きっと有名人は、こんなホテルとかに泊まっているに違いない。 Ⅶ
二十
スッキリサッパリと汗を流した後は、夕食の時間。洗濯機を覗くと既に乾燥まで終わっていたので取り出して、そのまま装備した。ふんわり肌触りが気持ち良い。
それから脱衣所を後にすると、冷蔵庫から四角と丸の缶詰を取り出しテーブルに置き、そのまま置きっぱなしだったコップを手に取り、キッチンでさっと流してから水を注ぎソファーへと戻った。
流れるようなこの動き、もう二日目にしてここの暮らしに慣れた風体。さすが私、順応性が神がかっている。
ソファーの片隅のノートを開いて、テーブルの上に載せた。食事しながらの復習だ。大魔導師になるためには、一時の時間も勉学に励まねばいけない。
「それじゃあ……、三、八、四。……えっと……ドライ……ノイン……じゃない……アハト……? よん……よん……ぬぬぬ……、あ、フィーア……だっけっか?」
適当に数字を言い、それに合った読みを答える。ノートに目をやり答え合わせをすると…………うん、正解だ。これがスラスラ出来るようになれば、きっとスムーズな入力が出来るようになるはず。ああ、見える……大魔導師になった私の姿が……、ああ、何て格好良いんだろう。
正解に気分を良くしながら缶詰に手を伸ばし、四角い方を手に取り開封する。小さくプシュッという音をたてて開く缶詰から、とても良い匂いが漂ってきた。しかしこの匂い、こないだ食べたすき焼きの匂いじゃないぞ。もっと香ばしい感じだ。期待を胸に中身を見ると、空腹絶頂の私は、小躍りしたくなるほどに恋焦がれていたものだった。
「焼肉だぁーーー!」
正確には、たっぷりとタレの染みたご飯に美味しそうな輝きを放つお肉の載った焼肉丼。これは堪らない。
「では早速……」
缶詰に左手を添えると同時にお箸がない事に気付く。昨日使ったフォークもキッチンの流しに置きっぱなしだ。
「うー……もう……」
渋々立ち上がりキッチンへ向う。そこで流しのフォークを一洗いするが、正直なところコレで焼肉丼は、ちと食べづらそうだ。やはりお箸がほしい。
お箸お箸。適当な場所にフォークを置いて、そのまま引き出しを漁った。
いくつか目の引き出しで、見事お箸のを発見することが出来た。どうやら私は探し物スキルがいい感じっぽい。きっとこれは、古代地下迷宮なんかで、素敵な宝物を見つけるためのスキルだろう。さすが私。
しかもお箸は銀色に輝き、細かい細工が施されている。フォークもそうだが、非常に高そうだ。前にここに住んでいた人は貴族のお方だったのでしょうか。
「うん……最初にここを見るべきだったよね……」
良く見るとその引き出しはフォークを見つけたところだった。フォークの他にもスプーンやナイフ等の食べるための道具が並んでいる。ちょっと考えればここにあると分かりそうなものだが。
「私ってば、あわてんぼさん。てへ♪」
軽く自分の頭を小突く、普段ならここで泉のツッコミが入るところだけど、いないのでやりたい放題だ。一人暮らしってこういう感じなのだろうか。すごく素敵だ。
ただ、いつもより独り言が増えたように思う。話では聞いていたけれど、本当に増えるんだね……。
お箸を手にソファーを跨ぎ、いよいよ食事にありつく。お肉を一口かじり、ご飯をかき込むと、お肉の柔らかさと、ご飯に染みたタレの旨味が口いっぱいに広がる。
昨日のすき焼きといい、今日の焼肉丼といい、缶詰とは思えないほどの非常にハイクオリティな美味しさだ。缶詰なだけに温かくはないけれど、これでも十分に満足出来る。別に今まで食べてきた食事がこの缶詰に劣るって訳じゃない。信じて欲しい。そんなこと言ったらお母さんに軽く五回は逝かされてしまう。
空腹のせいもあって焼肉丼をあっという間に食べきってしまう。更にここから、丸い缶詰を開けた。中には色とりどりのフルーツが入っていて、これがまたとても甘くておいしい。私の知っているフルーツの缶詰は、どれもシロップ漬けにされているが、これはフルーツのみしか入っておらず、そのままの味が楽しめる。特に苺が国宝級の美味しさだ。
植物性のビタミンやなにやらの補給は、これで完璧だ。
