第49話 執筆の時間です
別荘に戻った俺たちは、屋根付きデッキで夕食の準備をしていた。
と言っても、キャベツとタマネギとピーマンを切っているだけだが。肉と一緒に焼いたり、焼きそばに入れるだけだ。
ダンッ!
「きゃ! 涙で目が霞むわ!」
野菜を切るだけなのに、何故か猟奇的な女が一人。言わずと知れた瑛理子先輩である。
タマネギの成分が目に染みるのか、涙目で包丁を振り回している。まるでホラー映画のシリアルキラーみたいだ。
「瑛理子先輩、普段シリアル食べててもキラーしちゃダメですよ。危ないので包丁を下ろしてください」
それとなく注意してみたけど、瑛理子先輩は口をとがらせて不満顔だ。
「もうっ、遊んでないわよ! タマネギを切っていたの」
「野菜を切るのに、予備動作や振りかざす必要はないですよ」
瑛理子先輩ときたら、包丁を振り上げて「えい!」と気合を入れたり、変な動きが多いのだ。
知れば知るほどポンコツぶりが目につく面白い女子だったりする。やっぱり残念美人かな。
「くぅ……大崎君、私のことをバカだと思ってるでしょ」
「思ってないですよ。ポンコツだとは思ってますけど」
「ほらぁ、やっぱり!」
瑛理子先輩が、グイッと肩を寄せてきた。
「もうっ! もうもうっ! 大崎君の前で、かっこわるいところばかり。料理もまともにできないなんて、恥ばかりかいちゃってるわ!」
「落ち着いてください、瑛理子先輩!」
俺は暴れる瑛理子先輩の手首を掴んだ。このまま瑛理子先輩に包丁を持たせると、事態がミステリーものになりそうだから。
熱海別荘何とか事件簿みたいに。
「瑛理子先輩は、そのままで良いと思いますよ。見た目は完璧美人なのに、意外とポンコツなところとか。ギャップが可愛いと思います」
「うくぅ~♡」
真っ赤な顔で押し黙ってしまった瑛理子先輩。やっぱり可愛い。
「ったく、見せつけてくれるっスね」
「くっそ瑛理子め、油断も隙もない。天然か!」
「お前らー、イチャイチャすんなー」
二人だけの世界に入っていたところ、雅先輩とメアリー先輩と操ちゃんが、思い切りジト目で俺たちを見ていた。
「い、イチャイチャしてないわ! 料理をしていたの! 誤解しないでよね!」
そしてツンデレヒロインみたいなセリフを吐く瑛理子先輩。やっぱりアニメキャラみたいだ。
「ほら、後は俺がやりますから、瑛理子先輩は座っててください」
「もうっ! 私だって料理くらいできるわよ。お、お弁当とか……」
勢いよく言い放った瑛理子先輩だが、語尾がゴニョゴニョと小さくなった。お弁当を作ってくれたのは一回きりで、あれから料理していないのだろう。
「はぁ、瑛理子先輩を見ていると将来が心配になります。この人、ちゃんと生活できるのかって」
「ちょっとぉ! 私だって自立した女よ。料理は……ダメだけど」
「もう誰かが世話しなきゃって思います」
「大崎君が世話しなさいよ。大崎君が料理担当決定ね。一生よ」
くっ、この人……自分が超恥ずかしいことを言ってる自覚はあるのだろうか?
一生って、それ結婚したいってことだよな。
「「「ぐぬぬぬぬぬぬ」」」
案の定、皆が凄い表情で俺たちを見つめている。『お前ら、いい加減にしろ』って感じに。
◆ ◇ ◆
夕食後は、お待ちかねの執筆タイムだ。むしろこれがメインである。
文芸部の合宿なのに、海で遊んだりバーベキューしたり、ちょっと陽キャっぽいイベントをしてしまった。執筆には経験は大事だというけど。
カタカタカタカタ――――
落ち着いたインテリアの部屋に、瑛理子先輩のタイプ音が響く。
別荘のリビングは広く、中央に大きなテーブルが鎮座していた。その周囲には、ソファや椅子が並ぶ。
こんなに広いにもかかわらず、何故か瑛理子先輩が俺に寄り添っているのだが……。
「あの、瑛理子先輩。近くないですか?」
「そ、そうかしら」
とぼけているのか、瑛理子先輩は目を合わせようとしない。
明らかに距離が近い。さっきから瑛理子先輩の黒髪が、俺の首筋に当たってくすぐったいのだが。
「やっぱり近いですよね? 椅子がたくさんあるのに、何で俺と同じ椅子に座ってるんですか?」
「う、うるさいわね。この位置が落ち着くのよ。大崎君とくっついていると執筆が捗るのよ」
そうなのか?
