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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第32章:理(ことわり)の揺らぎ

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第一種生活結界が「存在しなかったこと」にされるという、偽りの奇跡に沸き立つ第十三研究所。研究員たちが歓喜の声を上げ、互いの肩を叩き合う喧騒の中で、広間の一角に設置された超高精度魔力走査(スキャン)装置 ── 『理(ことわり)の天秤』だけが、異質な不協和音を立てていた。


「……待て。結界の消去ログの裏に、別の波形が混じっている。……これは何だ?」


一人の若き分析官が、走査装置のコンソールに表示された異常な数値に、顔を強張らせた。彼の視線は、結界が消えた座標ではなく、その数メートル後ろに佇むアレン・ヴァルグレイの一行へと注がれていた。


アレンは漆黒のコートの襟を正し、無機質な瞳で装置を眺めていた。アレンを中心に、リィナ、セリス、サツキが、一分の隙もない配置で立っている。彼女たちはただ静止しているように見えたが、走査装置が捉えたのは、四人の個別のバイタルデータではなかった。


「……ば、馬鹿な。四人の魔力波長が、完全に……一つのシステムとして拍動している……!?」


モニターに映し出された波形は、現代魔術が定義する「個の独立」を真っ向から否定していた。そこにあるのは、重厚で深淵なアレンの魔力圧を核とし、三人の誓導者がその「余白」を完璧に補完し合う、幾何学的なまでに整えられた円環。


ドクン、ドクン、ドクン ──。


走査装置のスピーカーから、四人の魂が奏でる《三拍子の鼓動》が、物理的な衝撃を伴って室内に漏れ出した。それは音楽でも、術式の駆動音でもない。生きた魔力が、互いの領分を侵さず、かつ寸分の狂いもなく溶け合うことで生じる、理(ことわり)そのものの拍動であった。


「トラヴァンが提唱する『均質化』など、これに比べれば児戯に等しい……。あちらは法と技術による『強制的な凪』だ。だが、これは……魂レベルでの『完全な調律』ではないか!」


主任研究員が、弾かれたようにコンソールへと駆け寄った。彼の瞳には、先ほどまでの全能感に代わり、文明の前提が足元から崩れ去るような、学術的な戦慄が宿っていた。


魔力循環誓約(オース)によって結ばれた四人の回路。それは、国家が予算を投じ、数千人の魔術師を同期させても到達し得ない、生命の共鳴による最終形態。装置が弾き出す「同期率:計測不能」という文字列が、絶望的なまでに点滅を繰り返す。


キィィィィィィィィィィン!!


突如、走査装置の回路から激しい火花が散った。アレンたちの放つ「同期の密度」が、セレノアが誇る最高精度デバイスの許容容量(キャパシティ)を物理的に食い破ったのだ。装置の奥底から焦げ付いたオゾンの臭いが立ち込め、ホログラムパネルがノイズを吐き出しながら次々と暗転していく。


「測定器が……焼き切れた……? 現代魔術の定規では、彼らの『安寧』すら測ることさえ許されないというのか……」


分析官は、煙を上げる装置の前に力なく膝を突いた。彼らが信じてきた「数値化できる真理」が、アレンという深淵がもたらす「理外の絆」を前に、塵となって霧散した瞬間であった。


その光景を、リィナ・フェルウェンは自身の胸元にそっと手を添えながら見つめていた。彼女にとって、この《三拍子の鼓動》は特別な現象などではなく、日々の暮らしの中で自然と積み重なってきたものであった。それがこうして、セレノアの学者たちの前で「計測不能な奇跡」として扱われることに、彼女は複雑な戸惑いを覚えずにはいられなかった。


「……アレン様。……皆さんが、わたくしたちの鼓動をこんなにも驚いていらっしゃいます」


リィナの呟きには、誇らしさよりも、むしろ静かな困惑が滲んでいた。セリス・ヴァレンティアは、その隣で凛とした表情を崩さぬまま、崩れゆく測定装置を見据えていた。


「……数字にできないものを前にして、狼狽える姿は滑稽ですけれど……。わたくしたちにとって、これは特別なことではありませんもの。日々、当たり前のように積み重ねてきたものですわ」


セリスの言葉には、誇りと同時に、この場の異様な熱狂への冷ややかな距離感が込められていた。


サツキ・ハートフィールドは、測定器が自壊する様を武人としての沈痛な面持ちで見届け、理外の絆を測ろうとした者たちの末路を、ただ静かな呼吸と共に自身の内に刻んでいた。


アレンは、機能停止した装置を一瞥すると、温度を欠いた瞳で学院長アウレリアへと向き直った。


「……アウレリア院長。言ったはずだ。あなたたちの定規では、俺の空気は重すぎる、と」


アレンの極低温の独白が、装置の冷却ファンが止まった後の、墓場のような静寂を硬質に打った。


三人の誓導者は、主の言葉に呼応するように、静かな、しかし抗いようのない威圧を伴って歩み出した。

知の最前線と謳われた第十三研究所。そこには、自らの知性が届かない「真実」を突きつけられた、学者たちの魂の呻きだけが重く沈殿していた。焼け焦げたオゾンの臭いが漂う室内で、先ほどまでの歓喜の声は跡形もなく消え失せ、研究員たちはただ、崩れ落ちた測定装置の残骸を、呆然と見つめ続けるしかなかった。


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