第百八話 故国への裏切り……?
ペペリ・アルテューマ。
アラクネの姉の一人で、アルテューマ三姉妹の一番上。
アルテューマ家の長女……それがペペリだ。
「お久しぶりです! 母上!」
「ああ、久しぶりだなペペリ、息災で何よりだ」
王都へと上京し、騎士になっていた彼女はしばらく帰郷していなかった。
今は騎士として経験を積み、いずれ母から故郷を任される日が来たら帰還して爵位を継承するという事になっていたためなのだが……。
しかし今は国家間の戦争という緊急事態、かつて母と決めた取り決めも今は母に許可を得て取り下げ……対北部部隊の長として、北部へ向かうためここを通ることになっている。
今日は国境通過手続きのため、一晩泊まっていくわけだが……。
しかし、ペペリは少し違和感を覚えていた。
「あれ……アラクネ、もしかして少し大人になった?」
「ふふふ、お姉様ったら……いつまでも私を子供だと思ってるんですね」
「あはは、へそを曲げさせちゃったかな? だって……私にとってアラクネはいつまでだって子供なんだもん、短期留学で私の家で暮らしていた日が懐かしいなあ」
なんだかアラクネの体が、昔より少し発達しているような気がしたのだが……。
しかし、思えば彼女は成長期なのだ。
少しくらい成長していてもおかしくないか……とペペリは思い直す。
ちなみに、何故体のサイズが大きく見えるかというと怪人化に際して若干肉体が成長したのと、多腕をごまかすために背中の手を胸の方に持ってきて胸が大きくなったように見せかけているからなのだが……。
アラクネは内心「にしてももう少し疑うものかと思っていた」と呟く。
一方ペペリは「アラクネもそんな年かあ、早いなあ……私のサイズも抜かされるかも」と感慨深げだ。
しかし……突如ペペリはハッとなり、手を叩く。
「そういえば母上、私最近凄いことに知っちゃったんですよ」
「凄いこと……? それはいったい?」
「この間、飼ってる蛇が交尾してたんですけど、蛇って全身でグルッグルに巻き付きあうし何日も続けるんですよ! もしかして、サーペンタインのウロボロス様でしたっけ、彼女もするときはこんな感じなんですかねえ?」
ハッとしたから、何か重要な情報を漏らすのではと思ったらこれだ。
カーリーは思わず机に顔をぶつけてしまう。
そんな姿を、ペペリは何をしているのか分からないといった表情で見ていた。
きょとん、という擬音が似合いそうなくらいのぼんやりした顔だ。
さて……ここでペペリ・アルテューマという人物について解説しよう。
ペペリは現在21歳、カーリーからの教えにより剣術魔術双方に優れた才を見せる才女だ。
その剣技と来たらアラクネが剣の道を諦めるくらいの冴えを見せ……魔術に関しても、プロフェッショナルという程ではないが人並み以上の腕を持つ。
特に筋力増強魔法を得意とし、そのパワーと来たら元々の腕前と併せて歯止めがきかなくなるくらいだ。
ワルトやケラススといった人類最上位の存在には及ばないだろうが、それでもそこに次ぐだけの実力は有している。
正直に言えば、クリムゾンフレアと同じくらい強いかもしれない。
だが……彼女には一つ大きな問題点がある。
それは、とんでもなく呑気で天然なのだ。
常に笑顔、マイペース、悠々自適、のんびりや……。
それでいて国への忠義は母仕込みでとても強い、言うなれば洗脳をはじめとして精神干渉使いに対してトップクラスで相性が良い……もはやいっそトップメタなのではないかというぐらいの存在なのだ。
そんな彼女を洗脳するには、やはり直接脳に干渉するしか有るまい。
というわけなのだが……。
その為にはまず、彼女がそのタフネスで抵抗しない状況を作る必要がある。
なのでカーリーとアラクネがペペリに対して何かしら隙を作ろうとしている中、クリムゾンフレア達は近場の部屋で出待ちをしているわけだ。
……うん、わけなのだが。
「それにしても母上、久々の自宅って懐かしいですよねえ、昔はよくここで妹たちとかくれんぼしたなあ、体の弱いソルティーでもかくれんぼなら平気でしたし、実は今もソルティーがそこの部屋に隠れていたりして! ……あっ」
「あっ」
「えっ!?」
ドアが開かれ、思い切り見つめ合うクリムゾンフレアとペペリ。
流れる沈黙……。
まさか会話中に急に席を立ち、部屋のドアを開けるほどマイペースだなどとは思っていなかった。
おかげで、いつでも出られるように鍵をしめていなかったドアはあっさり開き、こんな気まずい空気が流れている……。
