きっと有名人は、こんなホテルとかに泊まっているに違いない。 Ⅵ
十九
気がつくと太陽は森の影に隠れ、空が紅く染まり始めていた。そんな中空を、光の槍が光の尾を残しながら飛翔している。つい駆け出して追いかけたい衝動に駆られるが、こんな時こそ冷静に構える。大魔導師たるもの常に沈着冷静でいなくては。──くふふふふ、私ってば今最高にカッコイイ。
地面に残っていた若干の焦げ跡を標的にして、ポーズを決めながら光の槍を直撃させる。結構な時間をこの訓練に費やした。だがそれもしょうがない、魔法はこの世界で私の身を守るための手段なのだから、自由に冒険するためにも少しでも早く上達しなくてはいけない。そして見栄えも大事だ。
それだけがんばったお蔭か、グングニルの扱いにも程よく慣れてきたところだ。
まあ形状指定なので操作は範囲のエクスプロージョンよりやり易い。なのでここらで、辺りが暗くなる前に一旦部屋に戻るとしよう。復習しておきたいという事もあるし、風邪を拗らせないように少し大人しくしないと。
ここで形振り構わずに、風邪を悪化させるなんて愚行は、大魔導師には似つかわしくない。
焦らずゆっくりと訓練し少し余裕を持つ。それが貫禄ってもんだろう。
そしてお腹も空いている。夢中になりすぎて昼食を忘れていた。
早速とばかりに踵を返して階段を降り扉を抜け白い廊下の奥を目指し進んでいる途中、ある扉が目に入りふと足を止める。
「そういえば」
その扉は、初めてこの廊下を通ったときに覗き込んだ、いかにも研究室と思しき扉だ。ここは何の研究をしていた施設なのだろう。そう思うと、だんだん興味が湧き上がってきた。
青い縁取りの黒の扉には、ここで何度も見た五つの突起が付いている。これはもう開けろという事に違いない。早速その部分に手を置いてみる。
………………ぬ?
反応がない……? 今まで通りならばこれで開くはずなんだけど、その気配がない。
「壊れているのかな?」
そう思い、他の扉でも試してみるが、どれも開いてはくれなかった。研究施設の機能は壊れてしまっているのだろうか。それとも研究施設というくらいだ、何かしらの特別なカギとか資格みたいなのが必要なのかも知れない。そりゃあ、おいそれと研究者以外を立ち入らせるわけにもいかないだろうし。
「うん、多分そうだ。うんうん」
自己完結という事で、若干後ろ髪を引かれながら当初の予定通りに居住区へ戻るとしよう。
部屋に入ったらまず、コップ一杯の水を飲み干した。喉がカラカラだったのだ。音声入力がなかなかに堪えた。どの位訓練していたのかと時計を見ると、五時半を示していた。この部屋を出た時、時計は見てなかったけれど、真上に太陽が出ていたのは覚えている。なので大体、十二時から二時の間だろう。私の暮らしていた世界と同じなら……だけど。それでも最低三時間位は訓練を続けていたと思う。うん、時間が経つはあっという間だ。
うんうんと頷きながら、コップにもう一杯の水を注いでソファーに腰掛ける。出来ればコーラが欲しい。
「さて……」
まずは復習から始めるとしよう。問題はペンとメモだけど……。少し見渡し、ソファーの隅に置いてあったカバンに目を留める。
手元に引き寄せ中身を漁ると、御あつらえ向きな物を発見した。ペンケースと数学のノートだ。
そういえば家で出し忘れてたなとノートを見ながら神野先生の仏頂面を思い出す。だけど、今こんな形で役に立つのだから結果オーライということで私のお手柄。流石、私。無意識のうちにここまで見通していたんだね。
ノートの後ろのページを開く、前のページには申し訳程度に授業中にノートをとっていたので後ろのページなのだ。
ペンケースからシャーペンを取り出すと、まずは最初に登録した四つの魔法を書き出す。
