第59話 斯くして、ドS魔王お姉さんが誕生した
目の前に立っているのは真美さんだった。浴衣姿で、困ったような顔をして髪をかき上げている。
清楚な柄の浴衣姿なのに、大きな胸と肉感的な腰つきが妙に色っぽい。
「あ、あの、真美さん……」
突然の事態に、俺は言葉が出てこない。
凛が真美さんと一緒に行くと聞いていたはずなのに。
「俊くん……久しぶりだね」
真美さんは、そう言って戸惑いの表情を浮かべた。
「あ、あの、真美さん……」
「偶然、偶然なの。凛ちゃんとお祭りに行こうってなってね」
「はい」
だよな。やっぱり偶然だよな。
「ご、ごめんなさい。偶然じゃないの」
「えっ、ええっ?」
真美さんが前言を翻した。
俺はビックリして顔を上げる。
「ホントはね、遠くから見てるだけにしようって思ってたの。でも、歩いている俊くんを見たら、どうしても声をかけたくなって……」
俯いて、ポツリポツリと話し続ける真美さん。その姿は今にも壊れてしまいそうで……。
どうしよう、俺がハッキリしないからだよな。
俺のせいで真美さんが……。
「あの、俺は……乙女心とかに疎くて、真美さんを困らせてばかりで……」
「違うよ」
真美さんは俺の口に人差し指を当てた。
「俊くんは何も悪くないよ。私が勝手に好きになっただけ」
「でも、俺が鈍感だから真面目な真美さんに……」
「俊くんって、私のこと誤解してるよね」
ん? どういうこと?
「でも、真美さんは清楚で真面目で」
「ふふっ、全然違うよ」
真美さんはハイライトの消えたような目で、俺にグイッと迫った。
「俊くんって純粋だよね。全部偶然じゃないの」
真美さんは、一度だけ躊躇ってから口を開く。
「もう本当のことを言うね。俊くんのスマホには、位置情報共有とSNS監視アプリが入ってるの」
「ん!?」
「俊くんの位置は、私のスマホで特定できるの」
「えっ……」
「それにね、私が作ったお菓子。あれ、私の汗とか色々混ぜ込んであるんだよ♡」
真美さんの衝撃告白を受けて、俺は体が痺れたかのように動けない。
そんなバカな。真美さんは、いつも優しく朗らかで、天使のようなお姉さんで……。
今までの真美さんの行動が、全て計算されていただなんて考えられない。
何度も偶然会ったのは、全てストーキングしていたのか? いつものスイーツには、真美さんの汗が入っていたのか? もしかして、腋パイとか尻餅は冗談じゃなくて……?
「あ、あの…………」
あまりの衝撃的事実に、俺は喉が張り付いたかのように声が出てこない。
「どう? 俊くん、びっくりした?」
「えっと……あの……エッ……」
ゾクゾクゾクゾクゾクゾク!
恐怖と背徳感で声が出ない。魔性のGカップ(推定)ドS女王様の恐怖により。
真美さんから、強烈なドSオーラが溢れ出る。魔王のように恐ろしいのに、何か神々しさまで漂わせて。
真美さん、たまにドSっぽくなると思っていたけど、本当にドSだったなんて。
しかも……ストーカー属性とヤンデレ属性を追加したような。属性つけ過ぎだろ。
「どう、俊くん? 私のこと嫌いになったかな?」
「そ、そんな……真美さんが……」
「んぐぅうう~っ♡ そんな表情をされると私ぃ♡」
俺の顔を覗き込んだ真美さんが、ヘンテコな声を上げた。
その顔は妙に艶っぽい。
「俊くん♡ もしかして興奮してる?」
「し、してません」
「そうかな? 調教してあげようか?」
「だ、ダメです。真美さんとは幼馴染のお友達で」
「幼な妻のおマゾ達?」
「言ってません!」
マズい、マズい、マズい! つい変な反応をしてしまった。真美さんの目が爛々としているのだが。
俺は選択肢を間違えたのか?
