富裕層の選択
気候危機が、まるで病のように地球全体を蝕んでいた。空は焦げた鉄のように赤黒く、昼も夜も境目なく熱が押し寄せ、都市はうめき声を上げる巨大な炉と化していた。そんな中、ほんの一握りの人間ーー莫大な富を持つ者たちは、別の道を選び始めていた。
彼らは、自らの資産を躊躇なく投じた。狙いはただ一つ。自分たちだけが逃げ延びるための道ーー「脱出ロボロケ」と呼ばれる、特注の宇宙脱出ロケットの建造である。
ある晩、都心の超高層ビル最上階にある財閥家の会議室。壁一面のガラス窓から見えるのは、赤く濁った夜空と、遠くで閃く稲妻。室内の空調は全力で稼働しているはずなのに、空気はどこか重く、肌にじっとりと張り付く。
テーブルを囲む男たちの一人が、冷ややかな声で口を開いた。
「地球はもう終わりだ。もはや何をしても戻らん」
別の男が、低くうなりながら頷く。
「だから、我々は次の星へ行く準備をするべきだ。生き残れる者だけで、新しい世界を築くんだ」
末席に座る若い後継者が、不安げに問いかける。
「……全員を救うことは、本当に無理なんですか?」
すると重役の一人が、鼻で笑いながら答える。
「理想を語る時間はもうない。我々さえ助かれば、それでいい」
その瞬間、空気が凍りついた。会議室の外で待機していた執事や秘書たちは、聞こえた言葉を心に刻みながらも、顔には何一つ出さなかった。
数日後、富裕層から依頼を受けた技術者たちが秘密裏に集められた。彼らの前に提示された報酬は、宇宙脱出ロケット建造の貢献度により選ばれる富裕層との地球脱出であった。
しかし、それが何を意味するか、全員が分かっていた。
「……この船は、選ばれた者だけのものだ。あなたや私が確実に乗れる保証はない」
そう囁き合いながらも、誰も設計図を拒むことはできなかった。
鉛筆が紙を走る音、キーボードを叩く音が、夜を徹して響く。外では熱風がうなり、時折、赤い稲妻が地平線を裂いた。
こうして、富裕層だけの宇宙船団計画は、誰にも知られぬまま、着実に進んでいった。