↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/36

第一日 徳島・室戸岬 1/6

https://tan018587.studio.site/

こちらのページに物語の舞台となった各所の写真を載せています。


 船が徳島港へ入ったのは十時半ごろだった。河口のような海のような水域を徐行し、とある埠頭《ふとう》へと船体を横付ける。

 ゴールデンウィーク二日目。瀬戸内海と太平洋の中間にあたる紀伊水道は波もそれほど高くなく、中型のフェリーでも揺れは少なかった。

「ここが四国か……」

 甲板に出ていた乗客が船内へ流れていく中、渚《なぎさ》は係留作業を見物していた。船首の方から先端が輪になった縄が投げられる。埠頭で待機していた職員のおっちゃんは、コンクリートから頭を出している錆びたボラードへそれを引っ掛けた。

 一連の作業を見届けてから、渚も船内へ戻り下船の準備をする。


 和歌山港を出てから二時間、かくして渚は四国の地を踏んだ。

 意気揚々と走り出すほかのバイクを横目に見ながら、渚は接岸した船と逆方向に回り込み、ターミナルビルの正面へ愛車のクロスカブを停める。スマホを確認すると、あと少しで到着するという旨の連絡が来ていた。

「もう約束の時間過ぎとるやん……」

 数分その場で佇《たたず》んでいたが、待ち人はなかなか現れない。ため息をついて建物に入ろうとしたところ、向こうから見覚えのある赤い車体が近づいてきた。

「うーす」

 気の抜けた声とともに軽く左手を上げたそいつこそ、渚の姉、楓《かえで》だった。

「遅いやんけ」

「ほら、ウチって宮本武蔵を師と仰いどるやろ」

「アホか」

 待ち合わせの相手を苛立たせるのが目的なら、それは見事に達成されている。

 楓はクロスカブの隣にハンターカブを停めた。

「渚も大《お》っきなったな」

 ほぼ同じ背丈の姉は、弟を見下ろすように踵《かかと》を浮かせた。

「親戚のおっちゃんみたいなこと言うなや。つーかもう伸びへんから」

「おっ、アンタのカブちょっとグレードアップしとるやん」

 楓は目尻の下がった瞳を見開いて、クロスカブのサイドバッグへ視線を注ぐ。

 リアキャリアに陣取るは、大きなシートバッグ。だがそれだけでは心もとないと、此度《こたび》のツーリングのためにサイドバッグを設《しつら》えた。リアタイヤの上半分を両側から挟むような位置取りになっている。

 小ぶりで安価な布製だが、その分ある程度雑に扱える。特に濡れたままのカッパをそのまま突っ込めるのは便利だ。

「ああ、これで積載量上がったで。でもサイドバッグだけやなくて、ステーも付けなあかんねんな。思ったより金かかったわ」

「ステーなかったら最悪タイヤに巻き込まれるとか言うしな。そら付けるべきやろ」

 楓は二台並んだカブを交互に見る。

「まあそれでもウチのハンターには及ばんやろけどな」

 巨大なリアボックスを据《す》え付けた楓のハンターカブ。郵政カブ御用達《ごようたし》のボックスを白く塗り替えただけのような、最大容量148リットルという代物だ。

「さてと……とりあえずは徳島ラーメンやろ? アンタの腹はどんな具合なん」

「空いとるよ、姉貴みたいに酔わへんかったから」

 去年の北海道ツーリングでフェリーに乗ったとき、酔い止めを忘れた楓は地獄を見ていたのだ。

「いや、二時間ぽっちの航海でそんな顔されても……」

 いうほど得意げな顔になっていたのだろうか。潮風に吹かれていた頬に手を添え、筋肉をほぐすように撫でてみる。

「店は決まっとるんやろ? 先導頼むで」

「おう」

 一度脱いだジェットタイプのヘルメットをかぶり直す。北海道では楓がほぼすべての目的地やルートを決めていたが、その役割を今回は渚が担うことになっていた。


 港をあとにした二人は、街の中心部を西へと突っ切り線路を越える。前もって調べていた名店「いのぶた」に到着したのだが。

「うわあ、いっぱいやん」

 まだ昼時に差しかかったばかりだというのに、すでに駐車場は埋まっていて、順番を待つ客が店の前で列をなしている。四国に上陸後三十分にして、この行列に並ぶ気にはなれなかった。

