第42話 めちゃくちゃ重い女
「はぁああぁ……どうしよう……」
月曜日。登校した俺は、机に突っ伏して頭を抱えていた。
「まさか……あんなことに……」
今でも脳裏に焼き付いている。鮮烈で濃厚な、真美さんとのキスが。
色々と思いを暴露され、いまだに頭が混乱状態だ。
清純でお淑やかな真美さんが、実はドS女王様だったなんて……。
「いやいやいや! 待て、問題はそこじゃない」
真美さんの性癖が問題じゃないんだ。俺は、たとえ真美さんが変態お姉さんでも受け入れる覚悟があるぞ。
問題なのは、俺とキスをしたことだよ。しかも濃厚な大人のキスを。
「あれは何だったんだぁああ!」
一人で苦悶している俺に、長瀬が近寄ってきた。
「おいおい、今日は一段と悩んでるみたいだな。また先輩女子絡みか?」
「ちちち、ちげーよ」
反論しようとしたけど、思い切り動揺してしまった。
「何だよ、また万里小路先輩とイチャイチャしちゃったんじゃねーのか」
「し、してねーよ!」
「怪しいな。体育祭でもイチャイチャしてたって噂だぜ」
長瀬が言うように、俺が瑛理子先輩に告白しとか、真美さんと一緒に弁当を食べていたとか、様々な噂が広がっている。
「あれは忘れてくれ。借り物競争で告白したけど、振られて足で踏まれたとかいう噂だろ」
「ブファ! ふっ、ふふっ」
長瀬が吹き出しやがった。なに嬉しそうにしてるんだよ。
「ははっ、あははっ、わ、わりい。つい面白くてな。告白したとか、身を挺して助けたとか、良い感じの噂だったのによ。後から、怒った万里小路先輩にお前が顔を踏まれてたって噂が出てきて、やっぱり振られたのかよってオチになって。ふっ、ふふっ」
まだ笑ってやがる。
まあ、踏まれた噂は、振られたって話と、ご褒美って話があるけど。
「それで、万里小路先輩じゃなかったら、何の話なんだよ」
「何でもねえよ……」
そうは言ったものの、この悩みを解決したい。
長瀬に聞いてみるか?
待て待て、あんなの話せねえよ!
そうだ! 知り合いの話ってことにすれば問題ないよな!
「これは知り合いの話なんだけどよ」
「ほう、恋愛相談か?」
長瀬が乗ってきた。
「その知り合いの男なんだけどさ、偶然ある女性……仮にAさんとしよう。Aさんとキスをしちゃったらしくてよ」
「ほうほう」
長瀬は興味深そうな顔で聞いている。
俺の作戦は成功だ。
「でも、それを知った別の女性……Bさんが激怒して」
「なるほど」
「怒ったBさんは、その男性にキスをしたんだよ」
「そりゃ嫉妬だろ」
長瀬の回答に、俺の頭に血が上った。
「それは違うって! 真美さんは幼馴染なんだ。瑛理子先輩に嫉妬してキスするはずがないだろ。ずっと過保護に俺を見守ってただけだし。どういう意味なのか分からねえって」
ふと長瀬を見ると、奴の顔はニマニマと緩み切っていた。
「ほう、ついにお前、万里小路先輩と望月先輩にキスしちまったのか」
「なっ! 何でそれを!」
「お前、自分で名前出してただろ。知り合いの話じゃなかったのかよ」
し、ししし、しまったぁああああああ!
作戦は失敗したぁああああ!
「くそぉ、まさかの自爆かよ。俺としたことが」
「まあ武士の情けだ。他の奴には秘密にしといてやるよ」
「ありがてえ。さすが新選組局長」
「近藤じゃねえよ、長曽祢虎徹だよ!」
自分で長曽祢虎徹って言っちゃってるじゃねえか。
ホントは虎徹ネタを喜んでたんだろ。
「長瀬、お前はどう思う? 真美さんは何を考えているんだろ……」
「だから嫉妬だって」
長瀬の話が嫉妬から離れない。
聞いただけ無駄だったか。
「あああ、俺は真美さんとどうしたら良いんだ。もう気まずくて顔を合わせられないぞ」
「告白すれば解決じゃね?」
「こ、こここ、告白ぅ!」
ビックリして声が裏返ってしまった。
俺が真美さんに告白なんて……。
「そんなの無理に決まっ…………」
真美さんに告白する想像から、悲しそうな表情の瑛理子先輩を思い浮かべてしまった。
あの超美人なのに、不器用で対人関係がダメダメな人を。
何でだろう。あの人を見ていると、俺が何とかしてあげたいとか、俺が傍についていないとって思ってしまう。
ドSで塩対応で性格がキツく見えるけど、本当は真面目で優しくて、たまに周囲が見えなくなってしまう可愛い先輩。
この想いが何なのか、もう俺にも分からなくなってきた。
「やっぱり、こりゃ重症だな。大崎のそれは、恋の病ってやつだろ」
長瀬が一人で納得している。
恋の病いだと?
