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俺たち……じゃん?


俺たち、……じゃん?


その一言が、頭の中で響く。


(なんで…)


息がうまく吸えない。


足が、動かない。


ドアの向こうにいるはずの二人が、ひどく遠く感じた。




ーーーー・・・




山田健(やまだ たける)は高校2年生になった。今日は始業式。


季節と学年が変わり、ふわふわとした高揚感を覚える。


健は掲示板に群がる人混みをかき分けて進む。


ようやくクラス表が見えた。


(俺の名前…あった)


2年3組。


人混みから抜け、階段を登る。


3組の教室に入り、黒板に貼られている席図を確認する。


窓側の席だった。


席に移動し、周りを見渡す。


(知ってる人…あんまりいないな)


小さくため息を吐く。


「あ、健だ」


よく知っている声が聞こえる。


健が視線を移すと、背の高い男が手を振っていた。


「おはよ、翔太」


「おはよー」


短い黒髪にほんのり焼けた肌。

高橋翔太(たかはし しょうた)だ。


「今年もクラス違うのかよ…」


「翔太は何組?」


「俺は1組」


「教室反対じゃん」


翔太の瞳が弧を描く。


「…健のこと探してた」


健は翔太の頭を両手でガシッと掴むと、思いっきり掻き乱す。


「嬉しいじゃんかよ!」


「うわ、やめて!ワックスとれる」


「あは、ごめんごめん」


「…今年は一緒がよかった」


「ほんとよ」


「俺たちこんなに仲良いのに」


「「ねー」」


健と翔太は拳を顎の下に並べて、わざとらしく可愛いポーズを取る。


「お前ら、朝からキモいな」


2人は声のする方へ視線を向ける。


「おはよう、聡一郎」


「おっはー」


センターパートの短い黒髪に、銀縁の眼鏡を掛けている。鈴木聡一郎(すずき そういちろう)だ。


「聡一郎は何組?」


「4組」


「やったー、隣じゃん!」


聡一郎が小さく笑う。

翔太が2人の肩に手を置く。


「ねえ!始業式終わったら遊ぼうよ!」


「俺はいいけど、聡一郎は?」


「塾の時間までなら」


2人の言葉に翔太の顔がぱっと明るくなる。


「じゃあ健の家でゲームしよ!」


「なんで翔太が決めるわけ…別にいいけど」


「よっしゃ!じゃ、教室行くから!玄関集合な!」


翔太は教室に入る。


「俺も教室行くわ」


「またあとでー」


互いに手を振ると、自分の教室に戻る。


席につくと、チャイムが鳴った。




ーーーー・・・




「お邪魔しまーす!」

「お邪魔します」

「お邪魔されまーす」


階段を登り、部屋の前に着くと、健が立ち塞がる。


「ストップ」


「掃除?」


「そう。30秒待って」


健は少し開けたドアの隙間からするりと部屋に入り、鍵を閉めた。


「エロ本?」


「間違いではない!」と部屋から声が聞こえる。


2人は目を合わせて笑う。


「おまたせ。入ってー」


「おー」


「いつも通り」


スウェットに着替えた健は、2人に手を差し出す。


「上着」


「ありがとー」


「ありがとう」


2人は上着を脱ぐと、健に手渡す。

健は上着をハンガーに掛け、クローゼットにしまった。


続いて折りたたみのテーブルを広げる。


「とりあえず飯食おうぜ」


「腹減った!」


「はい、これ翔太の」


「ありがとー!」


コンビニで買った惣菜が並ぶ。


3人はテーブルを囲み、昼食を取りはじめた。




ーーーー・・・




「ごちそうさまー!」


翔太は食べ終わると、健のベッドにダイブする。


「おい、米ついてるぞ」


「俺のベッド汚すな」


健が翔太の口をおしぼりで力強く拭く。


「いで、いでででで」


「もっとやれ、健」


「いえーい」


「絶対もう取れてるでしょ!」


翔太は逃げるように枕に顔を沈める。


健はおしぼりをビニール袋に入れた。


「俺、飯のごみ捨ててくるわ。ついでにゲームも取ってくる」


「ありがとう」


健は部屋を出ると、階段を降りて1階のキッチンに向かう。


ゴミを分別し、リビングでゲーム機を両手に抱える。


(うわ、落ちそう)


ゆっくりと歩き出す。


階段を登りきった後も、自然と忍足になる。


両手が塞がり、ドアを開けられない。


(引き戸だから足で)


足を伸ばした時だった。


「聡一郎、お前…好きな人いる?」


翔太の声だった。

健は思わず足を下ろす。


「いるよ」


「誰?」


沈黙が流れる。


「教えない」


(え、聡一郎が恋!?)

(似合わなそう…いや、おめでとう!)