「がーんだな…出鼻をくじかれた」

 肩を落とす渚に、楓はいつもと変わらぬ口調で言った。

「ここって界隈で一番有名な店やろ? しかも本店なんやからそうなるわな」

 気をとり直してスマホを開き、ほかのラーメン屋を探す。幸い大通り沿いに数軒がヒットし、その中のひとつへ向かった。駐車場へカブを停め、大通りの往来を前にして渚は言った。

「徳島ってイマイチ具体的なイメージ湧かんかったけど、わりと人多いよな」

「いやいや、この中のどんだけが地元民でどんだけが旅行者か分からんやん」

「あ、確かに」

「しかもここらは一番栄えとるとこやろ? なんせ日本三大秘境のひとつがあるとこやで、徳島ってのは」

「ああ、祖谷《いや》とかいうとこな」

 店は混雑していたものの、待つことなく席に座れた。二人して徳島ラーメンの大盛りを注文する。

「チャーシュー増しやなくてええの?」

 てっきり姉も空腹かと思っていたが。

「今朝早起きしてうどん二軒回ってきたんよ」

「うどん二杯食ってさらにラーメン大盛り? ぱないの!」

「大喰いにして早喰いにして早死にのウチやからな」

「命日には二郎を供えたるわ」

「いや死ぬ前に止めろや」

 楓は昨日神戸から高松へ渡り、香川県内のキャンプ場に泊まっていたらしい。

 この旅の下調べをしていて驚かされた。香川のうどん屋は早朝から営業し、昼過ぎに店を閉めるというところも多いのだ。それゆえここへ来る前に讃岐《さぬき》うどんをハシゴするというのも十分可能となる。

「お待たせしました、徳島ラーメン大盛りになります」

「いただきます」

「いただきます」

 一度目を閉じ手を合わせた。

 茶色の濁ったスープをレンゲですくう。それを口へ運ぶ間にも、目は豚バラに奪われていた。徳島ラーメンの最大の特徴ともいえるのが、この甘辛く煮た豚バラ肉だろう。単体でも十分に旨いが、麺と一緒に噛みしめることでさらなる味のハーモニーが楽しめる。

 半分ほど麺を平らげたところで、スープに浮かぶ生卵に意識が向かった。

「この卵はどのタイミングで潰せばええんやろ」

「んー……むしろ潰さずにそのまま飲むんもありちゃうか」

「えっ、それはさすがに……」

「でも潰してしもたら、貴重なタンパク源がスープに流出するわけやん? スープ全部飲まへん限りそれは回収できんやろ」

 確かに、旅においてタンパク質はどうしても不足しがちだけれど。

「気持ちは分からんでもないけど微々たる量やろ? さすがにケチすぎへんか」

「ケチちゃう、エコやエコ。こういう些細な問題と真剣に向き合っていくことで、SDGsの達成、延《ひ》いては世界平和に繋がるんちゃうかな」

「何言うとんの……」

 もっともらしい顔で語る楓に、渚は呆《あき》れながらも卵を丸のまま口に含む。

「「ごちそうさんでした」」

 少々のスープを残して席を立ち、会計を済ませて店を出た。国道55号を走り、阿南《あなん》市内で一度県道へと折れる。後ろを行く楓が西の方角を遠く見遣りながら尋ねた。

「この辺り右へ曲がったらスーパー林道やろ」

「せやな」

 剣山《つるぎさん》スーパー林道。全長87キロにも及ぶ日本一の林道である。そのほとんどが深い山の中を走る未舗装路であるため、二人が挑戦するには少々ハードルが高い。たとえオフロード車に乗っていたとしても、ツーリング経験の乏しい者が、電波も入らないような山奥を延々と走るというのはさすがに危険だ。

 だがもちろん興味がないわけではない。走破できるとは初めから考えていないが、最初の数キロだけでも走ってその片鱗を体験したいという気持ちはある。

「スーパー林道をパスするってことは……結局アンタは海メインのルートを選択したわけやな」

「まあそんなとこやわ」


注釈というか補足というか

・クロスカブ……本田技研工業の原付バイク。スーパーカブをカジュアルにしたようなデザインで、街乗りもツーリングもこなせる。50ccと110ccのものがあるが、渚の愛車は後者。

・ハンターカブ……クロスカブをより頑丈にしたような原付で、少々の悪路ならば難なく走破できる。排気量は125ccで、クロスカブよりもトルクが太くパワフル。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。