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恋人ごっこ~彼女と彼の一ヶ月間の勝負~  作者: 天音 花香


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33/40

あと数日になりました

 桜の蕾が少しずつ膨らんできている。


 昼休みに刻を待ちながら亜貴は桜の木を眺めていた。


 刻との勝負はあと四日。桜が咲く前になるか、咲いてからになるか。


(たぶん四日じゃ咲きそうにないわね)


「亜貴」


「刻。樋口先輩、合格してて良かったわね」


「ああ。今日、たぶん学校に報告に来るぜ」


「そう」


(おめでとうございますだけでも言いたいな。お土産も出来れば直接渡したいし)


 亜貴の気持ちを読んだのか、刻が、


「職員室、後で行ってみれば?」


 と言った。


「うん。そうする」


 二人はいつものように「いただきます」と手を合わせて、お弁当の蓋を開けた。


「一ヶ月って案外早いわね」


「ああ。でもまあ、色々あったな」


「うん」


 いつも通りにおにぎりを一つ刻の弁当箱に入れる。


「サンキュ! でも亜貴は腹すかねーのか?」


「ダイエットしてるからちょうどいいの」


「する必要なんてねえと思うけどな。まあ、ありがたく頂くけど」


 刻は亜貴からもらったおにぎりを口に入れる。


 そよぐ風が柔らかく二人の頬を撫でた。ほんのり甘い暖かい風。別れと出会いを呼ぶ風。亜貴は今更ながら三年生は卒業したんだなと思った。


「円上先輩は入試どうだったのかしら?」


「兄貴んとこに受かったって連絡あったぜ」


「そう、良かった!」


 高校生活の三年間はあっという間なのかもしれない。中学生の時に必死で勉強して高校を受験した。その三年後にはまたそれぞれの進路に進んでいく。高校とはまた違う、広い世界にだ。亜貴は少し不安になる。来年の自分はちゃんと進路を決めてその通りに進めているだろうか?


「どうした?」


「来年の今頃、私進路決まってるかなと思って」


「まあ、思い通りに進めるかは分からないが、どこかに決まってるさ」


「どこかにって……」


「言い方は悪いかもしれないけど、思い通りじゃない方が返って後から良かったってこともあるかもしんねぇし。未来なんて分からないもんだよ。ただ、今を大切にして、より良い未来を作るしかない。後悔したくないなら、今頑張るしかないと俺は思うね」


