24-11
次鋒戦の衝撃が闘技場を支配し、観客席の騎士たちの間には、熱狂を通り越した「困惑」が波紋のように広がっていた。二人の特級魔軌士を、術式すら使わずに完封した理外の青年。その圧倒的な実力を前に、アグニス騎士団の陣営から三人目の男が重い足音を立てて進み出た。石畳を踏むその歩みには、これまでの二人とは異なる、冷静な自負が滲んでいた。
魔軌士No.19、オルディン・フェルドレイン。豪快な重火力を良しとするアグニスにおいては珍しく、精密制御を真髄とする槍使いである。彼は手にした長槍を鋭く旋回させると、石畳を叩いて中段に構えた。穂先が陽光を弾き、鋭い一条の輝きを描いた。
「剣技はなかなかやるようだな。……だが、リーチが違う俺相手に、その短剣でどこまで踏み込めるかな?」
オルディンの挑発的な視線に対し、アレン・ヴァルグレイはショートソードを無造作に下げたまま、淡々と応じた。
「……サツキよりましなら、いいんだがな」
「抜かせッ!!」
アレンの乾いた一言が、オルディンのプライドに火をつけた。
ゴゴゴゴゴッ……!!
オルディンの背後から、炎と土が混ざり合う、重厚かつ精密な魔力圧が立ち昇る。それはアグニスの「武」の中でも、一針の乱れも許さぬ鍛錬を積み上げた者だけが放てる、研ぎ澄まされた殺気であった。周囲の砂塵が、その圧力に押されるようにわずかに舞い上がった。
「始めッ!!」
審判の合図と同時に、オルディンが爆発的な踏み込みを見せた。長槍のリーチを最大限に活かした、超高速の連撃。穂先が紅い閃光と化し、アレンの喉元、心臓、眉間を正確無比に穿ちに行く。
「槍の間合いに、剣では踏み込めんぞ!」
オルディンの咆哮と共に、変幻自在の槍術が繰り出される。突き、薙ぎ、払い。アグニス騎士団副将としての矜持を乗せた一撃一撃が、アレンを死の圏内へと閉じ込めようとする。石畳を穿つ穂先の残像が、幾筋もの軌跡となって空間に刻まれていく。
だが、アレンは揺るがなかった。彼は最小限の足運びで穂先をかわし、手にした黒い刃を僅かに動かすだけで、槍の全攻撃を「寸分のズレもなく」いなしていく。
──キィン、カカッ、キィィン!!
火花が激しく散り、鋼のぶつかり合う乾いた金属音が連打となって闘技場に反響する。観客の目には、槍の猛攻を短剣一本で凌ぐ「奇跡的な高速戦闘」に見えていた。だが、最前列で見守るサツキ・ハートフィールドは、その「異常性」に息を呑んでいた。
「…………嘘でしょう」
サツキの呟きは、誰の耳にも届かないほど震えていた。同じ長柄武器を扱う武人として、彼女には見えていたのだ。アレンは「凌いで」いるのではない。オルディンの槍の軌道を完全に読み切り、最適な位置に「剣を置いて」いるだけなのだと。握りしめた自身の指先が、無意識のうちに冷たくなっていくのを感じた。
セリス・ヴァレンティアもまた、冷ややかな青色の瞳で戦況を断じていた。
「……アレン様の剣速、まだ一段も上がっていませんわ」
リィナも小さく頷く。
「ええ。アレン様、今の攻撃を“観察”しています。……相手の精密制御の限界を」
闘技場の中央、オルディンの焦燥は頂点に達していた。
(なぜだ……! なぜ掠りもしない!? 俺の精密制御が、まるで静止しているかのように扱われている……ッ!)
「これでおしまいか」
アレンの声が、嵐のような連撃の隙間に、氷のように冷たく響いた。
槍が一直線に伸びた、最後の一突き。その刹那、アレンが“本気の一欠片”を解放した。
物理法則を無視したかのような、理外の加速。アレンは槍の穂先が胸元をかすめる数ミリの瞬間に、半歩内側へと踏み込んだ。アダマンタイトの黒い刃が、一閃。
──パァァァァンッ!!
金属が裂ける悍ましい破壊音が、静まり返った闘技場に響き渡った。オルディンの手元で、長槍が、穂先から柄の半分までを「縦」に真っ二つに切断されていた。切断された半身が、火花を散らしながら空中で虚しく回転し、石畳の上に転がった。乾いた音を立てて跳ね、しばらく震えるように揺れてから静止した。
「………………な……」
オルディンは、手元に残った半分の柄を握りしめたまま、呆然と立ち尽くした。自身の魂とも呼べる獲物が、ただのナイフのような短剣によって、正面から裂かれたのだ。指先の感触が、まるで他人の手のように現実感を失っていた。
「……槍が、切られた?」
「騎士団の槍は、強化術式で鋼より硬いはずだぞ……!?」
「いや、折れたんじゃない……“裂かれた”んだ。アダマンタイトの刃で、一筋の狂いもなく……」
観客の騎士たちが絶句し、波紋のような戦慄が広がっていく。玉座のヴァルガン国王は、手すりを握る指に力を込め、戦慄を含んだ面持ちで鼻を鳴らした。
「……さすがに、うちの騎士団では無理のようだな。槍を縦に割るなど、もはや魔術云々の話ではないわい」
オルディンの誓導者、セリア・アグナフィールは、震える手で自身の胸を押さえていた。
「……循環が、切れた。武器を裂かれた瞬間に……オルディン様の心が、折れてしまったわ……」
アレンは落ちた槍の破片を一瞥もせず、静かに剣を鞘へと戻しかけ、止めた。漆黒の瞳が、騎士団長レオスが控える陣営を冷徹に射抜く。刃の残る冷たい光沢が、彼の指先の動きに合わせて僅かに揺れた。
「……次で最後か。手短に終わらせてくれ。この街は、少々うるさすぎる」
その平然とした問いかけが、武の国アグニスの自尊心を、カイルやラグナスの時以上に、冷酷かつ徹底的に蹂躙していった。石畳に転がった槍の破片だけが、先ほどまでの激闘の余韻を、静かに、そして無情に物語っていた。観客席には、もはや誰の声もなく、ただ風が吹き抜ける音だけが、乾いた沈黙の中に響いていた。




