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白大理石の幾何学模様が地平まで続く、セレノア魔術学院・第一大演習場。上空には、演習場内の魔力密度をミリ単位で監視する静止ドローンが等間隔で浮遊し、その青い監視孔が地表を冷徹に走査している。空気は高度な空調システムによって常に一定の酸素濃度と湿度に保たれ、そこには探求心という名の、研ぎ澄まされた傲慢さがオゾンの臭いと共に漂っていた。
学院長アウレリアとの邂逅を終え、一行を待ち構えていたのは、セレノアが誇るエリート集団「学術騎士団」の精鋭たちであった。彼らが纏う白銀の魔導鎧には、セレノア産最高精度の伝導回路が血管のように這い、その手元にあるアーク・リンクのモニターには、先ほどアウレリアが観測した「アレン・ヴァルグレイの解析不能ログ」が、未定義のエラーコードとして無機質に点滅している。
「──エラー値:未定義。なるほど、これが噂の零番の正体か。単なる計器の不整合を、神格化して触れ回っているわけだ」
騎士団の先頭に立つ青年、副団長ヴィクトールが、手元のホログラムパネルを吐き捨てるように消去した。彼の背後に控える騎士たちからも、隠しきれない嘲笑の混じった魔力波長が、冷たい風となって一行を叩く。彼らにとって、最高精度の監視網で定義できない存在とは、超常の力ではなく「計器の故障」あるいは「不完全なノイズ」に過ぎなかった。
「アウレリア院長の《理象視》をもってしても、座標が『空白』として記録された事実は重い。だが、それは貴公が強いという証明にはならない。……欺瞞だ。何らかの物理的な手段を用い、魔力波長を撹乱してセレノアの観測技術を愚弄しているに過ぎない」
ヴィクトールの言葉は、学術国家としての自尊心を盾にした、剥き出しの不敬であった。エリシア公女王の数歩後ろで、アレン・ヴァルグレイは、騎士たちの放つ剥き出しの不敬を、道端の石礫を眺めるような無関心で受け流した。 彼の周囲では、溢れ出した漆黒の魔力圧が陽炎となって立ち上り、演習場の精密に管理された大気を物理的な質量で沈み込ませている。だが、その背後で、静かな、しかし底冷えするような憤怒の波長が弾けた。
「……仰いましたわね、副団長殿」
一歩、前へ踏み出したのはセリス・ヴァレンティアであった。彼女の青い瞳には、かつて自身が志した理論を「無知の隠れ蓑」に変質させた者たちへの、峻烈な軽蔑が宿っている。セリスは公女王エリシアに無言で一礼し、許可を求めるまでもなく騎士団へと向き直った。
「アレン様の理を理解できぬ自らの知性を棚に上げ、それを波長撹乱と断じる……。その傲慢こそが、現代魔術が陥った最悪の停滞ですわ。……わたくしが、わたくしのマスターの理を、その身体に直接叩き込んで差し上げますわ」
セリスの言葉に、騎士たちの間に殺気を含んだどよめきが走った。リィナ・フェルウェンがアレンの傍らで自身の袖口をぎゅっと握りしめ、対立が孕む不快な不協和音に耐えている。サツキ・ハートフィールドは、主の斜め前方で重心を微塵も揺らさず、演習場を囲む騎士たちの配置を冷徹に射抜いていた。
「ガルディアの令嬢か。……面白い。理論なき妄信がいかに脆いものか、セレノアの理を以て証明してやろう」
ヴィクトールが右腕を掲げると、演習場の巨大な魔石炉が唸りを上げ、戦闘開始を告げるブザーが硬質に響き渡った。アウレリア院長が静かに見守る中、演習場には最新の対消滅障壁が青白いグリッドとなって展開されていく。
その光景を、アレンは無機質な瞳でただ見つめていた。彼にとって、この不敬な挑発そのものは些末な出来事に過ぎない。だが、その奥に潜む「規格」への盲信という現象こそが、トラヴァンが世界に撒いた毒の残滓であることを、アレンは冷徹に見抜いていた。学術国家であるはずのセレノアの騎士たちでさえ、既に「計測できないものは存在しない」という、危うい規格化の思考に片足を踏み入れている。それはトラヴァンが直接手を下すまでもなく、世界そのものが自ら均質化へと歩み寄っていく、静かな侵食の一形態であった。
「……セリス。手間をかけるな。……三分で、その定規を叩き折ってこい」
「……御意。アレン様」
アレンの極低温の号令を受け、セリスの魔力循環が鋭利な加速を開始した。彼女は歩を進めながら、騎士たちの剥き出しの不敬を凛とした一瞥で撥ね除け、学徒としての驕りを捨てきれぬ彼らに対し、静かな、しかし峻烈な演算を自身の内で加速させていった。振り返らずとも、背後にアレンという確かな理が控えているという事実だけが、彼女の足取りに一切の迷いを許さなかった。
演習場を囲む観客席には、セレノアの若い研究者や学生たちも数多く詰めかけていた。彼らの多くは、学術騎士団の実力を疑うことなく、むしろこの一戦を「理論の正しさが証明される瞬間」として、興味津々な眼差しで見守っている。その無邪気な期待の眼差しの群れもまた、規格という名の凪に包み込まれた一つの光景として、アレンの視界に静かに映り込んでいた。
学術の都が誇る「正解」と、理外の零番がもたらした「真理」。その決定的な乖離を証明するための、葬送の儀式が幕を開けようとしていた。アレンは腕を組むことも、視線を逸らすこともなく、ただ静かに、これから展開されるであろう不協和音の顛末を見据え続けていた。




