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エマの案内で移動した先は、ドレス部屋――しかし普通のドレス部屋ではなく、ウエディングドレスだけが用意された大きな箱――であった。
白いドレスが数え切れないほど並んでいる。その半数がトルソーに着せられていると言えば、この部屋の広さがどれほどなのか簡単に想像がつくことだろう。
「さあ、こちらに様々なものを取り揃えましたよ」
エマに促され、その部屋に踏み入れる。エルフリートがちらりとロスヴィータを見れば、彼女は「さすがに多すぎではないか?」と呟いたところだった。その姿は普段通りで、エルフリートのような気持など全く抱いていないように見える。
「多すぎるだなんてとんでもない! ロスヴィータ様はかなり凛々しくていらっしゃるので、たくさん試着しながらどの系統がイメージ通りになるか考えていく必要があります。
私としましても、お二人のお眼鏡に適うドレス選びに妥協したくはありませんし」
そう言って彼女はぎゅっと握った拳を可愛らしく上下させた。どうやらエマは、エルフリート並に気合いが入っているようだ。
エルフリートはこの頼もしいスタッフに向けて「ありがとう」と口にした。
新郎の衣装は花嫁のドレスに合わせる為、エルフリートはロスヴィータのドレスデザインを決めるのが先だ。国によっては花嫁のドレスに花婿は関わってはならない事になっているらしいが、グリュップ王国は夫婦となる為の大切な試練として新郎新婦が共同で取り組む事を推奨していた。
結婚式の準備は家の格式を下げないようにしなければならないが、新郎新婦の親が口出しして良いのは招待客の選定のみである。会場や式の内容、衣装について、資金援助だけが許される。
……新郎新婦から相談を受けた場合の助言も例外的に許されているが。
親の邪魔をされずに新郎新婦は好き勝手できるものの、やりすぎないようにするのが常識であった。
という事で、ロスヴィータとエルフリートがどちらも新郎の衣装を身にまとう案は最初から出なかった。つまり、ロスヴィータはドレス一択なのである。
因みに、この“大切な試練”に口を出すなという考えは衣装デザインにも適応される。デザイナーに丸ごと任せるのはあまり良しとされないのだ。
ある程度の方向性まで新郎新婦が決め、それに合わせてデザイナーが衣装をデザインしていく事になる。
よって、衣装デザインの善し悪しは、新郎新婦のセンス次第である。もちろん、センスが悪くともデザイナーがその能力でなんとかしてくれるというのが通説ではあるが。
ロスヴィータが最高の花嫁になれるかどうかはエルフリートの手腕次第。
ロスヴィータのドレスについて結婚の話題が出始めた頃から考えていたエルフリートだったが、彼女の衣装をどうするか考えあぐねていた。ウエディングドレスは、難しいのだ。
ロスヴィータの場合、まず顔が強い。化粧次第で女性らしくできるが、男顔である。爽やか王子様の顔をしている彼女にふわふわのドレスを着せても似合わない。だからと言って、レースをふんだんに使ったタイトなドレスは、すらりとした筋肉を地味に目立たせる。
いっそ堂々と彼女の筋肉を見せてしまっても良いが、そうすると花嫁という感じがしなくなる。こうなるともはや、白いドレスを着た人である。
化粧なしでラフな格好をしているロスヴィータは、ただの好青年といった風貌である。髪の毛を伸ばしてはいるものの、それはただ“高位貴族”の証にしか見えない。
それくらい、ロスヴィータは顔も体も王子様だった。
彼女らしく、しかし女性的なドレスを、となると……今までエルフリートが選んできたどのドレスデザインも使えない。ウエディングドレス選び難航の予感がするのは当然の事であった。
選ぶのは楽しみだ。心も踊っている。しかし、その予感がエルフリートを密かに不安にさせる。ずらりとドレスが並ぶさまを見ていたら、不安が足首を掴んできた。優秀なスタッフであるエマは分かっていたのだろう。
彼女はやや緊張した表情をしているエルフリートに向けてにこやかな笑みを向けた。
「では、まずはおそらくきっと似合わないだろうドレスの形から一応紹介しますね」
まろやかに仕損じている言葉に思わず苦笑する。エマがにやりと口の端を歪めたあたり、確信犯のようだ。なんとできた人だろうか。
「着脱に時間がかかるだろうから、衣装を服の上から合わせるだけで頼むよ」
「もちろんですとも!」
ロスヴィータは朗らかな態度をそのままにエマが指し示すエリアへと向かう。そこには、確かにひらひらのふりふりで、女装したエルフリートの方が似合いそうなドレスがたくさんあった。
フリルがふんだんに使われたものが多く、またスカート部分のボリュームもかなりある。移動するのも大変そうだ。シフォン系のふわりとしたドレスも十着以上あり、こちらはまさにエルフリートの為にあるような意匠のものばかりだった。
おそらくきっと、などというレベルではない。これは絶対に似合わない。
エルフリートは堂々と「だから似合わないって言ったではないか」と笑うロスヴィータの姿を眺めてゆるい笑顔になるのだった。




