気づいてしまった
「……好きです」
その言葉を、まだちゃんと理解できていなかった。
ーーー少し前。
「山田さん、佐藤さん。このあと職員室に来てください」
HRが終了し、先生が教室から出ていくと、教室は賑やかになる。
教室の奥、まだ席に残っている佐藤さんの姿が目に入った。
「佐藤さん、行こう」
「うん」
彼女は席を立つと、健と並んで歩く。
職員室前に着くと、ノックをし、ドアを開けた。
先生は2人に気づくと手を上げる。
「文化祭の出し物、二人でまとめて欲しいです」
「あと、これもクラスの掲示板に貼っておいてください」
「わかりました」
参考資料と数枚の紙、筒状のポスターを受け取る。
「話はおしまいです。明後日のHRはよろしくお願いします」
先生が軽く笑うと、2人は会釈をし、職員室から出ていく。
「文化祭かー。うちのクラス何するんだろ」
「明後日のHRで決めなきゃね」
「すぐ決まったらいいけど」
教室に戻る。
クラスの生徒は2人を除いて全員帰ったようだった。
「紙貼っちゃおうか」
「うん」
2人は掲示板の前に立つと、渡された紙やポスターを画鋲で貼り付ける。
すぐに貼り終えると、2人は一息つき、視線を合わせた。
「佐藤さん、おつかれ」
「山田くんも」
健はにっと笑うと自分の席に向かい、リュックを肩にかける。
「じゃ、また明日!」
廊下に視線を移そうとした、そのときだった。
「あ、待って!」
背後から、弾くような声が飛ぶ。
健の足がぴたりと止まった。
振り返ると、夕方の光が廊下の窓から斜めに差し込んでいる。
床に長く伸びた影の中に、彼女は立っていた。
「どした?」
彼女はすぐには答えない。
唇をきゅっと結んだまま、視線を落とす。
この場所だけ音が届かないみたいに静かだった。
(どうしたんだろう)
不意に、彼女が顔を上げる。
視線がぶつかる。
その瞳は揺れていた。
でも目を逸らさない強さがあった。
「私、山田くんのこと――」
一拍。
心臓の音だけが、やけに大きく響いた。
「……好きです」
絞り出すような声だった。
最後の一音が、かすかに震えていた。
ーーーー・・・
健はリュックを床に置き、ベッドの上に顔から倒れ込む。
顔に熱が集まる。
(初めて…告白された…)
(誰かに好きって言われるのって…こんな気分なんだ…)
同じ学級委員の佐藤さん。
プリントを配るとき、必ず一言添えてくれる人だった。
(でも…)
胸の奥に重たいものが沈む。
(俺はその気持ちに答えられない)
いつもの2人が頭に浮かぶ。
(断るって辛いなぁ…)
彼女がどんな表情をするのか想像したくなかった。
息を吸って肺を空気で満たし、長く吐く。
健は上半身をゆっくり起こした。
(………)
眉間に皺を寄せる。
(…ん?)
(なんで今…あいつら?)
目が泳ぐ。
(2人は大切な友達だけど…)
(俺の色恋に関係ないよな)
(…あれ?)
