24-13
お披露目試合が幕を閉じた闘技場には、未だに肌を刺すような熱気が渦巻いていた。四人の特級魔軌士を「剣一本」で完封した理外の英雄。その圧倒的な余韻に、観客席の騎士たちは言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くしている。石畳に落ちた午後の光が、静まり返った場内をゆっくりと照らし続けていた。
アレン・ヴァルグレイは、返り血一つ付いていないショートソードを鞘に収めた。刃が鞘へと吸い込まれるように収まる乾いた音だけが、静寂の中に短く響く。リィナ、セリス、サツキを伴い、彼は貴賓席に鎮座する王の方へと歩み出る。四人は玉座の前で足を止め、国王ヴァルガン・アグニスへ深く礼をした。
「……見事であった、アレン殿」
ヴァルガン国王は、満足げに、そしてどこか戦慄を含んだ面持ちで頷いた。その短く、重い一言。一国の王をしてそれしか言わしめぬほど、今日のアレンの武技は衝撃的だったのだ。玉座の肘掛けを握る彼の指先には、まだ拭いきれない緊張の色が残っていた。
アレンたちは静かに会場を後にした。背後では、ようやく現実に引き戻された騎士たちのざわめきが、津波のように広がっていくのが聞こえた。誰かが小さく息を吐く音、鎧の擦れる音、そして遠くから響く困惑混じりの囁き。それらすべてが、闘技場の出口へ向かうアレンたちの背中を追いかけてきた。
王都アグナードは夕陽の赤に、溶鉱炉の熱光が混ざり合う独特の琥珀色に染まっていた。
──ズゥン、シュゥゥゥッ!! ズゥン、シュゥゥゥッ!!
それは、街全体が巨大な軍需工場のように鼓動し、大気を震わせる重厚な金属音が「武の国」の心音として絶え間なく響き渡っている。石畳を歩く四人の足音さえ、その規則正しい駆動音にゆっくりと呑み込まれていった。
「……この街、ほんとに武の国って感じだな。空気がずっと震えてる」
サツキが感銘を受けたように周囲を見渡した。建物の壁面には、騎士団の戦績を表示する巨大なホログラムディスプレイが踊り、風に乗って濃厚な煤煙と焦げた鉄の匂いが流れてくる。彼女の視線は、遠く立ち並ぶ煙突の輪郭を追い続けていた。
「鍛冶の音が機械の鼓動みたいですわ。ガルディアの洗練された魔導工学とはまた違う、荒々しい力強さを感じますわね」
セリスはレイピアの柄に手を添え、気品ある仕草で頷いた。アレンは彼女たちの会話を背中で聞きながら、規則正しいピストン音の中に潜む「危うさ」を肌で感じ取っていた。夕陽に照らされた煙突群の影が、街路の上に長く、歪んだ形で伸びていた。
(……この音の大きさは、慢心の裏返しだな。武への偏重が、魔術の多様性を失わせている)
その内心の呟きは、誰にも聞かれることなく、彼の胸の内だけに静かに沈んでいった。
一行は、王都最高級の『ヴァルシオン・ホテル』へと到着した。魔力遮断壁を完備した特級魔軌士専用スイートが用意されているその場所で、チェックインの手続きを済ませる。フロントの照明が、旅装のアレンたちを柔らかく照らしていた。だが、アレンは温度を欠いた声で告げた。
「……リィナ。年間契約はしない。今回は単発の宿泊だ」
リィナは頷くと粛々と対応を済ませた。その手つきには、深く問い返すことのない、静かな信頼が滲んでいた。
「アレン様、年間契約はよろしかったのですか?」
リィナがエレベーターの中で小声で尋ねる。扉が閉まり、上昇する箱の中に微かな駆動音だけが響いていた。
「……この国、しばらくは様子見だ」
アレンは無機質な扉に映る自分の顔を見つめた。その冷徹な判断に、セリスとサツキも表情を引き締めた。誰もそれ以上言葉を重ねることなく、四人はしばらく沈黙のままエレベーターに揺られていた。
ホテルの最上階。完璧な防魔結界に守られた室内で、アレンはソファに深く腰掛け、三人の誓導者を前に今日の試合を振り返った。窓の外には、依然として溶鉱炉の赤い光が夜の帳を焦がしている。
「サツキ。お前が見た通り、彼らの剣は『魔術の補助』でしかない。属性を纏わせる速度に頼り、刃そのものの理が疎かになっている」
「……はい。アレン様の剣を前にした彼らは、まるで静止しているかのようでした。魔術による強化が、かえって純粋な武の練度を曇らせている……。今日の戦いは、私にとっても新たな地平を見せてくれました」
サツキの言葉に、リィナが不思議そうに首を傾げた。彼女は膝の上で両手を組み、真剣な眼差しをアレンへと向けている。
「アレン様のあの剣……魔術を一切使わなかったのに、どうしてあそこまで圧倒できたんですか?」
「俺にとっては、剣しか使えない世界があっただけだ」
アレンは左腰の《白緋》を一瞥した。指先が鞘の表面をそっと撫でる。第一召喚の時代──魔力が一切なかったあの頃、生き残るために刃の軌道を極めるしかなかった記憶が、静かに脳裏をかすめる。その記憶の重みは、言葉にすることもなく、彼の視線の奥にだけ静かに沈んでいた。
「理外の魔術に、世界最高峰の武技。本当に底が見えませんわね」
セリスが呆れたように、けれど誇らしげに微笑んだ。窓辺から差し込む赤い光が、彼女の金の髪を淡く照らしていた。アレンを中心にした魔力循環は、今や完璧な「三拍子の鼓動」を刻んでいる。リィナの「防御」、セリスの「攻撃」、サツキの「安定」。三つの楔に守られた英雄は、武の国の夜を、静かな信頼の中で過ごす。
窓の外では、街全体を包む金属音が、変わらぬ調子で鳴り続けていた。その荒々しい鼓動と、室内に満ちる四人の穏やかな沈黙とが、あまりにも対照的な対を成していた。溶鉱炉の光が時折強まっては弱まり、天井にゆらゆらと揺れる赤い陰影を落とし続けていた。誰も口を開かぬまま、ただソファに深く腰掛けたアレンの傍らに、三つの気配が静かに寄り添っていた。