 刻の意見に亜貴は驚いた。刻は亜貴が思っている以上に自分と向き合っているんだろうと思った。そして、亜貴よりも大人だと。


「私、もっと今と向き合うよう頑張る」


「おう。悩んだ時はお互い相談しようぜ」


「うん。そうね。ありがとう」


 刻の言葉が嬉しくて、亜貴は素直に言った。




「ごちそう様でした。


私、職員室行ってみる」


 弁当箱を直して立ち上がった亜貴に、


「おう。もし会えなかったら、今日、部活の後でいいなら、家来るか? 直接ハンドタオル、渡したいんだろ?」


と刻が声をかけた。


「いいの? 玄関のとこで樋口先輩に渡せればそれでいいから。


私一度帰るね。刻の家の近くの駅で待ち合わせでもいい? 」


「おう。ついでに晩御飯でも食べてけば?」


 刻の言葉に亜貴は目を丸くした。


「や、あの、それはちょっと急だし申し訳ないから……」


 刻は首を傾げる。


「別に今から母さんに連絡すればいいし?」


「だ、だって、私、刻の本当の彼女じゃないから、なんか……」


 亜貴は目を泳がせて言った。


「ああ、そういうこと? 別に友達って紹介してやるよ」


「……う……ん」


 亜貴はそう言われると何も言えなくなった。だが、家となると、敷居が高く感じられる。亜貴は自分の家に急に刻を招けるかと考えた時、ノーだと思った。


「何考えてるか分かんねーけど、うちはよくさゆり姉が来てた家だぜ? 気にしねーって」


「そ、う……?」


「まあ、亜貴が嫌なら無理強いはしねえけどな」


 刻が少し寂しげに言ったので、亜貴は、


「分かった。じゃあ、職員室で樋口先輩と会えなかったら、刻の家にお邪魔して、夕飯頂くね」


 と返事をしてしまった。





 焔がいるようにと祈りながら職員室に亜貴は行った。だがそこに焔の姿はなかった。亜貴は腹をくくった。




 亜貴は授業が終わると早々はやばやと家に帰った。


「お母さん、今日、夜ご飯いらないから」


「あら、そうなの?  例の友達以上彼氏未満の人と食べるの?」


 奈津の表現に亜貴は複雑な顔になる。


「……まあ、そんな感じ」


 亜貴は自室に入って、ハンドタオルにカードをつけて一言添えた。


 そして、鏡の前でどんな格好をしていこう? と悩む。友達としていくのだから、お洒落はする必要なんてない。でも焔もいるから変な格好は出来ない。


 結局、亜貴はスキニーパンツにストライプのシャツ。その上にニットのロングカーデを羽織って家を出た。


 刻の家の近くの駅に十七時半に待ち合わせだったので、その五分前に駅に行くと、すでに刻はいた。


「おう」


「部活、お疲れ様」


「ん。じゃあ俺んちこっち」


「は、はい」


 変な返事をした亜貴を刻が振り返る。


「緊張なんかしなくていいのに」


「だって、初めてのお宅だし、樋口先輩の家でもあるし」


「いつもの亜貴でいいよ。多分、兄貴も亜貴が暴走女なのは分かってると思うし」


「暴走女……。そう言われればそうなのかもしれないけど、ちょっとショック」


 はあ……とため息をついた亜貴の後ろに回り、刻はその背中を押した。


「落ちこまない、落ちこまない」


「ちょっと、やめてよ!」


「次の道右に曲がってすぐの左の家だから」


「分かったから、背中を押すのやーめーてー!」


「バカ、大声だすと近所迷惑になるだろ?」


 刻は言いながら背中から手を離した。


「仲良いんだから悪いんだか。いらっしゃい、高城さん」


 門の前で焔が待っていた。


「ひ、樋口先輩! 合格おめでとうございます!!」


「ありがとう。まあ、まずは入って、高城さん」


「そうそう、入り口でそんなめいいっぱいお辞儀されると邪魔なんだよ」


「刻、なんでお前はそんなに口が悪いんだ」


 焔が開けたドアから恐る恐る中に入ると、


「いらっしゃい! 貴女が高城さんね。よく来てくれたわね」


 と二人の母親だろう女性が亜貴を迎えた。夕飯のいい匂いがする。


「初めまして。高城亜貴といいます。お邪魔させて頂きます」


「どうぞどうぞ!」


 家の中に入り、まず焔に亜貴は声をかけた。


「これ、この前貸して頂いたハンカチ、ぐちゃぐちゃになったのでこちらを代わりに受け取って下さい」


 亜貴が包みとカードを渡すと、焔はカードを読んで、


「開けていい?」


 と尋ねた。


「もちろんです」


 焔は出てきたハンドタオルに、


「イルカの刺繍がポイントだね。これからの時期に助かるよ。ありがとう」


 と微笑んだ。


「昨日はじゃあ、水族館に行ってたの?」


「はい。私の我儘を刻……くんが聞いてくれて」


「何、わざとらしく君付けしてるんだよ?  いつものように呼び捨てでいいって」


 刻の言葉に亜貴は軽く刻を睨んだ。


「さあさあ、話はそこまでにして。ご飯食べましょう?」


 刻の母がパンパンと手を叩き、ダイニングに案内する。


 テーブルの上にはポテトサラダ、唐揚げ、スープなどが所狭しと並んでいた。


「急にお邪魔して、申し訳ございません」


「いいのよ、座って」


「はい」


 刻が亜貴の椅子を引いて、座れと促す。亜貴の向かい側には刻の母、その隣に焔、亜貴の隣に刻が座った。


「父さんは今日は遅いの?」


「残業だそうだから、私たちは先に食べてていいの。さ、食べましょう!」


「頂きます」


 四人の声が重なった。亜貴はポテトサラダを食べて、


「美味しい」


と呟いた。


「だろ? 俺も母さんのポテトサラダ好きだ」


 刻が自分が褒められたように満足そうに言った。


「唐揚げも美味しいです」


「遠慮しないでどんどん食べてね」


 亜貴は一人っ子なので、母と二人で食べるか、父が帰ってきていても三人だ。四人での食事はなんだか新鮮だった。焔はイメージの通り静かに行儀よく食べている。刻はいつものように豪快に食べていた。刻の母はそんな二人を見て幸せそうに微笑んでいる。


