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灰色の髪は艶やかな黒銀に変わり、幽鬼のようだった肌は神々しいまでに美しく、濁っていた瞳は美しくも冷酷な黄金の光を放っている。そして何より、彼女の全身から漂う圧迫感――ソル・インペリウムのどの高位魔導士すら足元にも及ばない、途方もない密度の「魔術の気配」。
「な……なんだ、その姿は……? 君は……本当に、アウレリアなのか……?」
「お久しぶりでございますね、ルシウス殿下。いいえ……ただの『ルシウス様』とお呼びするべきでしょうか?」
私の低く、凛とした声が響く。
「な、何を言っているんだアウレリア! 戯言はやめろ! 見るがいい、君を惑わせ、騙していたこの性悪女の姿を!」
ルシウスは振り返ると、地面に転がっているクラウディアの頭髪を掴み、無理やり引き起こした。
「ひぃぃっ! ご、ごめんなさい! ごめんなさいアウレリア様ぁっ!」
ハゲあがり、瘴気の斑点で顔を崩したクラウディアが、涙と鼻水を流して命乞いをする。かつて私を扇の陰から嘲笑い、自らの勝利を誇っていたあの可憐な面影は、どこにもなかった。
「この女が私を騙したのだ! 『光の魔法で瘴気を消せる』と嘘をつき、君を追い払うよう仕向けたのだよ! 私は被害者だ! 私は君を愛していた! 君の犠牲を、ずっと感謝していたんだ!」
「……感謝、ですか?」
私はくすりと微笑んだ。
その笑みには、微塵の温かみも存在しない。極寒の吹雪のような、冷徹な蔑みだけがあった。
「『薄汚い魔女』『煤けた髪のゾンビ』『心まで醜い』……確か、大極光の間で、あなたは私にそう仰いましたわね?」
「そ、それは……! は、はったりだ! 周りの貴族の手前、言わざるを得なかったのだ! 本気ではない! 頼む、アウレリア、やり直そう! 君が戻ってくれさえすれば、私はこの女を今すぐここで切り刻んで君に捧げる! 公爵家の爵位も、奪った財産もすべて倍にして返す! だから……だから、国を救ってくれぇっ!!」
ルシウスは地面に這いつくばり、私の履いている漆黒の革靴に額を押し付け、必死に泥を擦り付けながら乞い願った。かつて「光の王となる」と誇っていた男の、あまりにも無惨で、惨めで、滑稽な姿。
私は、その靴の先で、ルシウスの顎をゆっくりと蹴り上げた。
「ぐはっ!?」
ルシウスが仰向けに倒れ込む。私は彼を見下ろし、冷ややかに宣告した。
「お断りいたします」
「……な、……なんだと……?」
「聞こえませんでしたか? お断りいたします、と言ったのです」
私はドレスの裾をふわりと揺らし、ルシウスから一歩身を引いた。
「私が支えていたのは、ソル・インペリウムという国ではありません。私が愛したと思い込んでいた、幼い頃のあなたという『幻想』です。ですが、あなたは自らの手でその幻想を打ち砕き、私を泥の中に捨て去った。……その選択をしたのは、他の誰でもない、あなたご自身ですのよ?」
「た、頼む……! 許してくれ! 許してくれアウレリアぁぁっ! 国が……国が滅んでしまうんだ! 何万人という民が、瘴気に侵されて死んでいくんだぞ!? 君には……君には慈悲の心というものがないのか!?」
ルシウスが血を吐くような叫びを上げる。
「慈悲?」
私は首をかしげ、不思議そうに彼を見つめた。
「慈悲なら、十分に与えて差し上げましたわ。……数百年間もね」
私の言葉に、ルシウスの顔から血の気が完全に引いた。
「私が地下で一人、全身の骨が軋み、肉が腐り落ちるような激痛に耐えていた数十年間。あなた方は上で何をしていましたか? 華やかな夜会に興じ、私を『気味が悪い』と笑い、私の犠牲の上で咲いた花を愛でていたではありませんか。その『つけ』が、今やってきただけのこと」
私は右手を高く掲げた。
その指先から、圧倒的な密度の漆黒の魔力が噴き出し、空を覆うどす黒い雲と同化していく。サン・ルキフェル要塞の地下深くで溜め込まれていた瘴気が、私の魔力に呼応して、地鳴りのような咆哮を上げ始めた。
「ひ、ひぃぃぃっ!? やめろ! やめてくれぇぇぇっ!」
「アウレリア様! お助けを! お助けくださいぃぃっ!」
ルシウスとクラウディアが、狂ったように叫びながら逃げ出そうとする。
しかし、彼らの足元から伸びた「黒い手」――純粋な瘴気で形成された無数の手が、彼らの足をしっかりと掴み、地表へと縫い付けた。
「アウレリア」
背後から、ハドリアヌスが歩み寄ってきた。彼は私の掲げた手を優しく包み込み、耳元で甘く囁いた。
「もう十分だろう。これ以上、あの腐れ鼠どもに時間を割く必要はない。……行こう、我が愛しき女王」
「ええ……ハドリアヌス殿下」
私は振り返り、ハドリアヌスに可憐な笑みを向けた。
そして、最後に一度だけ、地を這うルシウスに向かって、あの日の言葉を贈った。
「ルシウス様。あなたが私に下さった『追放』という最高の贈り物、心より感謝いたしますわ。おかげで私は、真に私を愛し、正しく評価してくださる方と出会うことができました」
「あ、アウレリア……! 待ってくれ! 待ってくれぇぇっ!」
「――承知いたしました。では、さようなら」
私が指をパチンと鳴らした瞬間。
ズザザーーッ!! という凄まじい地響きとともに、要塞の地下に溜まっていた「本物の深淵の瘴気」の津波が、サン・ルキフェル要塞を、そしてルシウスとクラウディアを完全に呑み込んだ。
「ぎゃああああああああああっ!!」
絶叫は、一瞬でかき消された。
壊れていく要塞と、黒い泥の中で命乞いを続ける元婚約者の姿を、私は二度と振り返ることはなかった。
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数ヶ月後。
かつて『ソル・インペリウム』と呼ばれた光の国は、地図上から完全に消滅した。
溢れ出た深淵の瘴気によって国全土が黒い死の森へと変わり、太陽の光が届かぬ「常夜の領域」へと変貌を遂げたのだ。皇帝も、貴族たちも、身勝手な民たちも、すべては自らが招いた呪いの中で、永遠に泥を啜る存在となった。
そして、世界の半分を統べることとなった『ノクス・インペリウム』。
その戴冠式の日。
眩いばかりの紫銀の光に包まれた大聖堂で、私はハドリアヌスの隣に立っていた。
彼の差し出す黄金の指輪を受け入れ、私は今、真の『常夜の皇后』として世界に降臨したのだ。
「幸福かい、アウレリア?」
ハドリアヌスが、大勢の民からの歓声を聞きながら、私に優しく問いかける。
「ええ、殿下……いいえ、我が陛下。これ以上ないほどに」
私は彼の胸に寄り添い、窓の外に広がる、永遠に美しい紫紺の夜空を見上げた。
かつて私を縛り付けた「偽りの太陽」はもう落ちた。
私を待っているのは、愛する人と共に歩む、永遠で、静謐で、どこまでも美しい『夜』の世界だけだった。