「俊くんって、やっぱりそうだったんだね。なぁんだ、清楚系が好きだと思って猫かぶってたのに。隠す必要なかったよね」
「あ、あの、真美さん?」
「これからは容赦なく調教しちゃおうかな? 今は私のこと好きじゃなくても、調教して骨抜きにして、私を好きにさせれば良いんだよね♡」
真美さんが魔王のように見える。妖艶で背徳的で、凄まじいラスボス感だ。
ああ、聖女だと思っていたヒロインが、実は魔王だったなんて。
「俊くん♡ 一度は諦めようとしたの。迷惑ばかり掛けちゃいけないって。でも、俊くんが私に調教されるのなら別だよね」
「ちょ、ちょっと待って!」
「待てないよ。俊くんを徹底的に躾けて、私の命令に絶対服従するようにすれば、まだチャンスはあるんじゃないのかな?」
待て待て待て! 真美さんは、昔から優しいお姉さんだよな。ドSだろうと魔王だろうと、俺にとって優しいお姉さんなのは変わらない。
ちゃんと断らないと。
でも、真美さんに調教されたら断れる自信がない。
「待ってください! 俺はまだ誰と付き合うとか考えていません……」
「しょうがないよね。俊くんが付き合ってくれないんだから。もう調教しかないんだよ♡」
「調教は勘弁してください!」
真美さんが俺に迫り、浴衣から零れそうなGカップ(推定)が弾み暴れる。
とんでもない破壊力だ。
「俊くん♡ 本性を知られちゃったから止まれないよ。私のこと嫌いになっちゃった? もう調教しかないの♡」
「お、落ち着いて、真美さん!」
「ちょっと待ちなさい!」
俺と真美さんが揉み合っているところに、冷徹な美声が響いた。
「トイレに行った俊君が戻らないから来てみれば、またあなたなの、望月さん」
そこには瑛理子先輩が立っていた。俺を探しにきたのか。
その後ろにはメアリー先輩もいる。
「望月さん、ストーカー行為はやめてって言ったわよね」
ビシッと言い放つ瑛理子先輩に、真美さんは視線だけを向ける。
「万里小路さん……邪魔しないで。もう猫をかぶるのはやめたの。これから俊くんを調教するんだから」
「ちょ、調教なんかさせないわよ! って、やっと本性を出したのね……」
真美さんが本性を出したことで、瑛理子先輩も戸惑いを隠せない。
「あーあ、ずっと隠してたのにな。俊くんにバレちゃった。もう嫌われちゃったかな。でも、しょうがないよね」
「ふふっ」
瑛理子先輩が笑みを浮かべ、真美さんが気色ばんだ。
「ちょっと、なに笑ってるのよ」
「あはは、そっちの方が望月さんらしくて好きよ」
「えっ?」
「今まではあざとくて苦手だったけど、今のあなたの方が望月さんらしいわ」
「そ、そうかしら」
真美さんが頬を染めた。
今までずっとギスギスしていた二人なのに、ドS的友情でも芽生えたのだろうか。
「最近は落ち込んでいて張り合いがなかったけど、やっと私のライバルらしくなったわね」
「ライバルなのは認めるんだ」
「ええ」
「じゃあ、万里小路さんも告白しちゃえば?」
「そ、それは……」
急に瑛理子先輩の様子がおかしくなった。
「ほら、ちょうど俊くんもいるんだし」
「ちょっと待ちなさいよ。まだタイミングってのが」
「あーあ、ホントこの人ってムカつく。告白する勇気もないくせに――んんっ~!」
瑛理子先輩の手が真美さんを口を塞ぎ、喋らせまいとしている。急に仲良しみたいなのだが。
「えっと、瑛理子先輩、何やってるんですか?」
「何でもない! 何でもないのよ!」
「俊く~ん、この女はやめた方がいいよ。何か地雷っぽいし」
「望月さんは黙ってて!」
やっぱり瑛理子先輩と真美さんが仲良しっぽい。
「真美ぃ~! どこ行ったのよぉ~!」
この修羅場に、凛まで現れた。
人混みで酔ったのか、フラフラしている。弱っている姉ちゃんは新鮮で可愛らしい。
「真美ぃ、急に走り出してどうしたのよ……って、何で万里小路さんと黒森さんが!?」
この場に学園の女王様が全員集合していることで、凛は目を白黒させている。
「凛ちゃん」
真美さんは、凛のところに駆け寄った。
「凛ちゃん、私ね、俊くんに本性を打ち明けちゃった」
「そ、そうなんだ……」
「どうしよう。もう前のようには戻れないのかな」
「真美……」
凛は真美さんを抱きしめた。
俺は……真美さんはどんな真美さんでも真美さんで。昔から何も変わらないはずなんだ……。
「真美さん、猫かぶっていようが本性を出そうが、俺の中では真美さんは優しいお姉さんです」
俺は本音をぶつけてみた。今まで優しかった真美さんが嘘だとは思えない。
やっぱり真美さんは優しくて清純なお姉さんだ。
「俊くん……ありがとう……こんな私に優しくしてくれて」
「こんななんて言わないでください。真美さんは素晴らしいお姉さんですよ」
「じゃ、じゃあ、もっと本性を出しちゃうね♡ ○○○白玉あんみつとか」
ん!? 今、変なワードが聞こえた気がするけど。気のせいだよな? 誰か気のせいだと言ってくれ。
「うーん、つまり瑛理子と真美が仲直りしたのかい?」
メアリー先輩が俺の隣に来た。さり気なく俺の肩に腕を回している。
「そうみたいですね」
「つまり俊を調教する女王様が増えたってことか」
「ギクッ!」
そ、そういうことになるのか?
「もちろんあたしも容赦しないけどさ」
「メアリー先輩は、もう少し遠慮してください」
「断る! 俊に振られてムカついてるから、これからはビシバシ調教してやるぞ」
やっぱり俺は選択肢を間違えたのだろうか?
誠実にしているはずなのに、どんどん皆がドSになってるのだが。