口の中に溜まった唾を飲み込む。
(俺にとって2人はーーー)
ーーーー・・・
「おはよう…」
「おはよう…って何その顔」
掠れた声。
健の母は思わず目を見開く。
「どうしたの。顔色悪いよ?」
母は顔を顰めながら、テーブルに朝食を準備する。
「ちょっと変な夢見ちゃって…」
椅子を引いて、腰掛ける。
「今日学校行けるの?」
「なんとか…」
健は皿の上に置かれたトーストを片手に持ち、一口かじる。
咀嚼し、飲み込もうとするが、なかなか喉を通らない。
「…ごめん、今日朝ごはん入らないや…」
「……」
母は健の額に手を当てる。
「熱はないわね」
「ただ、寝れなかっただけだから…」
健は大きなあくびをすると、席を立つ。
「顔洗って着替えてくる…」
リビングのドアがパタンと閉まる。
「大丈夫かしら…」
健の母は小さくため息をついた。
ーーーー・・・
身支度を済ませ、家を出る。
空は青く、流れる雲の隙間から差す光がやけに眩しい。
(結局…よくわかんなかった)
初めての告白から、自分への違和感。
(ダメだ、考えれば考えるほど…)
胸の奥がつっかえる。
気づけば、学校の門を通り過ぎていた。
「おはよー!健!」
「おはよ…翔太」
「あれ?今日元気なくない?」
翔太が顔を覗き込む。
「うわ、ひどい顔!」
「失礼な」
その正直さが、少し腹立たしい。
「なんかあったの?」
「まあ、いろいろ…」
気まずそうに視線を外す。
「おはよ」
振り向くと、聡一郎がいる。
健と視線を合わせると、眉をひそめる。
「どうしたのその顔…」
「そんなひどい顔かよ」
今日で3度目の指摘に、うんざりとした顔を浮かべる。
「なんか悩んでんの?」
「俺、いつでも話聞くよ?」
2人の気遣うような表情に、なんだか後ろめたい気持ちになる。
「昼飯の時に話すよ…」
伏し目がちに、小さく呟く。
「わかった」
「話したくなかったら、無理しないでね」
「ありがとう…」
3人は玄関に着くと、上履きに履き替え、廊下を進んでいく。
ーーーー・・・
3人は昼食を終えると、自販機で飲み物を購入し、体育館の裏手に移動する。
誰もいないことを確認すると、腰を下ろす。
健は手元のペットボトルに視線を落とした。
「それで?」
「何かあったの」
両脇を2人に囲まれ、早く話せと圧を感じる。
小さく息を吐き、言葉を選びながら、口を開く。
「昨日の放課後、クラスの人に告白されてさ」
空気がピンと張る。
2人の目が徐々に大きく開かれる。
「え?」
「マジ?」
「マジです」
2人の反応がおかしくて、思わず小さく笑ってしまう。
「そんな驚く?」
「だって…初めてじゃない?」
「そうだよ」
昨日の出来事を鮮明に思い出す。
「それで悩んでたんだ」
「そんなとこ」
(半分本当で、半分嘘だけど)
「もう、返事したの?」
「明日する予定」
沈黙していた聡一郎が口を開く。
「…何て返事すんの?」
2人の視線に強さが増す。
健は呼吸を整える。
「…断るつもり」
健は伏せていた顔をあげ、空を見上げる。
「同じ学級委員で話もするし、いい人なんだけど」
「俺、付き合うなら好きな人がいいから」
少し気恥ずかしくて、ペットボトルを親指で押す。
ペコっと凹む音がした。
「そっか」
聡一郎の優しい手が、健の背中を撫で下ろす。
いつもなら素直に受け取る心地よさに、健は嬉しさと少しのためらいを覚える。
「初めて告白されてどう思った?」
「そりゃ嬉しかったよ」
健は膝に頬を預ける。
そよ風が頬を通り過ぎていき、思わず目を瞑る。
「でも断るって…辛いなー」
「仕方ないよ。無理して付き合うのも違うでしょ?」
「お前が言うか」
「聡一郎厳しい」
2人のやりとりに思わずクスッと笑った。
「お互いの気持ちが揃うって奇跡よ奇跡」
(奇跡…か)
「でもちゃんと寝ろよ。心配」
聡一郎の心配そうな眼差しが視界に映る。
胸にじんわりとした温かさが広がる。
顔を隠すように、組んだ腕に額を押し付ける。
耳にさわさわと葉が擦れる音が聞こえる。
(2人は特別なのかな…)
昼下がりのゆっくりとした時間が流れる。
「そろそろ行くか」