その沈黙と硬直を断ち切ったのは、ペペリだった。
「あ、どうも……えーっと、そのお顔覚えてます、王都の方の空に映ってたクリムゾンフレアさんですよね」
「……あ、ああ……クリムゾニア皇帝クリムゾンフレアだ」
問いかけられ、馬鹿正直に答えてしまうクリムゾンフレア。
そんな彼女に、ペペリはうんうんと頷く。
そして一拍おいて目を見開いた。
「ええっ!? なんで敵国の皇帝陛下がこちらに!?」
「反応遅っ!」
「いやあ、それほどでもないですよ」
「いや、褒めてないから!」
ボケるペペリ、突っ込むピーヌス。
完全にペースを奪われている。
もしかすると今までで一番ヤバイ相手なのかもしれない、色々な意味で。
このまま彼女のふわふわとした空間に飲み込まれれば、完全に主導権を握られてしまう。
「で……なんでこちらにいらっしゃるんですか? 母上達とはどんな関係で?」
「私達は、この国の間違いを正すためにクリムゾンフレア様に従う道を選んだのだ」
「おお……つまりは、国を裏切ったんですね! ヒューッ、だ・い・た・ん!」
「姉上、何ですかそのうざったいリアクション」
両手をクロスさせ、親指と人差し指だけを伸ばして二人を指さすペペリ。
足に至っては右足を曲げて左膝に付けている。
確かにこれはうざったい。
「じゃあいいや、私も裏切りまーす!」
「そうだな、ペペリよ……心苦しいが親子での戦い……へっ? は? んんんっ?」
「私も裏切りまーす!」
「違う、聞こえてなかったわけじゃない!」
あっけらかんと裏切り宣言をするペペリ。
その顔は満面の笑みだ。
何を考えているかよく分からないので、クリムゾンフレア達は警戒しながら近付いていく。
これで急に剣を振るいだす可能性だってあるのだから油断できない。
一方、アラクネ達は彼女が何を言っているのか理解できない様子だ。
「お、お前……あれだけ忠義を抱いていたのに、何を?」
「えー、それいうなら母上もじゃないですかー」
「私は! クリムゾンフレア様により真の正義を知った! お前は! 何のきっかけもない!」
「きっかけならありますよ! 二人がその道を選んだのを知ったんで!」
胸を張るペペリ、だがやはりアラクネ達には彼女が何を言っているのか分からない。
そんな彼女に対して、ペペリは「しょうがないなあ」といわんばかりに指をふった。
ご丁寧に口を鳴らすのも忘れていない、百点満点のイライラする動きだ。
「元々、私本当は国への忠義なんて無いんですよ」
「は……? いや、だが私が教えた護国の精神をお前は……」
「それはお母様がこうしろって言うからそうした、ってだけの話ですからねえ、本気で国のこと思ってなんかないですよ!」
堂々ととんでもないことを言い放つペペリに、またも空気が凍る。
一方ペペリは、自分は当然のことを言っただけだと胸を張って満面の笑み。
いや……そんな笑顔が少し半目になっている。
正直とても怖い顔だ……。
「子供の頃から護国の精神を抱け、我が子たる者かくあれかしって母上に教えられてましたからね、ようはそれって……家族で居続けるには護国の使命を持ってなきゃいけないってことなんでしょ?」
「なるほど……そう言う気持ちを持っていないと相応しくないって意味に取れるわね」
「でしょでしょ、私したいことなんて家族で居続けるしか無いんで従ってましたけど、母上が護国の精神を捨てたんならもうそれでいいや、ぽーい! ってことですね!」
騎士勲章を引きちぎり、放り投げながら爆笑するペペリ。
そのハイテンションに一同若干引いてしまう。
一方のペペリは解き放たれたようなスッキリした顔だ。
自由人、ぼんやり、マイペース、そんな彼女に護国の騎士などという立場は本当に重圧だったのだろう。
「クリムゾンフレア陛下! 子供に我慢をさせるようなこんな国、ぶっ壊してくださいね! 応援しますし協力もしますから!」
「う……!」
「あ、ああ……よろしく頼む……アラクネ、カーリーのメンタルケアをしてやってくれ」
ペペリと握手をしながら、苦笑するクリムゾンフレア。
そんな彼女に促され、アラクネはとりあえずカーリーの頭を撫でる。
穏やかな雰囲気が流れるが……しかし、ピーヌスはペペリが一瞬カーリーを睨んだような気がした。
だが、すぐに表情は元の笑顔に戻る。
気のせいなのかは分からない……だが、一度ペペリに聞こえない場所で相談をする必要があるのかもしれない。
そう考えながら、ピーヌスはこっそりとクリムゾンフレアの腕を引き、先ほどの部屋へ戻るのだった。