「ほら、箸止まってるぞ?」


 刻に言われて、亜貴はまた唐揚げに箸を伸ばした。刻の母は目を細めてそんな亜貴を見ていた。


「最近はさゆりちゃんも前みたいには来ないから、寂しかったけど、やっぱり女の子がいると場が華やぐわね」


「いや、こいつがいても華やぎはしないって」


「刻」


 焔に咎められて、刻は肩をすくめた。


「いえ、本当に私は円上先輩と同列にされると申し訳ないです」


 亜貴は恐縮しながら言った。


「そんなことないわよ? いつも男ばかりだから味気ないのよ」


「でも、樋口先輩と刻はむさくるしい感じではないですよね」


「まあ、それはそうね」




 最初は緊張していた亜貴だが、箸が進むとともに緊張も解けていった。焔と刻の幼い時の話などを聞いて、亜貴は楽しげに笑う。


「焔は意外とマイペースなのよ。刻は下の子だから要領はいいけど、でも意外と気にし過ぎるところがあるの」


「気配りが出来るって言って欲しいね」


 刻が不満そうに付け加えた。


「少しわかるかも知れません。刻は意外とよく気がつくし、配慮もできると段々と分かってきました」


 亜貴の言葉に今度は刻は満足そうに頷いた。焔は口を綻ばせながら聞いている。


「それで、高城さんは焔と刻、どちらの彼女なの?」


 何気なく、でも、いきなり確信をついてきた刻の母に、亜貴は言葉に詰まってしまった。焔が、


「僕の部活の後輩で、刻の友達だよ。母さん」


とやんわりと助け舟をだした。


「そう、俺の友人なんだ」


 刻も頷きながら言う。亜貴はなんだか複雑な気持ちになった。焔に告白して振られて、刻と付き合っている亜貴。全てを知ったら母親としてはどう思うのだろう。あまりいい気持ちはしないかもしれない。焔にも嘘を付いている。申し訳なく思った。


「そう。刻が友人として連れてきたのね」


「……はい……」


「焔はこの家から出て大学に行くから、刻は寂しいと思うの。刻をよろしくね」


「はい」


「デザートもどうぞ。林檎は好き?」


「はい、好きです」


 亜貴は林檎を食べてから、


「ご馳走様でした。とても美味しかったです」


 と言い、お暇しようと席を立った。


「また来てね」


 刻の母に笑顔で言われて、亜貴は遠慮がちに頷いた。


「刻、送って行きなさい」


「ああ」


「すみません。樋口先輩も一緒にいいですか?」


 亜貴が焔を見て言った。


「僕? 分かった」


 焔は首を傾げて頷いた。刻はとたんに不機嫌そうな顔になった。




 亜貴は刻と焔と三人で駅までの道を歩いていた。


「亜貴、別に俺だけでも良かったんじゃねえか? それとも何か兄貴に用があんのか?」


 刻はまだ不機嫌そうな顔をしている。


「うん。


刻、私、樋口先輩には嘘ついていたくないの」


 亜貴の真剣な目。焔がその目を見返した。


「どういうことかな?」


「亜貴、お前……」


「いいの。私が全部説明する」


 亜貴は焔に告白した日にあったことを話し、刻との関係をつまびらかにした。


「ブルームーンでの刻の話は嘘だったんだね?」


「はい」


 焔は刻に意味ありげに一度微笑むと、


「なるほど。


正直、高城さんがこんなに無鉄砲だと以前は分からなかったけど、今はなんとなく想像はつくかな。それで、今の君たちの関係は、あと四日で解消するんだね?」


 と言った。


「まあ、そういうことだな」


「はい」


「どういう結果になるか興味があるね」


 焔は楽しげに微笑んだ。


「どう転んでも、友人関係は続けるつもりだ。俺は」


「私もそれは同じです」


「なるほど。ならそれはすこし安心した。


まあ、でも刻の兄として言わせてもらおうかな。刻を甘く見ない方がいいよ?」


 焔は亜貴に悪戯っ子のような顔をして言った。焔には珍しい表情だった。


「……どういう意味ですか?」


「それは高城さんが一番分かってるかもしれないね?