聡一郎の声に3人はその場から立ち上がり、健は2人の背中を見つめる。
(………)
見慣れているはずの背中が、妙に遠く見えた。
健は外の空気で冷えた手を頬に当てる。
(…落ち着け)
顔の熱がなかなか引かない。
健は2人との距離をつめるように、歩くスピードを早めた。
ーーーー・・・
足早に去っていく、女性の後ろ姿を見送る。
完全に姿が見えなくなると、小さくため息をつく。
少しの罪悪感と、これ以上何もできないやるせなさ。
その感情を引きずるように、ゆっくりと自分の席に移動する。
リュックを背負い、俯いたまま教室を出ると、聡一郎が壁に寄りかかりながら立っていた。
「…なんでいんの」
「たまたま?」
健のじとっとした視線を受けるも、飄々とした態度を取る。
「今日塾も部活もないから、健の家に遊びに行こうかなと思って」
「いいけど…」
「じゃ、行こ」
聡一郎は健に背を向け、1人歩く。
2人は部屋に着くと、リュックを置き、床に座った。
「なんで隣」
「さあね」
聡一郎は健と視線を合わせる。
肩と肩が触れそうだ。
「…聡一郎」
「ん?」
「…聞いてたの?」
「何も聞いてないよ」
少し間が空き、聡一郎は口を開く。
「見てただけ」
「見てたのかよ」
はぁ〜っと大きく息を吐き、後ろのベッドに頭を乗せる。
「佐藤さん泣いてたな」
「言うなよ」
ばらけていた暗い気持ちが、またゆっくりと形をつくる。
「俺、女の子泣かしちゃった」
「今回は仕方ないでしょ」
“仕方ない”
頭ではわかっているのに、すぐに割り切ることができない。
自分の言葉で他人を泣かせてしまったのは初めてだった。
健は目を閉じて、左手を顔の上に置く。
「悪いことした気分…」
沈黙が流れる。
「そうか」
聡一郎はただ、隣にいて返事をする。
健は聡一郎の体温に吸い寄せられるように、ゆっくりと肩に頭を乗せた。
「心配で来てくれたの?」
「全然。ゲームしたくて」
声は軽いのに、支える腕はびくともしない。
聡一郎の静かな優しさに重い身体が徐々に軽くなっていく。
頬をわずかに擦りつける。
「聡一郎…」
「何?」
「…ありがと」
「はいはい」
聡一郎の手が健の前髪と額に触れる。
くすぐったくて、でも嬉しくて。
すぐに離れた手が名残惜しい。
制服のシャツから柔軟剤の爽やかな香りが鼻をくすぐる。
香りの中に聡一郎の匂いをふと感じ、頬が少し赤くなる。
(もう離れよ…)
急な恥ずかしさに、肩から頭を離す。
急に聡一郎の手が目の前を通り過ぎる。
頭をガシッと掴まれ、元の位置に戻される。
思考が一瞬停止する。
(…え?)
顔をわずかに動かして聡一郎の顔を覗き込む。
いつもより少しだけ優しい顔だった。
「まだ、こうしとけ」
(う、うわあ…)
即座に視線を逸らす。
全身の血液が一気に巡る。
(今…絶対顔赤いわ)
(心臓がやばい)
「…ゲームするんじゃないの」
「そうだったっけ?」
「聡一郎が言ったんじゃん」
「あー…言ったな」
聡一郎は思い出したように軽く笑う。
「じゃあ、取ってきていいよ」
健は肩から頭を離す。
「ゲーム持ってくる」
「おう」
健は聡一郎と一瞬目を合わせると、部屋を出ていく。
(なんか暑い)
指先でシャツの襟元を引き、こもった熱を逃がすように揺らす。
(…やばい)
(ゲーム集中できなさそう)
脳裏に映るのは、微笑む聡一郎。
顔が熱くなる。
気づけば、暗い気持ちはいつのまにか消えていた。
健は部屋のドアに視線を移し、息を整えると、階段を下りはじめた。
ーーーー・・・
金曜日の夜。
ベッドに寝転び、漫画本を開く。
部屋の中は紙が擦れる音が聞こえるだけ。
少し沈黙が続くと、パタンと本を閉じる。
「はぁ…この漫画最高…キュンキュンする」
本を胸に置き、仰向けになる。
(いいね、親友カプ)
(でも)
(現実って、こんなに都合よくいかないよな)
ポコン
スマホの通知音が鳴る。
(翔太だ…なんだろ?)
表示されたメッセージを押すと、トーク画面が映し出される。
『健、明日の午後暇だったら、これ行かない?』
メッセージの下にはURLが青い文字で表示されている。
その部分に指をかざすと、画面がぱっと切り替わる。
(え、マジ?)