いやいやいや、おかしいだろ!
「よし、あたしも」
さっきからこっちを気にしていたメアリー先輩が、腰を上げて近づいてきた。
ドスッ! グイグイグイ!
無理やり俺の椅子に座ったメアリー先輩は、デカいケツで割り込んできた。
「ちょっと、メアリー先輩、狭いです。この椅子は二人用ですよ」
「ほらほら、こうすれば三人座れるだろ」
座れるとか言われても……。メアリー先輩のデカケツで半分以上占領されているのだが。
「しかしデカいケツだな。ヒップがメートルの大台に……」
「ほう、俊のやつめ、恐れを知らないらしいな」
俺が口を滑らせてしまい、メアリー先輩の威圧感が急上昇だ。
さすがにデカケツがメートルじゃ怒るよな。
「す、すみません……」
「まあ、メートルの大台なんだけどね」
「なっ!」
ガチに1メートル超えてたのか! デカすぎだろ!
元から大迫力だけど、水泳で鍛えた大殿筋なのか? くっ、あんなので踏まれたら一溜りもないぞ!
「ぬへへぇ♡ 俊、尻で踏んでやろうか?」
「あんたはエスパーか!?」
心を読まれていた。
「大崎君! 集中できていないようね!」
今度は反対側から瑛理子先輩が威圧感急上昇だ。
何だこの女王様に挟まれる展開は。
「へいへい、ドS女子に挟まれて執筆すれば良いんですよね」
もうこのまま書くことにした。癖つよ先輩を動かすの不可能だ。
しばらく室内にはタイピングの音だけが響いていた。
こうして皆で一緒に執筆するのは不思議な感覚だ。
ふと顔を上げると、対面の席で雅先輩が素早くスマホを操作している。スマホで執筆も慣れたものだ。
横を向くと、メアリー先輩もスマホで何やら書いていた。名前だけ貸している兼部なのに、意外と真面目に活動しているようだ。
「メアリー先輩、どんな感じですか」
「ぬへへ、読んでみるかい?」
声をかけたら、メアリー先輩はスマホ画面を見せてきた。
「どれどれ――」
【超ケツ闘術、大殿振動発破! 超ケツの怒りだババンバーン! 揺るがぬ勇気だドドンドーン! 受けよ、未知のケツ波動!】
「――って」
むちゃくちゃ個性的な文章だった。
「ほらほら、ここから盛り上がるんだよ」
「えっと――」
【『俺は絶対に諦めないぞ! 宇宙に無限のケツある限り!』『くくっ、愚かな、運命は五万八千年の昔から決まっておるのだ!』『俺は滅びゆく運命など認めない! 母なる太陽! 恵のケツ輪! 大地に芽吹くは命の煌めき!』】
何だろう、一周回って凄い気がしてきた。
「どうだいどうだい?」
目をキラッキラに輝かせながら、メアリー先輩は俺に迫る。
「い、良いと思いますよ。独特の感性ですね」
「だよね! 何か楽しくなってきてさ」
メアリー先輩が小説の楽しさに目覚めた。これは良い傾向か。
「瑛理子先輩はどうですか?」
反対側に目を向けると、新作を書いている瑛理子先輩と視線が合った。
「ど、どうかしら? コンテスト用にラブコメを書いてみたのよ」
「へえ、いつも官能小説の瑛理子先輩がラブコメですか」
パソコンの画面い目をやると、それは甘く切ない恋物語だった。
幼い頃に会ったことのある主人公とヒロインが、高校で再会する物語だ。しかも、ヒロインは過去を覚えているのに、主人公の男は知らないすれ違いもの。
「おお、これ面白いですね。じれじれしながらも、このヒロインの一途さが伝わってきます。でも、この鈍感主人公ムカつきますよね」
俺が感想を述べると、瑛理子先輩は得意げに笑う。
「でしょ。ヒロインがこんなに想いを寄せているのに、この鈍感男ときたら腹が立つんだから」
「ははっ、ぶっ飛ばしたくなりますよね」
「自分のことは分かってないのに、ラブコメだと気づくのね。鈍感大崎君」
「ん?」
何故か瑛理子先輩に鈍感扱いされた。