この缶詰は、四角い缶詰と違って中身は一緒のようだった。内容は、苺、オレンジ、メロン、パイナップル(爆弾ではない)、キウイ、リンゴ、マスカット(種無し)、バナナ、マンゴー、等が入っている。とても豪華な内容だ。しかも、どれも剥き身なのに、もぎたてのような新鮮さでジューシーな事この上ない。
お箸を一舐めしてから、まずはリンゴをほお張る。封がしてある状態なら傷まないけれど、開封後はまずリンゴが一番足が早そうだ。実際はどうなのか分からないが、何となくそう思ったらもうそうとしか思えなくなった。昨日も最初はリンゴだった。だが、ここから先は気分だ。缶詰の中では、みんなが私に「食べて食べてー」と訴えている。
「もう、順番。順番に食べてあげまちゅからねー」
つい赤ちゃん言葉で語りかける私。よくある形容で、食べちゃいたいくらいなんとかっていうのはこういう事なのだろうか。全然違うか。
説明書をテーブルに広げ数字の読みを眺めながらも、お箸を止める事なくフルーツを口に運んでいた。するとカツンという缶の底をお箸音で突付く音が小さく響く。
ちらりと缶詰の方を見ると、いつの間にかそれは空になっていた。腹八分目といったところで少々の物足りなさを感じながらも、私は夕飯を切り上げる事にした。別腹にはまだ余裕があるが、脇腹にはこれ以上余裕は無い。スカートが穿ける今を維持しなくてはいけない。絶対だ。
しかし、食べ物が美味しすぎるというのも問題なのかもしれないなと、ふと思った。正に贅沢な悩みだと、誰にともなくコクコクと頷く。
食べ終わってから暫らくの間は、何をするでもなく、ただボーっとノートを眺めていた。新しい魔法を登録しようかとも思ったが、既に登録済みの魔法を使いこなせるようになってからの方がいいだろう。やはり、基礎魔法を使い熟練度を上げる事によって、スキルツリーに新しい魔法が出現、そして上位魔法へと進化していく。これが王道だろう。
今のところは大きく分けて、基本魔法四つと大魔法二つといった感じになるのだろうか。これらを完全にマスターしなくては。
そのためにも、今までのように只撃ちまくってるだけじゃダメな気がする。それなりの練習もしたし、多少の自信もついた。なので、少し怖くはあるけれど、実戦で試してみたいという気持ちが沸々と湧き起こってきている。どの道いつかは森を出る予定なので、森に棲むアクゼリュスのような奴らを蹴散らかせるようにならなくてはいけない。
このまま此処にいれば、悠々自適なお嬢様ライフを満喫していられるだろうけど、やっぱり私は冒険がしたい。
この魔法を自在に操り、この世界の全てを見て回るのだ。それがずっと思い描いてきた私の望みだ。それこそ夢にまで見た、剣と魔法の世界に今居るのだからやる事といったら大冒険しかないだろう。
そしてふと思う。魔法は手に入れたので次は剣だと。これはいつかこの世界の街で買えるだろうか。一番理想的なのは古代遺跡の奥深くに眠る覇王の宝剣だ。
となると、この世界はどんな世界なんだろうか。やはりまずはそこから調べてみようか。
ノートをソファーの脇に置いて立ち上がり、本棚へ向う。この世界について、何か分かる本があるかもしれないと思ったからだ。
整然と並べられた背表紙を、一冊ずつ指でなぞりながらタイトルを確認する。『物理干渉』『生体干渉』等といった、少し小難しいタイトルの本もあれば、『ひだまりのなかのねこ』『もしくは、それがボクの明日なら』『拝啓、百年後の貴方へ』といった文学的な本も並んでいた。ちなみに私には理解できない並び方だった。この部屋の主は、どのような思惑でこの本を並べたのだろうか。
いくつか見ていくと本と本の間に、折り畳まれた紙を見つけた。結構大きい。取り出し広げてみると、それは地図のようだった。しかもカラー。世界を知るにはもってこいだ。
完全に広げたら両手よりも幅があるので一旦ソファーに戻り、テーブルに地図を置く。
左部分はほとんどが緑色で覆われていて、これは森だと分かる。それと複数の線が方々へと延びていて、その全てが、地図の右側に見える、街らしき所へと繋がっていた。となるとこれは道だろうか。地図で見ると、街は結構な大きさがありそうで、二重の壁に囲われているであろうことが分かる。外側の壁と内側の壁の間には、建物のようなものは少なく、所々から点線が街の中へと続いていっている。これは何なんだろうか。