最近人気のお笑い芸人が画面の中心に大きく表示される。
カラフルな文字でトークライブイベント開催!と書かれていた。
『チケット取れたの?』
健の好きな芸人で、隣町に来ることは知っていた。
しかしチケットはすぐに売り切れていたはず。
『父さんが会社の人からもらったんだって』
『どう?行く?』
『行く!』
即答だった。
『じゃあ、一緒に電車で行こ!駅に1時に集合で!』
『了解!』
スマホを見ながら思わず笑みがこぼれる。
右手を握ると肘を引き、部屋で一人ガッツポーズをした。
ーーーー・・・
雑居ビルの前で、2人は足を止めた。
2人はおそるおそるビルの中へ一歩踏み込む。
階段の先、半開きのドアの向こうから、ひときわ大きな笑い声がこぼれてきた。
「…ここだよな?」
「入ってみよ」
ドアを押し開けた瞬間、空気が変わった。
並べられたパイプ椅子は、ぎゅうぎゅうに詰められていて、通路も人ひとり分あるかないか。
空いていた席に腰を下ろした瞬間、距離の近さが一気に現実になる。
「思ってたより狭いな」
「ほんとそれ」
一拍。
腕がかすかに触れた。
けれど、何も言わないまま、その距離で落ち着いた。
前方のステージには、簡素な椅子とテーブルが置かれているだけ。
照明が、わずかに落ちる。
一瞬だけ、世界が静かになった。
ーーーー・・・
ドアを出た瞬間、ひやりとした空気が頬に触れた。
さっきまでの熱気が、ゆっくりと引いていく。
耳の奥にはまだ、笑い声の余韻が残っていた。
「…うわ、寒」
「中、暑かったもんね」
「めっちゃ面白かったなぁ」
「ほんとそれ」
翔太が笑いながら振り向く。
視線が合い、つられるように口元が緩む。
「話してるだけなのになんであんなに面白いんだろ?」
「お笑い芸人ってすごいよな」
駅までの道は、来た時よりも少し静かだった。
隣を歩く距離が、わずかに近い。
肩が触れるほどじゃない。
けれど、離れているとも言いきれない、曖昧な間隔。
「今日、誘ってくれてありがと」
ぽつりと、呟く。
「ふふ、元気出た?」
軽やかな声が耳をくすぐる。
視線を動かすと翔太がこちらを見ていた。
「え?」
「ずっと元気ないなと思って」
穏やかに微笑む翔太の顔が目に映る。
(俺…もう平気だと思ってたのに)
胸が、きゅっと締まる。
「心配かけたな…もう大丈夫だよ」
自然と口元に笑みが浮かぶ。
「よかった!じゃ、帰ろっか」
歩幅が、自然と揃う。
言葉がなくても、安心する。
ふと、横を見る。
ちょうど同じタイミングで、翔太もこちらを見ていた。
視線が、重なる。
「なーに?」
薄暗くなりつつある空と翔太の笑みに不覚にも胸が高鳴る。
「なんでもない!」
すぐに目を逸らして、前を向く。
街灯の明かりが、等間隔に地面を照らしている。
その下を並んで歩きながら、静かな時間が流れていく。
(まだ、帰りたくないな…)
2人だけで歩くこの空間が心地いい。
それでも足は止めない。
二人は、並んだまま歩いていく。
ーーーー・・・
ホームに電車の到着を告げるアナウンスが流れる。
(来た)
銀色の車体が滑り込んでくる。
一拍置いて、ドアが開いた。
(多いな…)
ちらりと横にいる翔太を見ると、同じく人波に押されていた。
後ろから、ぐっと押される。
(え!?)
ドア付近に押し込まれ、体の向きも定まらないまま、人に囲まれる。
「っ…」
思わず息を詰めた。
翔太の姿は見えない。
(満員電車やべえ…)
普段自転車か徒歩通学の健にとって今の状況は、ただの苦痛。
(もう、無理…)
と思ったその時ーー
いきなりガシッと右腕を掴まれ、強い力で引き寄せられる。
(え!?なになに!?)