……それと、僕に対して罪悪感は抱かなくていいからね。気持ちは永遠とは限らないから」


 亜貴は焔に言われてずきりと心が痛むのを感じた。


「何言ってんだ? 兄貴?」


「いや、こちらの話。


高城さん。嘘を付いてたの、きつかった?  でも、安心して。僕は怒ってないし、これからも高城さんには刻と仲良くして欲しい。……じゃあ、僕はここで」


 焔は刻の肩をぽんぽんと二度と叩くと家の方に戻っていった。


「亜貴、兄貴帰ったけど、いいのか?」


「……うん」


 亜貴は頷いた。心が重かった。亜貴は感じていた。自分は二度振られたのだと。


「亜貴、大丈夫か?  


全部言うことなかったんじゃねえのか?」


「いいの。樋口先輩に嘘を付いたままの方が辛かったから」


「亜貴はほんと馬鹿正直だよな」


「……悪かったわね。相談もせずに全部話しちゃって」


 刻はふっと笑った。


「突拍子も無いのが亜貴だからな。気にすんな」


「……ありがとう」


 亜貴は刻の言葉に救われた。


 もうすぐ駅に着くという時、


「あと四日だな。最終日は映画を見ることにするとして、あとの三日は何かしたいことあるか?」


 と刻が言った。


「そうね、うーん。刻には部活したいだろうに色々連れて行ってもらったし、何より水族館に行けたから特にないかな」


「そっか。じゃあさ、せめて一緒に帰ろうぜ」


「刻が部活してる間、私もじゃあ部活するかな」


 正直、書道教室に焔がいないのを受けとめるのが辛くて、あまり気は進まなかった。


「亜貴はあんまり部活好きじゃねえのか?」


 刻の言葉に亜貴は目を瞬しばたたかせる。


「部活? そうね。刻ほど部活が好きかというと、ちょっと違うかな。書いてる時は好きなのよ? ただ集中力が長く持たないのよね」


「亜貴らしいというか、でも、少しは分かる気もする。俺も弓を何回も引けるわけじゃねえから。


じゃあ、四時半にしようぜ。校門に」


「分かった。


刻、今日は誘ってくれてありがとう。優しいお母さんだね。会えて良かったわ。それから、樋口先輩に本当のこと言えて良かった」


 亜貴が微笑むと、


「亜貴が良かったと思えてるなら俺はそれでいい。……まあ、また遊びに来いよ。母さんも亜貴のこと気に入ったみたいだし」


 と刻は鼻の頭をこすりながら言った。


「……そうね」


 もし次があるなら、本当に友達としてだろうと亜貴は思って少し寂しくなった。この一ヶ月弱、刻と一緒にいすぎて、刻が側にいない日が想像出来なくなっている。変な感じだ。


「駅に着いたわね。送ってくれてありがとう」


「おう。明日、学校でな! 気をつけて帰れよ?」


「うん、じゃあね」


 亜貴は小さく手を振って駅の改札口を通り抜けた。






 この日の夜、亜貴は焔の夢を見た。


 亜貴が何度も名前を呼ぶのだが、焔は笑って遠ざかっていくだけ。とても切ない。でも。


「私、泣いてないや」


 亜貴は目が覚めたとき、呟いた。いつもなら泣いている。でも、この日は涙が出ていなかった。


 現実として焔は県外に行く。亜貴はでも追いすがることなどできない。したくもない。


 焔には焔の望みを叶えて欲しい。今はそう思える。


「私、強くなったのかな」



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