地図の左上の方は立体的に描かれ等高線も引かれているため、ここは山になっているのだろうと予想できた。そして左下、少し拓けた所に青い部分があった。もしかしたらこれは、私とハティの初めてあった湖とかだろうか。
「だとするとこの周辺に…………」
指先を青い部分に当てて、そこを中心に大きく円を描くようにグルグルと拡げていく。すると地図の更に左下の隅っこに小さな空き地があり、その中央部分にこれまた小さな円があった。多分この円が今の現在地である、あの大きな石球なのだと思う。やはり思ったとおり、これはこの周辺の地図のようだ。そのすぐ右上に何やら文字らしきものが書かれているが見たことの無い文字だったので、とりあえずスルーする事にした。
再び湖の部分に指先を当てて、そのまま小さな円まで地図の表面を滑らせる。
「ハティの背中に乗って、ここからここまでが約十五分くらいだったから……」
指の移動距離は、広げた手の中指から手首ほどだ。あの速さでこのくらいしか移動出来ないとなると、この森を抜けるためにはどのくらいかかるのだろうか。
この地図の左半分がほとんど森みたいなので、地図に左手を置き、現在位置から直線で森を抜けられる場所までを計ってみる事にした。右手の人差し指を左手の中指の先に合わせて、左手を離し、手首を右手の中指に合わせ直す。繰り返した結果、左手四つ分で森を抜けられた。つまり、ハティの速さで約一時間の距離だ。
「ふーむ、結構あるなぁ…………」
徒歩で一日歩き続けてギリギリといったところだろうか。もし抜けきれなかったら野宿は避けられない。あの森の中で寝るなんてかなり危険だろうし……、これはちょっと、安全に森を越える方法を考えておかねばいけなさそうだ。
乗り出した身を戻すと、ソファーの背もたれに身体を預け一息つく。それから地図を折れ目どおりに畳んでから、テーブルの隅に置いておいた。
「まあ、それはまた今度という事で」
いずれはここを出るが、多分まだ先だ。今はとにかく、実力と自信をつけるために訓練に励もう。ただ、やはり出発する前に実戦も経験しておいた方がいいだろうか。どんな勇者であろうと、旅を始めたばかりの頃は、周辺の敵を倒して強くなっていったのだ。ならば私もそれに習うべきだろう。
よし、明日は少しだけ地図を持ってこの周辺を一回りしてみよう。敵が現れたなら、実戦も兼ねて戦いを挑んでみる。まだ魔法を使えるようになって二日だけれど、それでも十分実戦に通用しそうな手応えはあった。それに、もしもやばそうになったら石球の中に逃げ込めばいいだろう。うん、これならいける。
「よっこいしょっと……」
掛け声と共に立ち上がり、そのまま脱衣所へと向う。寝る準備をするのだ。明日はちょっとした冒険になりそうだし、風邪もひいているので今日はちょっと早いが寝る事にしよう。
洗面台の前に立つと、歯医者がどこに居るのかも分からない時に虫歯になったら最悪なので、じっくりと時間をかけて隅々までしっかりと歯を磨いた。脱衣所を後にするとそのままベットルームへと吸い込まれるように入っていき、制服を脱ぎ捨てて下着姿になると、そのままベットにダイブする。ぼよよんよん。
「おやすみなさ~い~」
潜り込みながら毛布を両手に巻き込んで抱き枕代わりにして、ゆっくりと目を閉じる。頭に浮かぶのは紅蓮の爆炎と、眩く輝く光の槍だ。今日はこの二つの練習ばかりしていたから、脳裏に焼き付いてしまったのだろうか。それでも、ふっかふかの布団に包まれていると風邪のダルさも相まって、すぐに眠気が意識を攫っていった。
その日の夢は、私が背丈の二倍はあるかという杖を持ち、格好いい豪華なローブを身に纏い、どこだか知らない神殿のような所で佇んでいるというものだった。その風貌は正に、私の思い描く大魔導師そのもの。
この夢が実現する日はいつになるのだろうか。それは分からないけれど、いつかきっと叶う夢だ。なぜなら、私はそうなるまで絶対に諦める気は無いから。だからこの夢は私の未来の姿なんだと思った。
誰かに向って囁いている私は、優しくその誰かの頭を撫でてから、そっと抱きしめた。夢の中なので温もりは感じられないが、すごく温かな気持ちであることは感じられる。私はちょっぴり大人で、少しだけ嬉しそうに何かを語りかけていた。