そうだよ、俺は真美さんも瑛理子先輩も、どっちも好きなんだよ。
でも、相手の気持ちが分からないから悩んでるんだろ。
◆ ◇ ◆
「夏休みの合宿は、七月二十七日からでどうかしら? ねえ、聞いてる?」
放課後の部室、瑛理子先輩が話をしていたのだが、考え事をしていた俺は聞き逃してしまった。
「えっ? すみません、聞いてませんでした」
「この生意気後輩、ほんとダメダメだしぃ」
聞き返した俺に、雅先輩がダメ出しをした。
「うっ、確かに……。ダメダメだな」
「あ、あんたがそんなだと調子狂っちゃうんですけどぉ。何なのよぉ」
雅先輩にまで気を使わせてしまった。
「夏合宿の話をしていたのよ。大崎君、どうしちゃったのよ?」
瑛理子先輩が俺の顔を覗き込んできた。
透き通るように綺麗な瞳が、俺を真っ直ぐに見つめる。そして、柔らかそうなピンク色のくちびる。
思わずドキリとさせられ、俺は目を逸らしてしまった。
「す、すみません。考え事をしていて」
「そう。何か悩みがあるのかしら?」
「い、いえ……」
気まずくて瑛理子先輩と目を合わせられない。
まるで浮気をしてしまったような気持ちだ。付き合っていないのに。
「怪しいわね。今、目が泳いだわよ」
「うっ」
どうする? ここは瑛理子先輩に女心を聞いてみるとか?
待て待て待て! 長瀬の時みたいにバレるとマズい。もっと例え話を捻らないとダメか。
そ、そうだ! 知り合いの話じゃなく、アニメの話にしよう。それだ!
「瑛理子先輩、これは好きなアニメの話なのですが」
「どうしたのかしら、急に」
瑛理子先輩が面食らった顔をしている。
だがもう突き進むしかない。
「ラブコメ作品で、主人公とA子が付き合っていたとします」
「唐突ね」
「しかし主人公は、A子がいながらB子とエッチなことをしてしまい」
「寝取られ系かしら?」
瑛理子先輩の顔に、困惑の色が浮かぶ。
「さて、それを知ったA子は、主人公をどうしたでしょうか?」
「極刑一択ね」
まさかの死刑宣告だった!
「じょ、冗談よ。創作の話だったかしら」
そう言って瑛理子先輩は髪をいじる。
「官能小説やNTR系作品なら定番の展開ね。好きな人には受けそうだけど。でも、恋愛系やラブコメなら、修羅場まっしぐらよ」
「で、ですよね」
やはり修羅場か。アニメだったら、主人公が刺されて『このコーナーは諸事情により、映像が差し替えになりました』とテロップが流れそうだ。
「まあ修羅場展開が好きな読者もいるわね。でも……」
瑛理子先輩は続ける。
「これが現実だったら許さないわ」
「えっ」
ゾクゾクゾク!
瑛理子先輩からドSオーラが湧き出てきた。
「裏切った大崎君は、地獄を見ることになるわね」
「やっぱり鮮血エンド! てか、何で俺っ!」
怖っ! 瑛理子先輩、超怖い!
「ふふっ♡ 何か心当たりでもあるのかしら?」
口元に笑みを浮かべた瑛理子先輩が、俺をジッと見つめる。
やめてくれ、真美さんとの件を勘繰られているみたいで怖いのだが。
「え、瑛理子先輩、す、ストップ」
後ろめたい俺は、自然と後ずさる。
「もう、そんなに怖がらなくても良いじゃない」
「瑛理子先輩って、重そうな女っスよね」
雅先輩の余計な一言で、瑛理子先輩の動きが止まった。
「え、えっと……私って、そんなに重そうに見えるかしら?」
「めちゃくちゃ重そうっスよ。重い女日本代表っス」
「ううっ」
めちゃくちゃ重い女の瑛理子先輩がヘコんだ。
「そ、そんなに重くないはずよ。そりゃ、付き合う人は全てを投げうって欲しいし、好きな人とは二十四時間一緒にいたいし、終わるときは一緒に死んでほしいけど」
「めちゃくちゃ重い!」
「めちゃくちゃ重いっス!」
俺と雅先輩の声が重なった。
やっぱり瑛理子先輩は想像どおりだった。
「だから冗談よ。本気にしないで」
そう弁解する瑛理子先輩だが、やっぱり重い女な気がする。もし付き合ったら、激重感情になりそうだ。
あれっ? これ詰んでないか?
狂気ヤンデレっぽい真美さんと、めちゃくちゃ重い瑛理子先輩に挟まれて。どっちに転んでも鮮血エンドでは?
付き合ってないけど。
そんなこんなで、俺の問題は何も解決しないまま、夏休みに入るのだった。