「翔太は?」


「俺もいるよ」


「…誰?」


「ひ・み・つ」


バシッと何かを叩く音が聞こえる。


(翔太も好きな人いるんだ)

(いいなぁ、2人とも…青春じゃん)


「でもさあ」


翔太の声が、やけに大きく響く。


部屋が、静まり返る。



「俺たち、ゲイじゃん?」



一拍。


(…え?)


(翔太と…聡一郎が…ゲイ?)

(俺…知らなかった)


中学生の頃から、ずっと3人でいたのに。


「まあ、そうだけど…それが何?」


「俺たちの恋ってさあ…難しいよなって」


「…まあね」


(…これ、俺が聞いちゃいけないやつだ)


健は、そっとドアの前から一歩下がる。


「健にはいつか言うの?」


翔太の声。

健の足が止まる。


「言いたいけど、怖い」


「…そっか」


「たまに考えるんだよ…実はゲイだって話して、健に気持ち悪いって避けられたら…もうさ…」


言葉が途切れる。


「想像しただけで…」


「健の家だぞ、泣くなよ」


「だって俺…健に嫌われたくない…ぐすっ…」


「俺だって…」


胸の奥に、重いものが落ちてくる。


視界が、滲む。


「…ふっ…うぅ…」


その音と同時に、ドアが開く。

部屋の空気が、一瞬で凍りつく。


「健…」


「ごめん…盗み聞きした…」


聡一郎の顔から、さっと血の気が引く。

健はそのまま聡一郎の肩に軽くぶつかりながら、部屋に入る。


ゲーム機とコントローラーを、ほとんど無意識に部屋の隅へ置く。

カチャ、と小さな音がやけに響く。


「…聡一郎、座って」


「……」


指を差された場所に、ぎこちなく腰を下ろす。

三人の間に、空気が沈む。


誰も、すぐに言葉を出せない。


「…俺が本当に気持ち悪いって言うと思ってた?」


二人は、何も答えない。


「俺ってそんな薄情もんなの?」


「違うよ、健」


「そんなんじゃないって!」


「俺は!!!」




「男が好きだからって、お前らのこと嫌いにならない」




「そんなんで…お前らと終われるかよ…」


テーブルに両腕をつき、そのまま顔を埋める。


健の嗚咽が、部屋の中にくぐもって広がる。


「健…」


翔太が健の震える肩に手を置く。


「触んな!!!」


健は翔太の手を振り払う。


「2人だけで隠し事しやがって…クソ寂しいじゃんかよ!バーカ!バカ翔太!バカ聡一郎!」


「はい…俺らがバカでした…」


「ごめん、健」


「…いつから隠してたんだよ」


「俺は中学?」


「…俺もそんくらい」


「会ってからずっとじゃねーか!死ね!!」


「ごめんって〜」


「あはは」


2人の瞳に厚く膜が張る。


「ありがとう、健」


「お前、最高だわ」


「…泣いて損した」


翔太が天井を見上げる。


「今まで悩んでたのが嘘みたい…」


聡一郎は小さく笑う。


「早く言えば良かった」


「まあ、お前らの立場なら…怖い気持ちもわかるけど…」


「健なら大丈夫かもって思ってはいたんだよ」


「俺らに勇気がなかっただけ」


「そうだよ!俺がどんだけ寂しかったか!」


「まあ、まあ結果オーライ!仲直りのハグしよハグ」


「うぐ」


「…おい」


翔太は長い腕で右腕に健、左腕に聡一郎を力強く抱きしめる。


「く、苦しい」


「暑苦しいんだよ」


聡一郎は翔太の顔を手で押す。


「もーう、2人とも釣れないなあ」


翔太は腕の力を緩める。

顔は笑顔だった。


健はそそくさと抜け出す。


「お、そうだ。俺も別に隠してたってわけじゃないけど…今なら話せる気がする」


「なになにー?」


2人の視線が健に集中する。


健はベッド下の引き出しに手をかける。


「開けるけど…引くなよ?」


ガラッ


引き出しの中身が露わになる。

2人は中を覗き込む。


そこには漫画本や文庫本が隙間なく並んでいた。


「漫画本?」


「漫画好きなのは知ってるけど」


「まあ、適当に手に取って読んでみてよ」


2人は本を1冊手に取る。

パラパラとめくっていく。


2人は普段通りの表情で本を見ていた。

だが、本の内容を理解した瞬間、わずかに目を瞬かせる。


ベッドの上に座る健を見上げる。


「これ…BL本?」


「正解!!!」


聡一郎の呟きに、健はニヤリと笑い、親指を立てた拳を突き出した。


「え、健ってゲイなの?」


「いや、違うんじゃない?俺、普通に男女のAVで抜くし…」


「いつから好きなの?」


「それがさあ、去年たまたま読む機会があって…読んだらもうキュンよキュン!」


両手の親指と人差し指を交差させ、小さなハートを作ってみせる。


