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夏休みは妖怪と  作者: 森尾
今はまだその名を知らない
5/19

5話



その晩、僕は夢を見た。

しかし夢と呼ぶには余りに意識がはっきりとしている、これが噂に聞く明晰夢(めいせきむ)というやつだろうか?

暗い道をただただ歩いている、辺りは闇に塗りつぶされ一寸先も見えない。すると遠くに小さく揺らめく光が幾つも灯り僕はそれを目印に奥へと進んでいった。

ある程度近くまで来ると揺らめくそれが無数の火の玉であることに気付く、しかし不思議と怖くはない、その火を見ていると何故か心が落ち着く。


無数の火の玉が揺らめく中に、老いた狐が一匹、こちらをじっと見ていた。


その狐がただの獣でないことは一目で分かった、黄金色(こがねいろ)に輝く瞳には理性がある。

その瞳の色はどこまでも、どこまでも深く、気を抜くと吸い込まれてしまうような錯覚を覚えた。しばらく見入っていると突然声を掛けられハッとした。


「良きかな良きかな。わっぱよ、この(わらわ)めを恐れぬか」


どうやら目の前の狐が喋ったようだ、此方(こちら)に向ける口調は尊大(そんだい)な物だが違和感は感じない、むしろ似合っていると言ってもいい。


「ほれ、もちと近うへ。

なあに今宵は(ただ)の夢、多少の無礼も咎めはせん」


その言葉に従い僕は狐の前に向い合う形で腰を下ろした。そういえばお互いの名前をまだ知らない、このままでは不便だと思い自己紹介をする。


「僕は染井 誠って言います、"狐さん"の名前は? 」


すると、一瞬呆気にとられたかと思うと突然笑い出した


「クハハハハハ、妾を"狐さん"とな?いやはや、ほんに恐れを知らぬわっぱよな」


何か失礼なことを言ってしまっただろうか?僕が謝ろうとすると狐がそれを制す。


「良い良い、言うたであろう"多少の無礼も咎めはせん"と、それに元より腹など立てておらん。

まぁ知らずとも当然か。妾のことは……そうよなぁ……"古狐(ふるぎつね)"とでも呼ぶがよい」


老いた狐改め、古狐様がこの明晰夢(めいせきむ)の原因だろうか?

僕はそう考え問いかける。


「おお!そうであった、そうであった。ちと頼み事があってな?妾が夢うつつへと誘ったのよ。無論請け負わずとも許す。"頼み事"(ゆえ)な 」


頼みというのはなんだろう?

自慢じゃないが僕はどこにでもいる普通の高校生だ、特別な何かを持っている訳じゃない。……まさか


「そう身構えるな、誰も取って喰らおうなぞ思うておらぬわ。手隙(てすき)(おり)でよい、わっぱには妾の孫娘を構って欲しいのよ」


よかった……

しかし、古狐様の孫を構って欲しいとはどういう事だろうか?


「今、遠い親族の孫娘が妾の元へと修行に来ておるのだ。ところがそやつ人に化けるのが滅法(めっぽう)苦手故な?

其処(そこ)で妾の頼み事、人を間近で見ておれば化ける勝手も分かろうものよ。それに(あやかし)と縁を繋ぐ者ならば尚の事と思うてな」


それなら別に問題ない、生憎と時間はたっぷりある。一緒に遊ぶだけでいいならお安いご用だ。


「む?そうかそうか請けてくれるか。なに、タダで済まそうとは思うておらぬ、いずれ礼はする故な? 」


「お礼なんていいですよ、僕もヒマを持て余してたんで」


「そう言うでない、狐の怨みならばいざ知らず、礼を受けて損は無い」


そこまで言われたら断るのも失礼だろう、僕は素直に頷いた。


「うむ……そろそろ夢も醒める頃合いか。

(ふもと)の神社、黄昏山へと歩を進めればおのずと辿り着く、其処(そこ)で再び相見(あいみ)えようぞ」


古狐がそう言うや否や、視界がグラリと傾いた。はっきりしていた意識がだんだんと曖昧になってくる、……そして僕の思考は途切れた。



僕が消えた夢の中、古狐は小さな独り言を呟く。


「あの子が言うた初めての我が儘でもあるからな、もうしばし付き合うてやろう」





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