反射的に目を瞑る。
顔が何かにぶつかった。
「うぐ」
「大丈夫?」
顔をあげると、翔太の顔が見えた。
一瞬何が起きたかわからなかった。
(近い)
密着する身体。
背中に回される腕。
目線のすぐ先には翔太の顔。
「なんか辛そうだったから急いで引き寄せたんだけど…」
何も話さない健を見て、不安の色が濃くなる。
わずかな沈黙が続き、慌てて口を開く。
「大丈夫!ありがと…」
健は視線を下げた。
(うぅ…何この状況…)
胸の奥がざわつく。
なのに、離れたくない。
(キャンプの時はなんともなかったのに…)
あんなことを自分から進んでやってたなんて。
今は恥ずかしくて、自分を殴りたくなる。
「健、細いね」
大きな手が健の腕をさらりと撫でる。
「ちゃんと食べてる?」
「食べてるよ…俺、太りにくいから」
「ほんと?俺の腕の中にすっぽりよ?」
翔太の腕の力が少し強くなり、身体や顔がさらに密着する。
「抱き枕にちょうどいいかも。うちにお持ち帰りしようかな」
「…変な意味に聞こえるからやめろ」
「えー本気なんだけど」
翔太はクスッと楽しそうに笑う。
聡一郎とは違う柔軟剤の香りと翔太の匂い。
狭い空間で感覚だけが研ぎ澄まされていく。
「あ、あと少しで着きそう」
「もうちょっと我慢してね」
「…うん」
(……まだ、このままでいたい)
電車のアナウンスが鳴る。
甲高いブレーキ音とともに、電車が止まり、ドアが開かれると、人が一斉になだれていく。
「俺らも行こう」
翔太の腕が離れる。
ホームに出ると、ドアが閉じられ、電車がゆっくりと動き出す。
「やばかったな」
「うん、やばかった」
健は困ったように笑って表情を誤魔化す。
(近すぎてやばかった…)
顔に熱が集中する。
右手を仰ぐようにパタパタと動かす。
帰宅ラッシュなのかホームは人が多く、騒がしい。
(頼むからこっち見んなよ…)
健の念が届いたのか、翔太は後ろを振り向かずどんどん進んでいく。
外に出る頃には顔の火照りは消えていた。
ーーーー・・・
シャワーを浴びて、自分の部屋のベッドに背中から倒れ込む。
マットレスからギシッと音がする。
(今週は忙しかった…)
初めての告白。
2人への違和感。
そして自覚。
(俺…聡一郎と翔太のこと…)
息を呑む。
(好きなんだ…)
本当の気持ちを受け入れる。
目の前にいなくても、気づけば姿、声を思い出し、胸がじんわりと温かくなる。
(選べるわけない)
ふわふわとしていた頭が急に冷めていく。
(……普通、ひとりだろ)
聡一郎か翔太か。
考えても考えても、2人が好きだという答えに変わりはなかった。
(勘違いしてる?)
2人に触れたい。
これが恋でなければ、何が恋なのか健には分からなかった。
そして、気づく。
(あ…)
(2人とも——好きな人、いるじゃん)
頭を誰かに殴られたかのような衝撃。
「失恋じゃん…」
初恋で、いきなり失恋。
頭が真っ白になる。
涙が徐々に溜まり続け、ついに瞳からこぼれる。
頬を伝う熱。
嗚咽が出るも、押し殺す。
涙は止めどなく溢れ出す。
静かな部屋に、鼻をすする音が聞こえる。
いつか乾くまで、健は流れる涙に身を任せた。
ーーーー・・・
(…決めた)
仰向けの状態からむくっと上半身を起こす。
目は充血しているが、涙は枯れていた。
(この気持ちは隠そう)
部屋の静けさが、空気を重くする。
(友達で一緒にいられるならそれでいい)
(2人が俺の気持ちを知って…離れたら…)
背中が冷たくなり、思わず両腕をさする。
考えたくなかった。
(…いや)
(怖気付いてどうする)
健は弱気になった気持ちをかき消すように、両手で強く頬を叩く。
部屋の中にバチンと重い音が響く。
「いってぇ…」
頬が熱を持ってじんわりと痛みが強くなっていく。
(がんばれ、俺)
静寂。
時間とともにゆっくりとその光は失われていく。
瞳の奥に隠していた不安が大きく揺れ出す。
(やっぱ…辛いわ…)
やっと見つけた初めての感情。
まるで最初から存在していなかったかのように、心の隅に追いやる。
(失恋ってこんなに苦しいんだ)
涙を流す彼女の顔を思い出す。
その夜も、眠れなかった。




