二節
路肩に車を停め、再生。
何度目?知るか。
『おいお前、俺の子から離れろ!』
『No!』逆。
『近寄るな!』
『No!』逆。
『動くな!』
『No!』逆。
『お前、俺の子に何しようとしやがった!?』
『…………』
『誘拐か!?』
『Yes!』逆だって。
『ふざけるな、ポリス呼ぶからな!おい、動くなって言ってんだろ!!』
『No!』逆なんだよ。
『動くな!』
『No!』分かれよ。
『撃つぞ、撃つからな!止まれ!!』
『No!!』待てって!
銃声。
『……え?』
最後、呆けた父親の声が痛々しい。
「ああ、くそ!」
音声データ。
正確には、息子との散歩風景を撮影していた父親の録画データだ。
駆け出す子供。
角の向こうに消えたのを慌てて追いかける。
続けて角を曲がる。
暗転。
取り落としたのか仕舞い損ねたのか、地面に落ちた後の映像はもちろん役に立たない。
別の現場映像は、と。
これか。
再生。車道を挟んだ向かい側の映像。撮ったのは居合わせた通行人。雑踏の中、音声は拾えていない。
大柄な老人とそのすぐ側に子供、少し離れて角を曲がったところに銃を構えた男性。
小汚い老人が両手を上げている。
呼ばれて、戸惑いつつも子供が老人から離れる。
一瞬、老人が手を下ろそうとする。
が、跳ねるようにすぐまた上がる。
……何か持ってる?
そして、銃声。
周囲が騒然となり。
終了。
………………。
はぁぁぁぁ……。
コメントを流し見る。
ホームレスを野放しにするな。
撃たれて当然。
彼は正しい。
無抵抗だった。
撃つ必要はなかった。
銃がなければ、命は奪われなかった。
1shot kill,it's cool!
賛否両論。皆、自由闊達に言いっ放しを楽しんでいる。
スクロール。
……戻る。
水筒?
浮いたコメントが目に付く。
改めて映像を見る。
確かに、水色の水筒のフタだかコップだかを手に持っている。
荒い絵だが、それと思えばそうとしか見えなくなる。
一瞬手を下ろそうとしたのは、水筒のフタを返そうとしたためか。
抵抗の素振りなんて欠片もない。発言は、問いかけにも行動にもさっぱり噛み合わない。
我が子が危険に晒されている、なんてシチュエーションでさえなければ。
それと思ってしまったらお終いだ。
もう、そうとしか見えなかっただろう。
「撃つわなぁ、そりゃ」
視線を通りの向こうにやる。
一軒だけ、人だかりの出来た家がある。
一般人による子供を守るための銃撃という、センセーショナルな事件。取材陣が殺到するのも無理のない話だ。
「ヒーローインタビューと見せかけての吊し上げ、か。マスコミってのは悪どいね」
あの群衆に紛れたところで、目を引く記事には繋がらない。炎上覚悟で悪目立ちなんて冗談にもならない。
ワイルドカードを手に入れたといっても、それ1枚では勝負にならない。さてどうしたものか。
と。
「そこ、入っちゃダメだぞ」
規制線の向こうを窺う少年。一人で出歩かせていい年頃ではないが。
ちらり。
まぁ、それどころでないのは見て分かる。
「知ってる。おじさん、お巡りさん?」
「まぁそんなところかな」
「ホントに?」
「似たようなもんさ。君の家にもいっぱい来てるだろ?」
「うん。うるさくってヤだ」
「おじさんもうるさいのは嫌いだ、一緒だな。それで、何をしてたんだ?」
「水筒のフタ。おじいさんに渡したまんまなの」
「おじいさん?」
「うん。具合悪そうだったから、水あげたの」
「そっか。優しいんだな、坊主」
「でもパパ、危ないから逃げろって」
「そりゃあ、知らない人と一緒にいたんなら、びっくりしただろうさ」
「パパ、怖い顔。初めて見た」
「坊主のこと、守らなきゃって思ったんだな」
「そうなの?怒られたと思った。違うんだ」
「おじいさんのこと、怖くなかったのか?」
「全然。だから、パパがなんで怖い顔してたのか分かんなくって」
「それはパパがかわいそうだな。坊主、覚えときな。本当に怖い人は、上手に怖さを隠してるもんだ」
「えー、じゃあ怖い人って分かんないじゃん」
「そう。だからパパ、逃げろって言ったろ?」
「あ、そっか」
「そういうことだ。さて、じゃあおじさんはもう行かないと。坊主も早く家に帰りなさい」
「でも、フタ……」
「新しいの買ってくれるさ。帰ったら聞いてごらん」
「うん、そうする。ばいばい!」
少年を見送り、それとなく周囲を見渡す。
怪しまれた様子はなし。不審者扱いされたらたまらない。退散退散。




