認している。
まさしく“神に愛された騎士”。
それを死地に行かせるのを、ためらった。
しかし、他に候補が思い浮かばないことも事実。
この後、勇者が無事に魔王を討伐した後の世では、必ず人々の希望の象徴になる人物。
むざむざ死なせるわけには――いや、“神に愛された”と形容される彼ならば、現状、神の僕に助言受けているこの世界では、何かやってくれるのではないか。
国王は、しばし思案し、ついに口を開いた。
「……いいだろう。ただし、他に随行員は付けられない。……オニルミア王国騎士団が示す通り、使えるものは使って生き延びるが良い。」
「はっ!承知いたしました!」
認められたが、カティの心は晴れない。
彼も騎士団員。魔族と戦ったことは1度や2度ではなく、その恐ろしさをよく知っていた。
それらを実力未知数の少女と2人で、その親玉を倒しに行くのである。
――“神の僕”とやらに頼ってみるしかないのか。
未だ寝ている少女を見ながら、カティは思った。