「なんていうの?男同士って役割が決まってない感じ?あれが最高」


「へえ…そうなんだ」


「女性同士の本は読むのー?」


「読むけど…BLの方が好き!男同士の強い関係から恋愛に発展する時といったら…もう!」


興奮してムズムズする身体を抱きしめる。


「そう」


聡一郎は再び本に目線を戻す。


パタンと本を閉じた音がする。

翔太が本を健に見せつけるように片手に持つ。


「親友から恋人になるやつ…とか?」


「そうそれ!めちゃ熱い設定!!」


健がその本の表紙を見ると、瞳が輝きだす。


「その本読んでたの!?それなあ…いい本なんだよ…親友の片方がずっと片想いしてて…結ばれた時には…もうニヤニヤが止まらなくて!」


「いい本だったよ」


「マジ!なんか嬉しー」


健は翔太から本を受け取り、引き出しにしまう。


「人を選ぶジャンルだからさ、一目につかないようにしてたけど、わかってもらえるってすげえうれしい」


「それは俺も同じだよ」


翔太は健を見つめる。


「ゲイでもいいって言ってくれてすげー嬉しかった」


「翔太…お前…」


健は思わず翔太の頭を右手で撫でまわした。


「悩んでて苦しかっただろうに…お前ってやつは!本当にいいやつ!」


「あはー、それほどでも」


癖があって硬めの髪。

その髪が可愛く思えて、健は翔太の髪で遊び出す。


「健」


「ん?」


「お前、こういうのも好きなの?」


聡一郎があるページを指差しながら、2人に見せる。


そこには男がベッドに両手をあげて、手錠で固定されているシーンだった。


健の顔が一気に赤くなる。


「え、それこっちに混じってた!?うわ、最悪」


「俺にも見せて!」


翔太は聡一郎から本を受け取る。


「うわー…だいぶ激しいやつ」


「ああああああ!!やめてえええええ!!俺死んじゃう!!」


真っ赤な顔で翔太から無理矢理本を奪い取ると、別の引き出しを開けて即座に仕舞う。


「そっちがエロ本なのか」


「勘弁して…」


「うわー恥ずかしい」


顔を両手で覆い、うずくまる健。

その姿が丸くなったダンゴムシのようで、2人は目を合わせて笑う。


「じゃ、ゲームでもやろう」


「いいよー」


2人はゲーム機をテレビに繋ぐ。


「早くー!ダンゴムシー!対戦しようよー!」


ふとした沈黙が流れる。


健はバッと起き上がり、素早くコントローラーを手に持つ。


「おら、こいよ!2人ともぶっ倒してやる」


「逆恨みこわ」


3人はテレビに視線を向ける。


聡一郎の塾の時間まで、いつも通り楽しいゲーム時間だった。




ーーーー・・・




「今日はありがと!帰り気をつけてなー」


健は玄関の外で2人を見送る。


「今日はありがとう」


「また明日!」


2人は健に手を振り、歩き出す。


空はまだ青い。


「…なぁ」


「ん?」


「…俺、がんばってみようかな」


翔太は視線を正面から動かさない。


「……」


「…健…やっぱいいやつだよね」


「あんなに泣くとは思わなかったけど」


「はぁ〜…」


翔太が両手を合わせ、そのまま口元に寄せる。


「めっちゃ可愛かった…」


聡一郎も左手を握りしめ、口元に当てる。


「それな…」


「キスしたかったなあ」


「…変態」


「仕方ないんですぅ、お盛んな高校生なんでぇ」


おどけたように、舌をだし、手を振る。


聡一郎は翔太を一瞥すると、すぐ前を向いた。


「…お前だけじゃないから」


「何が?」


「がんばるの」


「…へー、そーですか」


妙な空気が流れる。


「じゃ、俺は塾こっちだから」


「おう、また明日な」


聡一郎が背を向ける。

翔太は聡一郎をじっと見つめる。


「おーい、聡一郎ー!!」


大きな声が住宅街に響く。


聡一郎は眉間に皺を寄せながら、振り向く。


「俺はお前のことも大好きだからー!!」


「ちょっと待て!」


「勃たないけどなー!」


「馬鹿!ああもう馬鹿!」


聡一郎は翔太の目の前に戻ると、腹に一発拳を入れる。


「うぐ」


「将棋部の拳なんて痛くないだろ」


「いや…痛いよ…」


「大きい声を出すな、近所迷惑」


「すみませんでした…」


翔太は肩を落とす。


「…俺もお前と一緒」


「え?」


「俺も勃たない」


聡一郎は足早に立ち去っていく。

翔太はその場に固まる。


「ツンデレ…」


眉間に皺を寄せつつも、口元は緩む。


翔太は1人、歩き出した。

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