一節
「よう、お疲れさん」
「なんだ覗き魔、話すことなんて何もないぞ」
「そう言うなって。ほれ、差し入れ」
缶コーヒーを投げる。
「差し入れってんなら、もう少し上等なのにしてくれ」
しけた面の値を表情でさらに下げて、受付の中年がボヤく。
まぁ、刑務所の受付でおっさんに愛想を振りまかれたところで、だ。向こうもお互い様だろう。
雑談。
近況報告。
愚痴。
口が軽くなり、舌が滑る。
頃合いだろう。
「そういや、あのサンタクロースはどうした?」
「サンタクロース?」
「前に取材しに来たろ?」
「あぁ、あれか」
うんざりした表情。
「今更なんの用だよ」
「上がな。ネタがねぇなら掘り返せ、とよ」
「は。どこも上はろくな事しねぇ」
「で、今どうしてる?」
「知らねぇよ。もうここにはいねぇ。そんだけだ」
「はぁ?刑期まだたっぷり残ってんだろ?模範囚ってガラでもねぇ」
「知らねぇって。なんとかって人権団体が連れてったよ」
「あん?」
「ケアセンターに連れてくんだってさ。半年くらい前だったか」
「なんで」
「知らねぇって。なんか若い姉ちゃんがやいやい言ってたけど、ひとつ残らずさっぱりだったわ」
「若い姉ちゃん?」
「活動家だとよ。若いのは暇で羨ましいわ」
「違ぇねぇ」
「連日面会通いして、終いには団体様だ。俺らを悪者みたいに言いやがって、迷惑ったらねぇよ」
「悪者だろ?」
「ふざけんな、俺らは真面目な社会の犬だ」
一緒にすんな、と周りから野次が飛ぶ。
内輪で盛り上がっている隙に端末をチェックする。ケアセンター。お、これか。
「真面目な犬の邪魔しちゃいけねぇな。そろそろお暇するわ」
「おう。次は酒持ってこい、酒」
「おい、犬の躾がなってねぇぞ」
受付一同の笑いを背に、次の場所へ。
活動家の姉ちゃん、ねぇ。はてさて。
車から降りてケアセンターに向かう。
視界の先で、足早に中へ入っていく若い姉ちゃん。
到着。若い女の怒鳴り声。
あれかぁ。
「だから!どうして!」
「ですから!本人が!自発的に!」
つられて、対応する職員も語気を荒げてしまっている。典型的な収拾のつかないパターン。
まぁ次の展開は予想がつく。
警備員到着。
「アポは?ない?でしたら、改めてどうぞ」
物理的排除。
終了。
そのまま警備員が入口に立つ。まぁ再入場は無理だし無駄だろう。
さてさて。まぁこっちだわな。
「失礼、お嬢さん。もしかして、ジョンの件で?」
「はい?あなたは?」
ケアセンターの外、まだ息の整わない若い姉ちゃんに声を掛ける。
「私、こういう者で」
名刺を取り出し、手に持たせる。
「ジャーナリスト……?」
「以前、収監中のジョン=スミスに取材を試みた者です。……まぁ、上手くいかなかったんですが」
苦笑い。
反応なし。手強い。と思いきや。
「彼のこと、記事にしてくれるんですか?是非協力させてください!」
うわ。
「……まぁ、立ち話もなんですし、あちらのベンチでコーヒーでもどうです?もちろん私の奢りで」
ベンチ脇の自販機を手で示すと、苦笑が返ってきた。よしよし。
先に座らせ、適当に購入。
お気に入りの方を取られた。まぁ仕方ない。
「あ、こちらの方がよかったですか?ごめんなさい」
「いえいえ、どちらも好きに変わりないのでお気になさらず。今の気分がそっち寄りだっただけですから」
息も整い、コーヒーブレイクで気分も落ち着いたようだ。こちらも一口。苦。
「自己紹介が遅れました。私、アンナマリー=ブラウンと申します」
「聞くところによると、活動家の女性がジョンをここに移管させたとか。ひょっとして?」
「そこまでご存知なんですね。はい、私が働きかけました」
「そりゃまたどうして」
「記者さんはジョンさんに取材したんですよね?その、どう……思いました?」
「あー、その、ぶっちゃけていいですか?」
「どうぞ」
「まったくもって、訳が分かんなかったですね。あそこまで会話が成立しなかったのは、後にも先にもあいつだけです」
「そう……ですよね」
「……ミスブラウンは、そうではなかった?」
何度か接見して。
確かに、会話が成り立たないという印象はある。疎まれているのかと思いもした。
でも、彼は聞こうとしている。真っ直ぐにこちらを見て。
嘘やからかいの気配は感じない。
なら。
「私の言ってること、分かりますか?」
「NO」
NOと答えた。ということは。
「どれくらい?」
「…………」
答えない。困ってる。言葉が見付からない?
「たくさん?」
「YES」
これもYES。
「ちょっと?」
「NO」
これはNO。
うぅん、間違ってはない。けど。
「分かってない?」
「YES」
……やっぱり。
「ということです」
「分かって当然て顔されてもですね。それで分かれってのは乱暴ですよ」
「分からないからって、それで見切りをつける方が乱暴じゃないですか。私はそんなのイヤ。だから向き合ったんです」
「向き合う?いや、それは」
……あ?
取材対象に向き合わず、どうやって記事を書けると?
飲み込めない言葉を飲み込む。大丈夫、慣れたことだ。
「……あ、ごめんなさい。記者さんに対して選ぶ言葉じゃなかったですね。ええと、そう、親身になれるかどうか、です」
親身。
あの無愛想なサンタクロースに?
…………。
ゾッとした。
クスクス。
「笑わないでいただきたい」
「ごめんなさい。記者さん、彼が言った単語っていくつ覚えてます?」
「いくつって。YES、NO。……二つ?」
「ええ、私もその二つです」
「連日通ったって聞きましたけど?」
「はい。彼は言葉をきちんと習得できていません」
「…………は?んなバカな」
「そう思います?ですよね、ちゃんと伝えたはずのケアセンターの職員さんでさえ、理解できなかったんです。今の記者さんと同じように」
「だって、YESNOだってろくに」
ハッとする。
アンナマリーの視線が、鋭く突き刺さる。
「そう、YESNOもちゃんと使えていなかったんです。そのまま飲み込んじゃったら、きっと理解できない」
「そんな、まさか」
「確かめました。時間をかけて。彼は彼なりに答えてくれていたんです」
待て。
待て待て待て。
そんなバカな話。
「そんなバカな、って思いますよね」
ギョっとする。
お見通しだ。そりゃそうだ、そんな顔をしてたんだろう。
コーヒーを一気に飲み込む。
苦。
深呼吸。
思い返す。
駄目だ。理解できない。訳が分かる訳がない。
「なんで?」
「はい?」
「どうして、そうだと?」
「言ったでしょう?親身になって、向き合って。それで、です」
「訳分からない、で済ませるのが普通でしょうに」
「それじゃ届かない。なのに、訳が分からないまま一方的に。……そんなの、許せる訳ない」
「……」
「やっとここまで。なのに……」
「……そりゃあ、キツい」
「はい。……はい、本当に。……悔しい」
震える肩に手を置こうとするが、周りの目が痛い。警備員、こっち見んな。
聞きたいことはいっぱいあったはず。だが、整理が先だ。今は何を聞いても滑り落ちる。
「貴重なお話、ありがとうございます」
空の缶をダストボックスに放り込み、その場を後にした。
足早に車に戻る。
早く確かめないと落ち着かない。




