あと三日なんです
「あとは何日ぐらい? もうそろそろなんじゃない?」
亜貴が学校へ歩いていると、後ろから美和子が肩を叩いてそう言った。
「あと三日なの」
亜貴は少し感慨深げに答える。
「あと三日! 亜貴はもうどうするか決めてるの?」
美和子が興味津々に聞いた。亜貴は困った顔になる。
「そうね。決まってるはずなんだけど」
「けど、ということは?」
「一ヶ月前とは確実に違う気持ち。一ヶ月って、短いけど、でも、刻との一ヶ月は中身が濃くて」
そう。言葉では簡単に表せない。
美和子は亜貴の顔を下から覗き込んで、
「ふむ」
と言って黙った。そのまま二人で歩く。すこし前に刻の姿が見えたが、亜貴は声をかけようとはしなかった。
「思い悩むってことは、きっと亜貴にとって重要なことなんだろうね。後悔しないように、あと三日間、じっくり考えな?」
美和子が言った。
(私にとって重要なこと……)
一ヶ月前に啖呵を切ったときは、ただただ怒りでいっぱいだった。そして売り言葉に買い言葉で始まった勝負。絶対勝てると思っていた。亜貴には好きな人がいるのだから。
(なのに、何を迷っているんだろう)
今思えばあの女子に申し訳なかった。亜貴が入るべき問題じゃなかった。彼女が自分で納得するまで、途中で割って入るべきじゃなかったのだ。でも。それでも亜貴は思ってしまう。後悔はしていないと。あの時亜貴が乱入しなかったら、亜貴と刻は知らない者同士。けっして交わる運命ではなかった。
去って行く焔と出会った刻。今はどちらも大切に思う。
(あと三日……)
春の空は覚めるような青ではなくて柔らかい色をしている。随分暖かくなったなと亜貴は空を見上げて思った。
ぼんやりしていると後ろから頬をつねられた。
「いひゃい」
前もこんなことがあったような気がする。
「また不細工な顔になってるぞ?」
やっぱり刻だった。亜貴は頬をさすりながらもう一方の手で刻の腕を叩いた。
「もう。不細工で悪かったわね! つねるともっと不細工になっちゃうでしょ!」
亜貴の抗議に刻は楽しげに笑った。
「怒った顔は嫌いじゃないな。気の強い亜貴らしい」
「じゃあ怒るのやめる」
とまだ怒ったまま亜貴は言った。
「腹が減った! 飯食おうぜ!」
刻の言葉に亜貴は仕方なく弁当箱を開けて、おにぎりを一つ刻の弁当箱の蓋に入れた。
「サンキュ!」
刻はいつもと変わらない。亜貴は自分だけが思い悩んでいるのかとなんだか悔しい。
「なんだよその目? まだ怒ってるのか? 悪かったよ! 機嫌直せよな?」
「……」
亜貴はムスッとした顔のままで小さなハンバーグを口に入れた。
「お? それハンバーグ? なあ、俺のコロッケと一つ交換しねえ?」
「いいけど」
亜貴はハンバーグを刻の弁当箱に入れて、コロッケを刻からもらった。俵形のコロッケはカレー粉で味がつけてあって、ホクホクして美味しかった。
「ハンバーグ美味しいな! うちのコロッケも美味いだろ?」
「うん……美味しい」
今度はしおらしくなった亜貴に刻は首を傾げる。
「なんだ、なんか悩み事でもあんのか?」
「刻は……あと三日だけど、心は決まってるの?」
亜貴の問いに刻は目を一度瞬かせて、それからニヤリと笑った。
「亜貴は勝負の日が気になってるんだな?
まあ、俺は心は決まってるぜ。結果はどうなるかな?」
悪戯っ子のように笑う刻の顔は昨日の焔の表情と似ていた。
刻を見れば焔を思い出すし、焔を見ても刻を思い出すだろう。
(二人は兄弟だから仕方ないよね)
「なんだ? 亜貴は何か迷いでもあるのか? ちょっと意外だな」
「……刻が樋口先輩の弟だから難しいんじゃん」
もはや八つ当たりでしかない言葉を亜貴は吐く。
「あれ、そういう問題?」
「それだけでなく色々よ。私は刻みたいに気持ちをすっぱり決めることができないみたい」
言葉と一緒にため息も出た。
「行動力はあるのにな?」
刻は他人事のように楽しげなままだ。
「でも、刻、昨日言ったよね? どう転んでも友達ではいるって」
亜貴は刻を探るように見た。刻の顔が真面目になる。
「その点は、間違いない。亜貴さえ良ければ友達でいるよ」
「そう。一つ安心できたわ」
亜貴が安堵の笑みを漏らすと、今度は刻が軽く息を吐いた。
「俺は一歩負けに前進か……」
「え?」
「いや、別に。
あー弁当うめえ! あ!!」
突然声をあげた刻に亜貴は何事かと目を瞬かせた。
「な、なに?」
「俺、亜貴の手作り弁当食べてねえ!」
亜貴はギョッとする。
「いや、ないから。作らないわよ? というより、作れないわよ?」
「おにぎりだけでもいいぜ?」
刻の目がきらきらと輝いてる。亜貴は頭を抱えこんだ。
「なんでそういうこと思いついちゃうの? ほんとに無理!
そうそう、明日雨が降るって言ってたわよ? 春の天気は変わりやすいわよね、ほんと」
「え? 雨なのか? じゃあ、亜貴と弁当食べられねーな」
刻は微妙な顔になった。
「あーあ。亜貴の手作り弁当、食べてーな~!」
「……」
「手作り弁当~」
わざとなのか繰り返す刻に亜貴は、
「あー! もう! 作ればいいんでしょう? 本当におにぎりだけだからね! 明日、朝、校門の前で渡すから待ってて!」
「よっしゃあ! って、なんで校門の前なんだ?」
「教室まで行って渡したら、冷やかされるし、私が作ったってバレるじゃない!」
「ああ、そういうことか。おう、じゃあ、校門で待ってるな!」
嬉しそうにニカっと笑った刻に、亜貴は複雑な顔になる。これはおにぎりだけの弁当では可哀想だ。
(私、人のために料理するなんて初めてなのに……。どうしよう)
考えてみれば恋人同士がするようなことを全部刻としている気がする。
(まあ、一ヶ月は恋人だからだけど)
少しだけこれでいいのか、と悩む亜貴だった。