「えっと……、セイクリッド……トリガー……、クロス……クロイツ、ホワイト……デスローナー……、リペル……っと……」ふむ、こんな感じかな。まず魔法名を縦に並べてから、その隣に設定内容を書いていく。我ながら、分かりやすくいい出来だと思う。では次に、正式登録した分だ。区別するためにページを捲り、そこに記載することにした。
「まずはっと……、エクス……プロージョン……、グングニル……っと」
同じように魔法名を書き、隣に設定内容を加えていく。これで今の登録分は全てだ。
「くふふふふ……」
ノートを見つめながらニヤける私。大好きな魔法を自分のイメージで創り上げていく。これほど楽しい事、そうは無いはずだ。次にどんな魔法を登録しようか、そんなことを考えるだけでご飯三杯はいける。素晴らしきかなファンタジー世界。
しかしあれだ、一時使用、正式使用というのも情緒に欠ける。ここは一つ、下級魔法、上級魔法と呼ぶことにしよう。
さて、それではまず、この下級魔法四つと上級魔法二つを空で言えるように、しっかりと頭に叩き込んでおかねば。
ノートと睨めっこしながら、何度も反芻する。最初に登録した四つはそれほど難しくはないので、もう問題はなさそうだけど、正式登録の方はそうはいかない。説明書を開き、数字の読みに目を走らせる。どんな状況でも咄嗟に使えるようにならないと大魔導師とはいえない。
「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十……」
とりあえず、一から十までをマスターするべく何度も声に出し繰り返す。何語なんだろうコレ。とりあえず、一、二、三までは覚えた、けどその後が少し怪しい。もっとがんばらねば。
「数字か……」
ふと神野先生の顔が再浮上する。断じて恋ではない。ただ、学校ですらこんな真剣に勉強した事は無かったな等と、ふと思っただけだ。
読みを覚えながら、正式登録の魔法発動までの流れも一緒に反復する。ただし、「スターティングオペレーション」は抜かしてだ。言ってしまうと部屋の中でエクスプロージョン炸裂という、非常にクレイジーな事態となってしまう。
「ドライブα、ランク……十、ランス……一、スケール……八、マテリアルシャイニングオーダー……っと」
ふむ、これで後はパスワードと魔法名だ。やはりなかなかにややこしい。範囲と形状の違いによって、レンジかスケールと入力部分も変わる。まあ出現場所と大きさなのだからしょうがないか。
ドライブ指定、密度、範囲又は形状、距離又は大きさ、属性、という流れは大体掴めたのだけれど、私は暗記は余り得意な方ではない。なのでまだ数の入力に難有りだ。だがしかし、得意ではないがこれは覚えておかなくては、大魔導師への第一歩として!
とはいえ、まあここらで一息つくことにしよう。お腹も空いたままだし。でも、まず食事よりも先にやることがある。ノートを閉じてテーブルの隅に置く。
「よし、お風呂だ!」
ソファーから勢い良く立ち上がって、服を脱ぎながら脱衣所へと向う。扉を開き中へ入ると、そのまま洗濯機の蓋を開けて制服を放り込んだ。それから着衣全てを入れて蓋を閉めたら、スイッチを操作し洗濯開始だ。ちなみに洗剤は洗濯量に応じて自動で投入されるようだ。
さあ次は本体の洗濯ですな。
「お風呂おっ風呂~」
足取り軽くバスルームへと向う私。すれ違いざまに、タオル掛けのハンドタオルを引っ手繰る。グルグル振り回しながら曇りガラスの入り口を押し開き、バスルームへ踏み込んでいく。
「はい、男の子はここまで。ここから先は音声だけでお楽しみ下さいね。うふ♪」
曇りガラスの戸を閉めながら誰にともなく言ってみる。きっとどこかで私のナイスな肢体に思いを馳せる健全な青少年たちがいるだろう。もう、私って罪なお・ん・な。
そういう事は裸になる前に言うもんだろ。とかいう泉の突っ込みが空耳に響く。
ふーんふふふーんふんふんふーん♪




