独立国家サチの決断
サンブック国の地図の真ん中に小さく記された名前ーー独立国家サチ。
それは、ほんの数十年前に誕生した新興国だった。面積は小さい。資源も乏しい。だが、その国には他国にはない武器があった。
それは、揺るぎない結束力と、生き延びるためなら全員が命を投げ出す覚悟だった。
国家サチは、今や世界で数少ない「まだ人が屋外で息ができる国」のひとつ。
国家サチの代表カイト夫妻が開発したバリアに守られた国の空は夕焼けのように赤く、日中は肌が焼けるような暑さだが、夜にはまだわずかな涼風が残っていた。そこに住む人々は、互いの名を知り、互いの家の子どもの成長を見守る。災害時には知らない家のドアを叩いてでも助けに行く
ーーそんな小さな奇跡のような国だった。
カイト夫妻・・・カイトとその妻サチ。二人は、世界的に名を馳せた科学者であり、同時にこの国の国民から「地球を救う希望」として崇められていた。
現在、彼らが研究していたのは、
空気中の二酸化炭素(CO₂)を凝縮し、固形化して無害化する技術だ。成功すれば、地球を覆う温室効果ガスを取り除き、気温上昇を止められる可能性があった。
しかし、会議室で広げられた地球の模型を前に、カイトは深く息を吐いた。
「……だめだ。この速度では間に合わない」
横に座る妻サチが唇を噛みしめる。
「私たちがどれだけCO₂を凝縮しても……地球全体を覆う量を完全に除去するのは……無理よ」
その場にいた研究員の一人が、声を出した。
「無理と言わないでください! あなた方は、この国、いやこの地球の最後の希望なんです。」
サチは椅子から立ち上がり、目を潤ませながらも言い返した。
「わかってる! でも現実を直視して! 問題はもうCO₂だけじゃないの!」
カイトが壁のホログラム映像を指差す。映りだされた地球の外殻を示す部分に、赤い光が脈動していた。
「……見てくれ。大気組成そのものが“活性化”している。地球の外殻を押し広げるように膨張しているんだ」
部屋が静まり返る。誰もが理解していたーーそれが何を意味するのか。
研究員の一人が、恐る恐る口を開く。
「……もし膨張が続けば……」
「近隣の惑星の軌道や気候にまで影響を与える」カイトが言葉を継いだ。「もう地球だけの問題じゃない。太陽系全体を巻き込む災厄になる」
机の上の資料には、火星の気温上昇や金星の異常な風速増加のデータが並んでいた。
サチが小さく呟く。
「私たち、人類は……自分の星だけじゃなく、隣の世界まで壊そうとしている……」
その言葉に、場の空気はさらに重くなった。
だが、国家サチの人々は諦めなかった。
市民集会では、老人が杖をつきながら壇上に立ち、若者に向かって叫ぶ。
「ワシらは逃げんぞ! 富豪どもは宇宙に逃げるかもしれんが、ワシらはこの星を守る!」
若い女性が涙をこらえながら握り拳を突き上げる。
「カイト、サチ! 私たち、何でも手伝います! 実験でも作業でも!」
子どもたちまでもが、自作の紙ポスターに『地球をまもる!』と描き、研究所の前に並んだ。
カイトはその姿を見て、胸が締め付けられる。
「 この国は、世界の最後の希望だな」
サチが小さく頷く。
「ええ……でも、希望は行動でしか守れない」
こうして国家サチは決断するーー
「我々は、逃げない。立ち向かう」
赤い空の下、小さな国が、巨大な地球と太陽系の運命を背負って動き出した瞬間だった。




